~姫様! 偽善事業と許される失敗~
ジックス街の商業ギルド。
きっちりと区画整理されたジックス街では、商業ギルドは商業区にあります。
当たり前のようですが、王都なんかでは無秩序に住宅とお店が入り交じっているので、分かりやすさみたいなのは重要な気がしました。まぁ、住宅区にまったくお店が無いのも困るので、食材屋や軽い軽食が取れる店はありますが。
でも、住宅の間に挟まるように建っている工房などが無いので、騒音問題は無さそうです。それだけでも区画整理の意味は充分に有るでしょう。
もっとも。
この街に住んでいたら、そんな分かりやすさは気付けないのでしょうけどね。
木造二階建ての商業ギルドは、なかなかのにぎわいを見せています。今までは、王都まで近くて遠い場所、というのがのがジックス領でしたのに、今では本当に近くなったので商人たちの注目がアップしているからでしょう。
イヒト領主も忙しそうでしたしね。
その貴重な時間を私に使ってくださったことに感謝です。
「ようこそ、おいでくださいました」
馬車から下りる私の手を取ってくださったのは、ギルドマスターのムジーク・サンドさまです。
老紳士という感じでピンと伸ばした背筋に、シワひとつない綺麗な服。真っ白なおヒゲの男性です。ステキなおじさま、という感じですね。
おヒゲと言えばドワーフなんですが、ムジークさまは私と同じニンゲンです。ちょっとだけそのおヒゲを触ってみたいと思ってしまいました。
ふむふむ。
おヒゲと言えば、師匠さまの無精ヒゲもジョリジョリしたい。
できれば私が師匠さまの身だしなみを整えてあげたい。と、思ったのですが――
「そんな大胆なことを!?」
と、マトリチブス・ホックの皆さんに驚愕されてしまいました。
身だしなみを整えるとは、朝の準備をすること。つまり、一夜を共にしたことを意味するそうで、つまりそういうことなんですよ。
ますます身だしなみを整えたくなってくるというもの。
あぁ、パルちゃんとルビーちゃんがうらやましい。
「い、いらっしゃいませ!」
ムジークさまにエスコートしてもらって馬車から下りると、商業ギルドの職員がもうひとりお出迎えしてくれていました。
セーラス・ルクトリア。
年齢は私と同じくらいの女の子で、今回の偽善活動の担当になってくださっています。まぁ、偽善活動というと聞こえが悪いので、慈善活動と言ってますが。
セーラスちゃんも種族はニンゲンですが、これまたドワーフ族みたいな髪の毛の多さです。
極太の三つ編みで髪を左右に分けており、黄色いリボンで結っていて、とても可愛らしい。でもでも、髪のボリュームが凄くてセーラスちゃん一人でふたり分の幅を取っていそうです。
大きな丸メガネは商人らしいと言えますが、髪の毛の多さと少し幼い感じが『新人』という看板に見えてしまいますね。
ですが、セーラスちゃん。
私がこれ以上ないっていうほどに欲しい物を持っています。
いえ、持ってはいませんね。
目に見えない物です。
称号のようなものです。
奪われた物、と言っても過言ではありません。
えぇ、ありませんとも。
あえて。
あえて誤解を招くのを承知で言います。
なんと!
セーラスちゃんは、師匠さまに初めてを奪われた女の子なんです!
えぇ、えぇ、私の情報網を侮ってもらっては困ります。これでもパーロナ国の末っ子姫、ヴェルス・パーロナです。個人で持つ情報網くらいありますわ。
残念ながら裏情報にまで手を出すと、いろいろと危ない噂が立ってしまうそうなので、安全な情報までですけどね。
もちろん、おこづかい程度のお礼しか渡せませんので、情報価値の高い物は買えません。
けれどけれど。
無料でもらってしまってもいい情報は集まります。
というわけで、私はばっちりジックス街の情報をゲットしています。特に師匠さま関連の情報は手に入れておりますので、むふふふふ。
師匠さんがどこで誰とどんなやり取りをしたのか。
すべて把握させてもらっております。
その中で手に入れた情報に、セーラスちゃんのことがありました。
セーラスちゃんが師匠さまに初めてを奪われた。つまり、セーラスちゃんが初めて仕事をした相手が師匠さまというわけです。
うらやましい。
私も初めての相手は師匠さまが良かったのですが、残念ながらお父さまでした。
謁見の間で立派に挨拶をする。
それが私の初仕事です。見事に父親に初めてを捧げてしまいました。ちくしょう!
おっと。
ついつい言葉が乱れてしまいました。
なんにせよ、セーラスちゃんは私がチェックしていた子なので、今回の作戦には是非とも担当になってもらいたかったのです。
むしろ、手を回しました。
末っ子姫としての立場を存分に利用しました。
私、小説に登場する悪い貴族みたいになってしまいました。
ですが後悔していません。
たとえこの手が汚れようとも。
師匠さまを愛する心に偽りはないのですから。
ふふふ。
覚悟してください、セーラスちゃん。
あなたの初めてを私の担当ということで塗りつぶしてさしあげます。
そしてたっぷりと内心を調べて師匠さまのことをどう思っているのか聞き出さねば。
と、思っていたのですが……
「エラント? あ、はい、覚えています。確か黄金の鐘亭の後ろにある物件を買った人ですよね。ワタシの初めて対応した人です、覚えてます。え~っと、どんな人でしたっけ?」
なんと物件は覚えているのに、師匠さまの顔や姿は忘れてしまっていたという!
めちゃくちゃもったいないことをしているセーラスちゃんでした。
初めての相手ですのよ!?
普通は死ぬまで覚えているものではないですか!?
あと、師匠さまはすっごくカッコイイので、忘れてしまうなんて有り得ないです!
セーラスちゃんの見る目無し!
――と、理不尽な文句を付けるわけにもいきませんので黙ってましたけどね。おかげでスムーズな打ち合わせができました。
私、偉いです。大人です。成人となるのはもうすぐですけど。
「よ、ようこそヴェルス姫。ここ、こちらへ」
前回、かなり打ち解けてプライベートな話まで出来たと思ったのですが、セーラスちゃんはガチガチに緊張していた。
なんででしょう?
時間を置いたらダメなんでしょうか。
難しいですね。
「案内ありがとうございます、セーラスちゃん」
「い、いえ。ヴェルス姫に名前を覚えていただけで、こ、光栄です」
ちょこんと頭を下げて、ささ、と案内を開始するセーラスちゃん。少しだけムジークさまが嘆息された気もしますが……王族の前で態度を崩すわけにはいかないのでしょう。寸前で我慢されたように思えました。
周囲をマトリチブス・ホックの皆さんが護衛の体勢に入れたのを確認してから、私は商業ギルドの中へと入りました。
木造の建物の中、ギルド員の皆さまが忙しそうに働いていたのですが、私の姿を見ると一斉に手を止めて、立ち上がって頭を下げます。
同じく商人の皆さんもびっくりしながら頭を下げるのですが……チラチラと視線がこちらへ向きますね。こんなところで王族に遭遇するなんて思ってもみないでしょうから、仕方がないことですが。
あと、王族への応対の仕方が分からない商人も混じっているのか、遅れて頭を下げる少年もいました。
ちょっとだけ、不敬であるぞ、と言いたい気持ちが湧いてきましたが……かわいそうなのでやめましょう。
「皆さま、お仕事ごくろうさまです。私にかまわず、続けてくださいな」
そう声をかけて足早にギルドの二階へと移動する。
いつまでも手を止めさせるわけにはいきませんしね。
二階にある応接室に入ると、セーラスちゃんがソファに案内してくださいました。座る前にマルカがチェックを終わらせると、セーラスちゃんが対面に座る。
それを確認してから、メイドさんが紅茶を運んできてくれた。商業ギルドのメイドさんじゃなくて、ウチのメイドさんです。
私とセーラスちゃんの前に置かれたカップ。中はミルクたっぷりのミルクティです。寒い冬には温かいミルクティが飲みたくなりますよね。
指先を温めるように両手でカップを持つ。マナーなんて気にしないで大丈夫ですよ、とワザと間違った持ち方をしてみせて、セーラスちゃんに示した。
ふぅふぅ、と粗熱を取ってからミルクティをちょっぴりいただく。じんわりと冷たくなっていた指先が熱で溶けていく感覚に安堵しつつ、甘い味と香りを楽しみました。
「あ、美味しい……」
セーラスちゃんもミルクティを飲んで、少しだけ驚いたようにカップの中を見た。
「でしょう。遠慮なく飲んでくださいね」
「は、はい。あ、あのぉ……そのセーラスちゃんっていうのは、やっぱり恐れ多いというか、なんというか……」
「いいではないですか。私のこともベルちゃんと呼んでくださいと申したはずですが?」
「む、無理ですぅ」
ちょっぴり泣きそうな表情を見せるセーラスちゃん。
かわいいので、その大きな眼鏡にべったりと指紋を付けてあげたくなりますね。
「失礼します」
開けっ放しの扉をコンコンと叩いてムジークさまが入ってきました。私の前に書類の束を置かれると部屋の隅に控えるように立つ。
あくまでセーラスちゃんがメインでギルドマスターのムジークさまは補助。
仕事と言いますか、領分と言いますか、区切りが明確ですね。
さすが商人さんです。
セーラスちゃんに仕事を任せてます、という態度。ダンディな殿方ですわ。きっと師匠さんも初老くらいの年齢になられたら、ムジークさまみたいな……いえ、それ以上の色気を持たれること間違いなしです。
生きることの楽しみが増えました。
素晴らしい。
「で、ではヴェルス姫。これまでの報告を致しますので、資料をごらんください」
まずは一枚目です、とセーラスちゃんが説明を始める。
おっと、ここからは真面目にやらないと、ですね。
いくら偽善だからといって適当にやって良いわけではありません。これだけの人とお金を動かしたのですから、それなりの結果を出さなければダメです。
イヒト領主にも許可をもらいましたしね。
もっとも。
失敗が許されている、のは確かですけど。
まだ私は成人していない子どもなので、ギリギリ許されると思います。大失敗をしたなら心象が悪くなりますけど、それはあくまで私のワガママで実行されたことだと周囲には徹底してもらっていますから。
ですので、その時は末っ子姫に付き合わされて大変でしたね、と労う風潮を作る予定です。というか、すでにそんな感じでやってます。
セーラスちゃんも目を付けられて困りますよね~、と先に手を打っておりますので、遠慮なく不敬を働いてください。
私は全てを許しますので。
「――と、予算内で土地の購入と建築を終わらせました。あとは孤児院などへの声掛けもやってみましたが……そちらはあまり思わしくない結果ですね」
「そうですか。冬はどこも厳しいので仕方がありませんね」
「自分たちのことで精一杯だ、と。逆に寄付をせがまれたところもあります」
「寄付されました?」
はい、とセーラスちゃんはうなづく。ばいん、とボリュームの多い髪が揺れた。
「ヴェルス姫に言われたとおり、寄付しました。ですが、あまり期待できる様子ではありませんでしたね」
「やはり協力してもらうのは厳しそうですね」
私は肩をすくめる。
「では、資料の五枚目を見てください」
段々とセーラスちゃんの緊張がほぐれてきたのか、説明がスムーズになってきた。仕事となると優秀なので、信頼できますね。まぁ、私も経験がないので、ホントに優秀なのかどうか、判断できていないんですけどね、本音のところは。
何も問題ないので、優秀なのでしょう、ということにしています。
失敗以外はみんな素晴らしいのです。
そして、失敗は誰にでもあります。私にもありますし、国王でもあるお父さまにもあります。 なのでちょっとくらい平気ですので、皆さま頑張って仕事をしましょう。
そう思いますね。
「学園都市から発注していた扉と棚が届きましたので、設置しました」
「確かめられました?」
「はい。ちゃんと設計通りの品が届きましたので、問題ありません」
「『問題』は?」
「そちらの『問題』はちゃんと有りましたよ」
ちょっとしたダジャレになってしまっているので、私とセーラスちゃんはくすくすと笑いました。
それこそ、私がやりたかったことですからね。
他にもいろいろと報告を聞き、問題がないことを確認しました。
計画は順調です。
冬になる前になんとか、と思ったのですが……そこは間に合いませんでしたね。もう少し早く動ければ良かったのですが、次に活かしたいと思います。
「では、実際に確かめられますか?」
「もちろんです。案内をお願いしますね、セーラスちゃん」
「お任せください」
立ち上がったセーラスちゃんに合わせて、私も立ち上がる。
うんうん、と満足そうにムジークさまはうなづいていた。
立派に仕事をこなせるようになったセーラスちゃんに満足されている様子。
いいですわね。
私もこの偽善を成功させて、師匠さまに満足できる女であることを証明したいものです。
その時は是非とも!
私の初めてを奪って欲しいです!
比喩ではありません。
マジの『初めて』を、です!
むふっ。
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