~卑劣! 一日交代で残り3日は三人一緒という案に落ち着く~

 周辺の聞き込みを終えた結果――

 パルと思われる孤児の目撃情報はそれなりに有ったが、本人自体はすでにエルリアント村から撤退しているようだ。


「その理由はなんでしょう?」


 ヴェルス姫がほっぺに人差し指を当てて考えようとしたが、兜がそれを邪魔したので手をおろした。

 せっかく可愛らしいポーズだったのに、残念。


「そもそも獣耳種に擬態する意味があるのでしょうか」


 お姫様の質問に、ふむ、と俺はうなづき考える。

 素早く思考をまとめ、実際のところは分からないが、と前置きをしてから答えた。


「たとえば……ベル姫。朝に野良猫に餌をあげたとします」

「猫ちゃんですか」

「黒猫です。で、お昼を待たずに再び黒猫が来ました。餌をあげますか?」


 いいえ、とお姫様は首を横に振る。


「せめてお昼まで待ちなさいな、と餌をあげませんわね。なるほど、そういうことですか」

「別人を装うことで、連続して物を貰おうと考えた。卑しい娘ですわね」


 ルビーが肩をすくめる。

 いやいや、路地裏生活者の知恵を収束させたような行動だ。

 褒めるべきだろう。


「では、どうしてエルリアント村から移動しているのでしょうか。師匠さま、罰ゲームの期限は明日まで、でしたよね」

「はい。最低でも今日一日は路地裏生活者として過ごさないといけません」


 もっとも。

 俺もルビーも途中でやめてしまっているようなものなので、あとでパルに謝らないといけないが。

 それにしても、と俺は眉根をしかめる。


「どうしましたか、師匠さま」

「パルの行動が妙なんです。基本から外れていると言いますか……」

「基本?」


 え~っとですね、と俺は何となく歯切れの悪い感じで説明する。

 なにせ、それを教えてくれたのはパル自身であり、俺は聞きかじりの知識を披露することになった。


「冬は路地裏生活者にとって危険なのは考えるまでもないですけど、どうしても昼夜を逆転させる必要がある。昼間は温かい場所で寝て、夜は凍死しないように火のあるところへ移動する」

「はい、その必要があるのは分かります」

「ですが、パルは通常通りに昼に活動して夜に寝ていると思われます。これはあくまで予想ですが……エルリアント村の橋付近で目撃されているということは、それは昼間という意味になりますので」

「確かにそうですね。そういう意味では、私たちが聞き込むべきだったのは屋台のおじさまではなく娼婦の方々でした。夜のお仕事ですもの。では、いざ――」

「必要ありません」


 駆けだそうとするお姫様の両肩をマルカが押さえた。鎧があるからいいものの、無かったらヴェルス姫の両肩が砕けていたんじゃないかって勢いだった。ちょっと足が土にめり込んでないか? だいじょうぶ?


「冗談ですよ、マルカ」

「分かっていますが……」

「今は娼婦の方々は眠っておられます。行けば迷惑になりますもの」


 あ、そっち。

 そっちの理由で行かないのですね。

 そんな冗談めいたことを言っておきながら、姫様は周囲をみまわした。


「それに、職業に優劣はありません。娼婦も立派な仕事です。屋台の商人との会話を許されるのに娼婦と話すのは許されないなんて、おかしいですわ。娼婦は世界最古の商売というではありませんか。身分はあれど、優劣はありません。立場に奢ってはいけませんよ。また盗賊ギルドに叱られてしまいます」

「――そうですね。そうでした」


 失礼しました、とマルカは背筋を伸ばす。

 他のマトリチブス・ホックの皆さんも同じく気を引き締めたようだ。


「職業に優劣無し。良い言葉ですわね。では、魔王も勇者も優劣が無いと?」


 何を言い出すんだ、この魔王直属の四天王さまは。


「ルビーちゃん、魔王は仕事ではないと思いますよ」


 確かに、と俺たちはうなづいた。


「勇者は仕事っぽいですのにね」


 ルビーは肩をすくめる。

 言いたいことは分からなくもないが……勇者というものは精霊女王の加護によって任命されるので、仕事とは少し違う気もする。

 でも人間種のみんなのために魔王をために世界を巡る者だ。ちょっとくらいは敬って欲しいものだ、と俺は思う。

 もちろん、みんな敬ってたけどね。

 厚く歓待してくるからこそ、ずっとずっと旅を続け、実力を付けることができたのだから。


「え~っと、何の話でしたでしょうか」


 俺は苦笑しつつ、パルの行動の話です、と答えた。


「パルちゃんが昼間に行動して夜に寝ている、という話ですね。そこから導き出せることがあるんですか?」

「あります」


 俺はうなづきつつ答えた。


「拠点です」

「拠点」

「はい。どこか良い場所を見つけたんでしょう。雨や雪、風をしのげて夜でも凍えずに眠れる場所です」

「あるんですか、そんな場所?」

「えぇ、ありますね」


 ヴェルス姫は素直な疑問を口にして周囲の近衛騎士たちを見まわした。

 もしもそんな場所があるのなら、自分たちのやってきたことは無駄なのではないか。そんな不安に駆られた行動だと思う。

 しかし、マトリチブス・ホックの皆さんも分からないようなので誰も返事をしなかった。


「教えてくださいませ、師匠さま。それはどこでしょうか?」

「簡単ですよ。ジックス街だからこそ、まだ空いている場所があります。そして、普通の路地裏生活者では気付かず、パルだから気付ける場所」

「どこですの、それ?」


 ルビーも分からないらしい。

 まぁ、普通の発想なら絶対に思い至らない場所だ。俺でも考えが至らず、パルの行動と合わせて居場所を考えた時に初めて思いついた場所でもある。

 さすがパル。

 路地裏で生き延びてきただけはあるなぁ。

 悲しいけど頼もしい。

 そう思った。


「答えを教えてくださいな師匠さん。靴を舐めろというのなら舐めますわ、早く早く」

「おまえはそれでいいのかよ、ルビー……」


 俺の足元に這いつくばろうとするルビーを止める。それでもぐいぐいと頭を下げようとするので、腰を抱え上げた。


「ルビーちゃんずるい……私も舐めます」

「マルカさん」

「はい」


 というわけで、マルカさんはお姫様の腰を抱え上げた。ふたりの美少女が誘拐されて大人しくなったような状態だが……ヴェルス姫は全身甲冑だしルビーは孤児状態だから、まぁいいか。

 その状態で歩き出しながら俺は答えを告げる。


「パルが根城にしていると思われるのは、貴族の屋敷です」


 えぇ~!? と、ぶらんぶらん揺られながらお姫様が声をあげた。


「そんなことをすれば普通に捕まるのではないでしょうか?」

「いえいえ、屋敷は屋敷でも空き家ですよ」

「――空き家……空き家ですね! 確かに、ジックス街には空き家があるはずです」


 俺が勇者パーティを追放されて、ジックス街に戻ってきたのが春だった。

 そのとき、イヒト領主は手痛い失敗をしており、ジックス街及びジックス領は割りと酷い状況だったのだ。

 一般的な領民にも影響が出てしまっている状態であれば、それはもう貴族にとっては危険地帯とも言える。人が少なくなれば豪商だって商売が上手くいかない。

 というわけで、綺麗に区画分けされているジックス街の富裕区にはそれなりに空き家が多く出たはずだ。

 橋が完成し、王都との距離が近くなったおかげで状況は立て直している。おかげでジックス街の富裕区にも人が戻ってはいるのだが、さすがに領主を置いて逃げ出した貴族はおめおめと戻ってくるわけにもいかず、未だ空き家になっている屋敷がいくつかあると思われた。

 加えて――


「普通の領民は富裕区に足を踏み入れないんですよ」

「それはなぜでしょうか?」

「一般的なイメージの話です。貴族に逆らえば、自分の命など簡単に終わる。なので、貴族や豪商が住む富裕区に行って、もしも何か粗相をしてしまったら。そう考えてしまって、行くのをためらってしまうのです」


 できれば貴族なんかに関わり合いたくない。

 それが普通に生きる一般領民の本音だろう。


「そのような蛮行をおこなっては、領民から悪評が集まり税の徴収などに問題が発生します。有事の際はそれこそ貴族も騎士も領民の協力が必要となる場面があるはずですから、良好の関係を築かなければいけません。貴族として失格ですわ」


 お姫様の言葉はもちろんのことだ。

 しかし――


「あくまでイメージです。絵本や小説の影響が大きいですが、前時代はそうだったのではないですか?」

「歴史の勉強はまだ途中なのですが、確かに小説なんかでは圧制をおこなう貴族が多く登場しますね。ですけど、小説ですよ?」

「小説に影響を受けて冒険者になる者は大勢います。ある意味では王族より効果の高い宣伝ですね」

「なるほど。つまり、お姫様と盗賊が結婚する小説が大人気になれば、私と師匠さまが結婚しても問題ないと」


 そうかもしれませんね、と俺は苦笑した。

 マルカさんが咎めるような視線を送ってくるが、あくまでイメージの話だ。もしも、本当にそんな小説が大人気になれば、王族と盗賊が結婚しても文句は出まい。あくまで、小説を読んでいる一般大衆のみ、の意見となるが。


「イメージで言いますと、ヴェルス姫もそれを享受なさっていますよ」

「私がですか?」

「えぇ。パーロナ国の末っ子姫。パーロナ国に生きる者でしたら、それなりに知っているイメージです。事実、末っ子姫というイメージのおかげで、俺はこのように気楽に話すことができるのですから」


 末っ子姫は気さくで優しい。

 どこか心の奥底にそのイメージがあるからこそ、お姫様の冗談を冗談として受け入れられる気がしている。

 これがパーロナ国王であった場合を考えてみろ。


「末の娘がおぬしのことを好んでおる。婚姻させてやるので、王族になれ」


 なんて言われたら、冗談であっても俺は逃げる。

 マジで逃げる。

 いや、末っ子姫の場合は冗談じゃなくて本気で言っている部分もあるんだろうけどさ。

 まだ可愛げがある、というか、なんというか。


「なるほど、理解しました。では私はもっともっと気さくで優しい末っ子姫になる必要がありますね。目指せ、みんなのお姫様です」


 王族はある意味で人気商売のようなものだ。

 その方向で頑張るのであれば、是非とも応援したいところ。


「聞けば、王様が三人と結婚できる国があると聞いたことがあります。私はふたりの男性と結婚できるお姫様を目指しましょう。なにせ、みんなのお姫様ですから」


 もちろん最初のひとりは~、とこっちを見てくるお姫様。

 俺は全力で視線を反らした。


「三人と結婚できる国……聞きました、師匠さん?」


 ルビーが何か言っているが聞こえない。

 俺には何も聞こえないぞ~ぅ。


「第一夫人はパルです。第二夫人はわたし。第三夫人はベル姫で決まりましたわね」

「そういうことですルビーちゃん」

「月火水、木金土、日光闇で分けましょうか? それとも一日置きがいいでしょうか?」

「あ、あ、あ、それ迷う! とっても迷いますわね! どっちがいいと思いますか、ルビーちゃん?」

「週によって変更したいところではありますが。これはかなりの難問ですわよ、ベル姫」

「えぇ、分かります。ですが、一日くらいは三人で師匠さまと……という日も必要と思いますわ! 闇曜日くらいに!」

「あなた天才って言われません!?」


 美少女たちが、なんかとんでもないことを話している。

 やめさせてくれ、と俺がマルカさんを見ると――なぜか視線を反らすように兜がそっぽ向いてしまった。

 なんで?


「マルカはむっつりなのです」


 ヴェルス姫が答えを教えてくれた。なるほど、マルカさんは何かを想像してしまったらしい。


「違います!」


 マルカは抗議のために身振り手振りで否定しようとした結果――ガシャン、と腰に抱えている姫を落とした。


「ふぎゃ!」

「あぁ、すいません姫様!」


 地面にびたーんと落ちるパーロナ国の王族。

 良かった。

 末っ子姫が気さくで優しいお姫様で。

 そうじゃなかったら、マルカの首が落とされているところだった。

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