~姫様! 末っ子姫の偽善計画(悪意込)~

 むむむ、と私は紙に書かれた内容を見て腕を組みました。

 ここは私の私室であり、王族の末っ子と言えどもそれなりに立派な部屋です。というわけで、どんなマヌケな顔で、どんな情けない声を出そうとも、外に漏れることはありません。

 メイドや近衛騎士の皆さんが見ていたとしても、です。

 私の忠実な騎士やメイドは、私の失態を漏らさなないと信じています。

 ですが。

 私は紙に書かれた内容について、是非とも漏らして欲しいような欲求に駆られました。

 いいえ。

 それは他人を頼り過ぎです。

 都合の良い願望です。

 素直に言ってしまうと……それは、誰かに助けを求めたいというのが本音ですね。

 はぁ、とため息をつきつつ。

 後ろを振り返れば……


「?」


 近衛騎士たるマトリチブス・ホックの皆さんが、私の視線を受けて少しばかり小首を傾げました。

 今日の護衛はルーリアとカチュアとミナリアですか……


「今から文官になりませんか?」


 騎士甲冑に身を包んでいる三人に声をかけました。

 剣ではなくペンを持って欲しいのです。


「何の話ですか、姫様」

「私、常々思っているのですけど……」


 頬に手を当てて、ちょっぴり困ってますわ、というポーズを取ってみる。


「近衛騎士も勉強する必要があるのではないでしょうか」


 そう私が告げると、まるで口の中に砂を放り込まれたような顔をする三人。

 どうしてそんなことを言うのですか! みたいな抗議の声が読心術を身につけていない私にも分かったくらいです。

 はぁ~、と盛大に息を漏らしました。

 本人たちの前であからさまなため息は失礼な行為だと思ってますし、侮辱になります。

 分かってますよ、それぐらい。

 王族の傲慢ではないです。

 でもでも、私のため息を甘んじて受け止めるマトリチブス・ホックもどうかと思うのです。

 文句があれば言ってください、と私は命じました。


「そんなに必要ですか、ブンカン」


 発音がおかしいくらいに嫌いですか、ブンカン。

 まるで敵のように言うのですけど……そこまで勉強が嫌いなのでしょうか?


「勉強は常に必要ですよ。この紙一枚がいくらするか、ご存知ですか」


 ぶんぶん、と首を横に振る騎士たち。

 腰にぶら下げてる剣の価値は知っているでしょうけど、紙一枚の値段は知らない。

 当たり前のようでもありますが、それこそ私が文官を必要としている理由です。

 なにせ――


「私も知らないのです」


 なーんだ、という笑顔を浮かべる近衛騎士。ちょっとちょっと、メイドまで笑ってるじゃないですか。


「知らないから問題なのです。では、今朝食べたパンがいくらがご存知? 私のパンの値段ですわよ」

「……中級銀貨1枚くらい?」

「そこまで高くないでしょう……たぶん」


 せいぜい上級銅貨1枚ぐらいじゃないでしょうか……たぶん。


「姫様は何を訴えているのでしょうか」


 遠まわしの表現がちょっとだけ通じたことに満足して、私はうなづきました。


「お金です。お金の問題です。いえ、我がパーロナ国が貧困にあえでいる訳ではないことは分かっています。でも、私のやりたいことにはお金が必要なのです」

「はぁ」


 生返事ですわねぇ、もうもうもう!


「私も皆さんと同じように全然お金に詳しくないのです。だからこそ、文官が必要です。戦争で言うと軍師です。どうして『姫』には護衛の騎士とお世話のメイドが付けられるのに文官は付けられないのでしょうか」


 言いたかったことを全部言って、私は両手をあげて抗議の声をあげた。

 ですが、近衛騎士たちは困った表情を浮かべる。

 理解できていない、という表情じゃなくて、ちょっと苦笑に近いような表情だ。

 なんでしょう?

 何かそこに理由でもあるんでしょうか?


「安全のためです、ヴェルス姫」

「安全?」


 はい、とマトリチブス・ホックたちはうなづいた。


「なにが危険なのです?」

「文官を付けられた姫が、よからぬこと、を企んでいると思われないためです」


 なんですかそれ、と私はギョッとした表情を浮かべた。

 この場合の『よからぬこと』と言えば、革命のことです。お父さまを倒して私が女王になることを意味しますが、そんなことするはずがありません。


「姫様の役目はなんですか?」

「私の役目ですか。それはもう、蝶よ花よと国民にちやほやされるためです」


 もちろん冗談です。

 ちやほやされてますけど違いますよ、と近衛騎士たちも笑う。


「分かっております。私の役目は自国の領主や他国にお嫁さんに行って、関係を築くことです。私は末っ子ですので、特に他国へ嫁ぐ可能性が大きいでしょう」


 つまり、お嫁さんです。

 むしろ子どもを生むのが仕事、と言えるでしょうか。

 う~ん。

 それは分かっているのですが……あえて希望を言うのならば、あの方……師匠さまの子どもを一番に生みたいと思っています。

 正直にそれをお父さまに伝えたところ――


「その馬鹿げた要望を唾棄の如く捨てるのと、あやつが死体で発見されるのと、どちらを選ぶ?」


 と、大真面目に言われてしまいました。

 ですので、私はハッキリと言い返してやりましたとも。


「ではその死体の隣に私も並べてください。きっとお腹の子もしあわせに神のもとへ行けることでしょう」

「帰れ」

「お父さまのケチ!」

「ケチで結構。おまえのせいで王家に傷が付くより、よっぽどマシだ」

「ぐぬぬ」

「姫がぐぬぬとか言うな、バカモノ。末っ子だからと甘やかされるのは成人するまでだ。あまりふざけたことを言っていると、さっさと嫁に出してしまうぞ」


 そんな脅迫を受けてしまっては退散するしかありません。

 老い先短いステキなお爺さまのもとへ嫁ぐのなら問題ありませんが、中途半端に元気でやる気まんまんなおじさまに嫁ぐとなると、ちょっと私も嫌です。覚悟が鈍ります。


「だからと言って、年下もどうかと思いますね」


 じっくり私好みの男性に鍛えあげるのも夢ですが。

 そう上手くはいかないでしょう。

 まぁ、そんなことよりも。


「私の役目と文官に何の関係があるのでしょうか」

「姫様が他国に嫁ぐと、自動的に文官も付いてくることになります。もちろん、相手国は断るでしょうが、いくらでも方法はありますからね」


 文官が文官らしい衣服で付き従う必要はない。メイド服を着ていてもいいし、甲冑に身を包んでも良い。


「それに付け加えて、逆も言えます。他国に自国の詳しい情報を知っている文官を送りたくない」


 なるほど、と私は納得しました。


「情報戦ということですか」


 はい、と近衛騎士はうなづく。


「戦争時代の名残ですね。財政状況など、お互い知られたくなかったのでしょう」


 それでも他国に嫁いだのですから、嫁ぎ先に有利に働く姫も多かったと思われますが……文官が買収されていてもおかしくはないですね。

 もちろんメイドや護衛の騎士にも言えることではあるんですが。

 場合によっては、嫁ぎ先で『処分』されている可能性も充分にあったでしょう。

 まったく。

 戦争時代は嫌なものです。

 この世界に魔物……パルちゃん達曰く、モンスターでしたか。モンスターが現れてからは、人間種同士が争っているヒマがなくなりましたので、戦争時代は終わりました。

 いえ、表向きは終わっただけ、なのかもしれませんわね。

 その点だけは魔王に感謝できます。

 もっとも。

 北方の魔王領と隣合っている地域は、いつもピリピリと警戒しているらしいですが。

 もしかしたら、そっちの方に嫁がされるのかもしれませんわね。

 北方は寒い国が多いので嫌だなぁ。

 そう思いました。

 しかし、なんですか。


「そういう知識はちゃんとあるんですのね、マトリチブス・ホックって。もしかして、無知のフリをしていませんか? 皆さん、実はちゃんと勉強していたりしませんわよね?」


 そんなわけありませんよ、と騎士たちは笑う。


「せいぜい読み書きと計算ができるくらいです」

「地頭は良さそうですが」

「本当にそうなら、今ごろ引き抜かれてます」


 それもそうか、と納得してしまう。

 王族の近衛騎士になるのは、やっぱり難しそうですから。生半可な選抜はされていないでしょうし、普通以上の地頭は必要なのでしょう。

 もっとも。

 試験のために詰め込んだ知識であろうことは間違いありませんし、なんならその試験の反動で勉強嫌いになってる雰囲気があります。

 選別試験も考え物ですね。


「う~ん」


 はてさて。

 どうしたらいいのでしょうか、と悩むしかありません。

 やっぱり私には無理なのでしょうか。


「姫様は何がしたいんです?」

「偽善です」

「はい?」

「私、偽善者になりたいのです」

「はぁ……それは、大変に外聞が悪いことなので、できれば止めて欲しいところですが」


 メイドさん達もうなづいている。

 まぁ、主人の評判が悪くなると仕えている者たちへの評価が悪くなりますからね。主の行いを注意するのは、それこそ近衛騎士やメイドさん達の役目でもあります。

 普通、そこで執事とかもいると思うんですけどね。

 やっぱり私が姫だからでしょうか。

 男の人は、できるだけ排除されているように思えました。

 お父さまは心配性ですわね~。


「偽善は偽善ですけど、いいことをするのですから批判される可能性は低いですよ」

「つまり?」

「例えば――私がみずからお城の廊下を掃除をします。いいことですけど、偽善でしょ?」


 そうかも……?

 と、小首を傾げながら騎士たちはうなづく。

 美人ぞろいの騎士が同じ方向に首を傾げるものですから、ちょっと面白いですわね。いつも兜を外していればいいのに、と思わなくもありません。


「私、そういう感じのことがしたいのです。ですが、それにはお金が必要で、残念ながら私では自由に使えるお金がありません」

「ホウキやチリトリを買いたいってことでしょうか」


 方向性は合っているので、私はうなづいた。


「でしたら、どちらにしろ国王の許可が必要なのでは? 優秀な文官がいたとしても、結局はそこですから」


 確かに。

 どれだけ優秀な文官が付いていようとも、私の行動を許可するのは最終的にお父さまになる。

 それを考えると必要なのは……


「いわゆる根回しというやつですわね」


 貴族が良くやっていますわよね、根回し。事前に味方を増やしておいて、決定を有利に進める、というやつ。


「それは根回しではなく、最終段階ですよ。根回しはその前の段階です」

「あら」


 少し違いましたか。


「ですが、どちらにしろお父さまに話を通さないと何も始まりません。面会に行きましょう」


 さっそく立ち上がった私たちに、無理です、とみんなは言う。


「国王は仕事中です」

「かわいい娘のお願いですもの。例え他国の貴族と交渉中でも、娘の話を聞いてくれますわ」

「やめてください、私たちが処刑されます」

「だったら私の首もそこに並べてやりますわよ」


 もちろん、冗談ですけど。

 全員で、はぁ~、とため息をつきました。


「お昼休みか夕飯はどうですか? 夜の寝室に飛び込んでお母さまがいたら、大変いたたまれなくなりますので、できれば食事中がいいのですが」


 弟か妹が増えるのは大歓迎ですが。

 もしもお母さまでなかった場合が恐ろしいですわね。

 まぁ、そんなタイミングだったら絶対に入室を阻止されるでしょうけど。


「いっそのこと、国王に一緒に食べたいと申し出てみればいかがでしょう?」

「急な変更で料理人の方が迷惑じゃないかしら」

「その配慮ができるんでしたら、私たちにもして欲しいんでけどね、ヴェルス姫」


 うぐ、と息が詰まってしまった。


「いいんです。マトリチブス・ホックは私の味方なのですから、迷惑をかけていいんです。そのかわり、あなた達が失敗した場合は全力で私が味方したいと思いますので安心なさってください。我ら生まれは違えど処刑される日は同じ、というやつです」


 なんですかそれ、と苦い表情で言われました。


「知りませんか? 最近流行している大衆小説です。騎士を主人公とした物語で、姫との恋愛を描いたものです。ベッドシーンが細部に渡って書かれていますので、おすすめです」


 またそんなものを読んで、とメイドさんがぷんすかしてますがいいのです。

 来たる嫁入り時に役に立つのですから。

 たぶん。

 ですが本番前に練習したいところはありますよね。できれば師匠さまが練習相手になってくださいますと、世界が平和になるんですけど。むふっ。


「さぁ、根回しです。皆さん、頑張ってください。私がお父さまとお母さまの弟か妹が生まれるステキな儀式に突入してしまうのかどうかは皆さまの腕にかかっております。さぁ、いきましょう。えいえいおー」


 私の振り上げた腕に同調する者はひとりもいませんでしたが。

 一応は動いてくれるようです。

 どうやら、私の計画の第一歩を踏み出すことはできそうです。

 後は私が交渉するのみ。

 嘘には真実を少しだけ混ぜればいい、のでしたか。

 でしたら。


「偽善には、悪意を少しだけ混ざればいいのですわ」


 うふふ、と私は笑い。

 部屋の中に不釣り合いに飾ってある真っ黒な鎧をコツコツと撫でるように叩いて遊ぶのでした。

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