~姫様! 期待の新人騎士~

 セーラスちゃんと馬車に揺られて、ゆーらゆら。

 と、私はのんびり移動している気分でしたが、セーラスちゃんは終始緊張している様子で、せっかくのふかふかな座り心地だというのに、おしりは浮かせ気味です。


「前に一度、一緒に乗っているはずですのに。まだ緊張しておりますの?」

「は、ははは、はい。壊しちゃったらいけないって思うと……」

「なにをどうしたら壊せるのか、逆にこちらが聞きたいところですが」


 ねぇ、とマルカにそんなことができるのか、と聞いてみる。


「武器があれば可能だと思われますが、素手だと厳しいですね。甲冑があれば窓くらいは割れるでしょうけど、これも素手だと怪我をする可能性が高いです」


 私の護衛騎士でさえ窓を割るのがやっとと言っているのですから、商業ギルドで働くセーラスちゃんに壊せるとは思えません。


「壊せる物なら壊してみよ」

「そ、そそそそ、それは命令ですか!?」

「冗談ですわ。お姫様ジョークです」


 面白かったでしょうか、と聞けば、セーラスちゃんは精一杯の作り笑いを浮かべてくださいました。

 はい、面白くなかったみたいです。


「あまり質の良い冗談ではありませんよ、姫様。同じ命令をマトリチブス・ホックの者にしたら、実際に壊しかねません」

「たまに思うのですけど、ウチの近衛騎士はアホなんですの?」


 私の質問と視線を受けて、マルカは思いっきり視線を外すように窓の外を見ました。

 どうやらアホのようですわね。

 いえ、王族の護衛騎士なのですから、それなりの試験を受けているはずです。いくら文官を付けられるのが禁止されているからといって、騎士が愚か者で構成されているわけがないのですから。

 きっと大丈夫なはず。

 そう信じたいところですわね。


「私はマトリチブス・ホックを信じます」

「……光栄です」

「間がありましたわねマルカ」

「ベル姫さまの御心のままに」


 急におべっかを使い始めましたわよ。


「計算とか読み書きとかはできますわよね?」

「そこは間違いなく」


 まぁ、読み書きや計算ができないのであれば、本格的に試験内容を見直してもらいたいと思いますけどね。


「ちょうどいいですわ、実験台になっていただきましょう。ね、セーラスちゃん」

「あ、そうですね。ちゃんと動くかテストできます」

「それは暗にウチのカワイイ護衛さま達が本当にアホだと言ってますわよね、セーラスちゃん」

「ごめんなさい!?」

「おやめください、姫様。冗談の質が笑えないレベルです」

「失礼しましたセーラスちゃん」


 セーラスちゃんをからかって遊んでいる間に馬車は目的地に到着しました。

 それは住宅区のすみっこ。

 街の外壁のすぐ近くで、高い壁のせいで日が当たらず薄暗い場所。ここから先は馬車が通れる道幅がありませんので歩きで向かいます。


「はぁ~」


 馬車から下りれた安堵感ではなく、ひどく疲れたようなため息を吐き出すセーラスちゃんにくすくす笑いつつ、マルカに手を取ってもらって馬車を下りる。


「寒いですわね」


 思わず空を見上げると、分厚い雲。灰色で今にも雪が降り出しそうに思えました。

 ここ数日は降っていませんが、前に降った雪が溶け残っている物もちらほらと見えます。日陰になると、相当に寒いことが分かる。

 計画が遅れたことが悔やまれますが、それを今ここでやっているヒマはありません。


「こちらです」


 あまり治安のよろしくない場所なのは明白で、ここから先はマトリチブス・ホックがしっかりと護衛してくださいます。

 もちろん、護衛対象は私だけでなくセーラスちゃんと別の馬車に乗っていたムジークさまも一緒です。

 路地裏生活者でしょうか。

 私たちの姿を見ると慌てて逃げていくのが分かりました。


「……」


 別に捕まえに来たわけでも追い出しに来たわけでもないのですが。


「姫様」

「はい、行きます」


 薄暗い路地を歩き、日陰のせいでより一層と寒く感じつつ、冷たくなった指先を息で温める。

 いつか師匠さまに温めてもらいたいですね。


「ベル、手が冷たくなっているね。俺の息で温めてあげるよ」

「師匠さま、ありがとうございます。でしたら、師匠さまの体は私が温めてあげますわ。さぁ、服をお脱ぎになって」


 ふ、ふふ、ぐふふふふふ。

 そしてふたりはベッドの中へ入り、愛の儀式が始まるのです。


「姫様、どうかしましたか?」

「なんでもありません。ちょっと私に文才でもあるのかと思ったところです。王族って小説書きになれるのでしょうか?」

「姫様の小説ですか……」


 なんで赤くなってるんですか、このムッツリ護衛騎士!

 という言葉を飲み込みました。

 私だってもうすぐ成人ですので、大人の対応ができるのです。

 ふふん。


「ヴェルス姫さま、こ、こちらです」


 小説のタイトルを考えている間に目的地に到着しました。

 そこは、ホントのホントに外壁のそばにある小さな建物がありました。新築特有のピカピカな感じはありますが、立派な建物、という感じはありません。

 まるで倉庫みたいに見えるのは窓が無いせいでしょうか。入口の扉だけが唯一の外側と繋がっている場所のように思えます。

 ですが、その入口の扉。

 なにやらとても重厚そうな金属で出来ているように見えました。取っ手の類が見当たらず、どうやって開けたらいいのか、パっと見ても分かりません。

 力任せに開けるにしても、とても重そうな扉だというのが見た目から伝わってきます。


「すごい扉ですね」

「はい、学園都市からここまで運ぶのに恐ろしい金額を要求されました」


 そうですわね。

 製作費の方が高かったでしょうけど、運んでくるのも高くなってしまったでしょう。

 外国に依頼するのは、ここが難しいところだとセーラスちゃんに教えてもらいました。

 大切な物を作り、運ぶ。そうなると、やっぱり貴重品なので警備が厳重になる。護衛が増えたりするわけで、逆にそれが貴重品だと知らしめる分かりやすい見た目になってしまって狙われる確率が増えるそうで。

 だからといって粗雑を装って盗賊団に襲われて簡単に奪われてしまっては意味がない。

 バランスが重要らしいのですが、そのバランスを見極めるのも商人の腕だとか。

 そんな風に、どうしても金額が増えてしまうのが輸送の弱点だそうです。

 王都やジックス街で作れたら良かったのですが、この扉は特注も特注。人類の最先端技術すら使われています。

 こんな物が作れるのは学園都市しか有り得ませんし、仮に他国に同じ技術があったとしても、やっぱり用途が用途だけに、学園都市の生徒たちしか作ってくれそうにありませんでした。


「学園都市の皆さんには迷惑だったでしょうか」

「いえ、めちゃくちゃ楽しそうだったですよ。もう1枚作ろうか、いや、作らせてくれ、と懇願されました」


 セーラスちゃんが苦笑しながら言う。

 さすが学園都市です。奇人変人の集まりと聞いていましたが……やっぱり聞くよりも関わってみるのが一番ですね。

 なんとなくルビーちゃんを思い出しました。

 きっと、ルビーちゃんみたいな人がいっぱい集まってる街なんでしょう。

 そう考えると、お父さまに相談したところで却下されますわね。どうにかしてこっそり行く方法を考えねば。

 ……ここは、やはり師匠さまと結婚するしかありませんわね。

 自由を手に入れられます。

 色んな意味で。


「何か問題でもありましたか、ヴェルス姫……」

「いいえ、満足していたところです。思わず追加料金の算段を考えていたところですが、パーティ会場と招待状を出すのが面倒くさいなぁ、と」

「は、はぁ」

「こほん。今のは忘れてください」


 余計なことを言ってしまった気がしますが、本当の本当に余計なことは言わなかったのでセーフです。


「では、マルカ。適当に人選を選んでください……いま、重複表現でしたわよね。申し訳ありません。え~っと、誰か選んでくださいな」

「伝わりますから大丈夫ですよ」


 マルカは苦笑しつつ、マトリチブス・ホックからひとりの騎士を指名して連れてきてくださいました。


「春からの予定でしたが、見どころ有りということで一足先に入隊したルーラン・ドホネツクです」

「ルーラン・ドホネツクです!」


 マルカが連れてきたのは……ちっちゃい鎧の子でした。もちろん、私より大きいのですが、マルカや他の騎士に比べれば遥かに小さい体をしています。

 新人ですか。

 どうやら体はまだ出来上がっていないらしく、鎧を装備しているというより、鎧に着られているというような雰囲気があります。兜も大きさが合っていないのか、かぶっているというよりも、鎧の肩口に置いている、みたいな雰囲気がありますね。

 しかし、珍しいですわね、この冬から配属になるなんて。

 相当に優秀なんでしょうか?


「ヴェルス姫に選ばれ光栄です!」


 びしー、と気をつけをするルーラン。なぜか斜め上を見上げている感じで私と視線が合いません。

 周囲はみんな大人ばかりで、私より身長が高い者ばかりですが、ルーランは私とそう変わらない身長です。セーラスちゃんの方が少し高いくらいですね。


「よろしくお願いしますね、ルーラン」

「ハッ!」

「……なんで上を見上げっぱなしですの?」


 ぜんぜんまったく視線を合わせてくださいませんので、何かあるのかとルーランの視線の先を見上げましたが……なんにもないじゃないですか。

 というか、建物の壁です。

 そんなに珍しいでしょうか、この場所が。まぁ、騎士なんて育ちがいいのは間違いありませんし、路地裏が珍しいのは本当でしょうけども。


「ひ、姫さまと目を合わせるなんて、恐れ多いからです!」


 う~ん。

 セーラスちゃんとは別の意味で緊張している感じですね。


「最低限の線引きをしていただければ、そこまでかしこまる必要はありませんよルーラン。私は護衛よりも友達が欲しいタイプです」


 自分の命を守ってくださるのですもの。

 そんな騎士たちを無碍にはできませんし、一緒の時間を過ごすことが多くなりますので、できれば仲良しになりたいです。


「いえ、しかし……」

「はい練習。視線を合わせなさいルーラン。これは命令です」

「ハッ!」


 じ~っとこっちを見てくるルーラン。

 よろしい、と私は満足しましたが……まだまだじ~っと見てくるルーラン。

 あぁ、分かりました。

 これだけでも理解しました。

 この子、アホですわね。


「マルカ」

「はい、なんでしょうか」

「今回の遠征任務、ルーランの役目はなんでしょう?」

「留守番です」

「なんでいるんですか?」

「どうしてもと言われて連れてきました。邪魔しないこと、を条件に」


 向上心はあるようですが……なんというか、空回りするタイプなんでしょうか。

 愚直というかまっすぐというか。

 なんかそういうのを感じます。

 まぁ、それはともかく――


「ではルーランちゃん」

「ちゃん!?」

「はい、ルーランちゃん。さっそくあの家に入ってきてください。中にはパンがありますので、食べてもいいですわよ」

「分かりました!」


 ザ、ザザ、ザ、という感じでキビキビ動くルーランちゃんは何の疑問を持つことなく建物へと向かった。

 そんな様子を見ながら私はマルカに質問する。


「大丈夫なんですの、あの子? いえ、陰口とかそういうつもりではなく、ホントのホントに心配ですので。私が言うのもなんですが、私の護衛って臨機応変な部分があるじゃないですか」


 自覚しておいてなんですが、割りと無茶なお願いをすることもあります。

 肩車してください、なんて命令を聞いてくるのはマルカぐらいだと思ってましたが、ルーランもしてくれそうな雰囲気がありますね。


「一応は初任務ということで緊張している部分もあるのですが……優秀なのは優秀なのです。ですが……」


 なんでもルーランちゃん。騎士の一族の末っ子ながら大人顔負けの剣技を誇っていて、物凄い才能の持ち主らしい。ドホネツク家のお爺ちゃんが溺愛するどころか、逆に厳しくなるほど期待されている才能があるそうで、王族に仕える騎士になるのも一族の悲願だったらしい。

 しかし、ルーランちゃん。

 剣技の才能を神さまから与えられた代わりに、なんか他の色んな物をどこかに置き忘れてきちゃったみたいで……トータルでギリギリ優秀な子、という評価になっている……らしい。

 で、みんなと一緒のスタートだと確実にやらかすという心配から、特別にこの冬からマトリチブス・ホックに加わることになったそうな。

 他の新人の子にも通達済みで贔屓ではないことは了承済みみたいです。

 というか、それを了承されるほど何かやらかしてしまったのでしょうか。試験とか、今度から私も参加した方がいいのかも?

 なんにせよ――


「特別扱いは特別扱いですが、反対の意味ですわねぇ」


 むしろ、しっかりと育ててあげないともったいない、という意味で。

 これ、もしかして私の手腕とかも問われていません?

 ルーランを一人前にしてこそ、王族らしい器量と人心掌握だ、みたいな。


「お、扉が開きましたね」


 さすがに門前払いというレベルではなかったので安心ですが、扉が開いたのに驚いて悲鳴をあげてしまったところは、なんというか、どうなんでしょう……


「私的には面白くてオッケーなんですけど」

「護衛騎士的にはアウトですよ」


 ちゃんと説明したんですけどね、とマルカは兜を押さえている。

 残念ながらルーランの頭には初任務で精一杯。他の情報を入れておく隙間が無かったみたい。


「逸材ですわね。あの子の結婚相手は私は面倒を見ます。ドホネツク家の者にそう伝えてください」

「ダメです。ただでさえ舞い上がってるのですから、姫が余計なことをしたらどうなってしまうか」

「もしかして一族みんなあんな感じなんですか?」

「違います。他の方々は普通の騎士です。ですが、王族の護衛騎士という名誉が初めて与えられたともあって……その……」

「一族総出でお祭状態なわけですね」


 マルカは否定しなかった。

 まぁ、そんな状態で私がルーランの実家に声をかけてしまうと、そりゃもうお祭が延長されるどころかパワーアップしてしまうのは想像するまでもありません。


「分かりました。逆に、ルーランに変な男が付かないようにしっかりと護衛します」

「なんで姫様が逆に護衛するんですか」

「だって面白い――いえ、なんでもありませんわ」

「本音は隠してください」

「本音だったらこう言います。ルーランちゃん、性教育終わってます? ちょっと一緒に勉強しません?」

「やめなさい」


 ペシンと頭を叩かれました。

 ひどい!

 これでもパーロナ国の末っ子姫なんですけど!?

 ほら、セーラスちゃんがめっちゃびっくりしてるじゃないですかー!


「中へ入りますよ、姫様。このまま放置しては、ルーランがパンを食べ尽くしかねません」

「おっと、それは大変です。私の分も残しておいてください、ルーランちゃん!」


 というわけで。

 私たちも建物の中に入り、しっかりと視察するのでした。

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