~卑劣! 宝物庫・遥か古の関係性~

 宝物庫に響き渡る悲鳴。

 それは愛すべき弟子であるパルの声であり、相当に驚いている声だというのが分かった。


「どうした!?」


 俺は慌ててパルの元へ駆け寄ると、パルは逃げてきたように俺に抱き付いてきた。


「し、しし師匠!」

「大丈夫か、パル。どこも怪我してないか?」


 見たところ問題はない。

 何かに驚いたらしく、涙目になっており、呼吸が乱れている。

 落ち着け、大丈夫だぞ、と背中をトントンと叩いてやると、徐々に呼吸が乱れていたのが落ち着いていく。


「ほらほら、立派な盗賊が混乱していたのでは情けないですわよ」


 ルビーも優しくパルの頭を撫でた。

 こういう時、ルビーはふざけることなくちゃんと対応してくれるので助かるのだが……そういう空気が読めるんであれば、普段からふざけないで欲しいとちょっと思ってしまった。

 いや、まぁ、逆に空気はちゃんと読めているとも言えるのだが。

 難しいところだ。


「それで……何があったんだ?」

「ま、魔王がいた」

「な!?」


 思わず――俺は警戒するように腰を落とし、パルをかばうように背中側へと下げたのだが……あの禍々しい気配とも言える魔王の圧力のようなものは感じない。

 いや、当たり前だ。

 ここは、誰も訪れることがなくなった場所だ。

 魔王であろうとも、そう簡単に入って来れるはずがない。

 そう理性で判断できたとしても、やはり『魔王がいた』という言葉を聞くと身体が勝手に反応してしまった。

 それは、本物の魔王に出会ってしまったからこそと言えるかもしれないし。

 その後に死にかけたせい、と言えるかもしれない。


「見間違いではございませんの?」


 ルビーもパルが逃げてきた方角をきょろきょろと見渡すが、それらしい姿が見えないので眉根を寄せている。


「ホントに見たのか?」

「……分かんない。見間違えかも、です」


 パルはちょっぴり自信が無さそうに俺の背中にしがみついてきた。

 どちらかと言うと、魔王を怖がっているっていうより、失敗したのを後悔しているような感じか。冷静になれば、こんなところに魔王がいるはずがないって分かるもんな。


「大丈夫だいじょうぶ。この程度で怒ったりなんかしない」

「うぅ」


 問題ないぞ、と頭をぐしぐしと撫でてからパルが逃げてきた方へと移動してみる。


「あら、こっちにも魔導書があるんですのね」


 4つの台座の魔導書は黄金の壺がある祭壇の左側にあった。

 パルが逃げてきたのは、祭壇の右側。

 そちらへ移動すると、ルビーの言うように魔導書の台座が同じように並び、ゆっくりペラペラとページがめくられ続けていた。

 こちらの方が台座の数は多いのだが……いくつか台座の上にあるはずの魔導書が無くなっている。

 誰かが先に宝物庫に辿り着いて持って行ってしまったのか――とも思ったが、それだと黄金の壺こそ真っ先に持って行かれるはず。

 魔導書として普段から使用されていた可能性もある。たまたま使用中だった時に、黄金城を放棄することになった、と考えられるだろうか。

 そんなことを考えながら進んで行くと、他にも台座に空白があるのが分かる。

 どうやら、このあたりのアイテムは使用されていたらしい。有用なアーティファクトがあったのだろうか、とプレートを覗き込むが、やっぱり文字は読めなかった。

 それにしてもこのあたりには空白の台座が目立つ――と、見まわしていると先行していたルビーがビクリと足を止めた。


「……なるほど、理解しました。パルが悲鳴をあげてしまったのも無理ありません」


 顎をあげるようにして見上げているルビーの目の前には甲冑があった。

 台座の上に飾られているので、俺も見上げることになる。


「これは……確かに魔王だ」


 嫌な汗が出てくるのが分かった。

 もしも俺が先に見つけていたら、無様に悲鳴をあげていたのは俺だったかもしれない。

 それほどまでにそっくりなのだ。

 魔王が装備していた甲冑に。

 とても良く似ている。

 シルエットがまったく同じであり、雰囲気も同じだった。

 ただし、いろいろと違う部分もある。

 まず何と言っても――


「色が違いますわね。魔王さまの甲冑は真っ黒を通り越して闇色とも言うべきものでした。ですが、こちらは真っ白です。闇色に対して、光色とでも言いましょうか。嫌な色ですわ」


 ルビーが顔をしかめる。

 吸血鬼にとっては、あまり好ましい色ではないのだろう。陽光にも似た温かみのある真っ白な鎧は、魔王の装備していた甲冑とは正反対と言えた。

 加えて。


「こっちの兜には角が無いな。唯一のデザイン違いか。魔王の兜には、確かヤギみたいな捻じれた角が付いていただろう?」


 俺の質問に、えぇ、とルビーはうなづく。

 雄々しいというよりも、凶悪と言える角があったのを覚えている。捻じれるようにして、額横から頬あたりまで下がり、そこから前面に突き出していた。

 魔王の角。

 鎧と同じく、深い闇色の凶角。

 ひどく印象に残っているのが、あの角だ。

 魔王の顔は兜によって隠れており、その素顔は見えなかったが――あの兜こそ魔王の素顔とも言えるような禍々しい角の存在は、忘れたくとも忘れられない。

 それとほぼ同じデザインの兜が。

 台座に鎮座していた。


「……」


 息を飲む。

 魔王と出会う前にこの鎧を見ていれば、こんなにも威圧されることは無かっただろう。

 むしろ神々しいとさえ思ったはず。

 しかし、今は恐ろしくて……怖い。

 弱気な感情を持ってしまうのは、やっぱり死にかけたせいか。

 それを思うと、自嘲気味に笑ってしまった。

 大きく見て、そのふたつの違いはあるものの……あとはそっくりな全身甲冑。いや、そっくりというよりも、姉妹品とも対になる鎧とも言える。

 闇色の鎧と光色の鎧。

 そう言える程度には同じ物と言い切れるほどの甲冑だった。


「良く見つけてくれた」


 まだ俺にしがみついているパルの頭を撫でてやる。

 否定するのでも笑うのでもなく、褒めてやった。

 そうすることで、やっとパルは俺から離れることができたらしく、ホッと息を吐いた。よしよし、と俺は背中をポンポンと叩いてやる。


「ルビー、回収できるか?」

「持って行くんですの?」

「調べておく必要はあるだろう」


 明らかに魔王に関連している。

 そう断言できる程度には同じ鎧だ。多少は調べてみる価値があるはず。まぁ、直接的な魔王の情報が得られるわけではないだろうが、この鎧を調べることによって能力が判明したらいいなぁ、とは思う。

 なにせ、この宝物庫に補完されているのだ。

 どう考えてもアーティファクトの類だろう。秘められた能力があると思われる。いや、絶対に何かあるはずだ。

 それを知っているのと知らないのとでは、決戦時に大きな違いが出てくる。

 調べておいて損はない。


「では失礼しまして」


 んっ、とルビーは両腕を広げて、俺に背中を見せた。


「……なんだ?」

「抱っこですわ。持ち上げてください」


 小さい子じゃあるまいし、なんて文句を言いながら俺はルビーの腋に手を入れて、持ち上げてやった。

 そこそこ重い。

 なんて声に出すわけにはいかないので、歯を食いしばって腕をあげる。

 合法的に女の子の腋に触れるチャンスなのは間違いない。

 いや、頼めばいつだってルビーは腋を触らせてくれるだろうけど、そういうことではないので、理解して欲しい。分かるだろ? 分かるよな?

 なんて思いつつ、目の前にきたルビーのお尻にできるだけ顔が近づかないように努力している間に、光色の甲冑はルビーの影に飲み込まれた。


「収納完了ですわ。ありがとうございます、師匠さん」

「どういたしまして――」

「抱っこしてもらう必要、どこにもなかったよね?」


 パルが文句を言った。

 それは俺も思ったが、むしろありがとうございます、と思ってしまったので言わなかったことだ。


「必要です。わたしの身長では、甲冑の頭まで見えませんでしたもの。目標を誤れば、大変なことになります」

「どうなるの?」

「それは、え~っと、アレです、アレ。なんかそのホレ。でしょう?」

「あはは。ばーか」

「うるせーですわよ、おパル」


 今回はルビーの言い訳が悪すぎたので、ルビーはプイっと横を向いただけで終わった。

 仲良くケンカできて偉いえらい。


「他に便利そうなアイテムが無いか見てまわるか」

「はーい。あ、金ももらって帰っていいですか?」

「山ほどあるし、好きなだけ持って帰ってもいいぞ」

「わーい」


 というわけで、パルはランドセルの中に金をわっしゃわっしゃ入れる。ホント、バカみたいな量があるのでこれだけ入れてもまったく減ったように見えないのが凄い。


「うわ、重たっ!?」


 調子に乗って入れすぎてしまったので、ランドセルが持ち上がらなくなったので笑ってしまった。

 ちなみに俺はなんとか持ち上がられたが……なんかランドセルを背負うのが恥ずかしかったので、持つのをやめておいた。


「仕方ありませんわね。わたしが持ちますけど。減らすという文字は盗賊に無いんですの?」

「無いっ!


 いやいや、ちゃんと有りますよパルさん。

 持ちきれないほどの宝物を諦めきれずに死んだ盗賊の話など、山ほどある。

 ポケットに入るぐらいが丁度いい。

 身に余る、なんて言葉もあるくらいだしな。


「よいしょ」


 ランドセルを背負うルビーも、なかなか似合ってて良い。かわいい。ランドセルってなんか幼さが強調されるというか、可愛らしさを引き立たせるアイテムって感じなので、めちゃくちゃいいよな。

 もっと流行ればいいのに。

 ランドセル。

 うんうん、と満足していると倭国組がやってきた。

 セツナの手には、一本の武骨な剣が握られている。


「それが七星護剣なのか?」


 長剣ほどの長さの刃なのだが、鍔がない。剥き出しの刃そのものという感じだった。柄もまた布が巻かれた程度のもので、未完成品のような印象を受ける。


「あぁ。七星護剣・金だ」


 セツナが差し出してきたので、いいのか、と視線で訴えながらも持たせてもらった。

 見た目以上にずっしりとした重さだった。


「これもまた重いな……七星護剣・火とはまったく違う」


 ダンジョン攻略の間、ずっと借りていた短剣とはまったく雰囲気も重さも違った。ただし、持った時の魔力の通りのような感覚は共通している。

 火属性だった短剣と違って、こちらは金属性の長剣か。

 しかし――


「金属性っていうのは、いまいち分からんな」


 火属性や光属性という分かりやすい属性の武器を扱ってきたからか、金属性はいまいち理解が及ばない。


「あたしもあたしも。持っていいですか?」

「かまわないよ」


 セツナ殿が許可を出したので、パルに持たせてやる。初めは重さにびっくりしていたようだが、しっかりと両手で持って剣をかまえた。


「うりゃ」


 パルは魔力を通したらしく、武骨な長剣が少しだけ白く輝く。これが金属性の力なのだろうか?

 良く分からんな。


「どういう効果があるんだ?」

「金気は冷徹や堅固、確実を司るものでござる。つまり、丈夫なのでござるよ」


 シュユちゃんの説明に、なるほど、と俺とパルとルビーはうなづいた。

 丈夫さを売りにした武器というのならば、武骨なのもうなづける。また柄や鍔が無いのも、付属品のような扱いとなり、もしかしたら壊れてしまうのかもしれない。


「これも合体するんですの?」

「うむ。一度試してみるか」


 そういうと、セツナは七星護剣・木の深い鍔の中に七星護剣・金を組み込んだ。ガシュン、と音がして固定された音が響く。

 どんなギミックで機械的な音がするのか分からないが、とにかく合体したようだ。

 だが、これといってパワーアップしたような雰囲気はなかった。


「木属性と金属性は金剋木の関係で、木属性が弱くなる。あまり特殊な効果は望めないようだな」


 倭国特有の属性の考え方か。

 属性関係に則って作られた七星護剣だから、そのキンコクモクのように効果が望めないらしい。良く分からないけど。


「ではこうすると……」


 セツナは次いで、二本の剣が合体しているところへ七星護剣・火を挿し込んだ。


「な、なんと!?」


 俺は驚きの声をあげる。

 同時にセツナも自慢気な表情を浮かべた。

 剣は一本ずつ合体するんじゃなくて、すべて同時に合体できるのか!


「カッコいい!」


 盗賊組の俺たちだけでなく、シュユもいっしょに声をあげた。

 こんなもん!

 わくわくするに決まってるじゃん!

 いいないいなぁ!

 ちなみに、ナユタは冷静に見てて、はしゃぐ俺たちを見て苦笑していた。

 大人だなぁ。


「木と火の関係は木生火で火がパワーアップする。火と金の関係は火剋金で金属性が弱くなる。ふむふむ……あまりメリットのある組み合わせではないようだな」


 セツナは苦笑しているが、それでも木剣に刃が加わったことにより、鈍器ではなくちゃんとした剣となった。

 つまり、大剣として使えるようになったわけだ。

 加えて、火属性が勢いを増したように見えた。

 属性的にはあまり良い組み合わせではないそうだが、それでも目的は達成できたのだ。


「ふぅ。ありがとうエラント殿、パル殿、ルビー殿。無事に七星護剣を手に入れることができた。感謝する」


 セツナをはじめ、シュユとナユタも俺たちに頭を下げた。


「こちらこそ良い経験になった」

「お金もいっぱい手に入ったし」

「どういたしまして、ですわ」


 というわけで。

 俺たちは転移の腕輪のチャージが終わるまで。

 宝物庫でやんややんやと騒ぎながら休憩したのだった。

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