~姫様! 立場を利用して好き放題するお姫様~
「では、報告は以上です。ご協力、ありがとうございますイヒトさま」
私が丁寧に頭を下げると、ジックスの領主であるイヒト・ジックスさまは、いえいえ、と頭を横に振った。
「いえ、本来は私がやらなければならぬこと。それをヴェルス姫様が実行なされると聞いて、なんとも申し訳ない気分が続いております」
本音なのでしょうか。
それとも貴族らしい振る舞いなのでしょうか。
今の私には判断できませんが、申し訳なさそうな表情を浮かべておられです。内心はどう思っているのかは分からないですけど、とりあえず反対されているわけではなさそうですね。
「それは仕方がありませんわ。ジックス領は一時期、とても大変な状態だったでしょ」
私は首を横に傾げつつ言った。
それはとても失礼な物言いですけど、私の立場と年齢で許してもらえます。
言いたいことは、その裏側。
つまり、あなたは失敗したので私が手を出しても文句はありませんよね。
というものです。
非常に貴族的な物言いに悪意を滲ませたものですが、慈善事業を私の私財で行うのですから、文句は無いでしょう。
もっとも。
その私財というのも、寄付を募って出してもらったお金、ですけど。
残念ながら、私は未成年であり、国のお金に手を付けられませんので私財という形となっています。なのでしっかりと報告しないと後が怖いのですわ。
ホント、こういう時に文官が必要なんですけどね。
やっぱり文官は付けてもらえませんでした。
ので。
ここも子どもという立場を利用して、多少の誤差や申告・報告漏れには目をつぶってもらいます。
便利ですね、子どもって。
カワイイので何をやっても許される。
そんな気分です。
もちろん、限度はありますけど。
「えぇ。我がジックス領は助けられてばかりです」
イヒトさまは嘆息するように仰られました。
今でこそ王都と近くなったジックス領ですが、以前は大きな河を迂回しなければ王都との道はありませんでした。どれほど丈夫な橋を作ろうとも、一度の大雨が振れば流されてしまう。そんな暴れ川が王都との間にあるのです。
水源としては優秀なのでしょうけど、利用するとなると難しい。
イヒトさまはそれを何とかしようと、新たな橋を建築しようとしたのですが……運悪く豪雨にあい、職人もろとも流されてしまいました。
功を焦ったのでしょうか。
職人の方々は、本当に残念です。
彼らの家族へ向けた慰謝のお金と投資した建築費は、それこそ河に捨ててしまったようなもの。
水の神と河川の主に見放されたジックス領はおしまいだ、と幼い私の耳にも届いていたくらいでした。
ところがです。
そんな状況を解決したのがステキでカッコいい師匠さまでした。
さすが私の未来の旦那さまです。
私だけでなく領地ひとつを救っているなんて、素晴らしい人だと思いませんか?
まさにパーロナ国の末っ子姫の婿にするには申し分ない。
そうお父さまを説得したのですがダメでした。
ちくしょう。
師匠さまは莫大な資金をジックス領に寄付されたそうで、ドワーフの国から職人を雇うばかりはここまで連れてきて橋を作ったそうです。
その際にドワーフの職人さん達が暮らしていた簡易的な場所が今では村になっていて、立派な橋は観光名所でもあります。
ついでに河川を補強して暴れ川を制御するという新しい工法としてのモデルにもなっているそうですが……さすがに私は専門外過ぎて分かりませんでした。
まぁ、なんにせよイヒトさまは自分の力ではなく、他人の力で再興を成し遂げたのです。
運の良さは世界一とも言えるでしょう。
「ふふ。あまりイヒトさまを助けてばかりでは、逆に勘ぐられるかもしれませんわね」
「なにをでしょう?」
「イヒト・ジックスは王族の弱みを握っている……とか」
「とんでもない!」
ギョっとした表情で慌てて否定するイヒトさまを見て、私はくすくすと笑いました。
「姫様、それはあまりにも人が悪い」
後ろで聞いていた近衛騎士『マトリチブス・ホック』のマルカに叱られてしまいました。
「ごめんなさい。冗談ですわ、イヒトさま」
「心臓に悪いですな。私を担ぎあげたところで、何も得られませんよ」
冷や汗をハンカチでぬぐったイヒトさまは用意された紅茶を飲む。その様子を見て、私もテーブルの上に置かれた紅茶を飲みました。
あら、甘くて美味しい。
「とっても美味しいですね、この紅茶」
「良ければ包みますが」
「いいんですか? とても高そうな気がしますが」
紅茶の味の良し悪しは分かりますが、その価値と言われると私にはまだまだ分かりません。普段飲んでいる紅茶がいくらなのか知らなければ、それ以上の美味しさがある紅茶の葉がいったいどれほどの値段がするのか。
見当も付きません。
物を知るというのは大事なことのように思えます。
末っ子姫としてぬるま湯につかってきたのが、今となって分かってしまったのが、なんとも言えない気分ですわ。
しっかり教育は受けてきたつもりでしたけど、どうにも基本的な部分が抜けている気がします。
自国の歴史よりパンの作り方や野菜の育て方のほうが、よっぽど価値があるんじゃないでしょうか。
そもそも紅茶がどのように育てられているのかも知らないのです。葉っぱなのは知っています。でもコーヒーが豆だと知った時は驚きました。なんで豆を飲み物にしたのか意味が分からないですよね。
私の子どもには、是非とも農業やパン作りをさせてあげたいものです。私の隣には師匠さまがいて、パルちゃんとルビーちゃんの子ども達もいて、みんなでしあわせに暮らしているのです。
むふっ。
「では、私はこれで失礼します。このまま進めさせてもらいますので、都度報告させていただきます。何かあればいつでもマトリチブス・ホックの者に伝えてください。あと、私たちが暴走して言う事を聞かなかった場合、国王にお知らせください。それで必ず止まりますので」
「さすがにそこまでの自体には成りようが無いと思いますが」
イヒトさまは肩をすくめて苦笑する。
たかが小娘のやること。
そこまで大きなことにはならないだろう。
という意味が込められていますが、私もそう思いますので、甘んじて受け入れます。
ですが。
「ちょっとした気構えですわ。調子に乗らないように、という薬のようなものと思ってください」
「そこまでの考えがあれば、尚更大丈夫でしょう。上手くいくことを運命の女神に祈っております」
「ありがとうございます、イヒトさま。同じくイヒトさまとジックス領に運命の女神が微笑みますよう、祈ります」
そう挨拶を終えて、私は部屋から出ました。前と後ろを護衛騎士たちが固めて警戒するのですが、領主の館で何か起こるほど物騒な街ではないでしょう。
まぁ、だからといって油断なんてできないでしょうけど。
イヒトさまのメイド長に案内されて玄関まで移動する。お土産は別のメイドさんが持ってきたらしく、私のメイドにお茶の淹れ方をレクチャーしてくれているようです。
「こちらのお砂糖が合います。ルービコ産のお砂糖ですので、お気に入りになられたらそちらで」
なるほど。
紅茶の種類だけでなく砂糖も種類が違うのか。
外に出るたびに勉強になりますわね。
やはり王族は村で農業をやるべきなのでは?
帰ったらお父さまに進言しましょう。
私、農家に嫁入りします!
目指せ、世界一の紅茶屋さん!
「どうされました、ヴェルス姫さま。なにかイヒト・ジックスに問題でもありましたでしょうか?」
ひとりでくすくすと笑っていると、イヒト領主のメイド長さんが聞いてきた。
「いえいえ、違います。将来設計が楽しみになっただけですので」
「はぁ」
「イヒトさまに問題はありません。それよりメイド長さまはとっても美人でいらっしゃるわね」
「お褒めいただき光栄です」
「良ければウチのメイドに加わりませんか? それこそ将来設計が楽になりますよ」
そう伝えたのですが、メイド長さんはゆっくり首を横に振った。
「大変うれしいお誘いですが、申し訳ありません。私はイヒト・ジックスのメイドですので」
「あら、残念。でも良かったですわ。イヒトさまにお金ではなく心で仕えているメイド長さんがいて。人望こそ、お金では買えない得難いものですから」
「ヴェルス姫さまこそ、愛されてるではありませんか」
メイド長さんは周囲を見渡して言った。
そこには大勢の近衛騎士とメイドたちがいる。もちろん、私に付き従ってくれている者たちです。
「えぇ。ですけど、皆さんは末っ子姫に仕えてると思いますので。ヴェルス・パーロナに仕えてくださっているのは何人いるのか……」
「心外です」
マトリチブス・ホックのひとりがそう声をあげた。
見上げれば、それがルーリアだと分かる。
「あたし達は忠誠を誓っております。末っ子姫ではなくヴェルスさまに仕えておりますよ」
本当かしら、と私は笑いました。
「では……私のことが好きな人は手をあげてくださーい」
と言うと、皆さんがハーイと手をあげてくださいました。メイドさん達も手をあげてくださっていますよ。
どうですどうです、ウチも仲良しでしょ?
そんな視線をメイド長さんに向けました。
「溺愛されてますね、ヴェルス姫さま。うらやましくありませんが」
あらら。
仲良し作戦、失敗です。
「大人の女性には向かない職場のようですね。皆さん、次はクールに攻める作戦も用意しておきましょう」
了解です、と皆さんはうなづきました。
「ふふ。ではイヒト領主に捨てられた時はお世話になります」
「そうしてください。もっとも、イヒトさまが早々とあなたを手放すとは思いませんが」
メイド長さんは少しだけ目を細めてからうなづきました。
これ以上は触れてくれるな、という視線でしょうね。ここまでにしておきましょう。
「では、失礼します」
準備された馬車に乗り込み、メイド長さんに手を振って挨拶終了。
馬車が走り出し、領主の館が見えなくなったところで
「はぁ~、疲れました~」
私は大きく息を吐きました。
「楽しそうでしたけど?」
「楽しかったの事実ですよ、マルカ。ですが、疲れたのも事実です。貴族みたいなフリをするのは大変ですね。末っ子姫でいたいものです」
「何をしても許されるのは、貴族でも同じですよ。もっとも、何をしているのか見られているのは貴族の比ではありませんけど」
そうでしょうとも、と私はくちびるを尖らせた。
「そのような表情を王族がみだりに見せないでください。凛と慎ましやかにしているものですよ」
「やっぱり農家に嫁ごうかしら」
「はい?」
「マルカはメロンが地面に生えるって知っていました? 私はぶどうみたいな感じと思っていたんですよ」
「そう思ってしまうのも無理はないですよね」
マルカといっしょに笑う。
ちょっとした果物雑談をしている間に馬車は目的地に到着した。今度は領主の館ではないので、しっかりとした護衛が必要です。
マトリチブス・ホックの他にも、きっと盗賊ギルドで雇った人たちがしっかりと護衛してくれているでしょう。見渡しても、それがどの人かはさっぱり分かりませんが。
やはり盗賊ってスゴイ。
師匠さまカッコイイ。
ステキ。
好き。
「ようこそおいでくださいました、ヴェルス姫さま」
「お出迎えありがとうございます、ギルド長さま」
馬車から差し出された手を取って。
私は地面に降りました。
目の前には商業ギルド。
そこには、かなり緊張した様子で女の子が出迎えてくれていました。
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