~卑劣! 知らぬがお姫様~

 チューズの情報によると、橋の所で孤児を見かけたらしい。

 さて、その『橋』にやってきた。

 この橋、名前が付いているんだったか、付いていないのか。大層な橋なんだから名前くらいあってもいいよな、とは思うが、付いていたとしても覚えてないのであれば意味はない。


「新しい橋なので新橋と呼べばいいのですよ」

「分かりやすくていいですね」


 ルビーのアンポンタンな案をお姫様が受け入れてしまった。

 新しく作られたから『新橋』……なんていう案が採用されると、世界中で新しく作られる橋が新橋になってしまう。

 それだと、どの新橋か分からなくなるので固有名称が必要だというのに……


「新橋に集合な?」

「どの新橋?」


 なんていうマヌケな会話をしなくて済むように祈るばかりだ。


「それらしい人影は見当たりませんわね」


 ヴェルス姫がバイザー越しにキョロキョロと見渡している。視界が限られている騎士兜なので、大げさなほど顔を動かしていた。

 ただ、それにも増して人が大勢いる。冬の寒い季節なのでもっともっと人は少ないと思っていたが、意外と多いようだ。

 それだけ冬の娯楽は少ないのかもしれないが、わざわざ遠征して見に来るものとも思えないし……

 ご近所の住民たちなのだろうか?

 まぁ、閑散としているよりかはいいだろうけど。


「う~ん……パルちゃん見当たりませんね。今日はいないのでしょうか?」

「そもそも大前提として、昼間は眠っているそうですよ」

「どういうことですか、師匠さま?」


 俺はパルから教えてもらった路地裏生活者の冬の過ごし方をお姫様に説明する。

 昼間は日の当たる場所で眠り、夜は凍死しないように火を探して避難。

 その合間に食事を探す、という生活スタイルだ。


「それだと、お昼に雪が降ると死んでしまうのではないでしょうか」

「もとより死と隣り合わせです。孤児が生きてることは奇跡に近いでしょう」


 下手をすれば、黄金城のダンジョンで生き残るより厳しい生活なのかもしれない。


「い、急がなければ! マルカ、早くパルちゃんを見つけなさい!」

「もちろんです、姫様。ですが落ち着いてください。ここであせったところで、良い結果は生まれません」


 マルカは肯定しつつヴェルス姫の肩を両手で押さえ、言葉を続けた。


「深呼吸をすればいいですよ」


 俺はアドバイスする。


「呼吸は大事です。なにより、大きく息を吸うためには顔をあげないといけない。下を向いていると呼吸も視界も悪いものです」

「なるほど。すぅ~、はぁ~」


 姫様が落ち着いたところでマルカは周囲を見渡した。


「情報収集だ。最低限の者は残し、孤児がいたかどうか聞いてまわれ」


 マルカの命令で数人の護衛騎士が離れる。

 あらかじめ打ち合わせしてあるのか、それとも余剰の騎士を連れているのか。まぁ、その両方か。役割分担はきっちり行われているらしい。

 さすが近衛騎士。

 ルーランは護衛を続ける役目らしく、装備慣れしていない騎士甲冑のまま警戒を続けている。


「では俺たちも聞き込みをしてみましょう」

「そうですね。ただ待っているだけではもったいないです」


 やる気ある姫様だ、と俺はうなづきつつ、移動した。しかし、騎士の集団なので悪目立ちしているのは確かなので、そのあたりの観光客に話を聞けそうにないな。普通に逃げられてしまう。


「あの屋台はどうでしょうか」


 ヴェルス姫は橋の近く、川岸沿いに店を出している屋台を指差した。

 暴れ川として有名で死人まで出したというのに、あんな川沿いに屋台をかまえるなんてどういう了見をしているのだろうか。と、思わなくもない。

 しかし、商人なんてあんなものか。

 我さきにと商売に適した一等地を選ぶとすれば、あの場所になるのも否定できない。

 ドワーフの補強技術を信頼するしかないか。

 雨が降ったら、共に流されよう。

 ……そんな覚悟が商人にあるのかどうかは分からないが、とりあえず俺たちは屋台へと近づいた。

 パチッと炭が爆ぜる音が聞こえる。

 見れば、屋台の中に大きなツボのような物があり、中で炭を熾しているみたいだ。

 いったい何を焼いているのか分からないが、とりあえず温かい物を売っているのは間違いなさそう。


「すいません、少しおたずねしてもよろしいでしょうか」

「いらっしゃい、騎士さま」


 屋台の主は気の良さそうなおじさんだった。冬だというのに腕まくりまでしているのは、炭の近くで熱いからか、それとも忙しさアピールなのか。

 ともかく元気であることは伝わってくるおじさん。

 へへへ、と商売人らしいスマイルは浮かべている。騎士集団に物怖じしている様子はなく、むしろ商売チャンスだと表情から漏れていた。

 少々、要注意。

 俺の勘がそう告げてくる。

 もちろん敵という意味ではなく、お金にがめつい商人、という意味だ。


「このあたりで孤児を見ませんでしたか?」

「孤児?」


 おじさんは思い出すように首を傾げ、腕を組んだ。


「孤児かぁ。孤児。孤児ねぇ。こう、思い出せるような……あ~、ここまで出かかってるんだけどなぁ」


 そう言って、ノドのあたりをトントンと叩く。

 それは『記憶』ではなく『言葉』が思い出せない時のジェスチャーだ。なんて言葉は飲み込んでおいて、対応をお姫様に任せてみる。


「思い出せませんか? 私と同じくらいの身長です。頭からすっぽりと布をかぶっていると思いますが……」

「あ~、どうだったかなぁ」


 チラチラと商人はヴェルス姫を見ながら、炭の中を混ぜる。炭の中で何かを焼いているらしい。手元に置いてあるのは……バターか。

 ほうほう。

 アレか。

 食べておいて、損は無いだろう。

 というわけで、俺はルビーの肩あたりを肘でトントンと触れた。


「ん……?」


 ルビーは俺を見上げ、なぜか肘鉄を喰らわせてきた。


「いったっ!? なんで!?」

「聞き込み中に嫌がらせされたので、つい」

「おまえ、俺のこと嫌いだろ」

「嫌いでしたら、今ごろ殺してますわ」

「あ、はい」


 いやいや、そうじゃなくて――


「ベルにアドバイスしてやってくれ。そういう意味だ」

「知ってました」


 この野郎、ワザとか。野郎じゃなくて女郎か。こんにゃろう。男だったら後ろからバックスタブを喰らわせているところだ。マジで心臓に杭を打ってやる。

 美少女で良かったなルビー。

 命拾いしたと思え。


「なにをイチャイチャしてるんだ、おまえ達……」

「いや、ちが――」


 マルカさんに呆れられてしまった。

 俺は悪くない。


「ベル姫。商人に聞き込む時はコツがあるのですわ」

「コツですか。教えてくださいますか、ルビーちゃん」


 えぇもちろんです、とルビーは答えてホットパンツのホックを外した。


「色仕掛けで――」


 その場にいた全員(ヴェルス姫とルーランを除く)で、ルゥブルム・イノセンティアを張り倒した。

 騎士の超連携に俺もアドリブで乗っかる。


「往来のど真ん中、しかも観光地で色仕掛けをするバカがどこにいる」


 地面に倒れたルビーを全員(お姫様を除く)でにらみつけた。


「乙女チックジョークですわ」

「淫売ジョークだ。訂正しろ」

「エラント、淫売はあまり良い言葉ではないぞ」

「そうか、ルーラン。じゃぁおまえが文句を言ってくれ」

「分かりました。ルゥブルム・イノセンティア。そなた、顔は良いが心はブスだ」

「なっ!?」


 思いのほか効いてしまったらしい。

 ルビーがマジでちょっと落ち込んでる。


「おーい、騎士さま方。なんにも買わないんなら商売の邪魔だ。どいてくれないか」

「あぁ、すまない」


 仕方がない、と俺はお姫様にアドバイスする。


「商人への聞き込みの基本は買い物です。商品を買うと記憶力と口の滑りが良くなる種族なんですよ、商人という生き物は」


 俺の皮肉を聞いて、おじさんはデヘヘヘと笑っている。

 まったくもって商人らしい商人だ。


「どうぞこれを使ってください」


 そう言って、ヴェルス姫の手を取ってお金を乗せた。中級銀貨1枚、1アルジェンティもあれば充分だろう。


「なるほど、ありがとうございます」


 ヴェルス姫は商人にもう一度同じ質問をしながら、今度はお金を差し出した。


「あと、全員にこれで買えるだけお願いします」

「そうこなくっちゃ。さすが騎士さまだ。どこかのお姫様なんですかい? 高貴なオーラで目がくらみそうだ」

「えぇ、ちょっとした身分ですが、恥ずかしいので秘密にしておいてください。あと、世間に疎くて申し訳ありません。今度、お父さまに相談してみますわ。商人に、もっと常識を知れ、と言われましたと」

「ハハハ、父上によろしく伝えておいてください」


 国王だぞ、いいのか。

 末っ子姫に文句を付けたことになるぞ。それって、つまり、王族への抗議みたいなもんだぞ。

 いいのか!?

 と、心の中で思ってしまう。

 知らないって怖いなぁ。

 もっと広く世界について情報を集めようと思いました。


「はい、お待ちどうさま」


 素焼きの皿に乗せられて出てきたのは、予想通りじゃがバターだった。ほっくほくに焼かれたじゃがいもに切れ目を入れて、その上にバターを乗せただけのシンプル料理。

 しかし、シンプルがゆえに美味い。

 というわけで、騎士の皆さんと俺たちでホクホクのじゃがバターを食べる。


「あふっ。ん。美味しいですわ、店主」

「ありがとう、美人の嬢ちゃん。さっき張り倒されてたけど大丈夫なのかい?」

「これでも冒険者ですの。見た目以上に頑丈なんですのよ」


 チラチラと冒険者の証であるプレートを見せているルビー。

 レベル1なんだけどな。

 というか、さっきまで心にそれなりのダメージを受けていたはずなのに、もう元気になっているのか。

 精神攻撃もあまり効かないとなると、やはり吸血鬼は厄介だな。

 どうやって心臓に杭を打ち込もうかと考えている間、はふはふとじゃがバターを食べ終えるお姫様と騎士。みんな兜を外してるけど、別にいいのか。なんとなく任務中は装備し続けないといけないイメージだった。

 ルーランは頭の上の耳にひっかける感じで兜をズラしたまま食べている。便利に使ってるんだな、耳。


「ごちそうさまでした。それで、思い出せましたか店主さま」

「あぁ、騎士さま達が食べている間に充分に考える時間があったからね」


 王族への嘘は厳罰なんだけどな。

 まぁここは謁見の間ではないし、公式の場ではないのでギリギリセーフだろうか。


「孤児なら見ましたよ。ちょうどあそこ……ほら、あのあたり」


 店主が指差すのは橋の近くにある建物。あれもお店なのだろうか、煙突があり煙が出ている。

 なるほど、温かそうな感じがするな。


「獣耳種の孤児だろ? そいつが何かやったのかい?」

「ん?」


 商人の言葉にヴェルス姫とルビーが首を傾げた。


「獣耳種でしたの?」

「あぁ、俺が見たのは獣耳種だったよ。さっき騎士さまが言ってたように頭から布をかぶっているんだが、その布が頭の上でふたつ膨らんでたのを覚えてる。孤児なんかこのあたりでは全然見ないから印象深かったんでね」


 どういうことでしょうか、とお姫様とルビーが向き合ってる中で、俺はもうひとつ質問をした。


「どのタイプの獣耳種だったか分かるか?」

「さすがにそこまでは分からんな。とりあえずウサギじゃないことは確かだ」


 まぁ、ウサギの獣耳種は耳がピーンと立っている者が多いからな。とてもじゃないけど盗賊になれない唯一の種族とか言われている。まぁ、成れないことはないけど、隠密任務は絶対に任せられないというだけだ。


「しっぽは見たのか?」

「すまねぇ、兄ちゃん。そこまでヒマじゃないんだ」


 つまり、覚えてないってことか。


「分かった。貴重な情報ありがとう。あと、じゃがバター美味しかった」

「おう、また買いに来てくれよ」


 おじさんに手をあげて挨拶をしてから、俺たちはその場を離れる。

 ホントのホントに商売の邪魔になるので。

 一応は大量購入で許されたと思うが、それでも屋台の前を独占し続けるのは邪魔にしかならないので、下がったほうが良い。

 さて――


「獣耳種の孤児では、パルちゃんじゃありませんね」


 お姫様は困りましたね、とつぶやいた。


「他の情報を待ちますか」


 マルカの言葉に対して、俺はイヤと否定する。


「恐らくだが、獣耳種の孤児はパルだ」


 ほへ、とお姫様は可愛らしく疑問の声をあげた。


「パルちゃんって耳を生やせるんですか?」

「いいえ。初歩的な『変装』スキルですよ。そうですね……」


 俺は騎士たちの中から一番背の低い者を探した。


「何か?」


 もちろんルーランだ。こっちに来てくれ、と彼女を呼び出す。


「これはルーランです」


 ルーランを俺の前に立たせて、回れ右をさせた。

 ブカブカの鎧姿で、兜のサイズもあまり合っていない。


「はい、知っています。ルーラン・ドホネツク。私のお気に入り騎士ですので、仲良くしてあげてください師匠さま」

「このルーランがパルの逆なのですよ」

「アホってことですか?」

「それだとパルが天才になってしまいますよ、ヴェルス姫」


 パルちゃんは天才ですよ、とお姫様が褒めてくださる。

 あとでパルに伝えたら喜ぶだろうか。


「いえいえ。この場合、容姿です。ルーランは一見してニンゲンの騎士に見えますが……」


 俺はルーランの兜を外すように持ち上げた。

 まぁ、さっき半分外してじゃがバターを食べてたけどな。


「外すと、このように頭の上に耳があります。獣耳種の騎士と分かるわけです」

「まぁ! あなたこんなカワイイ耳を付けていましたのね」


 どうやらお姫様はルーランが獣耳種と知らなかったらしい。

 なんというか、主と護衛騎士の関係というのは難しいものなのだなぁ……

 ヴェルス姫がルーランの耳を触って遊んでいる間に説明を続ける。


「これの逆をやっているのでしょう。布の下に耳を擬態させているのです」

「何で擬態しているのでしょうか? リボン?」


 聖骸布のリボンは、今は使用を禁止している。それでも身につけているので、もしかしたらリボンなのかもしれないが……


「恐らく髪の毛でしょう。ルビー、できるか?」

「こんな感じですわね」


 いつの間にか髪をお団子に結っていたルビー。恐らく、先ほどの一瞬で髪型を変化させたに違いない。吸血鬼だし。


「あ、かわいい。さすがですルビーちゃん」

「あとでベル姫も結ってさしあげますわ」

「お願いします」


 そんなルビーの頭に布をかぶせれば……獣耳種に見えなくもない、はず。

 結局、パルの行方は分からず仕舞いだが。

 なにかいろいろと工夫している弟子の姿に、俺はちょっぴり頼もしく思うのだった。

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