~卑劣! 精霊女王がお断りを入れる願い事~
朝。
日の出と同時に目を覚まし、外を見るとチラチラと雪が降り始めていた。
「初雪か」
本格的に冬が始まった。
ますますパルが閉じこもってしまうなぁ、なんて思いつつ日課である朝の修練をしていると――
「なにすんのおおおお!」
パルの叫び声が聞こえた。
こちらも日課になりつつあるルビーの強襲である。パルの弱点が明確になった今、手っ取り早くできることと言えば〝実力の底上げ〟だ。
緊張感や集中力が続かない、というのはすぐさま解決するようなものではない。
それこそ、日々の訓練と同じだ。
ゆっくりしっかりと身につけるようなものであり、理解したからといって何とかできるものではない。むしろ、持って生まれた物でもあるので、訓練して伸ばしていくしかないものだ。
「あれだよなぁ……なまじ瞬間記憶なんていうギフトのせいでもあるよなぁ」
パルのことを考えながら、自分の訓練を始める。
それこそルビーが俺を不意打ちしてくれないので、感覚が鈍らないようにしっかりと鍛えていこう。
ナイフを操り、魔力糸で編んだボールを切っ先に乗せる。そのままバランスを取りつつ、ナイフを指先に立てるように乗せた。
人差し指の上にナイフが立ち、その上にボールが乗っている状態。
ちょっとした曲芸だ。
「う~む」
これで集中力が鍛えられるだろうか。いや、遊びにしかならないかもしれないな。
訓練の内容を考えるっていうのも難しい。
あまり難し過ぎることをやらせても意味はないし。なにより、楽しくなければ続かない。
理想は、夢中でやってしまうような面白い練習。
師匠としては、できるだけ苦労しないように成長させてあげたい。
「しかし、集中力を鍛える方法か」
あまり実感してなかったんだよな、これ。
緊張感とセットというか、集中力を欠いた瞬間に死が待っていたというか。
一撃でも受ければ死んでしまう環境にいたので、イヤでも集中力が付いてしまった。
それを改めて、日常の訓練で身につける方法を考えないといけない。
「う~ん」
指先でナイフのバランスを取りながら考える。
集中力なんかは机に向かっていれば鍛えられないこともないが……パルは読み書きがすぐにできてしまう。瞬間記憶でまぁ簡単に覚えられるのだからチートと言えるが、そのかわり集中して勉強するというか、机に向かって座っているという習慣がまるで無い。
まぁ、これはほとんどの冒険者にも言えることなのだが……普通の冒険者の場合、戦闘そのものが集中力や緊張感を鍛える場でもあるわけで。
パルには俺がしっかりと付いていたりルビーが隣にいることが多い。
特に黄金城での戦闘ではそれが顕著だった。格上との戦闘で経験を積み、しっかりとレベルアップしたが……鍛えられなかった部分もある。
もちろん、同年代に比べたら問題ないレベルと言えるだろう。そもそも、盗賊になって1年目のルーキーだ。
本来は、集中力なんて、まだまだ欠片ほどの代物。
足りなくて当たり前。
「――とは言うものの」
俺は集中力を高める。
盗賊スキル『無音』。
必要の無い音を認識することなく排除し、視覚からの認識力を高めるスキル。
使えるようになると、世界がゆっくりに見える。
スローとなった世界で指先に立てていたナイフをトンと跳ね上げ、空中でナイフを掴む。そのままくるりと体を一回転してから、落下してきた魔力糸ボールを再びナイフの切っ先に乗せてバランスを取った。
「ふぅ」
息を吐くと、途端に世界に音が戻ってくる。
音が洪水のように押し寄せてくる。
どったんばったんパルが暴れてる音が聞こえてきて、ルビーの高笑いがした。今日はルビーが勝利をおさめたようだ。
はてさて。
パルが『無音』を習得し、更には『無色』に至ることができるかどうか。
「割りと奥義だからなぁ」
盗賊専用スキルというわけではないが、とりわけ盗賊職に使える者が多い。まぁ、理由としては防御に不安がある盗賊なので、避ける必要がある。世界がゆっくり動いているように見えるので、避ける技術には必須とも言えるスキルだ。
「うわ~ん、師匠~」
パルが俺の部屋に飛び込んできた。
まだ着替えてないのか下着姿。その後ろをルビーが気持ち悪い動きで追いかけてくる。
「おいおい、レディが着替えもせずに男の部屋に飛び込んでくるとは何事だ」
そのまま俺の背中に逃げるように回り込んだパルは背中に掴まった。
「夫婦の仲だから、いいんです」
と、イケシャアシャアと答える我が愛すべき嫁。
グゥの音も出ないとはこのことか!
「出しなさい、グゥぐらい。師匠さんは激甘です。そんなことだからパルが成長しませんのよ」
「それはそれで有りなのでは?」
「身体のことを言っていませんわ!」
ルビーが素でツッコんできた。
ありがとう。
「ほら、着替えますわよ小娘。逃げると冷たい水で顔を洗わせます」
「やだー! お湯にして!」
「はいはい、ちゃんと温めてあげますので。目ヤニとよだれの付いた顔で師匠さんにキスをせまっても幻滅されるだけですわ」
「師匠はそんなことで幻滅しないもん」
「それを決めるのはあなたではなくてよ」
「あーん!」
ルビーはズリズリとパルを引きずっていった。
ちなみにパルの顔には目ヤニもよだれのあとも付いていない。
美少女は寝起きでも美少女なのだ。
素晴らしい。
「おっと。俺も準備しないとな」
日課の訓練を終わらせて、支度を済ます。今日は俺が朝食当番なので、適当に屋台へ朝食を買いに出かけたのだが……あまり屋台は営業していないようだ。いつもなら場所の取り合いにもなっている中央広場に少しだけ空いている場所があった。
「冬はこんなもんなのか」
勇者と一緒に旅に出てから十年以上はジックス街に帰っていなかった。旅立つ前もずっと孤児院にいたので、冬の街というものをハッキリと認識していなかったのかもしれない。
「俺も子どもだったんだなぁ」
そう思いつつ、パンと干し肉を買って家へと戻る。
二階のテーブルにはパルがすでに座っていたのだが、頭からすっぽりと毛布をかぶっていた。
「お行儀が悪いぞ、パル」
「寒いの嫌いなんですもん」
「まぁ、確かに寒いよなぁここ。暖炉でも作ってもらうか」
「賛成! お金はあたしが出します!」
ランドセルの中に山盛りに持って帰ってきた金がある。ドワーフの職人に頼めば換金してくれるだろうが……量が量だけに一気に換金はできない。だからといって金で買い物するのも相手が困ってしまう。
宝石商のサーゲッシュ・メルカトラに頼めば何とかなるかもしれないが。
それだけの用事に王都に行くのも、面倒な気がしないでもない。転移の腕輪があるけど、半日はチャージ期間を設けないといけないからな。
「そのまま暖炉を作ってもらった大工さんに金で支払ったらダメなんですか?」
「大工さんがイイって言ったら問題ないが。ダメって言われるとダメだ」
まぁ、当たり前の話だけど。
「でも作りましょうよ、師匠。ダメって言われてもあたしが作ります」
「手作りの暖炉か。火事になりそうで怖いな」
燃えるのは嫌、とパルはぷるぷると首を横に振った。
「そんなに寒いのは嫌か」
「嫌です。怖いし、さびしくなるし……」
ふむ。
なるほど。
それは利用できるかもしれないな。
なんて考えてるとルビーが席に付いた。わざわざスープを温めて持ってきてくれたようで、俺たちの前に置いてくれる。
「パルの『わがままついで』ですわ」
「にへへ」
温かい物が食べられるのは嬉しいことだ。特に冬はそう感じる。パルが顔を洗うのに火を熾したついでなんだろう。なんだかんだ言ってルビーも甘い。
人間種が大好き、というのは愛玩的な意味合いなんだろうか。
それとも博愛的な意味なんだろうか。
「なんですの? わたしの愛らしさに惚れなおしました、師匠さん?」
「まぁな」
「では、今日が初夜となりますわね。準備しておきます」
「一生ひとりで待ってればいいよ、すけべ吸血鬼」
「ひとりでもできますわよ」
「ほへ? なに言ってんのルビー。あはは、バカ吸血鬼だ」
「……んん?」
パルから返ってきた言葉を聞いて、ルビーは俺を見た。
俺は、まだ早い! と視線で訴えかける。
ルビーは、分かりました、と無言で納得してくれた。
「ひとりで結婚ごっこです。殿方に逃げられた花嫁の気持ちを味わうのですわ」
「なにそれ、楽しいの?」
「泣いちゃいます」
「じゃぁ、止めた方がいいよ。あたしが花嫁役やってあげようか?」
「なんでわたしが殿方役なんですか!?」
ゲラゲラと笑うパル。
よし、なんとかごまかせた!
ナイスだ、ルビー!
こっそりと視線を合わせて吸血鬼をねぎらっておく。
というか、そういう知識にも片寄りがあるのか、パルって。路地裏で見てきたものが全てだから、意外と早熟かと思ってたけど……確かにひどく片寄るかもしれない。
教育って難しい。
師匠になるってことは、親以上に難しいことなんじゃないだろうか。
そう思った。
「ところで初夜にえっちすることをどこで知りましたの?」
せっかくごまかせたのに何ちゅう質問してるんですか、このアホ吸血鬼!
「路地裏でいろいろ。色街だと、食べる物がいっぱい捨ててあったから」
「なるほど。えっちになるわけですわね」
「えへへ」
いや、えへへ、じゃないが?
笑いごとでいいのだろうか?
もう良く分かんないです。性教育? 情操教育っていうやつ? 俺には無理のようなので、誰か頼みます。
それこそ精霊女王のラビアンさまなら、ちゃんとやってくれる気がする。
おねがいします。
ウチの弟子に性教育してあげてください。
「――!?」
「うわ、師匠!? びっくりした!?」
「ど、どうしました師匠さん!?」
「いや、すまん。ちょっとラビアンさまからお返事があって」
俺は思わず空……天井を見上げた。
つられてパルとルビーも天井を見上げる。
「ラビアンさま、なんて?」
「無理です、と言われた」
「なにが?」
「パルの教育」
あたし!? とパルが驚いた。無理もない。
パルの性教育とか、精霊女王に任せるとか無理だろう。うん。
そもそも精霊女王さまって人間種のそういうのに興味があるんだろうか。あ、いや、考えれば考えるほど不敬な気がする。
やめておこう。
うん。
「今度サチにでも頼もう」
「あの子はエリートですわよ、きっと」
「サチは優秀だよ。大神の神官だもん」
神官が性に対してエリートなのは、非常によろしくないことだと思うが……まぁ、大神ナーが許してくれるだろう。というか、性を司る神っているんだろうか?
娼館などでは酒の神や夜の神が崇拝されていることがあるが、性の神は聞いたことがない。
もしかすると存在しないのかもしれない。
でも、子宝に恵まれる、とか言うし、安産を願うとも聞いたことがあるし……また別の神さまなのかもしれないな。
むしろ、そういう妊娠関連の神なので娼婦には信仰されない可能性もある。そういう意味では静寂の神を信仰する娼館があるのも納得できる話だ。
子どもとは賑やかなものだからな。
今朝のパルみたいに、大騒ぎしたりする。
もちろん、それはしあわせな騒々しさであり、人間種の活動として受け入れるもの。国の宝であって、誰もが享受するものだ。
文句を言っていいのは、自分が静かにジッとしていた子ども時代を持つ者のみ。
無論、そんな者はひとりもいないし、もしもそうであれば、まともな子ども時代を過ごしていないことになる。
子どもがうるさくやかましく想像しいのは、極めて健全な国という証だ。
誇っていい。
子どもが元気なら、それでいいのだ。
特に女の子がカワイイなら、文句はない。
うむ。
「さて、午前の訓練を始めよう」
朝食が終われば、今日の修行開始。
「はい、今日は何ですか?」
「ちょっとした罰ゲーム付きの訓練なんてどうだ? おまえに足りないのは緊張感というのもある。ひとつの失敗が死に直結する戦闘だ。ひとつの失敗が罰ゲームに繋がる、というのは身を引き締める理由になる」
なるほど、とパルは納得してくれた。
「どんな罰ゲームですか?」
「裸で街を一周してくるっていうのはどうでしょう」
却下だ、とルビーにチョップを叩き込んでおく。甘んじて受け入れる吸血鬼の優しさに感謝しながら俺は罰ゲームの内容を考える。
「そうだな……こういうのはどうだ?」
ひとつ思いついたことを言ってみる。
果たしてパルの反応は――
「やだあああああああああああああ!」
全力否定だった。
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