~可憐! お屋敷という名の袋小路~
慌てず急いで正確に。
師匠に教えてもらったピンチの時の合言葉。
「まぁ、ピンチの時に合言葉なんて思い出してる場合じゃないんだけどな」
なんて師匠は言ってたけど、ちゃんと思い出しましたよ師匠!
あたし、えらい!
あたし、すごい!
師匠、褒めて!
って思ってるのはたぶん現実逃避とかなので、ホントにあたしってば集中力とかそういうのが無いのかもしれない。
そう。
あたしは――
嫌なことから逃げてきた。
孤児院の時から、そう。嫌なことは戦わずに逃げた。向き合うことなく逃げて、あたしは路地裏で生きることにした。
でもそれって、路地裏と戦うことだったんじゃないかな。
なんて思う。
孤児院であたしのことを好きにしようとしたあいつらと戦うのと、路地裏で生きること。
どっちが辛かったかって思うと、路地裏だと思う。
死ぬほど辛かったし、死にそうだった気もする。
師匠と出会わなかったら。
今ごろは死んでたかもしれない。
でも、だからと言って孤児院で戦ったら勝てたのか?
あいつらと戦って、勝てたか?
――無理だ。
どこにでも逃げられる路地裏とは違って、孤児院の中では逃げる場所がない。戦って一度は勝利したとしても、何度も何度も顔を合わせることになる。そうすれば、絶対に戦うことになるし、隠れる場所なんてものは無かった。
孤児院の中には、逃げる場所はない。
そして、あたしはひとり。仲間はいない。そんな状況で戦い続けることができたか、と考えれば不可能だった。
いつかは負ける戦いなら。
最初から逃げた方が勝ち。
そう思う。
「……」
だから今回も、ちゃんと逃げようと思う。
誰が来たのかは分からないけど、ここで戦って自分の居場所を守ったところでメリットはない。
だって、ここに住み続けるわけじゃないし。
罰ゲームが終わったら必要ない場所になるから。
だから。
この選択は間違っていない。
「……」
ピンチの時に取る行動。
迷っている時間なんて無い状況で、しっかりと自分の選択を信じられるのは大事だ。これで良かったのかな、なんて迷っているうちに失敗しちゃうもの。
がんばりますっ!
というわけで、こっそり急いで逃げた先はお屋敷の二階。鍵が閉まっている部屋ばかりだけど、この部屋が空いているのは調査済み。
慌てず急いで音が鳴らないように細心の注意をしながら扉を開けて、中へと体を滑り込ませる。
そのまま扉をゆっくりと締めて、ドアノブを元に戻したところで――
「……ふはぁ」
ようやく息を吐けた。
ここは狭い部屋で棚や衣装棚などがそのまま置いてある。中身はからっぽ。貴族の人が衣裳部屋として使っていたのか、それともメイドさんの部屋だったのかは分からない。
とりあえず、あたしは棚の影に隠れるようにして屈んだ。
でも落ち着いているヒマはない。そのまま息を吸って集中力を高める。床に手を当てるようにして気配察知をしてみた。
師匠だったら、この距離でも屋敷の中の状況が分かるはず。
大丈夫、あたしもできる。
目を閉じて、ほんのわずかな変化も見逃さないつもりで耳と肌の感覚に集中した。
「――」
いる。
誰か、いる。
黄金城の地下ダンジョンで扉越しに感じたモンスターの気配とは違うけど。でも、何かがこの建物の中を移動しているのが分かった。
位置的に、あたしが侵入に使ってる窓のある辺りかな。なんとなく移動しているのが分かる。
ふむん。
あたしってば、なかなか成長してるんじゃないかな。
レベルアップしてるのが自分でなんとなく実感できた。
師匠の教え方がいいし、ルビーも手伝ってくれてるし、地下ダンジョンの攻略をシュユちゃん達と頑張ったおかげと思う。
大丈夫だいじょうぶ。
あたし、頑張ったらできる子。
こんなピンチ、簡単に切り抜けて師匠に褒めてもらうんだ。
そう自分に心の中で言い聞かせてから、ゆっくり立ち上がる。成長するブーツを装備していないので、ホントのホントに注意をしながら忍び足で歩く。
二階から一階の足音は分からないけど、一階から二階の足音は分かりやすい。
だから一歩一歩に集中しながら窓まで移動した。窓はぴったりと閉まっていて、ネジ式の鍵が閉められている。あれは回して鍵を外すと、絶対に大きな音がなるよね。
「……」
う~ん。なんとか下にいる人にバレずに窓から脱出できないかな。それとも、いっそのこと急いで鍵を開けて窓から逃げ出すとか?
うん。
それだ。
もう二度とこのお屋敷に近づかなかったら、大丈夫。平気へいき。
ゆ~っくり、ゆ~っくり窓へと近づいて――
「――ヒクッ」
あたしは慌ててしゃがみ、口を両手で押さえる。
驚きのあまりしゃっくりみたいな声が出ちゃった。
それよりも、大変なことが分かった。
なんかこの家、取り囲まれちゃってる。なんの集団か分からなかったけど、お屋敷の塀に沿うようにして人がいっぱい居た。
なにあれ!?
「……」
ギリギリ見つかっていないと思うけど、明らかにこのお屋敷を監視している人たちだった。 あたしはしゃがみつつ、一瞬だけ見えた外の状況を頭の中で思い出す。絵のように切り出して、それを見る感じ。
師匠はこれを瞬間記憶のギフトって呼んでる。師匠が深淵世界と繋がる能力があるみたいに、あたしには記憶力がいいっていう能力があった。
正直、師匠の能力が強くてカッコ良くて、盗賊らしい使い方ができるギフトだから、うらやましい。
師匠曰く――
「俺に盗めないものはない」
というのも、嘘じゃない。深淵世界に送り込んでから手のひらに移動させる無敵の技。だから、どんな状況でも師匠の手のひらに入る物だったら盗める。
でも、そのあとに続く言葉が最低で好き。
「幼女が履いてるぱんつだって盗んでみせるさ」
さすが師匠。
やろうと思えば、相手の心臓だって外側から盗めるっていうのに。そんなことには使わないで、女の子のぱんつを盗もうとするんだからホント最低。
ロリコン、変態!
そんな師匠が大好きになるような子なんて、あたしぐらいなんだから。
あたしが師匠から逃げないように、ちゃんと捕まえていて欲しい。
くひひ。
と、口元で笑いつつ、落ち着いて切り取った頭の中の絵を思い出す。
一瞬だけ見えた光景。
見張ってた人たちは――甲冑姿だった。残念ながら詳細な細部までは思い出せないけど、それなりにそろってる甲冑から、騎士団だと思われる。
それが取り囲んでる状況を考えると……貴族の人がこのお屋敷を購入しようかと思って調査に来た感じかな。
もしかしたら誰かに目撃されていたのかもしれない。
なので、あたしを追い出すか捕まえに来た……という感じ?
やばいやばいどうしよう、と思うと同時に、どうりであたしにも侵入者の存在に気付けたはずだ、なんて思った。
お屋敷を甲冑の人たちが取り囲んだからこそ気付けたんだと思う。聞こえてなかったけど、金属鎧の感覚が伝わってきたのかもしれない。
これがひとりだけだったのなら、気付けたとは思えない。
それこそ盗賊の人が入ってきたのなら、気付かずに暖炉の前で眠ってたかも。
運が良かったのか、それとも悪かったのか。
ぜんぜん判断できないけど、とにかく窓から脱出するのは無理そうだ。
証拠なんて残っても平気なんて思ってけど、このまま窓から脱出したりしたら取り囲まれておしまい。
しかも貴族さまの騎士だもん。かなり実力のある人たちなのは間違いない。
今、あたしは孤児のフリをしている。いくら盗賊です、と言ったところで無意味。むしろ盗賊だって言うと盗みに入っているようなもので、その場で殺されちゃったりするかもしれない。
無理やり逃げるのは最終手段しかない。
「……」
うぅ~。
空き家になってるお屋敷を根城にするの、いいアイデアだと思ったんだけどなぁ。
ほんのちょっとの間だから大丈夫って思ったのに!
どうしてこのタイミングでお屋敷に騎士が来るのか。
やっぱり運が悪いと思う!
助けて精霊女王ラビアンさま!
「――!?」
びっくりしたぁ。
ラビアンさまから返事があった。
でも!
無理って言われたー!
ていうか、見てるんですかラビアンさまぁ。じゃぁじゃぁ、神官魔法を今だけ使わせてください。なんかこう、逃げられるような魔法。身体が透明になっちゃう魔法とか!
「――」
そんな都合の良い魔法なんてありません。あったとしてもあなたの魔力では行使できずマインドダウンします。自分で頑張りなさい。
って言われました。
ぶぅ。
ラビアンさま、ぜんぜん優しくなーい。師匠の方がやさしい~ぃ~。ケチぃ!
「……」
返事がなくなりました。
うわん!
もう! もうもうもう!
ひとりで頑張るよぅ!
「――ッ!?」
そんなふうにラビアンさまと話をしていたら、ギシリ、と音が鳴るのが聞こえた。階段の軋む音だ。一階にいた人物が二階に上がってきてる。
そりゃそうだ。
さっき外の状況に驚いてしゃがんだりした時、気配遮断ができてなかった。一階の人物がそれに気付いてもおかしくはない。
ギシリ、と一度だけ鳴った音はもう聞こえない。相手も油断していて音を鳴らしちゃったのかもしれないし、もしかしたらその音はワザとの可能性もある。
いわゆる罠。
近づいていることをワザと相手に知らせて、行動を誘発させる。あたしが驚いて逃げたりすると、余計に相手に情報を渡すことになる。
一番愚かなのは、それこそ窓を開けて逃げることだろう。
外にいる騎士の人たちに捕まっちゃうのは目に見えている。
あたしはゆっくり膝を床に付いた。
そのまま隠し持ってた投げナイフを取り出し、魔力糸を顕現。投げナイフの柄にある穴にゆっくりと通す。
投げナイフは一本しか持ち出せなかった。
師匠の目をごまかせるのは一本だけ。でも、この一本も見つかってると思うけど。巨乳だったら、もう一本くらい持ち出せたかもしれない。でも、ぺったんこだからこそ師匠に愛されている。あたしもぺったんこで良かった。
複雑な気分。
とりあえず、この一本だけの投げナイフは大事に使わないといけない。
それから……いいや、緊急事態だもん。
と、あたしは意識を切り替えるようにして聖骸布の能力を発動させた。赤かった聖骸布が真っ黒になり、あたしの能力が最大限まで高められる。
黄金城の地下ダンジョンをクリアできたんだ。
騎士団くらい突破できるはず。
なんて思ったら――ガチャガチャガチャ、と音が響いた。
入ってきた人が鍵がかかってる部屋のドアノブを開けようとしたみたい。
びっくりして悲鳴をあげそうになった。
というか、さっきまで気配を消してたのに、急に自分の位置を告げるみたいなことをして、意味が分からないんですけど!?
もしかして、これも罠?
音に気を取られている隙に別の行動をしているとか?
一応、窓側にも注意しておく。屋根の上に誰かいるような気配はないけど……と思ったら、次のドアノブがガチャガチャと揺らされた。
近づいてきてる!
すでに相手は気配を消しておらず、足音も分かるようになった。
ぜんぜん行動が読めない。
普通じゃない。
どうなってんの、と思ってたら本当に遠慮なく近づいてくる。
と、とにかく対応しないと――!
ピンチの時こそ、慌てず急いで正確に。
ガチャガチャガチャとドアノブを確かめる音が近づき――次がこの部屋の番だ。
「――」
あたしは大きく息を吸い。
師匠の教えを思い出しつつ。
あたしは投げナイフをかまえ――扉が開くと同時に相手へと投擲した。
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