~卑劣! お姫様とお嬢様、どっちがお好き?~

 エルリアント村。

 そう名付けられたその場所はジックス街から歩いて行ける距離にある。

 もちろん、この大陸に歩いて行けない場所など、ある意味では存在しないが。まぁ、海の向こうの倭と義の国や日出ずる国、そして魔王領へ入るのも歩いては不可能だ。

 まぁそういう意味ではなく、子どもでも歩いて行ける距離、という意味が妥当かな。

 ヴェルス姫の近衛騎士といっしょに新しくできた街道を歩く。踏み固められたばかり、という雰囲気だった以前とは違って、今ではそれなりに安定してきているようだ。馬車の轍も目立つようになってきた。

 石畳みのように舗装された場所も増えており、快適さはどんどん増していくことだろう。そのうち、完全に街道として舗装されるかもしれない。

「問題なし」

 周囲を見渡しても、遮蔽物のような物はない。大きな岩や隠れやすい木々もなく、モンスターが潜んでいる可能性はゼロに近かった。

 気を抜いて良いわけではないが、安心してお姫様が歩ける道でもある。

 馬車ではなく徒歩で移動するのを是とした理由が分かるというものだ。


「ではでは、ルビーちゃんは賭け事で稼いでいたと」

「えぇ。とりあえずの食料を手に入れたら、それを元手に路地裏のおじさま達に声をかけました。あらあら、わたしみたいなか弱い女の子と賭けもできないなんて、色んな部分が小さいのですね。と、挑発すれば一撃ですわ」

「……見たのですか?」

「見なくても分かるというものです」


 なるほどぉ、とヴェルス姫が納得している。

 すいませんルビーさん。お姫様に変なことを教えるのやめてもらっていいですか?


「村が見えましたよ、姫様」


 マルカが先を見通すようにして報告する。

 わざとらしい報告は、下品な会話を中断させたかったのだろう。


「ピクニック気分で冒険ができるのか、冒険がピクニック気分なのか。迷ってしまいますわね」


 そんな感想を持つお姫様にツッコミは不要か。

 どちらでもない、が正解なのだが。

 言わないほうがお姫様の気分的に良さそうだ。


「ところで、ここからどうやってパルちゃんの情報を集めるのでしょうか?」

「簡単です、ヴェルス姫」

「今はベルと呼んでくださいな、師匠さま。プリンチピッサでもよろしいですが」


 俺は肩をすくめる。

 それはお姫様にではなく、あまり良い顔をしていないマルカに向かって、だ。


「では、ベル姫。ここは新しい村で、仕事はたくさん有ります」


 冬だというのに建築中の建物がある。エルリアント村の境界はまだまだ曖昧で、簡易的な柵があるだけのようなもの。

 そこを通りエルリアント村の中に入ると、建築中の建物を見上げた。どうやら二階建ての建物らしく、ドワーフの職人が頑張っている。

 むしろ冬だからこそ、急いで建てているのかもしれない。

 そんなドワーフ達と共にあくせく働いている者の中には、みすぼらしい格好をしている者がいた。断定することはできないが、路地裏生活者である可能性は高い。

 手に職がなくとも、力仕事ができるのであれば、こうやって日銭を稼ぐことも可能だ。


「あの、師匠さま。ここにお仕事があるというのなら、どうして路地裏に人がいるのですか?」


 ごもっともな質問だ。


「単純に、知らない、ということが言えます」

「知らない……?」

「えぇ。ここに仕事がある、という情報が路地裏にまわってこない」

「そんな!」


 お姫様は抗議の声をあげたが……それ以上の言葉は続かなかった。

 それこそ、ヴェルス姫が痛感していることでもあるだろう。

 情報だ。

 情報には、価値がある。

 知らないことは、この世に存在していないと等しい。

 気付けなけれれば、その者の罪となる。


「……むぅ」


 ヴェルス姫は兜の中でうめいた。

 なにせ、パルに出会う前は、路地裏に孤児がいることすら気にも留められなかったのだから。

 情報には価値がある。

 知っている、知らない、では雲泥の差が生まれる。

 その『情報』をないがしろにする者が生き残れるはずがなく、だからこそ路地裏にいるのではないだろうか。

 勝手ながら、そんな想像をしてしまうほどに。

 情報とは大事なものだ。


「加えて、やはり仕事は力仕事になります。痩せ細った体では充分に働けません。そういう意味で、働けない者もいます」

「……そうですわね。あのような仕事、私でも無理ですもの。痩せてフラフラになった状態では、とてもできそうにはありません」


 大きな柱を運んでいる男を見ながらベルは言った。歯を喰いしばって運んでいるので、彼にとってそれがどれほどの重さなのかは想像にたやすい。

 このあたり、種族特性が出てしまうのも仕方がない部分ではある。ドワーフにとって軽い柱でも、他種族にとっては重い柱だ。労働力に差が出てしまうのも無理はない。

 人数だけは多いのが種族ニンゲンの特徴みたいなものだが、一番持久力があるところは強みではある。本来は長距離移動などで真価を発揮する俺たちなのだが、残念ながらモンスターはびこるこの世界では、なかなか活躍の場が見出せない。


「それからもうひとつの理由。ほとんどがこっちかと思われます」

「何なのでしょう?」

「やる気がないんです。彼らはすでに諦めている」

「……それは、本当ですか?」

「本当にやる気があるのならば、冒険者でも何でもやればいい。簡単な下水掃除の仕事だってある。でも、やらない。なぜだと思います?」


 分かりません、とお姫様は首を横に振った。


「単純にやりたくないんですよ。危険な仕事や辛い仕事を。日がな一日、物乞いをしていた方がよっぽど楽だし、気まぐれに誰かがごはんを恵んでくれる。たまには神殿が炊き出しをしてくれるし、ゴミをあされば無料で手に入る。仕事をしなくても生きていける。楽なんですよ」

「ですが……冬は寒く、凍えそうではありませんか」

「えぇ。ですから、冬になって後悔します。春になったら頑張ろう。そう思う人はたくさんいるでしょうね」

「では、春になれば……」

「いいえ。春になって温かくなれば、ずるずるとそのまま路地裏生活を続けます。だって、楽なのですから」

「そんな……」


 お姫様は言葉を探すが、それは見つかりそうになかった。

 重い物を運ぶ労働者の姿を見て、何かを訴えようと俺と視線を合わせる。でも、やっぱり何も言葉は出てこない。


「変わったお姫様ですわね、ベル姫。あなた、本当に王族ですの?」

「ど、どういう意味ですかルビーちゃん」

「王族は庶民の心理なぞ理解しません。いいえ、理解できないものです。ですが、あなたは楽をしたいという者の行動に理解を示しています。それを拒否するのは簡単です。でも、やらない。違って?」


 ヴェルス・パーロナは首を横に振った。


「違いません。楽をしたい、という気持ちは分かります。お勉強がイヤで、ベッドの上で一日中読書をしたい誘惑に駆られたこともありますもの」

「あなたはそのベッドから下りることができる人間種ですのね。尊敬します」

「路地裏で生きる者は、ベッドから本当に下りられないのでしょうか。そのベッドにいては、いつまでたっても苦しいというのに」

「壁ですわね」


 ルビーの壁という言葉に、ベルは首を傾げた。


「自分にとって、たやすく越えられる壁。ですが、他人にはどうしても越えられない壁となることがあります」


 たとえば、とルビーは人差し指を立てた。


「師匠さんと同じ部屋、同じベッドで眠りました。わたしとパルは平気で我慢できますわ。さぁ、果たしてベル姫に我慢できるでしょうか?」


 なんちゅう例を出すんだよ……


「う、うぅ。難しいです。だ、だって環境や立場が違い過ぎません?」

「いいえ、ベル姫。リスクは同じですわ。わたしやパルが師匠さんに手を出してもらった時、このステキで甘ったるい関係は終わります。楽しい日常が変化します。今までの生活がすべて違う物に変わりますし、わたしとパルの関係も変わってしまうでしょう。規模は違いますが、ベル姫も同じです。それでもあなたは我慢ができない。壁ですわ。誰もが我慢できる壁を、あなたは突破できないのです」


 それは詭弁だなぁ。

 なんて思ったが、口には出さなかった。


「分かりました。壁があるのですね」

「誰もが簡単に越えられる壁でも、その人にだけは越えられない壁。ちなみに、わたしはにんにくが嫌いですわ。あまり好みのにおいではありませんの」


 嫌いな食べ物と労働を天秤にかけられても困るが。

 まぁ、言いたいことは分かった。


「さて何の話だったか」

「パルちゃんの情報ですわ、師匠さま」


 そうそれ、とわざとらしく話を元に戻した。


「このようにエルリアント村では仕事があり、路地裏という存在がまだ希薄です。そもそも新しい村ですから、孤児という存在すらいない状態。そんなところにパルがいたらどうなります?」

「目立ちますわね」


 そのとおり、と俺はうなづいた。


「なるほど、聞き込みですね。では、皆さんよろしくお願いします」


 ハッ、と答えてマトリチブス・ホックの一部の者は散開した。護衛となる者は残っているし、恐らく見えていない範囲にも一般人に扮した護衛がいるのだろう。

 ちょっぴり緊張気味に護衛をしている甲冑姿のルーランもいる。ブカブカな甲冑なので、ちゃんとぴったりと合う物を支給してあげて欲しいものだ。


「しかし、回りくどい説明じゃないか、エラント殿」


 こっそりとマルカさんが言ってきた。


「知っておくべき情報を伝えておいた方がいいと思ったからだ」

「感謝する」


 騎士の一族では、やはりこの一般庶民の『怠惰』の説明は難しいのかもしれない。

 厳格な一族出身だと、本人も厳格なことが多いからな。

 まぁ、マトリチブス・ホックはそのあたり許そうな感じはあるが。末っ子姫の護衛騎士らしいといえば、らしいのだが。


「では私たちも情報収集に行きましょう」

「ならば、良い相手がいますよ」


 俺は先導して案内する。

 向かった先は、冒険者ギルド。以前は広場に簡素な掲示板がある程度だったのだが、ちょっとした建物となっていた。

 新しく建ててもらったらしい。一応はジックス街の支部ということになっているので、それなりに資金をまわしてもらったのかもしれない。

 ジックス街のように宿や食堂を内包しているわけではなく、受付と作業場がある程度。中に入ると、冒険者の姿はなく、ガランとしていた。


「ようこそ……?」


 ギルドの受付員が受付カウンターで首を傾げた。

 無理もない。

 騎士集団が入ってくる事態など、冒険者ギルドでも異例のことだ。受付員の後ろで、職員がバタバタと誰かを呼びに行ったのが分かった。


「な、なにか緊急の依頼でしょうか?」

「いえいえ、ただの情報収集ですわ」


 ルビーはそう言いながら冒険者の証であるプレートを見せる。

 そういえば、相変わらずレベル1のままだったよな。なんというか、実力と経験がとことんまで乖離してしまった状態だ。

 これもどうにかしておきたいところだが……今のところ冒険者から得られる情報は少ないし、盗賊ギルドで充分な気もする。

 それ以上にディスペクトゥスの名声が上がったところだ。

 あまり気にしなくてもいいか。

 まぁ、ヒマがあったらあげておくか、程度のこと。


「何事ですの!?」


 受付カウンターの奥からそんな声が響く。職員に連れられて、慌ててやってきたのはお嬢様冒険者だった。

 フリュール・エルリアント・ランドール。

 通称『銀盾のフリル』……だったか。


「まぁ! フリルお嬢様!」


 そしてルビーがなぜか大好きなのが印象深い。

 お姫様よりお嬢様が好きって、どういうことなんだろうな?

 ルビーがどちらかというとお嬢様口調なのにもそれが表れている気がしないでもないが、その理由は聞いていない。


「あら、皆さま。その節はいろいろとお世話になりました。えっと、それで何かご用でしょうか?」


 ものものしい雰囲気がある騎士集団。

 それに対して平然と対応できるのが貴族の特権とでも言うべきか。

 もっとも。

 平然と冒険者ギルドで雑用できる貴族というのも稀有な存在なのだろうけど。


「ちょっとした情報収集ですわ。お答えして頂けると嬉しく思います」

「えぇ、私で良ければ何でも聞いてください」

「やはりお風呂はメイドに任せて体を洗うのでしょうか」


 めちゃくちゃどうでもいいことを質問したので、ルビーの頭をぐい~っと横へ移動させ――られない!?

 ちくしょう!

 吸血鬼の怪力をこんなところで使いやがって!


「ぐぬぬぬぬ! 動け! 動け!」

「やめてください師匠さん、いま、いまいいところなのですから!」


 そんな風にわっちゃわっちゃとやっていたら。


「情報提供者の前で何をやってる!」


 マルカさんにスパーンと叩かれました。

 はい。

 すいませんでした。

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