~姫様! あぁ、愛しの彼は路地裏へ~
あぁ!
私の最愛にして運命の師匠さま!
どうして!
どうして!?
どうしてあなたはこの扉を閉ざしているのですか!
「うわああああああん!」
私は扉を叩くようにして叫びました。
「師匠さま! 師匠さま! 師匠さま師匠さまぁ!」
開けて!
開けてくださいまし!
私はこのために! 今日というこの日のために!
あれほど頑張ったというのに。
ここでこうして師匠さまに会うためだけに。
たったそれだけのためにここまでやったというのに。
一言でいい、一目でもいいから師匠さまに会いたくてこの計画を実行したというのに!
偽善とののしられてもいい。
上っ面だけの善意と思われてもいい。
ただただ、この一瞬のため。
善意の裏側に隠した、たったこれだけの悪意。
悪意という名の私の恋心を。
ただただ慰めたかっただけだというのに。
「うわあああああん……師匠さまぁ……」
私と師匠さまを隔てるこの扉という壁は、こんなにも分厚いとは思いませんでした。
むしろ、お城の地下に囚われている師匠さまの方が檻という鉄格子なだけで、存分に触れあうことができたではないですか。
そうか。
そうでしたのね。
分かりました。
理解しました。
いっそのこと、師匠さまを大罪人として一生お城で幽閉すれば――
「ヴェルス姫」
師匠さまの家の前で崩れ落ちた私の隣に、ルーランが座りました。私の肩に手を置いてくださいます。
慰めてくれるのでしょう。
「嘘泣きでは相手の同情を誘えませんよ」
「……あ、はい」
なんで嘘泣きって分かったんですか、ルーランちゃん。
私は崩れ落ちる演技をやめて、ルーランに向き直りました。
「私も幼い時は良く使っていた手です。同情の隙を見せれば、技量が足らずとも相手を上回ることができますので」
「そんな盗賊みたいなことまでやっていたのですか」
「おやつは食べなければいけませんので」
大真面目な表情を浮かべているのがバイザー越しに分かりました。
「はぁ~」
大きくため息をついてから立ち上がります。膝についた砂を払ったりしなくていいのが、鎧の良いところですね。
「ヴェルス姫、マントが汚れています」
ですが、騎士甲冑は装飾品がありますので、汚れるみたいです。漆黒の影鎧には付いてなかったマントですが、メイドの皆さんが付けてくださいました。
曰く、この方がカッコイイ、と。
カッコ良さは大事ですよね。
騎士甲冑がカッコイイのは騎士への憧れや憧憬をアップさせるものもありますが、対峙する者への畏怖もアップされるそうです。
もちろん、私は騎士と戦ったことがありませんのでカッコ良さがどの程度影響するのか知らないですけど。
ドレスのようなものなのでしょうか。
可愛くて綺麗なドレスを着ているお姉さまとケンカをしても、勝てる気がしませんものね。
「はぁ~。マルカ、調べは付いていたのですよね?」
「はい」
扉の向こうの気配をうかがったりしていたマルカは、間違いありません、とうなづいた。
というのも、師匠さん達ってそれなりに留守をしていることが多く、秋の終わりごろはずっとどこかへ行ってらっしゃったみたいです。
もちろんパルちゃんとルビーちゃんもいっしょに。
新婚旅行でしょうか。うらやましい。
私の時も遠くへ連れていって欲しいです。そうですね、まだ誰も行ったことがない未開の地……海の向こう側の水の流れ落ちる場所などどうでしょうか。
ふたりで世界の外側へ行き、私と師匠さんだけの楽園を作るのです。
まさに創生のふたり。
うふふふふふ。
「情報では、確かに三日前まで在宅を確認しています。いっしょに訓練するエラントとパルヴァスが目撃されています」
「ルビーちゃんは?」
「ルゥブルムは夕飯後にひとりで散歩しているのを目撃されていますね」
「冬の夜に散歩ですか?」
とっても寒そうなお散歩ですけど。
もしかしたら、何らかの仕事でしょうか。
その仕事が本格的に始まったので、また留守になってしまったとか?。
「ヴェルス姫、いったいここにはどなたが住んでいるのですか? そんなにも重要人物なのでしょうか?」
四角い奇妙な家を見て、ルーランちゃんは首を傾げているようでした。
どうやらそこまで情報共有はされていないようですね。
まぁ、新人にベラベラと私の恋路を話されるのも恥ずかしいような、それでいて多いに語って公然の事実として欲しいような、そんな複雑な気分です。
よろしい。
では、説明しましょう。
「ここには私の初めてを奪ってくださいましたエラントという大盗賊さまが住んでおられます」
「ヴェルス姫の初めてを!?」
「えぇ、乙女ならば誰でも憧れる状況……モンスターに襲われ、もうダメだ殺されちゃう、ということで颯爽と駆けつけてくれる。女の子は一生に一度経験をする、というアレですわ」
一生に一度の経験なのに初めてはとはこれいかに、とマルカが冷静なツッコミを入れていますけど無視です無視。
「ま、まさかヴェルス姫。それを本当に経験されたのですか!?」
「経験したのですよ、ルーランちゃん。しかもですよ? その時の私の姿って半裸だったのです。そう! 助けられたと同時に、私は生まれたままの姿を師匠さまに見せてしまったのです!」
「なんと!」
「それはもう結婚するしかありませんよね!」
「はい! 結婚しましょう!」
「ですが、私のそんな結婚は認められないと国王であるお父さまは許してもらえません。姫と盗賊では身分が違う恋なのです!」
「あぁ、なんてこと!」
ルーランちゃん、意外と話せますわね。
「エラント氏の気持ちを完全に無視した与太話になっていますよ、姫」
「マルカは黙ってて」
なんですか、さっきから師匠さまのことを呼び捨てにしたり氏を付けて呼んだりして。
私はまだ恥ずかしくて、あんまり名前で呼べないというのに!
ちょっとはお姫様の乙女心によりそってくれてもいいんではなくて?
「で、ヴェルス姫」
「なんですか、ルーランちゃん」
「冗談はさておいて、本当のところは何者なんです? 今回の計画に必要な人物なのでしょうか?」
「いえ、本当の話ですよ?」
「またまた~」
あっはっは、とルーランちゃんは笑いました。
馴れ馴れしい!?
友達になった覚えはありますけど、ここまで歩み寄ってくれるとは思いませんでした。
ルーランちゃん、恐ろしい子!
というか私の話を冗談だと思ってましたの!?
それであのノリの良さだったんですか!?
「嘘ではありませんわ。本当ですよ」
「いえいえ、ヴェルス姫が魔物に襲われるわけがないじゃないですか。ずっとお城の中にいて、どうやって襲われるのです? しかも騎士じゃなくて盗賊が助けに駆けつけるなんて、子ども向けの絵本でも無理がある話です。私はバカですけど、マヌケではありません」
見破ってやったぜ的な雰囲気がルーランちゃんから放たれています。
「マルカぁ」
「残念ですけど、ルーランの考え方が一般的です」
えぇ~……
真実なんですけど~。
「とりあえず情報収集に向かわせました。宿に戻って待ちます?」
「いえ、こちらでも動きましょう。情報はあらゆる手段を使って手に入れた方が精度を増します」
ひとりからの証言より、ふたりからの証言の方が信頼ができます。
加えて、ひとりからの証言ではその者が嘘をついていたりしたら大変なことになりますからね。しっかりと情報を手に入れた方がいいです。
「では――近しい者から聞いてみましょう」
というわけで、私たちは師匠さまの家の前にある大きな宿へ移動しました。裏口から入るなんて失礼なのでしっかりと前にまわってからです。
「いらっしゃいま――まああああああああ!?」
私たちが宿に入ると、さっそくリンリーが出迎えてくださいました。黄金の鐘亭の看板娘の彼女は受付で退屈そうに座ってらっしゃいましたが、私たちの姿を見た瞬間に叫び声をあげた。
それと同時に私も気付いたことがありまして、
「おっぱいが無くなってますわよ!?」
と、驚いてしまいました。
「ごめ、あ、いや、すいません騎士団の皆さま……って、も、ももも、もしかしてお姫様もいっしょにいらっしゃる……ですよね?」
「はい、ヴェルス・パーロナです。今はお忍びですので、ベルちゃんとお呼びください。前回はお世話になりました」
「い、いえ、こちらこそお世話に……え、え、え、なんで急に、え、いきなり、え、なんで?」
「申し訳ないリンリー。別件で訪れたのだが、少しトラブルがあってな」
混乱しているリンリーにマルカが説明をする。
目立ってしまっているので、商人さん達が私たちを見てくるので、ルーランが少しだけ後ろに下がり、背後を防御するように動きました。
「何かありましたか?」
「少し視線が気になりましたが……気のせいのようです」
ルーランが見ている先は中央広場。
人気の少ない場所にジュース屋さんがありました。
ふむふむ、後でうかがいましょう。
それよりもです。
「リンリー、おっぱいはどこへ行きましたの? 休暇中ですか? 外国でバカンスでも楽しんでらっしゃる?」
「いえ、ちゃんと付いてます。でも、パルちゃん達がお土産で買ってきてくれたブラが凄くって……ハツ! す、すいませんお姫様。ぶ、無礼な言葉遣いを……」
「お忍び中ですし、お城でもないので気にしません。それよりも、そのブラはもしかして砂漠国のアレですか」
「そうですそうです。スゴイですよね、これ」
ブラの話となると途端に笑顔になるリンリー。
相当嬉しいみたいですが、私から見ても凄いブラですわね、これ。あんなに巨乳だったリンリーが見る影もないと言いますか……まるで普通の女の子のように見えます。
むぅ。
これってアレですよね……師匠さまからのプレゼントと言っても過言ではありませんよね。
「いいなぁ」
「え、えぇ……? 失礼ですけどヴェルス姫さまはそのぉ……あんまりお胸は……」
「ぺったんこですわ。でもパルちゃんよりはあります」
「あ、はぁ……」
「いえ、そうではなく。プレゼントがいいなぁ、と」
「そういうものですか?」
「はい。私も是非欲しいな、と。ブラもいいですが、ぱんつでもいいですね」
師匠さまが一生懸命に選んでくれたぱんつを身につける。
想像しただけでヤバイですわね。
それで初めての夜を迎えるとなると……あ、むしろ履かないほうがいいのでは!?
いえ、むしろ師匠さんに履かせてもらうのがいいのでは!?
天才!?
私って、もしかして天才!?
「ふふ、ふふふふ……」
「え、え、え、え、なんですかなんですか」
「気にしないでください、リンリー。姫は少し病気なのです」
「誰が病気ですかマルカ!」
失礼しちゃいますわ。
もう!
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