~可憐! 師匠、触りたくても我慢です~

 冬が始まった。

 あたしは、この季節が大嫌い。

 理由は簡単。

 死が身近だったから。

 去年、死ぬかと思ったから。

 あたしが路地裏で生きてた時。

 冬になった頃には、もう着ている物もボロボロになってて、布一枚で生活しているような物だった。

 穴だらけのボロ布をまとっているだけ。

 ホントのホントに凍え死んじゃうかと思った。

 昼間はできるだけお日様の光が当たるところに移動し、小さく丸くなるようにそこで眠った。

 夜は逆に眠っちゃわないように街の中を歩き回って、温かい場所や食べ物を探し回る毎日だった。

 路地裏の中でも毛布を持っている大人がうらやましかった。だけど、毛布で寝ているところを襲われているのを見て、怖いとも思った。

 有利なのに不利。

 安全なのに危険。

 あたしなんかが毛布を持ってても、すぐに盗られちゃうだろうし……その時に殺されてしまうかもしれない。

 そう思ったら、服を一枚だけしか持っていない方がマシにも思えた。

 でも、それは言い訳で。

 ホントは、温かい毛布とやわらかい布団にくるまれて眠りたかった。美味しいスープを飲んで、暖炉の前でウトウトしたかった。

 でも。

 だからといって、逃げ出した孤児院には戻りたくない。

 死んでも戻りたくなかった。

 きっと戻れば、あたしは自分の体をあいつらに差し出してしまう。冷たくて寒くて、さみしくてお腹がすいているのから逃げられるためだったら。

 あたしは、自分の体をあいつらの自由にさせてしまう。

 なんだって許してしまう。

 そう思った。

 そう思ったからこそ。

 あたしは、自分を守るために冬を生き残ると決めた。

 夜になると、色街に移動する。露店やお店の厨房には明かりが付いている。明かりがあるってことは火があるってことだ。

 だからこっそり近づいて、温まる。

 食べ物屋さんがおすすめ。屋台の炭火とかも近づくだけでかなり温かいし、冒険者が集まって焚き火みたいにしているところもある。

 お酒を飲んで酔っ払ってる冒険者に近づき過ぎたら危ないこともあるけど、怒られない程度の距離で温まったりした。

 あと、その人たちが捨てていった食べ物のゴミなんかをあさったりして、飢えをしのぐ。

 ときどき嘲笑するような視線を向けながら生ゴミを捨てていく人もいた。でも、そんな視線は痛くもかゆくもない。

 視線だけで人は死なない。

 寒くて、お腹が空いて、人は死んでいく。

 だから。

 あたしは笑われたとしても、バカにされたとしても、生きていった。

 そんな毎日がずっとずっと続いて。

 どんよりと分厚い雲と、雪を降らせてくる冬を司る神さまを恨んだりした。

 自分でも、どうやって生き残れたのか分からないくらい。

 ギリギリだったように思える。

 もう二度と、あんなことはしたくない。

 でも、冬はどうしても来てしまう。


「……うぅ」


 冷たい空気がほっぺたに触れると、やっぱり去年のことを思い出しちゃって。

 あたしは最近、ずっと師匠にくっ付いていた。


「パル」

「はい、なんですか師匠」

「訓練の時間だ」

「え~」

「いいのか、このままで。冬の間におデブさんになっちゃうぞ」

「それでも愛してくれる師匠が好き」


 やぶさかではない。

 なんて難しい言葉で言い訳をしながら、師匠はあたしを引き剥がした。


「甘えんぼだなぁ。どうした?」

「なんでもないです。寒いのが嫌いなだけです」


 嘘には、本当のことを混ぜればいい。

 でも。

 あたしのその言葉だけで、師匠は全てを理解してくれたみたいで。


「……そうか」


 と、優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「にへへ。師匠好き」


 あたし許された。

 もっと師匠とぎゅ~っとしてるぅ~。

 と、師匠に抱き付こうとしたら――


「むぎゅ!?」


 飛び込む前に師匠に顔を抑えられた。きっとブサイクな顔になったに違いない。

 酷いよ、師匠!


「なにするんですか!?」

「それとこれとは別。訓練はしないと、ホントにダメになっちゃうぞ」

「むぅ~。黄金城のタンジョンをクリアできるくらいに実力が付いたんですから、いいじゃないですか~」

「そこが怪しいんだよなぁ~」


 師匠があたしをいぶかしげに見る。ホントにこいつ強いのか、みたいな視線だった。それくらいはあたしにも分かるようになった。えっへん。


「……なにが怪しいんですか、あたしの?」

「経験と実力がズレてるというか。不相応に強くなってるというか……なんか違和感があるんだよな」

「はぁ」


 そう言われても、自分では分からない。

 ちゃんと強くなってるのは確かだ、と師匠は前置きをしてから説明してくれる。


「例えばだ、パルが絵描きになったとしよう。俺という先生に出会って、ゼロから教えてもらっている」

「うんうん」

「基本とか技術を教えてもらって、大きなお絵描き大会に出場した」

「楽しそうですね、お絵描き大会。ちっちゃい子がいっぱい参加してそう」

「夢のような大会だ」


 うんうん、と師匠はうなづいてから、ぶんぶんと首を横に振った。

 かわいい女の子ばっかりがいるところを想像したんだろうなぁ。

 師匠の浮気者!

 あと男の子だって参加するんですからね、お絵描き大会!


「で、だ。見事に優勝したパルちゃん」

「パルちゃん優勝しました。やったね」

「だが、時期的におかしいんだよな。おまえが戦った相手は年上の年齢の者ばかりで、本来なら勝てるはずがない相手なんだ。戦った相手も超一流なのだから」

「師匠とかセツナさん達が手伝ってくれたから、じゃないんですか?」

「確かにそれはある。ひとりでは優勝できなかったはずだが……それでも超一流に混じってお絵描きができたこと事態が稀有というのかな」

「そう言われれば、そうですね」


 普通のお弟子さんだったら、見学してるところだと思う。


「俺は経験を積ませる目的でお絵描き大会に出場させたのだが、まさか優勝するとは思っていなかった。そんな感じか?」

「師匠が分かっていないのに、あたしに聞かれても」


 だよな、と師匠は苦笑する。


「少なくとも、俺よりは確実に才能があるのは確かだ。天才と言ってもいいかもしれない。しかしだな、だからといって天才ひとりに任せられるかと言われれば、ノー、だろう?」

「なんとなく分かります」


 あたしも。

 強くなった感覚はあるけど……だからといって、盗賊の仕事を全部できるようなった訳でもないし、まだまだ師匠の判断に頼り切っているところはある。


「恐らくだが、知識と実力と体の成長に著しいズレがあるんじゃないか、と思う」

「一汁しい」


 なんかニュアンスが違うな、と師匠はジロリとあたしを見た。

 そんな視線をあたしは反らすように、そっぽを向く。

 いちじる。

 寒い寒い冬なので、あったかいスープが飲みたくなった。


「というわけで、そのズレを埋めるためにもしっかりと訓練を続ける必要がある。そのズレの正体も見極めないとだな。というか、俺だってまだまだ訓練や基礎練習を続けてるんだ。おまえもやれよぅ」


 師匠がイジけるように言った。かわいい。

 しょうがないから、師匠の言う事を聞いてあげましょう。

 でも寒いから――


「おウチの中で出来る訓練がいいです」

「基礎練習はできるが……ふむ」


 なんか考えてくれるらしい。

 師匠優しい。

 好き!


「じゃ、準備するからウォーミングアップしててくれ」

「はーい」


 師匠の部屋にひとり残って、あたしはストレッチをする。おいっちに、おいっちに、と師匠のベッドと布団の上で、ゆっくり体を伸ばした。

 あとはぴょんぴょんとベッドから飛ぶように降りて、膝の屈伸運動。手首と足首をぐにゅぐにゅと曲げたりして、準備完了だ。


「パル~、下りてきてくれ」


 下から師匠の声が聞こえたので、部屋から出る。

 やっぱり空気が冷たくて、移動するたびになんだか心が冷たくなっていくような気がした。

 師匠にず~っとくっ付いていたいなぁ。

 なんて思いつつ、一階に下りた。

 ルビーは部屋にこもりっきりで本を読んでる。退屈が嫌いって言ってるくせに、本はずっと読むんだから、良く分からないよね。


「よし、部屋の中央あたりに立ってくれ」

「この辺ですか?」


 言われたとおりに部屋の中央に立つ。師匠はあたしの後ろへとまわった。バックスタブの練習かな、と思ったら顔に布を巻かれる。


「目隠し?」

「そのとおり。今から当たっても大丈夫な物を投げるので、その状態で避けろ」

「えぇ!?」

「ほれ、俺の声と気配をさぐれ。攻撃の意と空気を読むんだ」

「わ、わかりました!」


 とりあえず集中――と思ったら、後ろからドンと押された。

 あわわわ、と転ばないように足を踏ん張るけど……師匠の位置が分からなくなる。どっちだ、と思った瞬間に顔にコツンと何かが当たった。


「ひえ!?」


 なんで後ろから押されたはずなのに、前から物が当たるの!?

 そう思ったら、もうパニックになっちゃって。

 へっぴり腰のままキョロキョロとまわりを見渡しながら、師匠の位置を探るけど。

 どこに師匠がいるのか、まったく分からなかった。


「し、師匠、いますよね!?」


 ――なぜか返事がない。

 あれぇ~、と思ったらまたしても体に触れる手。今度は肩をぐい~って押されてしまって、左方向にズレていってしまう。

 慌てて踏ん張ろうと思ったら途端に力が緩められて、反対方向につんのめってしまう。と、思ったら足を引っかけられて転んでしまった。


「あいたー!」


 べったんと転んでしまった。そしたら、そのままゴロゴロと転がされてしまう。いま、どっちの方向を向いているのかも分からない。


「ひえー!?」


 ようやく止めてもらえたので、慌てて起き上がると……自分の位置が分からなくなった。

 部屋の中にいるのは分かるんだけど、部屋のどの位置にいるのか分からない。

 わわわわ、と思ってたら頭にぽこんとまた何かが当たった。

 うわーん!

 ぜんぜん分かんないよぉ!


「どこー!?」


 とにかく逃げなきゃ、と思ったら明らかに足音がした。あたしの前の方。それと同時に動作の音がしたから、右方向に逃げる。

 何かやわらかい物が後ろに落ちる音がした。

 やった!

 避けられた!


「ふにゃん!?」


 そう思った瞬間、思いっきり何かが体にぶつかった。

 ぶつかったっていうより、覆われたみたいな……抱きしめられた感じ?


「あ、え?」


 なになになに!?

 顎に手を添えられて、上を向かせられる。

 こ、こここ、これってキス!?

 キスするときにされる、顎クイっていうやつ!?

 もう!

 師匠ったら、訓練って言ってあたしが見えてないことをいいことにキスするつもりだったんじゃないですか~。

 師匠のえっち。

 えへへ~。

 と、思ったんだけど――


「ん~、ちゅ」

「あれ!?」


 師匠の声と息づかいじゃない!?

 というか――


「ルビーじゃん!」

「正解です。見事に当てましたので、商品のキスをさしあげますわ」

「いらな――んっ、む、むぅ~~~!?」


 思いっきりキスされた。

 舌まで捻じ込まれた。


「ぷ、はぁ、師匠たすけてー!」

「まだまだ修行が足りない証拠だな。やっておしまい、ルビーさん」

「あらほらさっさ、了解ですわー!」

「ふぎゃー!」


 やっぱり冬は嫌い!

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