~卑劣! 罰ゲームをかけた訓練~

 俺が思いついた罰ゲーム。

 それは――


「路地裏に戻れ」


 というもの。

 弟子にした頃というか、遭遇した時というか、出会った時というか、初日というか、その時のパルはギラギラしていた。

 やる気まんまん、という意味ではなく敵意満々という感じ。

 俺のことを信用してなかっただろうし、信頼もなかった。まぁ、当たり前なんだけど。なんかご飯を食べさせてあげたら、コロっと懐かれたような気がしないでもないが、まぁ最初はギラギラしていたのは確かだ。

 油断している相手なら喉笛を噛み切るような気概があったのだが――今ではすっかりと牙が丸くなってしまっている。

 幸いなことに牙は抜けてない。はず。

 だが、丸くなったのは事実だ。

 現に、パルを朝にお越しに行くと布団に包まって出てこない。出会った当初ならドアを開けるどころか部屋に近づいた時点で警戒し、隠れていたはずだ。

 油断しきっている。

 まぁ、これが『家』の力と言えばそれまでなのだが。

 しあわせも考えものだ。

 パルのそういう『野性的な感覚』を取り戻すには、一度原点に帰るのが一番だろう。

 初心忘れるべからず。

 義の倭の国の言葉だったか。それとも全世界共通の概念だろうか。

 困った時は基本に立ち戻るのが良い。

 パルに当てはめると、それは路地裏生活になる。

 しかし。

 良いアイデアだと思ったのだが――


「いやあああああああ!」


 ……全力の拒絶をされてしまった。

 まるで、今夜いっしょに寝ませんか、と女性を誘って丁寧にお断りされたかのようなショックが俺の胸を襲う。

 苦しい!

 美少女に拒絶されるって、こんなにも胸が苦しいものだったのか!?


「なんで師匠さんが落ち込んでるんですか。まるで思春期になった娘にいっしょにお風呂に入ることを拒否された父親のような顔をしていますわよ」

「具体的な事柄を出して、さも当たっているような感じで言うのはやめてくれ。誰が父親だ。俺は旦那だ。娘を持った覚えはない。おまえがママになるんだよ」

「きゅん」


 きゅんじゃねぇーよ、きゅん、じゃ。


「やだやだやだやだ! いーやーだ!」


 珍しくパルが地団太を踏む。

 年相応の反応に見えるんだけど、今まで聞き分けが良かった分、なんだか新鮮なリアクションに思えた。

 違う意味でワガママ娘だったものなぁ。


「そんなにイヤか?」

「イヤです、イヤ! もう絶対に路地裏には帰らないもん。おうちがいいもん」

「何もこの家から追放するわけじゃないぞ」


 ちょっぴり泣きそうな表情に見えたので、パルの頭を撫でてやる。

 ぅう、とくちびるを尖らせてパルは抱き付いてきた。仕方がないので受け止めるが、ルビーがまた文句を言うんじゃないか、と思ってそちらを見る。


「甘えんぼですわね」


 ルビーは苦笑しつつパルの頭を撫でた。

 どうやら、こういう場合は許せるらしい。お姉さん的なポジションのつもりなんだろうか。ロリババァなんだから、おばあちゃん的なポジションなのかもしれない。


「単なる罰ゲームだ。失敗しても、一生この家に帰れないってことはないぞ」


 俺がそう言ってもパルは首を横に振る。


「あと、パルだけ追い出すつもりはない。俺もルビーも、ちゃんと路地裏生活するからな。一蓮托生ってやつだ」


 えっ!? と、ルビーが驚いた声をあげた。

 どうやら自分はぬくぬくとベッド生活を続けるつもりだったらしい。家族だろう。一緒に露頭に迷うのは当然じゃないか。


「そんなのイヤですわー!」


 で、俺に抱き付いてこようとするので、パルを抱え上げて避ける。

 ルビーは躊躇なく飛び込んできていたので、床にびたーんと倒れた。

 その一瞬の面白さのためだけに、ここまで身を投げ出せるのは素晴らしいことだと思うので、是非とも道化師を目指して欲しい。たぶん世界一になれると思う。なにをもって世界一かはさっぱり分からないが。


「ぶふっ。ルビー、まぬけ」

「師匠さんに抱き上げられてる小娘に言われたくないですわ」


 顔をゴシゴシとぬぐいながら立ち上がるルビー。

 もしかしたら、パルを笑わせるためにワザと転んだのかもしれないな。

 ……それだとホントに道化師だな。きっと天職なのだろう。本人は否定するかもしれないけど。


「パル、大事なことを忘れてるぞ」

「ほえ?」

「あくまで失敗した時の話だ。成功したらまったく問題がない」


 訓練に緊張感とか本気を出してもらうための物であって、路地裏に送り込むのが目的ではない。

 罰がある修行とかは、本当はあまりよろしくないのだろうけど、いびつな育ち方をしているパルにはこれぐらいしないとダメだと思う。

 なんていうのかな。

 必死さが足りないとでも言うべきか。いや、真面目にちゃんと練習しているし、才能はあるので、問題はないんだけどね。

 いい意味で力を抜けるのは大事なことだけど、悪い意味で力を抜いてしまう変なクセは取り除いておきたい。


「でもでも」

「失敗しなきゃいいんだ。無理な課題なんて出さない」

「わ、分かりました」


 よろしい、と俺はパルを下ろして頭をぐりぐりと撫でてやった。


「では、追加だ」

「はい?」

「聖骸布の能力アップを使うな」

「えぇ!?」


 パルは頭のリボンを手でおさえる。別に取り上げるつもりはないのに。


「そろそろ素の実力でもいけるだろ。必要な時だけ使う方が、切り札としていいぞ。相手に嘘の能力を提示できるしな」


 実力を隠す、という意味では聖骸布は効果的だ。

 レベルで表現してみると、50ぐらいの相手だと思っていたのが99だった、なんてことが苦なくできる。切り札として申し分ない。


「後出しは卑怯ですよぅ、師匠」

「卑怯は盗賊の専売だからな」


 ぶぅ、と文句を言いつつもパルは聖骸布の効果を解除する。黒かった頭のリボンは赤くなり、能力向上の効果が切れていることを表した。

 黒いリボンは似合っていたけど、赤も似合うなぁ。

 何を付けても可愛いんじゃないだろうか、ウチの弟子は。

 そう思った。


「ふむふむ。おパルが弱体化したとなれば、わたしもやるべきですわね。では!」


 ルビーはそう言ってマグを外す。

 常闇のヴェールと名付けられたそれは闇属性が付与されており――


「うきゃぁ!?」


 ルビーが燃え上がった。

 吸血鬼最大の弱点である太陽の光を防ぐためのものでもある。

 最近は日光に当たっても吸血鬼の能力が使えていたのだが……やっぱり外してしまうと効果は得られないらしく、炎上してしまい普通に死にかけてる。

 ごろごろと燃え上がりながらルビーは窓から逃げるように日陰になった影の濃い部分へと入り込んだ。

 ちょっとした焼死体が現れたように思える。

 怖い。

 まだ生きてるのだから、ホントに怖い。

 あと、火事になりそうな気がするので、家の中で燃え上がるのはやめてもらえませんか?


「すいません、パル。わたしは応援できないようです。詫びるためにこのまま焼死体でいますわね」

「別にいいから早く治って。リンリーさんが来たらどうするの?」

「愛の炎で燃え尽きたと言っておいてください」


 それだと俺のせいになってしまうので、是非とも復活して欲しい。というか、これで死なないんだから魔王四天王として恐ろしい存在だ。

 魔王領では太陽の力が弱まっているのか、日中でも普通に行動できている。まったくもって弱点が無くなってしまうので、味方になってくれていて助かる。


「よし、それじゃぁ訓練を開始する。というわけで、いつもの目隠しだ」

「うへぇ」


 パルが嫌そうに返事をした。


「苦手な物をやってこそだろ」


 というわけで、布を渡す。しっかりと目隠しできたかを確かめるためにパルの前で指を振ると……少しだけ反応を示した。

 気配察知はできているようだが、指の形までは見えていない。よしよし。

 ちなみに親指と中指、薬指をくっ付けて、人差し指と小指をピンと立てた形――いわゆるキツネの指をやっていたのだが、反応がないので見えてないのを確かめた。


「抱っこするぞ」

「はーい」


 パルを抱き上げて一階へと下りる。お姫様抱っこをしてあげると、少し嬉しそうだった。

 そのころにはルビーも復活しており、いっしょに後ろから付いてきたのだが……足元からずずずずと自分の影を広げている。

 パルの訓練を手伝うつもりらしい。

 まぁ、ありがたいのだが。

 難易度を上げてくれるなよ?

 という視線を送ると、うふふ、と口元をおさえて笑った。

 俺の言いたいことが伝わっているのかどうか、不安だなぁ。

 そんな感情を封じ込め、パルを一階の床におろす。


「さて、ルールは簡単。いつもどおり俺が魔力糸で作ったボールを軽く投げるので避けること。当たれば罰ゲーム。簡単だろ」

「難しいですよぅ」

「しっかりと俺の位置を把握していたら問題ない。あとは動作と空気感にさえ気をつければ問題なく避けられる」

「はーい」

「パルにとってイヤな思い出だろうけど、路地裏で生きてる時のことを思い出せ。ビンビンに周囲をうかがってただろ」

「……うん」


 どこか納得したような感じでパルがうなづく。

 ふぅ、と息を吐いたのを合図に、俺はトンと床を蹴るようにしてバックステップで後ろへと下がった。着地の音は消しておく。ただし、気配までは消さない。

 その状態で魔力糸を編むようにボールを作った。

 ぽい、と下投げでパルへ向かって投げる。


「んわ」


 いきなり始まったゲームに、パルは慌てて避けた。その動きと靴音に合わせて、俺もまた移動し、ボールをもうひとつ作って投げつける。


「ひわ」


 次のボールも難なく避けるパル。

 よろしいよろしい。なかなかいい集中力だ。この調子で続けて欲しいものだが、簡単なことばかりでは訓練にも修行にもならない。

 というわけで、ボールから伸ばすようにしていた糸をくいっと引っ張る。


「むっ」


 その動きに気付き、パルは後ろから迫る引っ張られたボールを避けた。

 ふむふむ、良い勘をしている。

 勘というよりも『感』に近い感じか。しかしそれでも、勘というものは否定できるものではない。

 第六感とも第七感とも呼ばれるものだが、それは周囲の事象と経験から感じる未来予知のようなもの。

 細かい変化や空気の流れなどから予測できるもので、代表的なのは天気予報だろうか。

 これは街などに住む者には苦手で、地方の村などで生きる者が優れていたりする。特に農家や漁師、狩人といった天候に人生までもが左右されるような職業の人間には当たり前にできたりするスキルではある。

 明確な答えがあるわけでもないのに、空の様子や雲の流れ、空気のにおいだけで明日の天気を当てるのだ。

 これは勘ではなく、経験則だろう。

 そういったものを養うには、やはり経験を積むしかない。戦闘でしか得られない経験もあるが、戦闘からは得られない経験もある。

 というわけで、目隠し少女に向かって俺はボールを投げつけていった。

 昨日までと違って、よく集中力が続いている。

 しかしダラダラと続けるといずれ失敗するのが目に見えているので、適度に休憩は必要だ。

 持続力はまだ別の修行で身に付ければ良い。


「よし、いいぞパル。目隠しはそのままで休憩だ」

「……ホントに?」

「ここで嘘をつくような卑劣な師匠には成りたくないな」


 苦笑しつつパルに近づくと、ポンポンと背中を叩いた。それで安堵したのかパルは息を吐く。

 そうやって休憩している間にルビーが密かに行動を開始した。

 なんと、床に広がっている自分の影の中から複数の人間を顕現させている。というか、俺にそっくりなのは止めて欲しい。

 真っ黒な俺の人形がざっと十体ほど出来上がった。

 俺ってルビーから見たらあんな風に見えているのか? なんか鏡で見るのと違う気がするんだが……ちょっと本物よりカッコいい気がする。あれ、絶対に嘘だよなぁ。というか、無精ヒゲが生えているヤツもあるし。うへぇ。

 微妙な表情で俺の人形を見つつ、俺はパルから離れた。


「ん? んぅ? 師匠、ホントになにもしてません?」

「してないしてない」


 あくまで、俺は何もしていない。

 さて。

 五分ほどの休憩を終えて、訓練再開だ。


「第二ラウンドだ。難易度をあげるぞ」

「はい! どっからでもオッケーです」

「言いましたわね」

「へ?」


 ルビーが参戦することに気付いたパルだが――あぁ、気を取られて油断したな。

 その隙を突かせてもらう。

 俺は一瞬だけ気配を消して移動した。

 そしてすぐさま行動を開始するのだが――十体の影人形も同時に動く。

 まるで大通りの雑踏のような感じになった。


「え? へ? え!?」


 パルはすっかり俺を見失ったらしい。

 慌ててきょろきょろとするが、どれが俺なのか分からないようだ。むしろ、すべて俺なのだからルビーも意地が悪い。いまのパルには俺が十人ほどに感じられるだろう。

 仕方がない。

 あからさまな動きを見せてやれば気付けるはず。

 と、俺は大きくゆっくり大げさに振りかぶってボールを投げた。


「はっ!」


 それに気付いたパルは慌てて逃げるのだが――俺の人形にぶつかってしまう。同じ気配ばかりで把握しきれなかったらしい。

 こればっかりはパルを責められない。

 なにせ、そんな状況なんて今まで存在したこともないのだから。目をつぶって、周りがパルとルビーだけで埋め尽くされているところを想像してみろ。天国だろ。そりゃぶつかるに決まっている。


「あれぇ!? んぇ!?」


 と、驚いている間に不幸なことが起こった。

 俺の投げたボールが、別の人形に当たり……跳ねたところでパルにポコンと当たってしまった。


「あっ」


 と、声を出したのは俺とルビー。


「え? え? え?」


 背中に当たった感触に戸惑うパルだが、その意味するところに気付いたらしい。


「えええええええええええええええええええええ!?」


 はい。

 罰ゲームが確定しました。

 どんな状況であろうとも、当たってしまったものは当たってしまったわけで。今のをノーカウントにしてしまうには、ちょっとばかり裁定が優しすぎるということもあるが、ひたすら運が悪いとも言えるわけで。

 う~ん……

 俺は悪くない。

 全部ルビーさんが悪いです。

 そう言いたい。

 ごめんね、パル。

 いっしょに不幸になろう。

 どこまでも、いっしょに堕ちていこう。

 そう思ったのでした。

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