~可憐! 美少女たちの弱いところ~
今日も寒い。
きっと明日も寒い。
いつだって寒い。
黄金城のダンジョンで使った寒さをガードしてくれる指輪は使用禁止。
師匠が言うには、
「これもまた修行だ」
だってさ!
便利な道具があるからいいじゃん、って思うんだけど、アイテムに頼り切りになるのも危ないみたいで。
まぁなんとなく分かる。
分かりたくないけど、分かる。
なので、あたしの修行の日々はつづく。
つづいちゃうのだった。
「し~しょ~、し~~~しょ~~~~。あたし、結構強くなったと思うんですけど」
えっほえっほ、とジックス街の外を走りながら。
あたしは師匠に文句を言った。
修行とか訓練が嫌だから抗議してるんじゃなくって、なんとなく師匠があたしについて悩んでいるのが気になった。
そんなにダメかな、あたし?
「あぁ、ちゃんと強くなってるぞ」
あたしの後ろを走りながら師匠は笑顔で言ってくれる。
「太め、細め、やわらかめ」
「はい! よっ! ほっ! うりゃぁ!」
師匠の合図で魔力糸を顕現する。
人差し指から太め、中指から細め、薬指からはやわらかでふにゃふにゃの魔力糸を顕現した。
まだちょっと時間がかかってしまう。
太いのとやわらかいのは大丈夫なんだけど、やっぱり細いのを顕現するのが苦手。
ちゃんとできたか、と師匠は隣に並びながらチェックしてくれる。
「ふむふむ。よろしい」
師匠はそう言いつつ、参考に、と魔力糸を顕現してくれた。
三本の指から同時に同じ速度――しかもめっちゃ早い――で魔力糸を顕現していく。
あたしがやるのとは大違いだ。
「やっぱり師匠は凄い」
「十年やってりゃ、誰だって出来るようになるぞ。むしろ一年でそこそこ出来てるパルがうらやましい限りだ」
「えへへ~」
「細め、細くてやわらかい、細くて超硬い」
「ふんぬ!」
あたしの苦手なヤツばっかり!
というわけで、気合いを入れて魔力糸を顕現しようとしたんだけど……
「ほら、足が止まったぞ」
「あっ」
指先と魔力に集中したせいで足が止まってしまった。
「戦闘中だったら死んでたな」
「うぅ。最近、こんなのばっかり……」
どうも失敗が続いている気がする。
そんなに難しい訓練じゃないと思うし、今までやってきたのとほとんど同じで、ちょっと難しくなった程度なのに。
ぜんぜん上手くいかない気がするなぁ。
あたしってダメな子?
冬の、寒い空気のせいだったらいいな……
「おいおい、落ち込むことはないぞ」
「師匠、なぐさめてくれるの?」
わーい、と抱き付こうとしたら避けられた。
練習中だ、としかられる。
うわん。
「なぐさめてくれるんじゃなかったんですか」
「言葉ではなぐさめるが、ここで抱きしめたら練習時間が無駄に伸びるぞ。あと冒険者に見られるかもしれない」
「見せましょうよぅ」
「俺はこっそりするのが理想だ。できればルビーにも見られたくない」
「隠れてしましょう!」
「うむ。パルと同意見で俺は嬉しいよ。というわけで、訓練のつづきだ。終わらないとお昼ごはんが食べられないぞ」
それは大変。
お昼ごはんが遅くなっちゃうのは嫌だ。
「それに、弟子が落ち込んでたらなぐさめるのは師匠の役目だろ。あと、ワザとやってるしな」
「んえ?」
どういうこと?
「おまえの弱点が分かった」
「弱点?」
あたしの弱点なんて……あり過ぎるくらいに有ると思うんだけどなぁ。
「それってどこです?」
「それを説明してしまうと、午後からやろうと思ってた練習に影響する。ので、今は秘密だ」
「気になる……ルビーみたいに太陽の光に触れると死んじゃうとか?」
ときどきマグを装備するのを忘れて、朝から燃えてる吸血鬼。
たぶん、昼間に吸血鬼の能力が使えるようになって調子に乗ってるんだと思う。
本物のアホだ、と笑ったらケンカになった。舌を引っ張られたので、ルビーの牙を掴んでやった。ちくちくして痛いから折ってやろうと思ったけど、折れなかった。
「仲良くケンカしなさい」
師匠に怒られた。
あたし、絶対に悪くないと思います。
「太陽に当たると燃える弱点は致命的だろ。しかし、パルが吸血鬼になるんだったら、俺も吸血鬼にならないとなぁ」
師匠は苦笑した。
みんなで吸血鬼になって生きるのも悪くないと思う。ルビーはきっと喜んでくれる気がするけど……なんとなく最初は断りそうな気がした。
「退屈で死にますわよ」
そんな風に言ってさびしそうに笑ってたし。
吸血鬼も苦労してるのかなぁ~、と思った。
そのまま魔力糸顕現ジョギングを続けて、お昼が近づいたころに家に帰る。汗だくになっていたので着替えて廊下に出ると、お昼ごはんが用意されてた。
「おかえりなさい、パルちゃん。練習どう?」
「ただいま、リンリーさん。練習ダメです」
黄金の鐘亭の看板娘、リンリーさんがお昼ごはんを作ってくれてたみたいで。キッチンで温めて二階に持ってあがってきてくれた。
温かいシチューがお鍋の中にたっぷり入ってる。じゃがいも、にんじん、ブロッコリー、野菜ばっかりが見えるけど、ちゃんとお肉が入ってるのも見えた。
「美味しそう!」
「たっぷり食べてね」
リンリーさんは嬉しそうに背筋を伸ばした。
いつもだったら、ばるん、と大きなお胸が揺れるはずなんだけど……今は慎ましく普通サイズに見える。
砂漠国が開発した新しいブラジャー『テイネブリス・アルマ』がとんでもない真価を発揮している。それでいて、リンリーさんがとっても嬉しそうに毎日スキップしてるんだから、素晴らしい商品なんだろうなぁ、って思った。
ちなみに砂漠国に売り上げの代金を受け取りに行ったら、女王さまには会えなかった。なんか気分じゃなかったらしい。
ブラの売り上げ金と商品をもらって、そのまま帰ってきただけ。せっかく砂漠国に行ったのに、なんかつまんない遠征だった。
ちなみのちなみに、テイネブリス・アルマは旧き言葉で『暗器』っていう意味らしい。
脱いだらとんでもない巨乳が出てくるんだから、という理由だって。
なんとなく言いたいことは分かる。
というわけで、リンリーさんにお土産で渡したらとんでもなく喜んでくれて、毎日しあわせそう。お昼ごはんも豪華だし、美味しいし、最高だよね。
でもでも黄金の鐘亭のお客さんには大変不評らしい。
「視線が減って、気にすることなく街を歩けるようになったの。とっても嬉しいことだわ!」
誰からの視線も向けられなくなった。
それが良いことなのは、あたしも良く知ってる。路地裏で生きてる時は、怖い視線がいっぱいあった。それがゼロになったのは師匠のおかげ。
人生が明るくなったみたいで、リンリーさんの表情がキラキラと輝いてるけど……おっぱいだけじゃなくって、別の魅力が上がった気がする。
どっちにしろモテモテになるんじゃないかなぁ、と思った。
リンリーさんが選んだ男の人が巨乳好きだといいな。
もしも師匠みたいな人だったら、裸になったリンリーさんを見て逃げ出すかもしれない。
そうなったら、リンリーさんかわいそう。
「ホットミルクもお持ちしました。あらあら、今日のお昼ごはんは真っ白ですわね。濃厚な白濁ですわ」
師匠が、いらんこと言うな、みたいな視線を向けつつ、お鍋であっためられたホットミルクを注いでもらう。
あたしも自分のコップをさしだして、ルビーに注いでもらって、みんなでいただきますをした。
「んふふ~、美味しい。しあわせ」
「うん。パルちゃんの言うとおり」
リンリーさんと一緒に楽しくお昼ごはんを食べて、みんなでお片付けした後は――
「午後の訓練をはじめる」
「はーい」
リンリーさんが仕事に行くのを見送ってから。
あたしと師匠は一階へ移動して、いつもの訓練となった。
「わたしは見学していますわ」
「邪魔しないでよ」
「お手伝いはするかも、ですわよ。油断なさらないでくださいまし」
むぅ、とくちびるを尖らせつつ。
師匠に訓練の内容を聞いた。
「簡単だ。こいつで打ち込んでこい」
そう言って師匠が手渡してくれたのは、木の棒だった。木剣ということもなく、ホントにそのあたりに落ちてそうな棒で、ショートソードくらいの長さはあるかな。
「実践訓練ですか?」
師匠も同じくらいの長さの木の棒を持っていた。
武器じゃないけど、殴られたら普通に怪我をするし、めちゃくちゃ痛いと思う。
痛いのは嫌だな。
がんばろう。
「そうだな。そう思ってもいい。ただし、行動できるのは1回のみ。一撃で勝負を決めろ」
「動いていいのは1回だけ……」
あたしは手に持った木の棒と師匠を見た。
どう考えても勝てると思えない。
「安心しろ。俺も一度しか動かない。条件は同じだ」
「は、はぁ……」
それなら、なんとかなる……とは思えないけど、なにかできるかもしれない。
あたしと師匠は一定の距離を離れて、木の棒をかまえる。
「よーい、スタートですわ!」
ルビーの合図で訓練が開始される。
いきなり攻めると……失敗したら何もできなくなるので、まずは様子見だ。
師匠は半身になるような感じで片手で棒を持っている。先っぽはあたしの顔の高さに固定されてるみたいで、少しの動きに合わせて牽制するように先端が動いた。
うっ。
細い棒でしかないはずなのに、それが壁のように邪魔だ。どう動いても、どう動こうと思っても、木の棒が邪魔をしてくるのが分かる。
じ~、と見てくる師匠の視線。
あたしの動きを観察するような視線で、敵意も害意もない。感情みたいなものが見当たらない視線は、逆に怖い気がした。
まるで石ころを見ているような視線。
あたしは『物』じゃないですよ、師匠。
「……」
そう言いたかった。
でも今は訓練中だから我慢する。
訓練を成功させて、言ってやるんだ。
「どんな視線を向けてもいいですよ、師匠」
って。
なんて思うんだけど……やっぱり打ち込める隙なんてどこにもない。そもそも師匠の隙をたった一度の行動で作り出せるわけがないんだから、勝てるはずがない訓練だ。
だったら考えを変えないといけない。
午後の訓練はあたしの弱点を教えるって言ってたし……こういう機転がぜんぜんダメっていう弱点なのかな。
「……」
だったら、アレだ。師匠に攻めてもらって、それを起点に攻撃する。
カウンター!
できたらカッコいいやつ。
セツナさんとナユタさんが言ってた、後の先、という感じのやつができたら勝てる。
よし!
方針が決まったところで、あたしはワザと視線を外してみた。他に何か利用できるものを探してますよ~的な雰囲気をさせつつ、師匠や木の棒から視線を外してみる。
「……」
あれ?
絶対に隙を見せたはずなのにな……師匠が打ち込んでこない。じゃ、じゃぁ、もっと隙を見せちゃう?
なんてそんなことをしたら一瞬で負けちゃうし、うぅ、あぁ~、ど、どうしたら?
じりじり、とあせりが積もっていく。
行動ができない。
何をしていいのか分からない。
フェイント?
ブラフ?
それともまっすぐ?
その全てがうまく行くとは思えなかった。
「――う、うがー!」
というわけで、何にも分かんなくなったあたしは、真正面から師匠に打ち込むハメになった。
だって、他に方法が無いし。
師匠が攻めてこないんだったら、あたしから行くしかないし。
木の棒での一撃。
無理やり回り込むようにして、盗賊スキル『影走り』を使ってみる。あたしにはまだ使えないけど、もしかしたらスキルを使おうとしないのが弱点だったりするかも!?
「おりゃあ!」
でも。
カコン、と防御されて終わった。
「あれー」
あたしの行動終了。
「うむ。思ったとおりの弱点だ」
「あたしの弱点?」
ポコ、と軽く木の棒で首を叩かれて、あたしは死んだので床に倒れる。ルビーがそそくさとやってきて首から血を吸うフリをしたので、生き返りました。
吸血鬼化です。
「がおー」
「吸血鬼はそんなこと言いませんわ。むぎゃおー、です」
「むぎゃおー」
満足そうに吸血鬼はうなづいた。
「で、あたしの弱点って何です?」
「堪え性が無い」
「こらえしょう……?」
「余裕がある状況では、我慢できないんだ」
「え?」
そ、そうなの?
思わずルビーを見るけど、ルビーは肩をすくめた。
「ちなみにルビーも同じだ。おまえらふたりとも集中力が無い」
ガーン!
「ルビーと同じって言われちゃった!?」
「そっちに驚きますの!?」
なんにしても、あたしって。
我慢のできない子だったんだ。
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