~姫様! 友達のフリはしてもらえる人生~

 黄金の鐘亭の看板娘、リンリー・アウレウム。

 お胸がぺったんこになっているのは砂漠国が開発した最新のブラジャーを師匠さんからプレゼントされた結果でした。

 とてもとてもうらやましいのですが、そればかりに目がいっては話が進みません。むしろ、せっかく人の目から解放されたリンリーさんですので、それ意外の話をしないといけませんよね。


「本日はお日柄もよろしく……え~っと……最近はどうですか?」

「挨拶が下手な親戚のおじさんを思い出します」


 ルーランが後ろでボソっと言いました。

 親戚のおじさんみたいで悪かったですわね!


「すいません、前置きは無しで。ヴェルス姫ではなく、パーロナ国で生きるひとりの国民としてリンリーに問います」


 広い意味では、王族の姫でも国民は国民ですからね。

 そういう意味では、私もリンリーも同じ立場です。ただ違うのは住んでいる場所だけ。リンリーは師匠さまのお隣です。

 つまり、リンリーの方が立場が上。私が喉から手だけでなく全身が出るくらいにうらやましい話。朝ごはんとかいっしょに食べたり、手作りの朝食を師匠さまが食べたりしているそうですよ?

 完全に私の負けです。

 今すぐ平伏したい気分です。

 お願いします、養子にしてください、と頼めば私も看板娘になれるかしら。

 リンリーにではなく宿の店主さまにお願いするべき話ですけどね、これ。


「な、なんでしょう」


 改まって聞く私の態度にリンリーは混乱しつつも態度を改めるように視線を合わせられました。

 それにゆっくりうなづき、私は本題を切り出します。


「師匠さまはどこへ行かれました?」

「エラントさんですか」


 何の話かと身構えていたリンリーですが、本題の内容を知ってホッと息を吐く。

 その様子から見て、大したことがないと推測できます。師匠さま達は遠征とかではなく、意外と近くにおられる様子。


「エラントさん達なら路地裏で生活してらっしゃいます」

「は?」

「パルちゃんとルビーちゃんも路地裏で孤児になってますよ」

「へ?」

「私もパルちゃんに残飯を恵みました」

「え?」

「ルビーちゃんは追い返しましたけど」

「ん?」


 え~っと。

 意味が分からないんですけど?

 理解できますか、とマルカを見上げましたが……マルカも私を見下ろしてきました。

 バイザーの奥で視線が訴えてきます。

 意味わかんない、と。

 珍しく年相応な雰囲気になってるマルカがちょっと可愛く見えましたが、それは私の現実逃避のせいでしょう。

 理解が追いつかないので、別の思考によって頭の回転をごまかしているのです。

 今もそう。

 自分が混乱している状況を自分で俯瞰して見ている感じで、実のところ何にも考えていなのが本音です。

 いやいや、混乱している場合ではありません。

 どういうことが聞き出さねば。


「失礼ですが、リンリー。いえ、リンリーさま。先ほどの話は真実でしょうか? いくら同じ国民であなたの方が有利な場所にいるとあっても、王族に嘘をついたとなると私だって末っ子姫の本気を見せなければなりませんよ?」

「い、いえ、嘘じゃないです! ホントです!」


 リンリーは慌てて、重ねるように真実ですと答えた。


「どういうことなんですか? だって家はまだありますのに」

「パルちゃんの修行のため、とエラントさんは言ってました。理由は良く分からないんですけど、盗賊の訓練みたいです」

「そんな訓練があるんですか?」


 マルカに聞いてみる。


「盗賊の事情は詳しくありませんが、騎士にも似たような訓練があります」

「どんな内容なのでしょうか?」

「武器も鎧も何も持たずに森に入り、三日間耐え抜く訓練です」


 それを聞き、ルーランがびっくりしてます。

 私も、やれと言われれば絶対にイヤな訓練ですわね。いえ、やりたいと言っても、絶対にやらせてもらえない訓練ですけど。

 お姫様ですので、剣や弓の訓練くらいはやらせてもらえましたけど、さすがにそんなサバイバルな訓練はやらせてもらえないでしょうね。実戦も実戦です。下手をすれば魔物と遭遇するでしょう。

 というか、剣を振らせてもらえるのも未成年の今だけ。

 大人になれば、マナーを覚えたり社交の訓練やダンスの練習、座学として王国の歴史を学ぶ必要もありますでしょうし、密かに楽しみにしているお世継ぎを宿すお勉強もあります。


「姫様には必要ない〝お勉強〟です」

「なんでですか、先生!?」

「そのベッドの下にある『教科書』を読み込んでおられるではないですか」

「ファンタジーと現実を混同しても良いのですか!?」

「なんですか、それ」

「小説の中では乙女だって初めから物凄いことをしますよ! まずはウブな少女のフリをするべきではないでしょうか」

「そういうのを理解しておられですから、必要ないと申しているのです」

「やだー! お勉強しますぅ~!」


 世にも奇妙な、勉強させろ、と嘆くお姫様だと呆れられました。お姉さまなんて、恥ずかしくて勉強できない、とか顔を赤らめて逃げたと聞きます。

 なんともったいないことを!


「マルカ。その訓練は私も参加しないといけないのでしょうか」

「当たり前だルーラン。これでも多少はマシになったんだぞ」

「ど、どういうことですか?」

「大昔は全裸だった。本当の意味で、何も持たない状態で三日、という非常に厳しい訓練だったが……時代錯誤だと言われ、今は服を着ることが許されている。良かったな」


 全裸……!?

 と、皆さんが驚いている中、私はちょっとうらやましいと思ってしまったので、声に出さなくて正解でした。

 騎士の訓練って男女合同でしょ?

 つまり、そういうことですよね!

 いいなぁ、昔の人。

 まぁ、どちらにしろ私は参加できないのですけどね。


「う、うぅ~」


 まだまだ先の訓練に怯えるルーランちゃんに苦笑しつつ。

 私はリンリーさんに質問しました。


「師匠さま達が路地裏に行ったのは分かりましたが……路地裏のどこにいらっしゃるのでしょうか?」

「ごめんなさい、そこまでは分からないです。でも、これだけ寒いですから、自然と人が集まる場所ではないかと……」

「それはどこでしょう?」

「あまり詳しくはないのですが、冬は夜になるとあちこちで火が焚かれます。昔は魔除けの意味とかがあったと聞いたことがありますが、今は警備のためだとか、そう言われてますね。ですので、その火に温まりに路地裏生活者が寄ってくるみたいですよ」


 ほら、とリンリーさんは窓の外を示す。

 そこから見えるのは中央広場。そこに火を燃やしたような痕跡と薪が積まれているのが見えました。

 今の時間帯で路地裏生活者の姿は見えませんが、夜になると集まってくるのでしょうか。


「……失礼ですけど、治安は大丈夫なのでしょうか?」

「ヴェルス姫が心配なさるようなことはありませんよ。住民が持ち回りで見回りもしますし、自衛団の人もいます。そもそも冬の夜に出歩くような用事はありませんし、滅多なことでは何も起こりません」

「なるほど。でも気をつけてくださいね、リンリー」

「お気遣い、ありがとうございます」


 では失礼しますね、と挨拶をするとリンリーはホッと胸を撫でおろしました。

 王族との会話に緊張されたのでしょう。

 申し訳ない気持ちと共に、少しだけ寂しい気持ちにもなります。

 やっぱり、簡単に友達にはなれませんね。

 そういう意味では、パルちゃんってちょっとおかしいですわよね。最初は私のことを貴族かと思ってたのであまりかしこまっていなかったのは分かりますけど。

 いえ、出会い方が理想でしたからね。

 パルちゃんの素を見抜けた私の勝利と言えます。

 でも、王族を何だと思っているのでしょうね、パルちゃん。

 一周回っちゃった感じ? いえ、一周回ったらかしこまってないとおかしいですよね。

 ま、お友達の関係ですから、いいのです。不敬なんて言ってたら師匠さまと結婚することもできませんからね。


「どうされるんですか、ヴェルス姫」


 黄金の鐘亭から出ると、ルーランが質問してきました。


「一刻も早く師匠さまに会いたいところですが……」


 チラリとマルカを見上げる。


「マトリチブス・ホックを使ってジックス街の路地裏をしらみつぶしに捜索せよ、と命令を出していいでしょうか?」

「……どうなるかお分かりで?」


 私は肩をすくめました。

 そんなことをすると、騎士団が路地裏生活者を一掃しようとしている、なんていう噂が立ちかねません。

 いくら浮浪な生活をしていると言えども、領民は領民です。それを追い出そうとしたり、排除しようとしている、なんて話は領主の器に問題有りと言われてしまいます。

 お世話になっているイヒトさまに、そんな噂を立てて良いわけがありません。

 マトリチブス・ホックを使うのはダメです。

 あと、休憩中ですからね。

 護衛してもらってる一部の者を除いて、しっかりと休んでもらわないといけません。


「あくまで私用ですものね。そういう意味では、私のことをしっかりとベルと呼んで欲しいものですけど?」


 ルーランちゃんは応用が効きませんし、マルカは姫様と頑な。ふたりを説得するのは、なかなか骨が折れますね。

 やっぱり、お友達を増やすのはお姫様にとって至難なのでしょうか。

 せめて貴族に生まれたかったものです。

 ……その考え方は贅沢でしょうね。路地裏で生きていたパルちゃんに対して、申し訳ない気がします。

 ですが、そんなパルちゃんが路地裏に戻ってしまったと。

 いくら訓練や修行とは言え、やっぱり何かちょっと思ってしまうのです。

 師匠さま、それはあまりにも可哀想です。

 私は師匠さまのことを運命の人とは思っていますが、パルちゃんのことは友達と思っています。

 友達が困っている時は、たとえ運命の人が相手であろうともちゃんと言いたいと思います。

 えぇ、えぇ、真正面から目を合わせて言いますとも。

 人の嫌がることをしない!

 そう堂々と言いたいですね。

 でもいざとなると、言えないと思います。


「はぁ~」

「ヴェルス姫、そう落ち込まないでください。たぶん何とかなりますよ」

「なんですかそのフワっとした励まし方」

「事情が良く分かりませんので、適当なことしか言えません」

「だったら、黙っておく、という方法もありますよ?」


 なるほど! と、ルーランちゃんは手を打ちました。ガチャン、とガントレットが音を立てるのがマヌケですね。


「仕方ありません。奥の手です」


 というわけで、私は中央広場にいるジュース屋さんに向かいました。


「盗賊のことは盗賊に聞くのが一番でしょう」


 真冬のジュース屋さん。

 実は盗賊ギルドのメンバーだということを、私はちゃんと知ってるんですからね!

 しかも彼女――

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