~卑劣! 敬語は教育されないとなかなか使えないもの~

 フリュール・エルリアント・ランドール。

 ランドール領のお貴族さま。領主の直系ではなく分家であり、冒険者をやっている。

 装飾過多の甲冑を着込んでいたが、今は普通の衣服で作業をしていたようだ。まぁ、騎士甲冑を装備したまま雑用をするのは効率が悪すぎるので脱いでいて当たり前なのだが。

 成り行きでエルリアント村の冒険者ギルド支部を任されていたようだが、それなりに上手くやっているらしい。もちろん運営やその他はギルド本部がやっているんだろうけど、その代表を任されているので責任は重大。

 貴族としてしっかりと名のある仕事をしているだけに手が抜けるはずもないが、彼女自身もその役割を嬉しく思っている感じでもある。

 冒険者よりもこっちが向いているんじゃないかな。

 彼女のメイドであるファリス・クルクもいろいろと支援しているのだろうけど――今はメイドの姿は見当たらなかった。

 別の作業をしているのかもしれない。


「あの、騎士の方々と見受けられますが……どういったご用件なのでしょうか?」


 そんなフリュールお嬢様がマトリチブス・ホックたちを見て、頬に手を当てながら少しだけ首を傾げた。

 まったくもって理解できない集団であるのは間違いない。

 なにせ盗賊たる俺たちも混ざっているし、なんならあからさまに小さな騎士も混ざっている。

 もちろん中身はお姫様なのだが。

 まさか、自国の末っ子姫が真っ黒な甲冑の中に入っているとは思うまい。

 あと、ルーランもいるしな。

 騎士は騎士でも奇妙な集団、と見えているのだろう。

 それでも、騎士団となれば何か厄介なことが起こっていると想像するのが一般的だ。わちゃわちゃと俺とルビーがふざけた雰囲気を出したのは、場をなごませるため、と都合良く解釈してしまったのかもしれない。

 大ハズレだけど。


「ちょっとした質問に来ただけですわ、フリルお嬢様」


 ルビーはフリルお嬢様が大好きらしく、きらきらとした瞳で話しかける。

 お姫様が大好き、というのなら分かるんだけど、貴族のお嬢様が大好き、というのがいまいち分からないところ。

 そういえばお嬢様が大好きな理由とか聞いていないままだったな、なんて思いつつルビーに対応を任せる。

 そう思っていると、ススス――と静かにヴェルス姫がルビーの隣に立った。

 漆黒の影鎧が補助をしているんだろうか……いま、完璧に『忍び足』が成功していたな。騎士甲冑でそれができるって、マスタークラス以上の力量なんだけど。

 なにかちょっかいでもかけてくるのか、と思っていたが、単純に話を深く聞こうとしているだけだったようだ。


「質問ですか? 運営に関して何か言われまして?」

「いいえ、違います。ものすごく個人的な内容ですわ」

「はぁ。なんでしょう?」

「ウチのパル、見かけませんでした?」


 まるで猫が迷子になったみたいな聞き方だった。


「……パルヴァスが、な、何か恐ろしい犯罪でも起こしましたの?」


 なるほどぉ……そう見えてしまうのか……

 物々しい騎士集団に加えて、師匠である俺と仲間であるルビーが行方を探している、となると、そう見えてもおかしくないよなぁ。


「いいえ、パルちゃんは問題ありませんわ」


 フリルお嬢様の勘違いを正そうと、ヴェルス姫が声をあげる。


「挨拶を省かせて頂き、失礼します。話せば長くなりますので端的に申し上げますと、パルちゃんは孤児のフリをしていて、路地裏に潜んでいます。私たちはそれを探しているだけですわ」

「はぁ。事情は良く分かりませんが、状況は分かりました」


 話が早くて助かる。

 さすがフリルお嬢様、とルビーはニコニコしていた。


「こちらのエルリアント村でパルちゃんを見かけませんでした?」

「そうですね……孤児のフリ……そういえばひとり孤児を見かけましたわね」


 おぉ、と全員で声をあげた。


「どちらで見かけました?」

「冒険者ギルドの建物を見ていた孤児がいましたの。冒険者になるつもりか、と気にはなったのですが、少し目を離した隙にどこかへ行ってしまったようで。もしかしたら、それがパルヴァスだったかもしれません」

「明らかに孤児と分かったんですか?」

「え? あ、はい。えぇ、そうですわね」


 俺の質問にフリルお嬢様はうなづく。


「あまり良い表現ではありませんが、みずぼらしい姿、と言いますか。頭から汚れた布をかぶっていて、寒そうでした。たぶん裸足だったような……顔まではあまり見えませんでしたが、小柄でしたから。あえて言いますと、『孤児らしい孤児』だったと」


 質問の意図を理解してくれたらしく、お嬢様から確信を持った情報をいただく。


「パルで間違いなさそうだな」

「そうなんですか、師匠さま?」

「はい。変装のために髪を隠すように教えました。綺麗な髪が見えれば、それは孤児じゃない。一目で孤児と分かれば、誰もが見て見ぬフリをするか、目を反らす。なので顔はそこまで汚す必要はなく、汚い布さえ被っていれば偽装は簡単ですから」


 なるほど、とフリルお嬢様とヴェルス姫がうなづく。

 少し苦虫を噛み潰したような声だったのは、目を反らす、という部分があったからだろうか。

 路地裏生活者は、気をつけていないと住民より害意をぶつけられる。

 しかし、弱々しくみすぼらしい孤児ともなると逆だ。

 何も出来ず力も無い無力な者であり、助けられない対象。

 それでいて、可哀想と思われる存在。

 だからこそみんな目を反らし、見て見ぬフリをする。

 可哀想だからこそ。

 孤児を、ちゃんと見ない。

 だからこそ。

 そこまで詳細に変装せずとも、簡単に偽装できるわけだ。


「恣意的に見れば、あれはパルヴァスだったのではないか、と考えられます。ですが、保障はどこにもありませんわ。本物の孤児だった可能性もあります」

「いいえ、貴重な情報ありがとうございます。仕事の手を止めさせてしまい、申し訳ありません」


 ヴェルス姫は丁寧に頭を下げた。


「いえ、どうということもありませんわ。ちょうど冒険がお休みの日でしたし」

「どんな冒険をしてましたの、フリルお嬢様!」


 ルビーが身を乗り出して聞く。


「大した冒険はしておりませんわ。せいぜい見回り程度です」

「そうなんですのね。あぁ、めくるめく大冒険をフリルお嬢様と繰り広げたいところです。いっしょにミノタウルスの巣に突撃し、捕らえられた思い出をいつかエール片手に語り合いたいですわ」

「なんで負ける前程なんですか!? というか、ミノの巣に女性ふたりで行きませんわよ、普通!」

「依頼を達成した村で、追加の依頼を受けた結果です。お優しいフリルお嬢様ですもの。頼みを断れませんわ。そして偵察に出たパルが帰って来ない。まさかミノタウルスに捕まった? 心配になったわたし達はパルを救出するために巣に入ったのですわ」

「三人でも行きません!」

「では、ベル姫を加えましょう。四人でエール片手に大切な思い出を酒場で語り合うのです」


 却下だ! とマトリチブス・ホックの皆さんが叫んだのは間違いない。

 というか女性だけでミノタウルスの巣に行くのは、ホントのホントのマジで自殺行為なのでやめてください。

 下手したらミノが増えるので、大迷惑でもあります。

 男性冒険者に任せましょう。

 というか、ウチのパルがミノにやられちゃったりしたら、俺はもう立ち直れないかもしれないし、たぶん無茶苦茶なことをすると思う。

 ので。

 冒険はご安全に。

 命を大事に。冗談はハーフリングだけにしておいてください。


「チューズとガイスもパルを目撃した可能性があります。宿にいると思うので訪ねてみてはどうでしょうか」

「了解ですわ、フリルお嬢様。今度いっしょに冒険しましょうね」

「予定があえば、いつでもお誘いくださいませ」

「では、魔王討伐の際にお声がけしますわ」

「勇者パーティに入れてもらえるのかしら。それでしたら、是非ともお願いします」


 うふふ、とフリルお嬢様は了承した。

 ルビーの冗談だと思っているんだろうなぁ。

 残念。

 魔王討伐は事実であり、下手をすれば本当に勇者パーティに入れてもらえるので、まったくの嘘ではない。

 もっとも。

 若い娘の参戦など、賢者と神官が許さないだろう。

 あらゆる意味で。

 まぁ、フリルお嬢様は勇者の趣味ではないので大丈夫だろうけど。

 何が大丈夫なのかは良く分からないが。

 なんて考えつつ、冒険者ギルドを後にした俺たちは、フリルお嬢様に教えてもらった宿へと移動する。

 どちらかというと、安宿の類になる平屋。冒険者御用達なのか、近くの空き地と思われる空間では剣を振っている若者がいた。

 ふむ。

 環境的にルーキーを卒業したばかりの冒険者にはいいのかもしれないな。冒険者ギルドから出たばかりは宿代に苦労するし、すぐさま家が買えるほどの蓄えも無い。

 そんな状況では、エルリアント村でじっくりと実力を上げてレベルアップを計るのも良い案と思われた。


「すみません、ちょっとよろしいでしょうか」

「ん? うお!?」


 剣の素振りをしていた青年に声をかけるヴェルス姫。振り返った青年が盛大に驚いていたが、まぁ無理もない。

 ちょっとした不意打ち、バックアタックを喰らった気分だろう。相手が騎士団なので、本物の戦闘ならばそのまま圧殺されてしまうだろうけど。


「こちらの宿にチューズとガイスという者がいらっしゃるとお聞きしたのですが、ご存知でしょうか」

「は、はい。え~っと、戦士と魔法使いのふたりですよね?」


 その質問にお姫様は振り返ったので、俺とルビーはこくこくと首を縦に振った。

 そういえばなんでお姫様が率先して聞き込みをしているのだろうか?

 まぁ、本人が楽しそうなのでいいんだけど。


「そのふたりですわ。いらっしゃいます?」

「はい。呼んできましょうか?」

「お願いします」


 ヴェルス姫がそう言うと、青年は慌てた様子で宿に入って行った。


「そんなに慌てる必要がないと思いますけど」

「騎士に囲まれれば、みんなあぁなりますよ」

「師匠さまでも?」

「俺の場合は真っ先に逃げ出してますね」

「では追いかけないといけません。ルビーちゃん、手伝ってくださいます?」

「もちろんですわ、ベル姫。捕まえたあとの処遇はどうします? わたしのおススメは武器を隠し持っていないことを証明するために全裸にしますが」


 しますが、じゃねーよ。


「では、私はそれに加えて鎖で両手首を拘束しましょう。こう、お姫様が悪者に捕まった時に檻に入れられた時にやられるアレです」

「アレですわね」

「アレです」


 アレで通じるの、やめてもらっていいですか?

 後ろでマトリチブス・ホックの皆さんが微妙な顔をして……なんで俺を見て一斉に視線を反らすんですか? 想像してるんですか!? やめてください!


「?」


 ルーランだけがこっちを素で見てる気がする。

 こうなると、照れてくれたほうが良いように思えるので不思議だ。ちゃんと性教育をやってくれたんだろうか、ドホネツク家。

 下手をするとお姫様にとんでもない教育をされてしまうぞ!

 もう手遅れかもしれないが。


「な、ななな、なんでしょうか騎士さまー!」


 そうこうしている間にドタバタと少年が叫びながらやってきた。

 赤毛のチューズ。パルと初めてパーティを組んだ魔法使いの少年で、ちょっとお調子者っぽい雰囲気がある。

 本日は休みだった、という言葉通りに装備も何もない素の姿。髪の毛が乱れているところをみるにベッドの中で怠惰をむさぼっていた可能性もある。


「初めまして、簡易的な挨拶で失礼します。チューズさまでしょうか? それともガイスさまでしょうか?」

「あ、いえ、こちらこそ申し遅れて申し訳ありません! チューズです」


 申しが重なった不思議な謝罪だった。

 遅れてドタドタとガイスがやってきた。こちらは高身長でガッチリとした体付きの戦士。この冬の寒い時期に薄着という姿なので、盛り上がった筋肉が見えている。かなり鍛えられているようだ。


「ガイスです。何の用事でしょうか」


 以前はぬぼ~っとした穏やかな感じだったが、ガイスにもなかなか貫禄が出てきたように思える。

 冒険者としてだけでなく人間的にも成長してなによりだ。


「お久しぶりですわね、チューちゃんガイちゃん」


 ルビーがにっこり笑って挨拶をした。

 そこでようやくチューズとガイスから緊張が解けたらしく、ぷしゅー、と空気が抜けるような雰囲気を感じる。


「そんな名前で呼ばれていた覚えはないぞ、ルゥブルム」

「ルゥちゃんとお呼びください。こちらはベルちゃんです」

「初めましてチューちゃん。ベルちゃんです」

「あ、どうもベルちゃん……」


 知らないのをいいことにルビーとお姫様がやりたい放題だった。実は末っ子姫とか分かったらチューズは卒倒してしまうんじゃないだろうか。

 かわいそうに。


「それで、騎士様が何の用事ですか?」


 ガイスが聞いてきたので、ヴェルス姫は改める感じで質問した。


「このエルリアント村でパルちゃんを見かけませんでしたか?」

「パルちゃんって、パルヴァスのこと?」


 えぇ、とヴェルス姫とルビーがうなづく。


「もしくは孤児の姿でもいいです。見かけていないでしょうか」

「それなら昨日見たな」


 チューズが思い出すように視線を空にやりながら言った。


「パルヴァスかどうか分からなかったけど、孤児がいたのを覚えてる。こっちに来てるなんて珍しいな、と思ったんだ。あれってパルヴァスだったの?」

「ちょっとした変装の訓練中なのです」


 なるほど、とチューズはうなづいた。


「ガイちゃんは見てませんの?」


 どうやらガイスはパルヴァスも孤児も見かけていないらしい。首を横に振った。


「チューちゃんはどこで孤児を見ましたか?」

「橋の近くで物乞いしてるのを見たけど、今日は見なかったな。夜になったら、どこかへ行ったのかもしれない」


 橋で物乞いか。

 なるほど、考えたな。

 エルリアント村の橋は今では立派な観光地となっている。ドワーフの最新技術が使われており、河岸も補強されている。

 それを見に来ている人も多いので、冬という時期でも人は集まりやすい。加えて、観光しに来ている者は、エルリアント村はジックス街で生活している者ではない。

 つまり、孤児に恵みを与える心理的な壁が薄いのだ。

 孤児からしても、毎回もらえることがない、というのが分かっている状態だし、観光客側かしても、つきまとわれることが無い状態ではある。

 言ってしまえば、今後一切会わない相手。

 なので、施してもらえる可能性は高くなる。

 もっとも。

 それはほんのわずかであって、ほとんどの人間は素通りであることは変わらない。

 懐が豊かな商人を狙ってるのかもしれない。

 なんにせよ――


「さすがパル。やるなぁ」


 一年間、路地裏で生き延びたことはある。

 俺は感心して、うなづくのだった。

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