~可憐! 師匠のあんぽんたん!~
ほんのちょっとの失敗で。
あたしの罰ゲームが決定してしまった。
偶然に跳ね返ったやつでも、当たった物は当たったということになるみたい。ちょっとくらい大目に見ても、とルビーがフォローしてくれたんだけど……
「いや、しかし……ここで妥協してしまうと訓練の意味が無くなるんだよなぁ。課題は緊張感と集中力だろ?」
師匠は困り顔でそう言った。
一回甘えちゃったら、次も甘えちゃう。これが無しだったら、次もきっと無しにしてしまう。
別に厳しくしているわけじゃなくて、これが普通のはずなんだよ。と、師匠は肩をすくめた。
「寒い……」
はぁ~、と指をわしゃわしゃ動かしながら暖炉に近づける。
あまり火を大きくするとバレちゃうので薪じゃなくて木の枝を燃やす程度。すぐに消えて灰になっちゃうので、継ぎ足し継ぎ足しで火を維持していく。
いっそのこと薪を燃やしちゃおうか。なんて思っちゃうけど……これも緊張感とか集中力を持続させる訓練だ、と思ってちびちびと続けた。
「寒いけど、去年よりマシかな」
あたしはきょろきょろと周囲を見渡す。
ガランとして何も無い部屋。だけど、造りはしっかりしているし、天井からぶら下がっている謎の装飾品は豪華そうな感じ。でも残されてる理由を考えると宝石とかじゃなくてガラスで作られた物かなぁ、と思った。
富裕区にあった空き家にあたしは侵入していた。
一年前は富裕区に来るのが怖かった。孤児だとバレたら、そのまま殺されるんじゃないかと思ったし、なにより住人が見てくる視線がとても怖かった。
何か盗むんじゃないか。
付きまとってきて物乞いをするんじゃないか。
そんな警戒する視線が多くて、まるで分厚い壁みたいなものを富裕区に感じていた。
ここから先へ侵入したら容赦しないぞ。
言われてもないけど、そんな空気を感じていた。
実際に富裕区で盗みをしようとして叩き出される大人の姿も見たことがある。あんな風に殴られたり蹴られたりしたら、あたしなんてすぐに死んじゃってたと思う。
でも。
今のあたしなら見つからずに富裕区に入ることができた。
「ふふん」
冬の昼間、安全に眠れる場所を確保しないといけない。温かいけど目立つ場所はダメ。目立たないけど日の光が当たらないところは寒い。
条件はかなり難しい。しかも他の路地裏の人たちに邪魔されずに安全に眠ることができる場所じゃないといけない。
なので、路地裏生活者が絶対に来ない場所、という理由で富裕区に入ったんだけど……そこで空き家があることに気付いた。
で、お庭だけでも使わせてもらおうって思ったんだけど、偶然にも窓が開いていたので、ついつい中に。
さすがに上等なベッドも温かい毛布も無かったけど、冷たい風がしのげる壁と雪が落ちてこない天井があるので何の文句も無い。
「ふひひ」
夜に安全に眠れる場所を手に入れられたのなら、こっちのもの。
というわけで、あたしはこのお屋敷を拠点にして昼間は物乞いをした。お金を恵んでもらったら、それを他の路地裏で生きる大人に食べ物と交換してもらったりして、割りと順調にスタートできたと思う。
「これってズル?」
心の中の師匠に聞いてみると――
「問題ない。ルールに違反していないので、何をやってもかまわない」
と、返事をしてもらった。
あたしの心の中の師匠だけどね。
罰ゲームのルールっていうのは、簡単。家からお金を持ち出さないこと。装備品も置いていく。危ないことをしないこと。そんな感じ。
でも師匠はこっそりとお金とか投げナイフを持ち出してたのをあたしは知っている。
なので、あたしも一本だけ投げナイフを持ち出した。
もちろん、師匠にバレてたけど。
一瞬だけチラっとあたしがホットパンツの中に投げナイフを挟むのを見られた気がするけど……ここは師匠が手を出せない場所なのでセーフ。
むしろ手を出して欲しい場所なんだけどなぁ。
なんて思いつつ、拾ってきた枝を投げナイフで削って暖炉の火を追加する。火種をここまで運ぶのはかなり苦労するけど、今までの訓練とか修行とかが役立った感じ。
他の家にあるランプとかランタンの明かりをこっそりもらって、火が消えないように気をつけながら急いでお屋敷まで戻ってくる。
これもまた盗賊の修行っぽい。
なにせ他の人に見られてもいけないから。
去年のあたしだったらここまで運べなかったなぁ、なんて思いつつちょっとだけ強くなった火を見ながら、はぁ~、と息を吐いた。
「なんでひとりでこんな所にいるんだろ」
罰ゲームだって分かってる。
そして、ちゃんと意味のある修行だっていうのも。
分かってる。
分かってるんだけどぉ……
せっかく自分の家があるのに、こんなところにひとりぼっちで座ってる意味は、なんか分かりたくなかった。
家。
自分の家があるのになぁ。
「あたし、まだ師匠の家族になれないのかな」
そう考えると、がっくりと気持ちが落ちる。肩を落とすっていうんだっけ。その言葉の意味が分かるくらいにあたしは膝を抱えて、肩を落とした。
師匠は優しい。
とってもとっても優しい。
優しいから、あたしのことを第一に考えてくれる。あたしが怪我をしないように、失敗しないように、辛くないように、ちゃんとあたしのことを見ててくれる。
だけど……
だから――だから、まだあたしに手を出してくれない。
師匠をどれだけ誘っても、頭を撫でてくれるだけ。お願いしても抱っこしてくれるだけ。しつこく誘うとほっぺをつねられる。
で、脱ぐと師匠が逃げる。
そんでもって、あたしが本当の本当にお願いすると、いっしょにお風呂に入ってくれる。洗ってもらえる。触れてもらえる。
それが嬉しかった。
だってそんなこと『家族』じゃないとしないでしょ?
他人といっしょにお風呂で洗いっ子なんて、しないもん。普通。なかよしだったらするかもしれないけど。でも、男と女でしないもん。たぶん。
「はぁ~」
コテン、とあたしは横になった。
チロチロと燃える小さな火を見つめる。
「師匠のあほ」
別にあたしは師匠のことが大好きだからってだけで抱いて欲しいわけじゃないもん。そりゃ好きだけどさ。大好きだけどさ。
そうじゃないもん。
あたしはただ。
ただ安心したいだけ。
師匠の物になっちゃいたいだけ。
二度と捨てられない物になりたいだけ。
物じゃないけど。
人か。
二度と捨てられない、師匠の大切な人になりたい。
師匠と家族になりたい。
あたしも師匠も家族がいない。誰もが持っている物をあたしも師匠も持っていない。
だから。
家族になるために。
遠慮なく抱いて欲しいんだけどなぁ。
そんなことをルビーに言ったら、
「ではわたしが抱いてあげましょう」
なんて言うので、顔面にパンチしといた。ぜんぜん効いてないのが怖かったけど。
「冗談ですわ。単純に師匠さんが意気地無しなのです。のんびり待っていなさいな」
「いつまで待てばいいの?」
「あなたが大きくなるまで、ですわ」
「……あたし、それが怖いんだけど」
だって師匠ってばロリコンだし。
もしもあたしのおっぱいが大きくなったら……
「師匠さんはそこまで愚かではありません。それでも、本当に愚かなのでしたら、あたしがあなたを殺してさしあげます」
「なんでよ! 死にたくなーい」
「もちろん死ぬ前にはお薬を飲ませてあげますわ。時間遡行薬です」
時間遡行薬を飲めば、いつでも子どもに戻れる。
でもそれって――
「いいのかな」
「わたしだけ有利なのは、ズルイでしょ。それとも、共に永遠の時間を生きますか?」
ルビーはにっこりと笑って牙を見せてくれた。
眷属化じゃなくて、吸血鬼化。そんなこともできるんだ。
でも。
あたしは首を横に振った。
「賢明な判断です。退屈を殺し続けることになりますので」
ルビーがつまらなそうに笑うのが印象的だった気がする。
「ルビーもあたしの家族だよ」
「あら嬉しい。今夜、あなたを抱いてもいいですか?」
「ぜったい嫌」
「家族なのに」
「そんな便利な言葉じゃないよ、家族」
自分で言って、自分で悲しくなっちゃった。
「いつかアンドロもこちらに呼びたいですわね。わたしの大事なお友達ですので」
「アンドロさんは家族じゃないの?」
「残念ながら単なる親友ですわ。愛情はありますし、彼女が困っているのなら何でもやりますけど」
「アンドロさんが師匠を殺してって言ったら?」
「アンドロの血を吸って、眷属にします。そんな考えを持てないようにしてあげますわ」
「まだアンドロさんって眷属じゃなかったんだ」
「お友達ですから」
なんとなく分かる。
家族とお友達の違い、みたいな。
サチのことは好きだけど、師匠の好きとはちょっと違う感じ。
いっぱいキスしちゃってるけど。師匠のキスのほうが大好きって気持ちがいっぱいな感じがする。
でも。
そういう意味では、初対面で師匠の血を吸ったのって、ルビーにとっては相当に凄いことだったんだろうなぁ。
なんて思った。
「今ごろ師匠、なにやってるのかなぁ~」
こっそり師匠を監視、なんて出来るほどあたしの実力は高くない。
だから、むしろ逆。
師匠から全力で離れて隠れて気配を断つ。
こんな罰ゲームにしたんだから、師匠ってばあたしがいなくて寂しくなっちゃえ。
って思った。
「師匠のばーか」
削っていた枝をポイと暖炉の中に放り込む。
じっくりジワジワ枝が燃えていくのを眺めた。
火がゆらゆらと静かに燃える。
けど。
その揺らぎ方が少しだけ変わった――ような気がした。
「……ッ」
誰か来た!
お屋敷の近くに、誰かが近づいてきたのが、なんか感覚で分かった。別にあたしは泥棒に入ってるわけじゃないけど、無断で侵入しているのは確か。
見つかったら商業ギルドの人に怒られちゃう。
だから、あたしは慌てて火を消して毛布を掴んで窓から逃げようとしたんだけど……その逃げようとしている窓へ人の気配が近づいてきてるのが分かった。
ひええええ、と叫びたくなるのを我慢して逃げる。
ブーツちゃんを装備していない今、気をつけないと無様な足音を立ててしまう。できるだけ急ぎながらも気配を消し、足音も消した。
盗賊スキル『隠者』と『忍び足』。
あたしにだって使えるもん!
「パルは才能あるなぁ。うらやましい」
師匠にも褒めてもらったんだから。
このピンチ、切り抜けてこそ一流の盗賊だもん!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます