~姫様! 大人と子どもの狭間で真面目と戯れの境界~

 パルちゃんとルビーちゃんと神さま達と夢の中で夢の中で大冒険しました。今日も夢の中では楽しかったです。


「あれ?」


 もちろん夢でした。

 気が付けば朝で、ぐっすり眠っていたのかすでに太陽は昇っていました。

 いつも見ている夢のような気がしますが……なんだったのでしょう。すでに内容を忘れてしまいました。夢というものは厄介ですね。

 でも覚えていることもあります。

 楽しい。

 それだけで気分良く起きれるのだから、文句はひとつもありません。


「おはようございます、姫様」


 メイドさんが起こしに来てくださいました。お湯で温められたホカホカタオルを持ってきてくださったので、それで顔を洗います。


「ふぅ。いつもありがとうございます」

「いえいえ。新しい下着に着替えますか?」

「そうですね。師匠さまに会うのですから、いつだって綺麗な下着でいたいもの。着替えましょう。かわいいやつでお願いします」


 分かりました、頑張りましょう。と、メイドさんは拳を握りしめて着替えの準備に入りました。

 その間に、はぁ~、と息を吐いてみる。

 部屋の中でも真っ白になってしまうほどの寒さ。外はもっともっと寒いはずです。こんな寒さで毛布もなく、ずっと冷たい地面の上にいるというのは、どれだけ辛いか。

 私はベッドから下りて、宿の床に手を付けました。

 痛いほどの冷たさ。

 とてもじゃないですが、床では眠れそうにありません。

 いったいどれほどの孤児たちが、昨日の夜を震えながら過ごしたことでしょう。

 もしかしたら――命を落とした者もいるかもしれません。


「遅れた、ではすみませんね」


 やっぱりどこかで甘えがあったのでしょうか。『悪意』が悪意として働いているような気もします。たった1日の遅れが、どれだけの影響を及ぼしているか。

 実際にお城から出て、寒さという現実を体験している今、それを痛感してしまいますね。


「やはり調子に乗っていたのかもしれません」


 そうつぶやいた時にはメイドさん達が入ってきて、着替えが始まりました。服も下着も脱がされて、あまりの寒さに震えながらいそいそと着替えました。


「ドレスにします? それとも鎧?」

「鎧でお願いします」


 奇妙な質問に奇妙な答えを返し、メイドさん達といっしょにくすくすと笑いました。

 世界中のお姫様を探しても、きっとドレスか鎧かを聞かれるお姫様なんて私くらいでしょう。

 そして、それに鎧と答えるのも私だけですね。

 さすがに漆黒の影鎧の扱いはメイドさんには危ないですので、マトリチブス・ホックの皆さんが装備させてくれます。


「おはようございます、ヴェルス姫」


 装備をお手伝いしてくれるのは、ルーリアとカチュアとミナリアの仲良し三人組のようです。てきぱきと装備させてくださいました。


「ありがとうございます。今日の三人はどんな任務ですか?」

「一晩中パルヴァスを探していたので、今から休憩となります」


 あら、大変な役目だったのですね。

 ということは――


「パルちゃんは見つかりませんでしたの?」


 私の質問にミナリアが肩をすくめました。


「さすが盗賊です。しっぽすら掴ませてくれませんでした」

「パルちゃんが獣耳種でしたら良かったのに。きっとカワイイしっぽがありますよ」


 そう願います、と仲良し三人組は肩をすくめた。


「お疲れでしょう。温かい朝食を食べて、ぐっすり休んでください」


 ハッ、と三人は返事をして部屋から出ていく。入れ替わるようにメイドさん達が入ってきて、朝食の準備を始めました。

 今日はパンとベーコンエッグとコーンスープ。ホットミルクも用意してくださったみたいで、とても美味しそうな朝食です。


「いただきます」


 鎧で丁寧に食事するのはちょっと難しいですけど、マトリチブス・ホックの皆さんがやっているのです。私にもできるはず。というわけで、ちょっぴりカチャカチャと音が鳴ってしまいましたが、無事に朝食は食べ終わりました。

 温かい朝食のおかげで、じんわりと体が温まったところで外へ出ました。

 ぴゅぅ、と吹いてくる風が冷たくて、思わず目を閉じてしまう。

 普段ならお城の部屋に閉じこもって本でも読んでいるような寒さ。空を見上げれば、今にも雪が降ってきそうなどんよりとした灰色です。


「おはようございます、マルカ」


 マトリチブス・ホックに指示を出しているマルカに挨拶しました。その声にこちらを振り向くと、マルカは丁寧に頭を提げて挨拶を返してくれる。


「……どうしました?」


 いつもはもっと気さくな挨拶をするのですが、今日はやけに丁寧です。


「少し、良い顔になられました」

「兜をしているのに分かるものなのでしょうか」


 ほとんど見えていないはずなんですけどね。と、つぶやくとマルカはふふふと笑う。


「おや。愛しの彼が来ましたよ、姫様。どうぞその雰囲気のままで」


 はぁ……と、生返事をしていると、騎士に連れられて師匠さまが来られました。

 朝から師匠さまに会えるなんて、とても素晴らしい!

 今すぐ抱きしめて欲しいですわ~!

 と、思いましたが。

 先ほどのマルカのアドバイスに従って、心の奥底に小躍りする私を封じ込めました。


「おはようございます、師匠さま」

「おはようございます、ヴェルス姫さま」


 膝を付き挨拶しようとする師匠さまに、不要です、と答えた。ありがとうございます、と師匠さまと視線を合わせると、ふ、と柔らかく微笑まれました。

 ステキ。

 あぁ、やっぱり私は師匠さまと結婚するんだなぁ。

 と、思いました。


「パルヴァスは見つかりましたか?」

「いえ。残念ながら発見できませんでした。同様にルビーも見つからず。至らずに申し訳ありません」

「いいえ、謝罪は不要です。それだけ優秀という証でしょう。師匠さまの指導が優れているという証明でもあります。誇りなさい」

「もったいないお言葉。ありがとうございます」


 師匠さまはそう言って丁寧に頭を下げた。

 そして、顔をあげたところで――お互いに、へにゃ、と雰囲気を崩す。


「このような方が好みでしょうか、師匠さま」

「いいえ。いつものヴェルス姫が良いかと思います。ですが、対外的には必要でしょう」

「そうですね……ん?」

「どうしました?」

「対外的に、と仰いましたが。師匠さまはすでに私の身内と考えていらっしゃるのですか?」

「あ」

「結婚式の日取りを決定します。マルカ、明日はいかがでしょう?」


 早速予定を立ててもらいましょう。

 と、マルカに命じました。


「亡命もままならぬ予定ですよそれ」

「いいえ、師匠さまなら可能ですわ。地の果てでも連れていってくださるでしょう」


 師匠さまはなんと転移の腕輪という素晴らしい物をお持ちです。今この瞬間にも、誰にも知られていない秘境へ、私を連れ去ってくださるでしょう。

 と、師匠さまを見ると、盛大に視線を外されてしまいました。


「冗談ですわ、師匠さま。ですので視線を合わせてください」

「王族の冗談は心臓に悪いのですよ」


 苦笑しつつも師匠さんはこちらを向いてくださいました。


「朝食は食べられました? まだでしたらメイドに用意させますが」

「遠慮しておきます。まだ罰ゲーム中ですので」


 そういえばそうでした。

 お金で買うのはダメ、自分で手に入れた物でないとダメ、という路地裏的なルールでしたね。

 パルちゃんとルビーちゃんも同じ罰ゲーム中だそうです。

 早く見つけて、私の偽善活動を進めたいところです。


「それにしてもパルちゃんはどこにいったのでしょうか? マトリチブス・ホックも合わせて一晩中探したのに見つからないなんて」

「もしかしたら街から出ているかもしれません」


 えぇ!? と私は驚きました。


「エルリアント村の方へ行った可能性もあります」

「橋のある川沿いの、新しい村ですね」


 はい、と師匠さんはうなづく。


「その根拠は何なのでしょう?」

「え~っと、あまりお姫様に聞かせる話ではないのですが……」

「何でもおっしゃってください。情報に齟齬があってはいけません。欠けた情報を想像で補うのは危険だと教わりました」


 素晴らしい教えです、と師匠さんはうなづく。

 では、と説明してくださいました。


「エルリアント村は娼婦が多いんですよ。工事の際、多くの娼婦があの場所に稼ぎに行ったのですが、そのまま居ついた者が多く、村の産業が安定していない中、橋という観光資源がメインとなり、そのまま娼館が増えることになったみたいです」

「観光の者が多いと娼婦が増えるんですか?」

「そのまま宿に泊まる人が多くなりますので、その夜に……という感じです。特産物などの食事があるわけではないので、どうしても」

「食欲が満たされないのであれば、性欲というわけですね。分かります分かります」


 分からないフリをしてくださいとマルカが小言。

 理解できた方が良い話ですのに、分からないフリをしろ、とは難しいことを言いますね、マルカ。無知な女を演じるのはベッドの中だけがいいと思います。


「娼婦が多いということは、夜でも活動がある。孤児として、そちらに移動して夜風をしのいでいてもおかしくはありません」


 なるほど、と私は納得しました。


「では、そちらに行ってみましょう。歩いて行ける距離ですよね。夜通し捜索していた者はしっかり休んでください。無理に付いてくる必要はありません」


 そう命じて、私たちは移動を開始しました。

 ある程度はぞろぞろと集団になるのは仕方がないことですが、それでも馬車が行列を作るよりはマシでしょう。

 それに――やっぱり街を自分の足で歩けるのは嬉しいことです。

 酷い表現となりますが、ここって私たち王族の所有する土地ということになるはずです。でも、自分で自由に歩けないっていうのは、変な話に思えます。

 安全面とか、そういうのを考えると仕方がないことなんでしょうけど。

 開かれた王室とか、そういう言葉はありますのに。

 開かれた領地、というのが無いのは、不思議なものです。

 犯罪者のいない超安全な街、というのが作れたらいいのでしょうか?

 う~ん……


「どうされました、姫様」

「安全な街というものを考えていました。子どもしか住むことが許されない街など、どうでしょうか? 12歳を迎え、成人したら出ていく。そうすれば孤児はいなくなりますよ」

「最高ですね」


 なぜか師匠さまが多いに賛同してくださいました。


「不可能ですよ、姫様。子どもの面倒を子どもが見ることになります。誰が料理を作り、誰が警備をし、誰が整備をして、誰が掃除するのですか」


 子どもが政治をする街。

 それを考えると――


「……ダメですわね。ちょっとした思いつきです。忘れてください」

「ですが着眼点はよろしいかと。逆を考えれば良いのですわベル姫。子どもだけの街ではなく、大人が子どもになる街。その街では大人が子どものフリをしないといけない。ルールを破れば牢屋行き。誰もが無邪気に子どもに還れるステキな街になるでしょう。もちろん子ども同士の恋愛は推奨されます。異常性癖ではありません。幼いがゆえに、無知ゆえに、無条件で結婚の約束をするのは良くあることです。ですので、大人と子どもという関係ではありません。子どもと子どもの無邪気な恋愛です。無知を利用した無邪気なエッチというのも悪くありませんわ」

「なるほど、あなた天才って言われませんか、ルビーちゃ……ルビーちゃん!?」


 突然現れて、素晴らしいアイデアを語るルビーちゃんがいつの間にか隣にいました。


「神出鬼没とはこのことです。びっくりしました」


 当然のようにいっしょに歩いている中に混ざっていました。不思議。師匠さんと同じく路地裏生活者のようなフリをしていて、頭から布をすっぽりとかぶってらっしゃる。布の下から紅くキラキラとした瞳が見えました。八重歯が幼さを強調するようで可愛らしい。

 師匠さまが好きになっちゃうわけです。

 ルビーちゃんみたいに、私も無邪気に語ればゆるされるでしょうか。


「神になったつもりはありませんが。それでいて引っ込むつもりは毛頭ございませんが。話は聞かせてもらいました。私も同行しますわ」


 神出鬼没に対する答えのようです。

 ふふ、と私は笑いました。


「よろしくお願いします。それで、大人と子どもの恋愛が当然ということですが、王族と平民の恋愛が当然となる街も考えてくださいませんか」


 いけません姫様、とマルカにたしなめられました。

 むぅ。

 王族の誇りなど、掃いて捨てても誰も困りませんのに。

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