~姫様! 乙女チック悪意~

 くっくっく、と私は悪そうに笑いました。

 そう!

 私の悪意はここにあったのです。

 とばかりに、漆黒の影鎧の中で笑いました。声がくぐもるように反響して、ちょっと面白いです。


「ヴェルス姫、まるで盗賊のような笑い方です」


 隣に並んでいたルーランがそう言いましたが、間違っていません。

 だって私!

 盗賊に嫁入りにいくのですもの!


「この鎧を着た時は、私のことをベルちゃんと呼んでください。その名も盗賊騎士ベル」

「ハッ! 了解しましたヴェルス姫!」


 なんにも了解できていませんよ、ルーランちゃん!?

 このままでは私の正体がバレバレになってしまうではないですか、とは思いましたが。こんな状態でも物々しい護衛は付いてきてますからね。

 盗賊騎士とか名乗ったところで無意味です。

 単なる気分の問題でしかなく、盗賊に嫁入りなんて夢のまた夢。

 師匠さまに誘拐されたところで、どうにもならないことは理解しております。

 いっそ魔王領に逃げ込んでしまえば、とは思いますが。

 それではあまりにも師匠さまが不憫となります。大罪を犯し、人間領を追放されたみたいに思われてしまいますからね。

 付き合わされるパルちゃんやルビーちゃんにも申し訳ないです。

 夢のひとつとして、夢見ておきましょう。


「準備が整いました、ベル姫」


 マルカの言葉に、ありがとうございます、と述べる。

 一応、マトリチブス・ホックの皆さんは宿で待機となっておりますが……私服の子は何人か街中に散って混じってますし、事前に配置したと思われる盗賊の人とか、きっと護衛してくれているに違いありません。

 本当の自由って何なのでしょう?

 お姫様に生まれてしまっては、贅沢な悩みなのでしょうか。


「畑を耕せる日は遠いですわね」

「ヴェルス姫はこれから畑を耕すんですか? そうであれば道具が必要です」

「何が必要だと思いますか、ルーラン」

「クワです。あれさえあればどんな荒野であろうとも、簡単に開墾できます」


 そんなルーランちゃんの答えに、いいえ、とマルカが否定した。


「それだけで簡単に開墾できるのであれば、今ごろ世界中が畑になっていますよ」


 無理なんですか、と私とルーランちゃんは首を傾げる。


「地面の中には思った以上に物があるんですよ。石ならばいいですが、岩の場合もあります。場所によっては木の根が張り巡らされているところもあり、クワだけではどうしようもないです」

「詳しいのですね、マルカ。なんでです?」

「遠征訓練の際、どうしても野宿の場所が悪くてですね。せめて、と地面をならそうと思ったら無理でした」


 あの夜は背中が痛いのなんの、とマルカは苦笑しながら教えてくれました。


「そのような訓練があるのですか」

「ルーランも春になったら新人たちと一緒に行くことになる。覚悟しとけよ」

「はい。背中を鍛えておきます」


 ダメだこりゃ、とマルカは肩をすくめました。

 私はくすくすと笑いながら歩いて移動する。お城の中以外をこうして歩けるというのも、私の『悪意』の中のひとつです。

 善意事業は単なるカモフラージュ。

 本当はこうしてお父さまの目を逃れて、自由に振る舞うこと。もちろん、最低限の自由でしかありませんが、酷い言い方をするとお城に幽閉されている私ですもの。こうやって外を自分の足で歩けるだけで自由を感じられるのです。

 ふふ。

 あぁ、素晴らしい。

 存分に楽しみ歩きながら、周囲を観察しました。

 冬だからでしょう。皆、寒そうに足早に行動してますね。大人たちの姿は少ないですが、子ども達はいつもと同じように見かけます。

 やっぱり子どもは寒さに強いと言いますか、平気と言いますか。楽しそうに走っているのはいいですが、後で風邪をひかないか心配になりそうです。

 あ、そうだ。


「神殿に立ち寄ってもいいですか?」

「……予定にありませんが」


 マルカが兜のバイザーの下で、あまり良い顔をしていないのが分かりました。きっと眉根が寄っていますね。

 それでも渋々と了承してくれたようで、なにから手で合図を送っている。


「ルーラン、マルカがやっているのはなんていう合図なんですか」

「手信号です。ハンドサインとも呼ばれています。ヴェルス姫は知らないんですか?」

「残念ながら知りませんわ。教えてくださる?」


 では私の知っている物を。

 と、ルーランは親指をグっと立てた。


「オッケーです」

「あ、はい。……え、それだけ?」

「まだこれだけです。あ、我がドホネツク家で使われている物でしたら他にもありますよ」

「それは気になりますね。どんなのですか?」


 ルーランちゃんは両手の人差し指を立ててクロスさせました。


「バツ印ですか。ダメって時に使われているのですか?」

「いえ、これは剣を重ねてる合図。つまりケンカしろ、という意味です」

「……どんな時に使うですの、そのハンドサイン」


 使いどころがサッパリ分かりませんが?


「お客様がいらしている時におやつの取り合いで口喧嘩をするわけにはいきません。ですので、ケンカ……つまり、正式に勝負をして勝利しておやつを獲得してみせよ、という合図です」


 ちょっとドホネツク家が面白騎士一族な気がしてきました。

 お客様がいらっしゃるのに決闘が始まる一族です。口喧嘩のほうがマシではありませんか。

 これ、たぶんルーランちゃん悪くないですよね。決めつけてはいけませんが、ドホネツク家がおかしいですわよね。

 なんで口喧嘩がダメで決闘がオッケーなんですか?

 というか、おやつの取り合いで決闘しないでください。喧嘩もしないでください。仲良く分け合ってください。


「私もおやつは欲しいですからね。小さい頃からお兄さま相手に頑張りました」


 何かを思い出したのか、ルーランは拳を握りしめて遠い目をしています。

 兜で隠れて分かりませんが、きっとそうに違いありません。


「その家庭環境のせいでルーランは優秀な剣技を身につけたのでしょうか」


 はい、とうなづくルーラン。


「おかげで今、ヴェルス姫を護衛するという名誉に預かれました。私のことをボコボコにしてきたお兄さまに自慢したいと思います。やーい、悔しかったらヴェルス姫に褒められる功績をあげてみろ、と」


 兄妹喧嘩に使われるんですか、私!?


「今度、ドホネツク家に挨拶に行った方がいいのかしら……」

「やめてくださいベル姫。これ以上、余計な仕事を増やさないでください」


 マルカが呆れるように言った。

 お姫様がお世話になっている部下の家に挨拶に行くのを余計な仕事とは。マルカも酷いことを言いますね。


「では、先にマルカの家へ行きましょう。お婿さん役は私のお兄さまがいいですか? 上手くいくと女王になれますよマルカ」

「我が一族がひっくり返りますので、本気でやめてください」


 兜が握りつぶされる勢いでマルカに押さえこまれました。漆黒の影鎧でなかったら、今ごろくしゃっと丸めた紙のように、私の頭が潰れていたかもしれません。


「冗談ですのに」

「姫様は時に冗談を実行するから信用なりません」


 どうやら私は護衛騎士に信用されていないらしい。


「聞きましたルーランちゃん。マルカは私のことを信用していないらしいですわよ」

「では、私も。上司の意向は重要ですから」

「そっちに付きますの!?」


 ある意味、正しいですけど!


「マルカ~マルカ~、帰ってきてくださいぃ。私が悪かったですから~」

「分かりましたから。ほら、神殿が見えてきましたよ」


 鎧同士でしがみつくと不快な音がしますから、マルカはイヤなようです。ほら行ってください、とばかりに神殿を指差しました。


「ここは……精霊女王ラビアンを信仰する神殿ですね」


 神殿には神さまに仕える神殿と精霊女王に仕える神殿の二種類あります。どちらがどのような違いがあるのか、私には分かりませんが、精霊女王ラビアンのシンボルが掲げられているのが分かりました。

 中に入ってみると……予想通りの光景がありました。

 神殿の役目として神官魔法を行使する、というのがあります。神の奇跡代行として、神さまの声を聞くことができる神官のみに使うことができる魔法です。

 いわゆる回復魔法ですが、その中に病気を治療する魔法もあるのです。

 冬という寒い季節ですからね。

 風邪を引いてしまうのは仕方のないこと。

 ですので、魔法で治療してもらうために具合の悪そうな人たちがベンチで座っているのが見えました。


「もしかしてベル姫、神官を雇うおつもりですか?」


 苦言を呈するようにマルカが言う。

 対して、私は首を横に振りました。


「それが無理なことは承知しております。ただ、風邪を引いている者が多いでしょうね、と思って見に来たかっただけですわ。単純に知見を広めたかったのです」

「ならばいいのですが」


 マルカを安心させるように、私は素直にうなづきました。

 神官を雇う、というのは非常に難しい話です。

 そもそも神官は神に仕えている者。奉仕している相手は国でも国王でも人間でもなく、神さまです。

 そのような者をお金で雇う、という考えがそもそも間違っているというか筋違いですので、私の計画に賛同してくれる者を見つけるのは至難の業でしょう。


「おやおや、騎士さま。誰か怪我でもされたのですか」


 私たちの姿を見て神官長、もしくは神殿長と思われる女性が話しかけてきました。おばあさん、という感じの人で優しそうな感じの神官さんです。

 心配そうに声をかけてきてくださったので、私は慌てて否定しました。


「いえいえ、違うのです。今年は風邪を引いてしまう人が多いのかどうか確かめに来ただけですので」

「おや、そうですか。風邪はいつもどおりでしょうか。多くも少なくともなく、という感じですよ」


 なるほど、と私はうなづく。


「少し質問してもよろしいでしょうか」

「えぇ、なんでも聞いてください」

「治療を受けるにはお布施が必要かと思いますが……もしもお金をもたない小さな子どもがひとりでやってきた場合、どうされるのです?」


 私はその質問を、バイザーをあげて、おばあさんの目を合わせて質問しました。


「それは、孤児の扱いを聞いておられるのですね」


 私はうなづく。

 遠まわしの私の質問の意図を理解してくださいました。


「この裏手に孤児院があります。そこで病気が治るまで預かりますよ。決して、追い出すようなマネはしません」

「……そこに馴染めない者でも?」

「はい」


 おばあさんはハッキリとうなづいた。


「ありがとうございます」


 私は満足そうにうなづくと、バイザーを下げる。

 次の質問は、あまり目を見て話したくはない。


「では、大人はどうするのです? お金の無い大人は」

「……騎士さまには分からない感覚かもしれませんが、お布施のできない大人は神殿には訪れないのです」

「どういうことですか?」

「初めから無理ということを理解しているのでしょうか。ダメだと追い返されるのを恐れて、初めから行動なさらないのです」


 それは本当か、と私はマルカを見上げました。

 マルカもあまり詳しく知らなかったらしく、曖昧に私を見る。


「なるほど、プライドですね。不名誉を受けるくらいならば、自力で治療する。素晴らしい騎士道精神です。見習わねば」


 ルーランちゃんがズレた理解をしますが……それが正解なのかもしれません。

 プライド。

 誇り、でしたか。

 大人の意地、みたいなものなんですかね。


「仮にですけど、大人が来た場合はどうするんですか?」

「治療します。孤児院で寝かせる訳にはいきませんので、奥に空いてる部屋でしばらく治療できるでしょう」

「放り出さないんですか?」

「そのような行い、精霊女王さまはどう判断されると思います?」

「あまりいい顔はされないのでしょうね」


 神殿の奥にある精霊女王ラビアンの像。

 その優しい表情のラビアンに、厳しく叱られるのはとっても心に悪そうです。


「貴重な意見を聞くことができました。ありがとうございます」


 こちらは寄付です、と私はちょっぴりおばあさんにお金は渡しました。


「ありがとうございます、騎士さま。どうぞ騎士さまに精霊女王ラビアンの加護がありますように」


 おばあさまが祈ってくれる。

 神殿奥でラビアンの像と目が合ったような気がしたけれど。

 残念ながら声は聞こえませんでした。

 私には神官の才能が無いみたいです。

 もしくは、やっぱり私の悪意が神さまにバレているのかもしれませんね。


「では本命に参りましょう」


 神殿を出て、私たちは中央広場へ向かって進む。

 大通りですので、人通りは多いです。冬でも活気はそこそこあって、馬車や商人が行き交っているのが分かりました。

 そんな中で騎士甲冑の姿で歩いて行くのは、ちょっと楽しい。

 誰も私が末っ子姫なんて思ってなくて、お城の騎士が偵察にでも来たのか、みたいな視線を向けてくるのです。

 くすくすと笑いながらも中央広場へ到着しました。

 以前は屋台がそれなりにあったのですが、さすがに冬場ともなるとぜんぜんありませんね。

 もっと売れる場所で商売をしているのでしょうか。

 それでもジュース屋さんがいるのは不思議です。

 逆に不自然に思えるんですけど、バレないんでしょうか。

 堂々としてますわね。

 少なくともお客さんはいるみたいで、なにやら飲んでいました。ホットコーヒーでもあるのかもしれませんね。

 そんな中央広場の前にあるのが、ジックス街一番の宿『黄金の鐘亭』です。以前にお世話になったので、思い出深い場所ですね。

 看板娘のリンリーは元気で働いているのでしょうか。

 後で挨拶をしたいと思います。

 でも、それよりもまず――


「ふひひ」


 黄金の鐘亭の横を通り、裏手にまわりました。黄金の鐘亭の庭にあるような四角い特徴的な建物が見えてきます。


「もしやヴェルス姫」


 何かに気付いたかのようにルーランが聞いてきました。

 さすがにルーランも分かりましたか。

 私の悪意。

 私の真意。

 乙女の思惑。

 大好きな殿方に会うためでしたら、なんでも利用しちゃう、という悪意!

 恋する乙女は無敵ですわ!


「泥棒をするつもりですか」

「違いますっ!」


 なんでそうなるんですか、ルーランちゃん。


「ルンルンちゃんに改名しますわよ。もしくは家名をドホネツクではなく、ドツクホネに」

「どつく!?」


 さすがにイヤみたいで、ぶんぶんぶん、と首を横に振ってますけど兜がそのまま前を向き続けていますので、やっぱりサイズが合ってませんよね。


「ではさっそく挨拶をしましょう」


 いざ、師匠さま!

 愛のお届けですわー!


「好き!」


 と叫びながら私は師匠さまの家へ突撃しましたが――


「ふぎゃ!」


 扉は開かず、思いっきり扉にぶつかったのでした。

 あれ!?

 なんでッ!?

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