~卑劣! 黄金城迷宮編おしまい!~

 宝物庫で休憩を兼ねた見物をして。

 ダラダラと古代のアイテムたちを眺めたあと。

 転移の腕輪がチャージできたら、地上へ戻ることになった。


「これでいつでも金や宝石が手に入るな」

「ふむ。それを考えれば、やはり拙者たちも転移の腕輪を作るべきか」


 セツナが顎に指を添えながら考えている。

 義の倭の国からやってきた旅人、と考えると定期収入などあるわけがない。冒険者でもないので、お金を得る方法は重要だろう。

 無限に湧き出る黄金の壺を持ち歩けるのなら、持って行くのが一番だが……非現実的だ。魔導書を持ち歩くのも難しいというのに、あの身長ほどありそうな長細い巨大な壺を背負って旅を続けるなど、冗談にも等しい。

 加えて。

 絶対狙われる。

 俺が悪い意味での盗賊だったら、絶対に狙う。

 まぁ、そんな危険物だ。無用なトラブルを招き寄せる必要はまったく無い。


「転移するのが無難だな」


 その無難な方法が、人間種の最先端技術というのだから奇妙な話だ。しかも、現在進行中であり、俺の持っている物より遥かに便利な物となる。

 もっとも。

 そう簡単に作れないのがネックだが……ここにある金と宝石を使えば、ある程度の問題が解決するので憂う必要もない。

 つくづく、黄金城のダンジョンを攻略する意義はあったというものだ。

 俺とセツナは肩をすくめつつ苦笑する。


「では、地上へ戻るか。せっかくなので迷宮から出ておくか」


 最後に姿を見せておく、というのも重要だろうか。

 いつの間にかいなくなったのであれば、ダンジョン内で死んだことを意味してしまう。

 しっかりとダンジョンから出て行ったところを見せる必要はある。

 転移というチートを誤魔化すためにも、ね。

 まぁ、ここ最近は頻繁に出たり入ったりを繰り返していたので、疑いの視線を向けられる心配は無さそうだが。


「ん? なぁ、旦那」

「どうした那由多」

「普通に帰るんだったら、あの光る罠で帰ったら良かったんじゃないのかい? わざわざ休憩する必要なかったんじゃないかねぇ」

「……確かに」


 ちょっとした失敗だったな、と再び肩をすくめたところで宝物庫を出ることにした。


「欲しい物はないか?」

「勉強してからですわね。神代の文字が読めるようになれば、欲しい物があるかもしれません」


 ルビーの言葉には同意する。

 なにせ、プレートがあるのにまったく読めないのだから、欲しいも欲しくないも判断できない。見た目だけで選んでしまったら、大変なことになるかもしれない。

 それこそ、ダンジョン内で拾った指輪なんかがそうだ。

 ちゃんと読めるようになってから触れるべきだと思う。


「パルは大丈夫か? 好きな宝石でも持って帰っていいんだぞ」


 山ほどあるし、両手で抱えられるだけ持って帰っても問題なし。ルビーが背負っているランドセルの中には金が詰まっているが、宝石は入れてなかった。


「ん~。あんまり欲しいと思わないです」

「そんなもんなのか」


 女の子はみんな宝石が好きかと思ったが。

 違うみたいだ。


「そのうち、師匠が買ってください」


 なるほど。

 そういう意味で、女の子はみんな宝石が好き、なのか。


「じゃ、しっかり稼がないとだな」


 ここで手に入れた金で買った指輪なんて、あんまり価値がなさそうだ。

 しっかりと働いて稼いだお金で、パルのために指輪を買おう。


「ご主人さま、シュユも欲しいでござる」

「……この地下迷宮の攻略にエラント殿を誘ったはいいが、ウチの須臾が悪い影響を受けてしまった。拙者は悲しい」

「悪い影響ってなんでござるか。シュユはいつもどおりでござる。ちょっと我慢するのをやめただけでござるもん」


 シュユちゃんが抗議してる。

 ござるもんってカワイイな。


「それが悪い影響だと言ってるんだが……まぁ、いいか。素直に生きることに反対はしない」


 そう言ってセツナはシュユの頭を撫でる。

 くっくっく。

 セツナもセツナで俺の影響を受けているようだ。

 一貫してシュユちゃんに触れなかったセツナが、この程度のスキンシップを取れるようになった。

 素晴らしい。

 次に会った時には、もしかしたらシュユちゃんと結ばれているかもしれない。

 ――それはそれでアウトか。

 余計なことをしてしまった気がしないでもないが、セツナ殿なら大丈夫。鋼鉄の意思で最後の一線は死守してくれるに違いない。

 俺も頑張ってるんだ。

 おまえも頑張れ。

 そう思う。


「では、帰ろうか」


 宝物庫から出て周囲を確認。

 この場はダンジョンAで固定されるのか、バラバラになった騎士甲冑はそのままだった。

 ガーディアンとしての役目だった可能性はあるが、今となっては単なる障害物。

 そのうち、ここまで辿り着いた冒険者が回収してくれるだろう。

 そこから扉の外へ出て、真っ黒な床の通路に出る。再び扉に入り直せば、ビガッとまぶしい光によって地下1階の隠し部屋へ転移した。

 ふぅ、と息を吐いてから、それでも気合いを入れなおしてダンジョン内を進む。ここで不意打ちを受けて死ぬわけにもいかず、しっかりとモンスターを倒して地上へと辿りついた。


「夕方か」


 外に出れば、日が落ちる寸前のような空だった。それなりの時間を過ごしたようで、1日も終わる寸前。とは言っても、相変わらず黄金城では昼夜を問わず冒険者がどんちゃん騒ぎをしていて、今もダンジョンに向かってくる者が大勢いる。


「よう。調子はどうだい?」


 そう話しかけてくる冒険者に、さぁてね、と軽く答えておいた。

 一度、みんなで黄金城を振り返った。

 窓という窓がすべて金属で打ち付けられている不気味な城。

 黄金とは程遠い姿のお城を見上げてから、俺たちはその場を後にした。

 徐々に店前にランタンの明かりが灯されていくのを見ながら、倭国区へと向かう。

 このまま城下街を後にしてもいいのだが……宿の者に挨拶をしないといけない、と倭国組。さすが、義の倭の国の人間だ。と思った。


「おかえりなさいませ。ご無事でなによりです」


 お世話になった宿の看板娘、マイちゃんがにこやかに迎えてくれる。この笑顔もこれで最後かと思うと、なんとも感慨深い。


「もう一泊だけさせてもらう」


 わざわざ夜に出発する必要もあるまい、という意見に賛成しておく。

 まだやっておくこともあるしな。


「黄金城を発たれるのですか?」

「あぁ。無事に用件を終わらせたので。世話になった」

「いえいえ。お客様が無事に帰ってこられて、無事に別れることができたのは、とても嬉しく思います」


 マイちゃんは嬉しそうにそう言ってくれた。

 黄金城の宿は長期滞在が当たり前。そして別れと言えば、二度と帰って来ない場合が多々ある。こうやって、無事に最後の挨拶ができることが稀なのだろうと思うと、なんとも厳しい仕事のようにも思えた。

 一応部屋へと戻ってから、食事の相談をする。


「せっかくだから美味しい物が食べたいですわ」


 というルビーの提案に異議はなく、みんなでお出かけして最後の夕食を取ることにした。

 どこで食べるか、だが……最後の挨拶をついでにしよう、ということでナライア女史が懇意にしている店にした。

 別に挨拶をする義理はないが、いなくなったことで余計な話を盛り込まれて美談というか、悲劇の冒険者として語られたくはない、という思惑がある。

 一応は盗賊ギルド『ディスペクトゥス』の実力を知らしめる、という目的もあるので、物語上で殺されてしまっては本末転倒。

 すっかり夜が始まった星空の下。

 やんややんやと冒険者たちが本日の成果を語り合い、酒を酌み交わし、女を抱く。そんな冒険者の宿に併設された酒場へとやってきた。


「いらっしゃいませー! あ、ディスペクトゥス・ラルヴァさま達ですね。奥へどうぞ!」


 ウサギタイプの獣耳種バニーガールなお姉さんがわざわざ案内してくれる。

 こういう時、有名になって良かった、と思わなくもない。

 無名だと席を探すのも大変だからな。

 店の奥で予約席のように空けられていたテーブル席につくと、パルがさっそく注文している。


「ポテトとお肉!」

「ではわたしはフルーツの盛り合わせで」

「シュユは珍しい物が食べたいでござる」

「あたいも肉だな。分厚いので」


 女性陣が楽しそうに注文している中で、俺とセツナはエール酒を注文した。あとは何か塩辛いもの、とお任せしておく。


「おつかれさま。乾杯」


 さっそく届いた木樽のジョッキを掲げ、セツナといっしょにゴクゴクと飲み干した。

 ふぅ~。

 苦味のある炭酸を一気に飲み干す快感は、なんとも言えない良い物がある。仕事が全て順調に終わった後ならば、尚更だ。


「美味いな」


 くつくつと笑うようにセツナは言った。ようやく安堵できたような気がしているのだろうか、仮面の下の表情が緩んでいる。


「聞いていいか?」

「仮面か?」


 先回りしてセツナはコツコツと自分の顔に装備している仮面を叩いた。


「質問にハイかイイエで答えよう」


 どうやら、まだまだ語ってくれる様子は無さそうだ。

 しかし、譲歩はしてくれるらしい。

 なら、一番に思いつく候補を消しておくか。


「酷い怪我の痕がある?」


 セツナの仮面は、消して顔全体を覆っているわけではない。あくまで額から目元と頬にかかるくらいで、鼻や口は普通に見えている。

 それを考えると、顔の上部分に火傷か何か、酷い傷があるのかと思ったが……


「イイエ」


 違うようだ。

 怪我や傷の類ではないらしい。


「次、わたしが質問してもよろしいでしょうか」

「では、ルビー殿。質問をどうぞ」

「実はとんでもなくイケメンで、すれ違う女性がみんな惚れてしまうのも防ぐため」

「イイエ」


 そりゃ違うよな。

 もしそうだったら俺は泣く。全力で泣く。


「はいはいはい!」

「どうぞ、パル殿」

「シュユちゃんがメロメロになっちゃわないようにしてる」

「イイエ」

「シュユはすでにメロメロでござる」


 そうらしいですよ、セツナ殿。


「ふむ」


 なにが、ふむ、だ。

 照れてるのをごまかしてるんじゃねーよ。

 なんて、そんな風に食事とお酒を楽しみつつ、良い頃合いになったところでナライア女史に挨拶をしようと思ったのだが、見渡す限りのテーブル席には見当たらなかった。


「すまない。ナライア女史はいないのか?」


 バニーのお姉さんに聞いてみると、外で見かけたような、と教えてもらう。


「トイレに行くついでに見に行ってみるよ」


 と、俺は席を立った。

 パルかルビーが付いてくるかと思ったが……パルはお肉に夢中だし、ルビーはナユタとおしゃべりに夢中。

 仕方がないのでひとりで行くことにした。

 外へと出て、店の裏にまわってみる。

 大通りの店なだけに、裏手は少しばかり閑散としており、賑やかな声が響き渡りながらも、どうにも静かな雰囲気を感じた。

 そのまま店の裏手にある路地を進むと、ぽっかりとした空き地があり――そこには墓地があった。

 墓地といっても、立派な墓石があるわけではない。剣や盾、兜や鎧などが地面に並べられており、そのどれもがボロボロに朽ちたような物。そして、その武器や防具の前には冒険者ギルドで貰える冒険者の証であるプレートが並んでいた。

 恐らく、遺体はない。

 ただただ、武器や防具、プレートだけが帰ってきた者のお墓だった。

 幸運の持ち主たちと言える。

 普通は、遺品など持ち帰られるヒマなんて無いのだから。


「……」


 その墓地にナライア女史はいた。

 祈りを捧げるように膝をつき、黙祷している。

 俺が訪れたことに気付いてか、メイドさんがナライア女史に声をかけた。立ち上がるのを手伝ってもらって、ゆっくりと立ち上がると――いつもの元気は少しだけなく、彼女は笑顔を作って、こちらへ向いた。


「やぁ、ディスペクトゥス・ラルヴァのエラントだね。今度は君が質問でもあるのかな?」


 いや……と、俺は否定した。


「今までいろいろと助言をもらったのでね。感謝を告げに来た」


 それから用事が終わったので、黄金城を去ることを伝える。


「ふ~ん。その用事というものを聞いても?」

「詳しく話すつもりはないが、探していた物が見つかった。それだけだ」


 なるほど、とナライア女史は笑う。


「鑑定品でみんなを驚かせた君たちだ。何かを探していたとなると、なるほど、納得できる」


 果たしてそれはどんな物なのか、と興味津々の視線を向けられるが、俺は肩をすくめておいた。

 正直、俺も良く知らない。

 致死征豪剣。

 もしくは、七星護剣。

 伝説でも聞いたことがないその武器を集めている倭国から来た仮面の男と忍者、そしてハーフ・ドラゴン。

 その謎に深追いするつもりはない。

 彼らの物語は、彼ら自身の物であり、俺もナライア女史も関係ないのだから。


「そうか。ならば仕方がない。君たちがこの先にどんな物語を展開していくのか、この地で楽しみに待っているとしよう。できれば本人の口から聞きたいものだ。どうだい、資金提供の準備はいつだってできているよ」

「まぁ、困った時には頼らせてもらうよ」

「それがいい。そうしたまえ、エラント」


 苦笑しておく。


「では、失礼します。お世話になりました」

「やめてくれ。私は貴族ではなく、冒険者なのだから。君と私は対等だ」


 それに肩をすくめつつ、俺は背を向けて店内へと戻った。

 ナライア女史は、まだ店に戻るつもりはないらしい。

 墓地に残るようだ。

 そして、俺たちは夕飯を楽しみ、宿に戻って一泊した。

 翌日。

 鏡の盾を返却しようとルビーたちに任せて不思議なダンジョンに行ってもらったのだが……なんと、不思議なダンジョンに入ることができなかった。

 鏡の盾を持っていると、どうやら入れないらしい。

 では、と鏡の盾を置いて不思議なダンジョンに向かうと、中に入れたらしく――そのまま攻略してもらうと、二個目の鏡の盾が手に入った。

 と、思ったら最初に手に入れた鏡の盾が消失していた。

 どうやら新しく手に入れた者が現れると、以前に手に入れた者の鏡の盾が消える仕組みになっているらしい。

 意味が分からないが、せっかくなので持って帰ることにした。

 学園長が喜ぶお土産としては丁度いい。


「では、帰ろうか」


 改めて看板娘のマイちゃんに挨拶を済ませて、俺たちは黄金城の城下街から出る。

 ふと、気になって振り返った。


「どうしたんですか、師匠?」

「いや」


 そう答えつつ、前へと向く。

 気のせい、だろう。

 そうに決まっている。

 昨日の夜に見た……ナライア女史の足元にあった武器や防具に見覚えがあった……ような気がしていた。

 まるでルーキーたちが装備するような、少し小さい女の子用の装備品だったような気がするが……


「気のせいに決まってる」


 あぁ。

 気のせいだ。

 そうに決まっているんだから――わざわざ確かめる必要はあるまい。

 黄金城ではよくある話だ。

 毎日、何人も冒険者がダンジョンへと入り、そして二度と帰って来ない。

 そう。

 よくある話なんだ。

 そう思いながら。

 俺は、黄金城を後にしたのだった。

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