~卑劣! 近衛騎士団の崩壊~
娼館の上でどっかりと腰を下ろすと。
拘束したままの少女は身をよじるようにして俺と目を合わせた。ちょっぴり釣り目の少女は成長すれば美人になるのだろうが……獣耳種なので丸み耳が頭の上にあり、可愛らしい感じもするので、是非ともこのままでいて欲しい。
そんな気がした。
「先にひとつ疑問を解消しておきたいのだが、いいだろうか?」
「はい、なんでしょう」
「君は獣耳種のどの動物なんだ?」
「たぬきです」
「あぁ~。しっぽは?」
「見ますか? ちょっとスカートをめくっていただければ見えます」
もそもそ、とスカートの内側が動いた。
しかし女の子のスカートをめくって、しっぽを見るという行為は……なんというか、女の子に対してしちゃいけないような気がするので遠慮しておいた。
「正体は偽っておりません。いつでも見てください」
「はい」
律儀なのか何なのか良く分からん、と思いつつ魔力糸を解放する。
少女は素早く起き上がり、屋根の上に座り直した。
さて、些細な疑問も解消したので本格的に質問していこう。
「どうして追いかけてきたんだ?」
「申し訳ありませんが私はあなたの顔を知らなかったもので。実力で判断しました」
なるほど。
納得してしまった。
しかし――
「一声かけてくれたら良かったんじゃないか?」
「いえ、その前に逃げてしまったので」
「そりゃコソコソと後ろを尾行されたら誰だって逃げるぞ。あと、俺がそちらを確認しようとすると逃げただろう」
俺が肩をすくめながら告げると、少女はびっくりしたような表情を浮かべる。
「まさかバレていたのですか?」
「盗賊なめんな」
パルでも分かるぞ、それくらい。
「そのようですね。認識を改めます」
たぬき少女は、うん、と納得するようにうなづいた。
変な娘だなぁ。
「……なんというか、マトリチブス・ホックっておまえさんみたいなのもいるんだな」
「新人ですので」
言い訳か?
まぁ、言い訳としてはこれ以上ないってほどの言い訳なんだけど。
「私は特別扱いなのです」
「ほう、期待の新人か」
「いいえ。悪い意味で特別扱いです」
「なんだそれ」
なにやらテストに合格したのだが、いろいろと〝足りてない〟ということで春からではなく冬から入団することになったそうだ。
「それでも家族はとても喜んでくれました。自慢の孫娘だ、とお爺様も泣いていましたよ」
「はぁ」
なんでこの娘、初対面の俺にそんなプライベートなことまで教えてくれるんだろうか?
好きなの俺のこと?
勘違いしちゃいそう。
いや、そんな勘違いをしてしまうから、俺っていう人間はダメなんだよ。うん。幼女なら誰でもいいのか? 美少女ならば何でもいいのか?
「ふむ……」
「あの、私の顔に何か……寝ぐせ?」
パッツンと綺麗にカットされた髪に寝ぐせなどないが、青が混じった髪を手櫛で梳いていく少女。
そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。
「失礼だが、君の名前を教えてもらってもいいだろうか?」
「まったく失礼ではありません。むしろ、名乗るのが遅れて申し訳ありません」
彼女は素早く立ち上がりビシっと〝気をつけ〟をした。
「ヴェルス・パーロナ姫の近衛騎士団『マトリチブス・ホック』に所属するルーラン・ドホネツクです」
「立派な挨拶、ありがとう」
「いえ。ヴェルス姫の夫となるお方への挨拶ですので。むしろ自己紹介が遅れたことを正式に謝罪しなければ」
「ん?」
なんだって?
「夫?」
「はい、夫です」
「いやいや。何を言って――」
「最初は私を試すための冗談かと思いきや、ヴェルス姫は本気でした。あなたと結婚すると硬く誓っておられです。素晴らしい。魔物からヴェルス姫を救い、将来を誓い合う相手となった。これ以上なく分かりやすいプロポーズです」
「は?」
「あ、そうですね、謝罪の話でした。重ねて申し訳ない。あぁ、ならば、挨拶ではなく思い切り追いかけてしまったことを謝罪すべきでしょうか」
「待て待て、話が散らかっている。いま何の話だ?」
「あぁ、それとも旦那さまに剣を向けたことでしょうか? ついつい武器を向けられたので体が反応してしまいました。お爺様や兄に鍛えられ、頭が麻痺するまで教えられたのです。武器を抜いた相手は斬って良し、と」
待て待て待て待て。
喋るたびにツッコミどころを増やすのは止めてくれ!
「ストップ。とりあえず黙ってくれ」
「ハッ!」
ルーランは、まるでお姫様の命令を聞いたかのように直立不動で黙った。
都合がいいのだが、上司でも姫でも王族でもない、単なる盗賊のお願いを、そんな風に命令を聞くみたいに受け取らないで欲しい。
こう……なんか、やっちゃダメな命令を聞いてくれそうで、人としての悪い部分が表に出てきそうになる。
脱げ、と命令すれば脱いでくれそう。
なんて思っちゃダメ!
そんな勇者に顔向けできなくなってしまうことをやってしまうわけにもいかず。
ましてやパルにも怒られそうな部分は心の奥底に封印してしまってから、ルーランへと進言した。
ちなみに心の中のルビーは、オッケーですわ~、と言っているが無視しておく。
「まず大前提として訂正しておく。俺はヴェルス姫と結婚する予定など、ひとつも無い」
「……なんですって?」
「あれは姫が勝手に言ってることなんだ。なので、あまり真剣に受け取らないで欲しい」
「ちょっと待ってください、エラントさま」
「さまを付けないでくれないか。俺は卑しいただの盗賊だ」
「ではエラント」
年下のキリっとした美形よりの騎士少女に呼び捨てにされた。
なんかこう、ゾクゾクとした……
「王族の命令に逆らうのですか」
「いやいやいや、待て待て待て待て」
「はい、待ちます」
素直。
「だからそれはヴェルス姫が勝手に言ってることだと言ったじゃないか。王族が勝手に結婚相手を決められると思っているのか? 君だって騎士一族だろう? 結婚相手は自分で決められないことは重々承知しているはずだ」
はい、とルーランはうなづいた。
「私の結婚相手はお爺様かお父さまが決めることになるでしょう。つまり、目上の者が決めます。ですが、お爺様より立場が上の方が私を欲しがったのなら、私に拒否する権利はありません」
どこにでも嫁ぎます、とたぬき騎士が硬く拳を握りしめた。
「なるほど、そういう理論か」
「理論ではなく、そういうものでは? 自然界のルールです」
いや絶対に違う。
そんな自然界のルールがあってたま――いや、強きオスがメスが求めてそれに応じるのは自然界では当然か。当然か?
「じゃぁ、大前提に大前提を重ねるが……末っ子姫より上の立場であるパーロナ国王がヴェルス姫と俺の結婚を反対しているぞ」
「なんと!?」
大げさなほどに驚くルーラン。
「ヴェルス姫は強き者への反逆の意思があるのですね」
「まるでクーデターを企てるような言い方はやめろ」
おまえさん、新人でもヴェルス姫の近衛騎士なんだからな。
それ、誰かに聞かれて誤解されたら一発でヴェルス姫がアウトなんだからな!
「つまり、ヴェルス姫は強き者へ挑戦しているのです。それは私も同じ。あの頃勝てなかった兄へ何度も何度も挑戦し続けた結果、今の私があるのです。私がいつかお菓子を手に入れられたように、姫様もエラントと結婚を目指しているのです。素晴らしい! ヴェルス姫の近衛騎士になれて良かった!」
意味不明なことを言いながら勝手に感動しているルーラン。
おう。
ダメだ、この子。
早くちゃんとした教育をしてやってくれ。というか、なんでこんな子を連れて来てるの? お城で留守番させておくべきじゃなかったの?
マルカさんに言おう。
そう思いました。
「というわけでエラント」
「はい」
「結婚しましょう」
「おまえとか」
「失礼、言葉が足りませんでした。ヴェルス姫と結婚しましょう」
「人の人生を何だと思ってやがる」
俺は両手を伸ばしてルーランのほっぺたをつまむ。逃げないところを見ると、ホントに俺を王族並みの扱いをしているつもりなんだろうか。
「いひゃいへす、ふぇらんと」
「誰がフェラントだ」
ほっぺから手を離す。やっぱりパルが一番つまみ心地がいいなぁ。やわらかくてむにむにしてて、カワイイ。
「フェラなんて言ってません」
「お、おう」
「フェラではなくエラです」
「分かった。分かったから、うん」
ちなみに娼館の屋根の上なので、今現在も色んな男女が夜のお祭をハッピーハッピーに過ごしてる最中なので、そういうこと言うとドキドキするのでやめてもらっていいですか?
「で、とりあえずおまえさんのことは分かった」
「私のことを知ってくださり、ありがとうございます」
ベラベラと事情を話してくれるのはどうなんだ、と思うが……今ここでそれを指摘しても仕方あるまい。誰からか盗賊ギルドに情報を売られても俺の知ったことではない。
「それで、俺に何の用事だ?」
「ヴェルス姫が会いたがっていました」
まぁ、そうだろうな。
「というわけで、いっしょに来てください」
「断る、という選択肢は」
「その時はヴェルス姫を担いできますので場所を教えてください」
本当にやりかねない雰囲気がある。
罰ゲーム中で路地裏生活を続けないといけないのだが……仕方がないか。
できることならパルともいっしょが良いんだけど、今どこにいるのか分からない。夜は色街で過ごすのが安全だとパルから聞いていたので近くにいるとは思うんだが。
「もうひとり連れていきたい子がいるんだが、いいか」
「ダメです」
キッパリとルーランが断った。
「なぜ?」
「ヴェルス姫が会いたがっていたのはエラントだけで、探すように言われたのはエラントだけです」
「そう命令されたのか?」
「エラントを探して連れてきてちょうだい、と言われました」
そういう命令ならば仕方がない。
新人なのでパルの情報も共有されてないんだろう。
しかし、大丈夫かなぁ。
一応、パルがいれば抑止力的な役割になったと思うんだけど……
それこそヴェルス姫はマジで本当のお姫様であって、『命令』をされれば誰も逆らうことはできない。
そんなことをしない賢い姫だとは思っているんだけど。
誰にだって魔が差すことはある。
俺にだってある。人間だもの。
というわけで是非ともパルと同行したかったのだが、仕方がない。どこかでルビーが観察していて、パルにこっそり告げ口しててくれたら助かるのだが。
「……」
「どうしました?」
適当に屋根の上にできた影を覗いてみるが、ルビーがいる様子はない。真面目に孤児をやっているんだろうか。ルビーのことだから喜々と楽しんでいる気がする。
なんでも楽しむ天才だからなぁ、ルビー。
「こちらの方向です」
方向ってなんだよ、方向って。
いや、分からんでもないけど。
というわけで屋根の上を案内していくルーランに付いていく。
娼館の上を渡って付いていくの変な話だが、屋根の上で決着がついてしまったのだから、こうなってしまうのも無理はないか。
なんともマヌケな気がするなぁ。
そう思いつつ色街の上を進んで行き、手頃なところで屋根から下りる。そのまま色街を抜けて住宅区へと進んだ。
黄金の鐘亭へ向かうかと思ったが違うらしい。
「こちらです」
到着したのは住宅区の一軒の宿。そこまで大きくなく、新人の商人が使うような感じで、寝泊りだけができるような簡素なものだった。
「なんだろう……物凄くイヤな予感がする」
「何でですかエラント」
「大丈夫だろうか。こう、既成事実を作られたりしないだろうか?」
「既成事実とは何ですか? 説明してください」
「こう、部屋に入った瞬間に裸の姫がいたりして、そこへ君たちが踏み込むんだ。もう関係をもってしまったのなら仕方がない、などと報告して姫を王族から排除される。みたいな」
それを聞いたルーランが、あはははは、と笑った。
「ヴェルス姫がそのようなことをするはずがありません。それをするくらいなら、ヴェルス姫は王を倒し、あなたを手に入れるでしょう」
なんかルーランの中でヴェルス姫のイメージがおかしくなった気がするが。
とりあえず、いつでも逃げられるように警戒しつつ、入るか。
「あ、おつかれさまでーす。はやくはやく、姫に会ってあげてエラントさん」
宿に入ると、護衛をしていた騎士にそう声をかけられた。
軽い。なんだこのキャピキャピした女の子っぽい近衛騎士は。
俺の中でマトリチブス・ホックのイメージが崩壊していくんですけど。
まぁ、そのおかげで既成事実とか、なんかそういう悪だくみはしてないんだろうな、というのが分かって良かった。
一安心。
ホッと胸を撫でおろしつつ、宿を進む。
「よくやったルーラン・ドホネツク。さすが期待の新人だな」
「ハッ! ありがとうございます」
「姫様にたっぷり褒めてもらえ」
「了解しました」
そんなふうにルーランが褒められているのを後ろで聞きつつ、示された扉をノックする。
コンコンコンと叩くと――
「ふあぁ~い」
なんとも奇妙に間延びした返事があった。
「?」
なんだ、と思いつつ部屋に入る。
そこにはベッドの上でヴェルス姫がぐんにゃりと倒れていた。漆黒の影鎧を装備した状態で、兜だけは外しているので、綺麗な金髪がベッドの上に散乱している。
そして、ベッドの横にはマルカさんも同じくぐんにゃりと座り込んでいた。
「なんだこれ?」
俺の警戒心がまったくもって無駄だったのが。
なんかこう、幸いだったのか、それとも逆なのか。
いやもう、ぜんぜん分からんな。
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