~卑劣! できることが悲劇~
「はい、パルが静かになるまで5分かかりました。この5分があれば世界はどれだけ良くなるでしょうか?」
俺の問いにパルは答えず、ぶっす~、とほっぺたを膨らませている。
かわいい。
突っつきたい――いや、逆にやわらかいほっぺに吸い付きたい。
「5分あれば街ひとつを滅ぼせますわね。やってみせましょうか?」
ふざけた答えがルビーから返ってきたので、やめてください、と懇願した。
嘘じゃなくて、マジなのが怖いです。
世界を救う方法を問いかけたんだけどなぁ、俺。
「誰もいなくなれば平和ですわ」
「そんな悪魔みたいな答え、聞きたくない」
吸血鬼って悪魔とは違うよな。
鬼ってオーガという意味だとセツナが言ってたけど、ルビーには角はない。牙が角という意味なんだろうか。それとも力の強さがオーガみたいだという意味だろうか。
まぁ、オーガ種と吸血鬼はぜんぜん違うよな。
それと同じで、吸血鬼と悪魔も違うはず。
しかし……アレだな。魔族に悪魔がいるとすれば、人間種にとっては非常に風評が悪くなってるので申し訳ない気分だ。
すべてモンスターの悪魔が悪い。レッサーデーモンとか最悪だもんな。それも全部、魔王が悪いのだから、やっぱり魔王は倒さないといけない。
がんばれ勇者!
おまえのために、俺は心をオーガにしてパルを路地裏に放り込む!
「ほんとにやるんですか、師匠ぉ」
「あぁ。魔王は倒す」
「ほへ?」
「あぁ、じゃなくて罰ゲームはやるぞ。ちょっと甘い汁を吸い過ぎたからな、パルは。ここらでいっちょ、絞っておくのも重要だ」
後ろで吸血鬼が雑巾をしぼるジェスチャーをしている。
「うぅ」
「安心しろ。一蓮托生だ。俺もルビーもいっしょに路地裏に行ってやるから。いっしょに凍えながら死にそうな目にあおう」
「一家心中ですわね。憧れます」
ひとりだけ生き残りそうなルビーが言うと、なんとも説得力がない。
「じゃ、ルビーだけ街の外ね」
「なんでですか!? わたしも仲間に入れてください。ほらほら、温かいですわよ。夜は抱っこしてあげますから」
「師匠に抱っこしてもらうもん」
「え~! お願いですパルヴァス。わたしも、わたしも抱っこ仲間に入れてくださいな」
「しょうがないなぁ。ズルしないでよ」
「もちろんです。あぁ~、魔王四天王のひとりで一城の主でもあったわたしがついには路地裏にまで落ちていくのですね。これだから人間種は大好きなのです」
どう考えても人間種は関係ないのだが。
パルの機嫌を治してくれたので、そういうことにしておこう。
では。
まずは準備、ということで。
俺たちはいつもの装備と服をすべて脱ぎ、簡素な服に着替えた。古着が売ってる店で買った捨てる寸前のような服だ。どっちかというと布巾や雑巾にするための商品であり、着るためのものではない。
「絶妙ににおいますわね」
「師匠に買ってもらった服で、一番嬉しくない」
「これも愛ですわよ」
「愛なら仕方ないか~」
ルビーは嬉しそうにボロキレを着ているのだが、綺麗な黒髪のせいで孤児に見えないっていうか……違和感が凄いな。
肌が見えている部分が真っ白で綺麗すぎるせいで、なんか妙に浮いている。ボロキレが逆に認識できないような……なんかそういう呪いのような気がしてきた。
むしろ裸の方が目立たないような気がする。
いや、ぜったい注目されるけど、注目度でいうとボロキレの方が高くなる、というなんか変な状態だ。
「こういうのを悪目立ちっていうんだろうな。変装が下手というか、ルビーはルビーにしか成れない、という感じがあるな」
「パルも似たようなものですわよ」
ルビーがパルを指差す。
言わんとしてるのは理解できるが……俺には出会った時の印象があるからなぁ。まだルビーより違和感を覚えない。
「というか、あなたどうしてましたの? 初日から喰い物にされそうな雰囲気がありますけど」
「初日に下水に飛び込んだ」
なんでもないようにパルが答えた。
「……あなたに敬意を表します。茶化してごめんなさい」
素直にルビーが頭を下げる。
生きるためってのは、とんでもないことなんだな。
そう、改めて思う。
「また飛び込むのイヤだなぁ……」
パルはがっくりとうなだれながらつぶやく。
「いやいや、さすがにそこまではさせないぞ。というか冬のこの時期に衛生面に不安がある下水なんかに飛び込んだら病気で死ぬ」
まぁ、冬だろうが夏だろうが、病気になるけどな。
パルが生き残ったのは運が良かったのか、特別丈夫だったのか……まぁ、運が良かったのだろう。
神の奇跡か、精霊女王の導きか。
今となっては後者のような気がしないでもない。
「でも師匠……どうやるんですか?」
「盗賊スキル『変装』の練習とでも思ってくれ。本格的に路地裏に潜入するのなら下水に飛び込むのも有りだが、そこまでする必要はない場合……簡易的に路地裏に潜入すると考えろ」
「え~っと……じゃぁ見せたくないところは隠す?」
正解、と俺は言いながらパルの頭からボロ布をかぶせた。
「見えないように隠してしまえばいい。ローブやフードと思ってかぶってしまえば、ごまかせる」
ルビーにも同じようにボロ布を渡して、俺も頭からかぶった。
「こうやって顔を隠して、猫背になる。人目を避けるが、逆にうらみったらしい視線を布から見せればいい。自然と目を反らしてくれるから、ごまかせる」
「こんな感じでしょうか」
ルビーは布の間からぎょろりと紅い瞳を見せるが――迫力があるなぁ。違う意味で人が逃げていきそうだ。
「では外に出よう」
「うぅ」
「ほら行きますわよ~」
寒い外に出ると、さすがに簡素な服と布だけでは寒い。ホントに良く生き残ったものだ。すごいなパルは。
「よし、ついでだ。もう一段階、変装のレベルをあげよう」
俺は土が見えている場所にしゃがんだ。
「土を適当に引っかいて爪の間を黒くする。手の甲には、少し水でといた泥をこすりつければ……それっぽく見えるだろう」
実演してみせる。
これでしばらく体を洗っていない不衛生な状態に見せることができる。
ただし、と俺は注意を追加した。
「手のひらや指はやめとけ」
「なんでですか?」
「指先の感覚が鈍ったり、物を持った時に滑るからだ。いざという時に、そのあたりの石や物を武器にすると思うが、指が滑ってしまったらどうにもならん」
分かりました、とパルはうなづきながら指を汚した。
小さなカワイイ手が泥で汚れてしまうのは、なんとも言えない無常感がある。
ルビーは喜々と汚してるけど。
泥遊びが珍しいというか楽しんでる感じか。
まぁ、高貴なる支配者が泥遊びなんてできるわけがないので、初体験なのかもしれない。
今の状況、アンドロさんには見せられないよなぁ。
なんて思った。
本人が喜々として話すかもしれないけどね。
「準備はいいか」
「よろしいですわ」
「はーい……」
頭からすっぽりと布をかぶり、ボロキレをまとった路地裏生活者となった俺たち。同業者たる盗賊から見ればバレバレだろうけど、一般民ならば充分に騙せるだろう。
「よし、まずは――」
「どうするんですの?」
「リンリー嬢を騙しに行こう」
「ほえ?」
嫌そうな表情で、むっすー、としていたパルの表情が疑問に上書きされる。
「リンリー嬢にごはんを恵んでもらおう。三人でいっしょに行くとバレるからな、ルビーからやってみるか?」
「いえ、ここは先輩であるパルにやってもらいましょう。見本を見せてくださいな、パル先輩」
「分かった」
さっきまで不機嫌だった少女はどこへやら。
リンリー嬢を騙すという行為にイタズラ心が刺激されたのか、トテトテと楽しそうに黄金の鐘亭の庭へと移動するパル。
そんなパルを後ろからこっそりと眺めて、俺とルビーは顔を見合わせて苦笑した。
パルは俺たちをチラリと振り返ってから庭の端っこにちょこんと座る。まさに路地裏生活者という感じだ。
目立たないように……でも、恵みは欲しい。
そんな雰囲気が出てる。
「さすが先輩ですわね」
「一日の長っていうやつか」
悲しい経験ですわね、とルビーは首を横に振った。
本当なら、路地裏経験者のフリなど、下手な方がいい。
上手くできること事態が、悲しいな。
「では、今のうちにわたし達はイチャイチャしましょうか。ほら、師匠さん。布の隙間から見えますわよ」
「何が?」
「暗黒が」
つられて見なくてよかった……
そんな風にくすくすと笑うルビーの頭を布越しにむんずと掴んで、シェイクしておく。中身が綺麗に混ざってしまえば、もしかしたらマトモになるんじゃないか。
そんな淡い期待は裏切られる前程だ。
まぁ、悪い空気を払拭してくれたんだろうけどね。
こういう時だけ空気を読むというかちゃんとしてくれる支配者さまだ。
なんてことをしていると、リンリー嬢が庭に出てきた。ゴミを捨てに出てきたらしい。ゴミ箱を抱えて出てきて、庭の隅に路地裏生活者がいることに気付いた。
イヤな顔を浮かべたリンリー嬢。だが、それが子どもだと分かるとどうにも言えない表情を浮かべる。
パルはようやくリンリーに気付いたかのように体を動かし、よろよろと立ち上がると両手を差し出すような仕草を見せた。
恵みを求めるポーズだ。
リンリーは困ったような表情を浮かべるが、何事かをつぶやき宿の中に入って行く。しばらくすると宿から出てきてパルに何か手渡した。
それから追い出すような仕草をして、パルを敷地内から出て行かせる。パルは渋々という感じでひょこひょこと小走りで離れていった。
「ただいま」
遠回りしてからパルが戻ってきた。
「何をもらえましたの?」
「クッキーもらった」
おぉ~、と俺とルビーは声をあげる。
もらったパルへの感嘆ではなく、クッキーを恵んだリンリーへの賛辞だ。
「ただ胸がデカいだけの小娘ではなかったのですね」
「そりゃモテるわけだ」
リンリー嬢の人の良さが垣間見ることができた。
その人間性の素晴らしさが良く分かる。
是非、素晴らしい相手をゲットして欲しい。今や巨乳を苦しくない程度に押し潰すステキなブラを装備しているリンリーだ。
きっと、リンリー嬢の人柄だけに惚れた相手が見つかることだろう。
その相手が俺みたいな巨乳嫌いではないことを祈るのみ。
こういう場合は、どの神に祈ればいいのだろうか?
恋愛の神か?
それとも結婚の神か?
巨乳の神がいるのなら、是非とも引っ込んでいてもらいたい。
「次はわたしですわね」
孤児のくせにスキップしながら移動する、という愚行を犯しながらもルビーはパルと同じように庭へと侵入した。
さすがにまったく同じ行動を取ると怪しまれるので、別の場所で膝をかかえて縮こまっている。
「さむさむさむ。うぅ~、師匠あっためて~」
「ルビーがいなくなった途端にこれか」
「んふふ~。いいからいいから」
ご機嫌な内にもうちょっと機嫌をアップさせておくか、と俺はパルを抱っこする。寒い冬に抱き合って暖を取るのは良くある話なのだが……体温が高くて心地良すぎるのは問題だよな。
ず~っと抱っこしていたくなる。
「師匠あったかい~」
「ホント、甘えんぼになったよなぁ。夏になったらどうするつもりだ?」
「水の中で抱き合います。海に行きましょう」
「それもいいな」
夏は冬が恋しくなるが、冬には夏が恋しくなる。
そんなワガママなパルが愛しい。というわけでギュっと抱きしめた。好き。
「あ、リンリーさん出てきた」
またしても、という感じでリンリーさんはびっくりしてる。そして、やっちゃったかぁ、みたいな表情を浮かべた。
これが、孤児があんまり助けられない理由でもある。
ひとりでも助けてしまうと、それを見ていたり噂を聞きつけたほかの孤児が集まってしまうのだ。
だからこそ、最初のひとりは無視しないといけない。
優しさにつけこまれ、全員が不幸になるパターンは古来より有名なのだ。
で、そんなリンリーを前にしたルビー。
「おねがいします~」
土下座した。
バンザイするように大げさに手をあげて、土下座した。
どう考えても孤児のすることじゃないし何なら文化も違う。それ、義の倭の国のやつ。ナユタに蹴られるぞ、マジで。
「あっ、ルビーちゃんじゃない! もう!」
バレてるし。
「え、さっきのパルちゃんだったの!?」
バラしてるし。
「えぇ~!? 路地裏で修行!?」
内容話しちゃってるし。
「というわけで、リンリー嬢。三日くらい留守にする」
「嬢って言わないでください!」
三人でリンリーに挨拶してから、俺たちは路地裏に向かうのだった。
路地裏に向かうって変な表現だな。
まぁ、とにかく。
パルの野生を取り戻そう。
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