~卑劣! 冬の朝とちぐはぐな弟子~

 そろそろ本格的な冬が近づいてきた。

 季節とは、司る神さまが順番に変わっていくことで訪れる。夏の元気な神さまたちに影響されて、秋の豊穣の神さまにバトンがタッチし、全てをやり切って休眠に入る冬の静かな神さまたちとなり、春は目覚めの神さまたちが信仰される。

 だいたいそんな感じか。

 神官でもないので、詳しく説明しろと言われても困る。収穫や実り、豊穣の神さまの影響が強いんだったか、それとも太陽神の影響もあるんだったか。

 まぁ、だいたいこの程度を把握していれば充分だろう。

 もちろん例外はある。

 砂漠国は夏を司る神の信仰が篤く、他の神さまたちの信仰が希薄になってしまうほど偏っている。よって、年中が夏となり、砂漠となった。不毛の大地とも言われ、なかなか人が住める地ではない。

 だったら信仰を変えたらいいのでは?

 なんて思うけど、そう簡単に変更できるわけがないのが神さまという存在である。宗教とはそういうものであり、それだけ神さまに感謝している土地なのだ。

 おかげで他国から侵略されない土地、という意味でも信仰されているのかもしれない。

 俺なんかもナーさまにお世話になった感じがあるし、なんなら知り合いの少女神官が特別に懇意にされてるところを見ると、簡単に他の神に信仰を移す……なんて出来ないしなぁ。

 なにより、ナーさまカワイイ――

 こほん。

 なんでもないです。

 神さまを可愛らしいなんて思うわけがないじゃないですか。不敬ですよね。うん。

 そんな季節の移ろいを殊更感じる冬ではあるが。

 どうにもパルは冬が苦手らしい。


「うぅ」


 苦手というか、嫌い、と言った方が的確か。

 とりあえず、朝は布団にくるまってなかなか起きてこないので、パルの部屋まで起こしに来るここ数日。


「女の子を部屋まで起こしに行くってのは、気が引けるんだが?」

「だったら一緒に寝ましょう」


 布団にくるまったままパルが魅力的な提案をしてくる。

 起きてないわけじゃないが、寒いので布団から出たくない感じか。

 まぁ、路地裏で生きてた者からすると、冬など死と隣り合わせだもんな。ダンジョン攻略より厳しい気がするし。

 俺がパルと同じ年齢の時に路地裏で生きられるか、と言われれば首を横に振る。

 たぶん死ぬ。

 餓死か凍死か、その両方か。

 なんにせよ、そういう意味ではパルに『生き残る』才能があるんだろう。

 もっとも。

 その才能が無いのなら、パルとは出会っていない。

 なにせ、パルと初めて会ったのは春だったのだから。


「寒いさむいさ~む~い~」


 布団から出てこないのを見てると、とても生き残る才能があるとは思えないけどね。


「朝ごはん、パルの分まで食っちまうぞ」

「師匠の食いしん坊」

「おまえに言われたくない。ほれ、さっさと出てこい」

「あ、あ、ダメです師匠。いま裸なんで、布団を取っちゃうと見えちゃいますよ。いいんですか、かわいいかわいい弟子の裸を見ちゃったら、もう!」


 何が、もう、なのかサッパリ分からないが。

 むしろ見たいだろ、普通!

 常識的に考えて!

 というわけで、俺はパルの布団を剥ぎ取った。と、思ったらベッドが空っぽになる。布団にパルがくっ付いてきてるようだ。重い。


「師匠のえっち」

「盗賊の基本も忘れたのか。嘘にはほんの少し真実を混ぜればいい。ひとつも真実が混じっていない嘘なんて、信じるに値しないぞ」


 重たい布団をひっくり返すと、ばっちり愛すべき弟子がしがみついていた。素晴らしい握力だ。褒めてやろう。

 しかし、どこが裸なんだ。

 ちゃんと肌ざわりの良いパジャマを着て、ぬくぬく状態じゃねーか。

 俺の師匠心を返してくれ。

 ちょっぴり期待しちゃってる俺もいたんだから。


「じゃぁ今から脱ぎますから、もうちょっとだけ……」

「そりゃ着替えるんだから脱ぐよな。ちゃんと顔を洗ってこい」

「は~い」


 観念したらしく、パルが部屋から出ていく。

 それを見送ってから、パルのベッドと布団を整えてやって、俺も部屋を出た。

 廊下に出ると焼き立てのパンのにおいがする。ちょうどルビーが買ってきてくれたらしく、パルが喜び勇んで家を出ていく音が聞こえた。

 顔を洗う井戸は黄金の鐘亭の物を使わせてもらっている。ごはんもお世話になることが多いが、さすがに朝の忙しい時間帯におじゃまするのも気が引けるので、朝食は自分たちで買ってくることが多い。

 作るのは面倒だしなぁ。

 世界中の『お母さん』には頭が上がらない。

 まぁ。

 俺やパル、勇者を捨てた『母』には感謝なぞまったくしないが。


「しかし、盗賊らしからぬ動きだなぁ」


 家の中でまで忍んでおけ、とは言わないが……それでも乙女なのだ。ドタドタと足音を立てて歩くのもどうかと思うけど。というか成長するブーツはどうなってるんだ? パルの心境に合わせてワザと靴音を立ててるの? 器用だなぁ。

 とても貴族のフリをしてお城のパーティに参加したことがあるとは思えない。


「う~む」


 このあたりもまた、パルの曖昧さというか、ちぐはぐというか。

 そういうのが影響しているんだろうか。


「人を育てるって難しい」


 初めての弟子だから仕方がない、なんて言い訳はできない。

 二番であろうと百人目であろうと、同じように一人前にしてあげないといけない。もちろん、各々の技量に合わせた度合によるけど。

 もっとも――


「弟子を増やすつもりもないが」


 パル以外の子に技術を教えるのはかまわないが。

 人生まで背負うつもりはまったくない。

 たったひとりで充分に重い。

 ふたりも三人も背負える人間ってのは、尊敬する。


「……それが親なのかもしれないな」


 俺が孤児だからかな。

 子どもをふたりも三人も作るっていうのは、どうにも想像できない。パルひとりでもこんなに悩むことがあるっていうのに、それが同時に何人もとなると、意識がまわらない気がする。

 おろそかになってしまう部分があれば、それは子どもにとって失礼に値するだろう。

 親失格と言われかねない。


「……分からんな」


 親になったこともないし、親を持ったこともない俺には遠い世界の話なんだろうか。

 はぁ、と一息ついてから階段そばのスペースに移動する。

 テーブルにはシンプルなロールパンが入ったバスケットが置かれていて、サラダと目玉焼きが準備されていた。


「わざわざ火を入れて作ってくれたのか」

「たまには若奥様を演じるのも良いかと思いまして」


 うふふ、と楽しそうにルビーが笑う。

 どこで買ってきたのか、フリルたっぷりの真っ白なエプロンを付けていた。

 黒いイメージがあるルビーに、真っ白なエプロンはなかなかどうして、似合っている。

 かわいい。

 もともとレストランだった家なので、それなりにキッチンは充実している。俺はあまり料理するつもりがなかったので放置していたのだが、いつの間にやらルビーが掃除して使えるようにしていた。


「キッチンを全て影で覆いました。その状態で汚れを全て影の中に引きずりこみ、あとは水魔法で洗い流せば掃除なんてすぐに終わります」


 チートだった。

 掃除屋さんを始めればいいと思う。

 たぶんめっちゃ儲かる。


「どうです、わたしの新妻感」


 これみよがしにフリルがたっぷりと付いたエプロンをルビーがアピールしているのだが……新妻感ってなに?


「カワイイでしょう? でも旦那さま的には裸エプロンが見たいかと思いますが」

「大切な奥様を、こんな冬の寒い時期に裸エプロンになんかさせられません」

「――好き!」


 ルビーに抱き付かれてしまった。

 ありがとう。

 朝食の前からしあわせな気分です。


「顔洗ってきた、ってあああああ! なに抱き付いてんのルビー!?」


 さむさむさむさむ、と連呼しながら戻ってきたパルが俺たちの状況を見て叫んだ。

 好きな人が朝からエプロンを付けた別の女に抱きしめられてたら誰だって怒ると思う。

 俺も、パルが朝からイケメンに抱きしめられたら怒ると思う。

 ルビーがイケメンに抱きしめられたら、逆に怪しむけど。

 たぶん罠だ。

 不用意に近づかない方がいい。


「パルが遅いからですわ。ほら、早くしませんと焼き立てのパンが普通のパンになってしまいますわよ」

「それは大変。いただきまーす」


 色気よりも食い気だった。

 そんなパルが可愛くて好きです。

 というわけで、俺もパルを見習って朝食を食べていく。焼き立てのロールパンはやっぱり美味しいので、冷めない内に食べるのが正解だ。

 目玉焼きも塩だけで味付けされた物だが、美味しい。

 ルビーが作ってくれたので、その嬉しさも混ざっているのかもしれないな。

 というわけで、手早く朝食を済ませるとみんなで後片付けをする。桶に汲んできてもらった水を使って食器を洗うのだが――やっぱり冷たいなぁ。


「ルビー、全部やっておいてよぉ」

「それでもいいですけど、しばらく師匠さんの感謝をひとり占めすることになります。いいんですか?」

「……う、うぅ~」


 迷ってる。

 どうやら俺と冬とを比べると、俺は負けるらしい。

 もうちょっと好感度をあげないといけないのか……厳しいなぁ……他に何ができるだろうか……う~ん……


「そこは即答なさい。師匠さんの愛情あってこその家でのぬくぬく生活です。あなた、冬の間に薪の代金がいくらするのか知っておりますの? 師匠さんが一生懸命働いたお金で買ったものです。無料じゃありませんのよ」


 いえ。

 黄金城の宝物庫からくすねてきた金ですけど? 汗水流したものっていうのは確かにそうなんですけど、パルも一緒だったんですけど?


「うぅ、ごめんなさい師匠! あたし娼館で働くの嫌です! 捨てないで!」

「話が飛躍しすぎだ。ほれ、どうでもいいけど今日も訓練するぞ」

「はーい。ルビーもやる?」

「えっちな目隠しごっこですわよね、やりますやります」


 違いますけど? とパルとふたりでツッコミを入れて、手早く片付けを終えると、一階の広く開いたフロアへ移動した。

 もともとこの場所で客が食事をしていたんだろうけど、いまは何も無い閑散としたスペース。何か利用できる手はないか、とも思っていたが、こうして冬の間に安心して訓練ができる場所と考えれば悪くはないか。


「ルビーが手伝ってくれるんなら、障害物か何かを影で作ってくれないか?」

「いいですわよ。こんな感じでしょうか」


 パチンと指を鳴らすと、ずわっと足元にルビーの影が広がる。すっかりと太陽の光を克服してしまったかのように思えるのが、恐ろしいものだ。

 影からは四角いブロックのような形と丸い柱の二種類が突出してくる。ほどほどにバラけているので、良い障害物だ。


「ついでにパルの目も隠してあげましょう」

「ほへ? うわっ!?」


 逃げる間もなくパルの目にルビーの影が巻きつく。真っ黒な布で目隠ししたような状態となったので、光すらも感じられなくなっているだろう。


「いつもより難易度があがったな」

「うへ~。ルビーの意地悪」

「うふふ。では、わたしがどこにいるのか当てたら解除してさしあげます。5秒後にスタートして、あとは動きませんので」


 そう言ってルビーは影の中に沈み……天井から出てきた。

 まるでコウモリみたいに天井からぶらさがっているが、不思議と髪の毛や服は垂れ下がっていない。不思議な光景だなぁ、なんて思う。

 少々早めのカウントダウンを終えたパルはきょろきょろと周囲をうかがうように顔を左右に振った。


「師匠はこっち?」

「当たり」


 さすがに気配を消していない俺の息づかいは分かったらしく、パルは俺を指差した。

 ここで俺も意地悪をしてみる。

 スッと気配を消して、お金を取り出した。それをひょいっと投げて、遠くの床に投げ落とす。


「んぇ?」


 なんの音だ、とパルは気を取られたようにそちらを向く。その間に俺は移動して、影で作られたブロックの上に乗った。


「あ、あれ?」


 俺を見失ったパルが再びキョロキョロと周囲をうかがう。

 ここ数日の修行の成果は出ているというか、経験と実力がほんの少しずつ噛み合ってきているというべきか。

 しかし、パルのことを見ていると。未だに何らかの違和感というか、そういうものを感じるんだよなぁ。

 なんだろう?


「分かった! ルビーは外だ!」

「違いますわ」

「ぎゃー!?」


 当てずっぽうで答えたのか、パルは見事に不正解を叩き出し、ルビーに思いっきり抱き付かれて悲鳴をあげた。

 ……なるほど。


「それか」


 パルの実力と経験にどこか違和感があったもの。

 それが、なんとなく分かったような気がした。

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