~卑劣! 黄金城地下宝物庫~

 紋章付きの立派な扉。

 二枚の大きな金属の扉が並び、きらびやかな装飾がされている。取っ手と思われる部分はなく、押して開けるのだろう。

 王族の物と思われる紋章が刻まれているが、それに見覚えは無い。現在の紋章とは違うのか、それとも紋章ではなく、別の意味があるのだろうか。

 それらを観察しつつ。

 いつもどおりに罠感知と気配察知をして。


「よし。開けるぞ」


 安全をしっかりと確かめてから、俺は宝物庫と思われる紋章入りの豪奢な扉を押し開けた。

 さすがに蹴り開けられる扉の大きさでも重さでもなく、重厚な雰囲気をひしひしと感じながらゆっくりと押し開けていく。

 見立て通り罠などはなく、そのまま無事に扉は開くと――中の様子があらわとなった。


「おぉ……」


 思わず声が出てしまう程度には。

 そこは、宝物庫らしい様相になっていた。


「え、え、え、え、すごーい!」


 俺が扉を開けたことに気付いてから、パルが俺に抱き付くように背中に飛び乗った。七星護剣の魅力より、宝物庫の魅力が勝ったようだ。

 ふふん。

 セツナ、おまえがモテモテなのもここまでのようだな。


「思った以上に広いですわね」


 宝物庫に足を踏み入れたルビーが、部屋の中を見渡しながら言った。

 その意見には俺も同意する。

 お城の宝物庫。

 その言葉だけのイメージで、せいぜい部屋がひとつ分の雑多な物置、という印象だったのだが。実際には、かなり広い部屋となっており、きっちりと棚があったり、展示するような収納棚まである。まるで宝物を誇示するように見せてくれている感じだ。

 少し奥からは、台座が等間隔に並んでいた。

 その上には、貴重なアイテムと思われる品が丁寧に置かれている。


「すごいな……」


 一番手近な台座に近づくと、巨大な宝石が使われたネックレスが置いてあった。一目見ただけで価値のある物だと素人の俺にも分かる。

 台座にはこのネックレスの名称らしき物が刻まれたプレートまで置いてあるのだが……残念ながら旧き言葉の文字だろうか。まったく読めない。

 怪しく光る宝石はなんとも不気味な感じがしたので、触れるのはやめておく。

 一番最初の台座だ。

 もしかしたら、これも罠かもしれない。

 罠でなくともマジックアイテムの可能性をひしひしと感じる。もしかしたら呪いのアーティファクトの可能性も無きにしも非ず、だ。

 古代遺産の呪い。

 言わば、神の呪い。

 聖骸布と同じ威力の呪いだと考えると、恐ろしくて触れる気にすらならない。

 そんなネックレスをおっかなびっくりと眺めていると。

 ふぅむ、とセツナは宝物庫の中を見渡していたのが見えた。


「この中から探すのか。目的地に到着したというのに、まだまだ骨が折れそうだ」


 そう嘆息しているが……セツナの表情は安堵したかのように緩んでいる。

 仮面に隠れているというのに、随分と感情が読めるようになったものだ。それくらい仲が深まったということだろう。


「拙者たちは七星護剣を探す。エラント殿たちは自由にしてもらって構わんよ」


 自由。

 つまり、欲しい物を今のうちに見つけておけ、ということだ。


「『盗賊』への配慮、感謝する。と言っても、そこまで欲しい物はなさそうだけどな」


 俺は肩をすくめた。

 強力な武器や防具があったところで、俺やパルには装備できない。盗賊用の武器など、それこそシャイン・ダガーのような稀有な一品がせいぜいだろう。強力な短刀を作るくらいなら、剣を作ってしまうのが一般的だ。短刀など、本来は副装備品とも言えるもの。

 残念ながら、この宝物庫でさえ見つかるとは思えないので、期待はできそうもない。

 ルビーに至ってはそもそも武器とか防具とかが無用だしな。

 お金も困らない程度には持っているし、宝石で着飾るような趣味はない。キラキラ輝く盗賊など、邪魔でしかない。

 パルの戦闘経験値をこれでもかと積めるだけ積めたので、満足だ。先ほどの槍騎士と充分に渡り合えているのを見るに、一人前と言っても良い。と、思う。

 まぁ、さすがにこれで勇者パーティと合流する、というのには足りないだろうけど。

 一人前程度では、まだまだ魔王領には送れないよなぁ。

 せめてスキルをマスタークラスにまで引き上げて、一流の盗賊にしないと。あと、やっぱり盗賊なだけに一撃死のリスクが付きまとうので、そのあたりは俺も含めて考える必要がある。

 腰に装備しているエクス・ポーションはあるものの。

 即死しては意味がないからなぁ。

 あと、少し気になる部分はある……どうにも、ちぐはぐというか、なんというか……

 ま、これは後から考えることにしよう。


「さてさて。宝物だが……生き返るアイテムとか置いてないだろうか」

「いくら王族でも、それは持っていませんわよ師匠さん」


 ルビーに否定された。

 それほど荒唐無稽のアイテムということだ。

 無論、生き返るアイテムがあるのなら、それは神の奇跡でしかなく。その神の奇跡が存在するのであれば、神官魔法として使えるはずだ。

 しかし、そんな魔法は聞いたことがない。

 エクス・ポーション以上の伝説というわけだ。


「師匠ししょ~、黄金の壺見たいです」


 俺の手を引っ張り、パルは宝物庫の奥を指差す。まだまだ奥へ続いている宝物庫。どれだけのお宝が貯蔵されているのか、と肩をすくめたくなってくる。

 贅沢な悩み、のようだ。

 セツナたちに一声かけてから、俺たちは宝物庫の最奥を目指した。

 感覚的には長方形の部屋になっているんだろうか。横幅も広いが、奥方向にはかなり広いように思える。

 物置ではなく立派な部屋として使われていたのだろう。こうやって台座の上に飾られている謎のアイテムを見ていくだけでもちょっと楽しい。

 惜しむらくは、アイテムの名称が分かればいいのだが……読める人物に心当たりはひとりしか思い浮かばない。学園長だ。そして、学園長をここに連れてくるとどうなるか。

 ひとつのアイテムに対して丸一日の解説タイムが始まりそうで怖い。

 全てを聞き終えるには1年くらい必要だろうか。少なくとも、季節ひとつ分では終わるまい。

 なんてことを考えている間に最奥が見えてきたのだが……


「おぉ~」

「えぇ~、すごい……」

「まるで神の祭壇ですわね」


 俺たちは見上げるように顔をあげた。

 まず見えたのは、目もくらむようなほどピカピカの黄金の光。酷い言い方になるが、金がゴミのように積まれている。秋の落ち葉掃除で集めた物を何倍にもしたような黄金の山があった。

 その山の中から階段が伸びており、そこだけ天井が高くなっている。

 まるで神の祭壇とルビーが言ったのは、『純』を司る神アルマイネさまの遺跡が似たような雰囲気があったからだろう。

 そんな階段の上には真っ白な壺が鎮座していた。

 それこそ玉座のように思える台座と金具で固定してある。まかり間違って落ちて割れないように、という処置だろうが……それを考えるのなら、もっと安全な場所に置けばいいのに、と思わなくもない。

 しかし、それが不可能な理由がある。

 そうを証明することが、目の前で起こった。

 黄金の壺。

 中から無限に金が湧き出てくる、という伝説の壺だが――その伝説はマジだったらしく、壺からボコっと水が湧く時の泡のような動きをして、金が溢れて落ちてきた。

 大小さまざまな大きさの金が壺から湧き出て、そして壺から溢れて落ちてくるのだろう。コツン、カツンと階段から落ちていき、ゴミのように積もっている黄金の山の上に収まる。

 それを遥か過去から永遠に繰り返しているんだろう。

 壺を高い場所に置いておかないと、壺自体が黄金に埋もれて見つからなくなってしまう。

 道理でわざわざ天井を上げてまで階段を作って設置したはずだ。


「ふむふむ」


 階段下に山のように溜まっている金に近づき、適当に拾い上げてみる。

 ダンジョン内でモンスターを倒した時に落ちる金と同じ物に思えた。やはり、モンスターはこの金と何らかの関係にあるらしい。

 ダンジョンの外でモンスターを倒した場合、魔物の石……いや、モンスターの石を落とす。モンスターの石には魔力があり、いろいろと利用価値があるので冒険者ギルドが引き取ってくれる。

 そのモンスターの石と似たような物なのだろうか。

 この金にも魔力が込められているのだろうか。

 同じ物のように思えるが、しかし、何かが違っている気がしないでもない。


「う~ん?」


 わははーい、と黄金の山に飛び込んで崩して遊んでいるパルを見ながら考えてみるが。魔力の流れや知識に乏しい俺が考えても答えに行きつくはずがない。

 いや。

 そもそも、そんな初期段階の研究。

 すでに終わっているものと考えられる。俺が思いつくようなことなんだ。遥か過去に学園都市の生徒がたずさわったに決まっている。

 それこそ学園長を連れてきて、聞いてみるべきなんだろうが……たぶん、この最奥まで辿りつくにはひたすらアーティファクトについての解説を聞くハメになるので、なんというか、非常に気が進まない。


「――と、なれば賢者か」


 思わず渋い顔をしてしまう。

 賢者は賢者でも、学園長ではなく勇者パーティの賢者。

 和解できたような気がするし、なんなら今や俺よりも年下となった見た目をしているはずの賢者ウィンレィ・インシディオシスを思い浮かべるが……やっぱり嫌だなぁ。

 そう思ってしまう。

 一度苦手意識を持ってしまうと、そう簡単には払拭できない。

 いくら年齢が18歳くらいに見えようとも、中身は30を越えている。

 うん。

 12歳になってから出直して来い、と言いたい。

 まぁ、言ったらとんでもないことになるので、言わないけどさ。


「師匠さん、こっち見てくださいませ」

「ん?」


 さてどうしたものか、と考えているとルビーに呼ばれた。

 黄金の壺の祭壇を正面に見て左側。

 そこに並んでいる台座をルビーは見ていたようだ。


「魔導書ですわ、師匠さん」


 ルビーが示したのは台座の上で浮かぶ大きな本。かなりの分厚さがあり、しかも巨大。おおよそパルの身長ほど――とは言い過ぎだが、本当にそれくらいの大きさがあった。

 明らかに発動状態で浮かび上がっており、自動でページがパラパラとめくれ続けている。

 それが4つもあり、それぞれが別の魔導書であることがうかがえた。

 他の台座にあった名称プレートはなく、台座の装飾も展示されている他の宝物とは違う意匠だった。

 なるほど、これが――


「ダンジョンを作り出している魔導書……のようなものか」

「恐らくそうですわね。迷宮を作り出している魔法に、並行世界を渡り歩く魔法、罠や宝物を設置する魔法もあるのでしょうか。いわゆる運用を司る魔導書たちに違いありませんわ」


 興味深いですわね、とルビーは喜んでいる。


「あとひとつは何でしょうね? 死体を回収する魔法でしょうか」

「――金を核としてモンスターを作り転送する魔法では無いだろうか……」


 俺がそうつぶやくと、ルビーは怪訝な表情を浮かべた。


「それは、おかしいですわ。モンスターを作り出したのは魔王さまですもの。このお城の王族はモンスターが発生するようになったから逃げたのでしょう? ここの魔導書がモンスターを作り出すものでしたら、順番がアベコベになってしまいます」


 それもそうか、と俺は肩をすくめる。


「ちょっと気になったからな。ダンジョン内だけ、モンスターが金を落とす理由が」

「それは確かに奇妙な点ですので、わたしも気になるところではあります」


 ん~、とルビーも考えてくれる。

 なにかヒントがあるのでは、とふたりして魔導書の表示を覗き込んでいるが……もちろん読めはしなかった。


「マニピュレート・アクアムと違って、かなりの大型ですし、分厚いですわね」


 ルビーは影から自分の魔導書を取り出す。

 マニピュレート・アクアムも本と考えればかなりの大きさがある。到底持ち歩くのには不都合でしかない魔導書だ。

 しかし、そんなマニピュレート・アクアムが小さく見えてしまうほど、台座の上で発動している魔導書は巨大で分厚かった。

 相当な魔法が起動していることが分かる。


「ひとつ質問です、師匠さん」

「なんだ?」

「師匠さんは、この黄金城の地下ダンジョンをクリアしましたわ。それを公表するつもりはあるでしょうか?」


 ふむ、と俺は考える。

 公表することのメリットとデメリットはもちろんある。


「クリアしたと公表すると、ディスペクトゥスの評判は一気に天井に到達するだろう。名声を得るという目的を確実に達成することができ、勇者支援を訴えれば容易に望むことができる。ただし、クリアしたと公表するには、あれを持ち出さないといけないだろう」


 俺は黄金の壺に視線を向ける。


「しかし、あれを持ち出してしまうと……余計なトラブルが舞い込むぞ」

「どんなトラブルでしょうか?」


 ワクワクするような表情でルビーが聞いてきた。

 場合によっては、そのトラブルを歓迎するような雰囲気だが。そんな面白いものではないのは明白だ。


「まず黄金城に価値がなくなる。この城の城下街全てが無駄になるので、一気に人が出ていくことになる。宝物がないゴールなんて誰も興味ないからな。他にもアーティファクトがごろごろとあるが……やはり分かりやすく明確な目標ってのは必要だ。つまり、職を失う物が大勢いるってことだ」


 経済についてはあまり詳しくない俺でも、それぐらいの予想はできる。

 ダンジョンで拾われる金のせいで、物価が恐ろしいことになっている黄金城近辺。それが一気に元の価値に戻ることはなく、たぶんだけどガッタガタになるに違いない。

 そうならないようにするには黄金の壺を城下街に置きっぱなしにする必要がある。それはそれで盗難の危険性が大きい。それを考えれば、やはり地下ダンジョンの奥底にあるこの宝物庫に置きっぱなしにするのが安全というわけになる。

 まさに本末転倒だ。


「あと、ジックス街に持ち帰ったら、ジックス街の経済も終わるだろ。良く知らないけど」

「まぁそうですわよね。わたしも良く分かりませんけど、問題が起こるであろうことは予測できます。やっぱり良く分かりませんが」


 そのあたりは支配者なんだから理解しておいて欲しいと思わなくもないが。

 経済について語り出すルビーは、どうにもニセモノっぽいので、今のあやふやな感じで語る姿がそれっぽいので安心できる気がした。


「仕方がありませんわね。魔導書をもらって帰ろうと思いましたが」


 それが目的だったか。

 どんな効果があるのか分からないが、俺の家が迷宮になるのは勘弁して欲しい。

 持ち帰ろうとしなくて、安心だ。


「黄金城のダンジョンはそのままがいいだろう」


 魔導書を回収したら、どんな影響があるか分からないしな。解読できない限り、このままにしておくのが無難だろう。


「あと、お金が無くなればいつだってここに転移してきたらいい。取り放題だ」


 換金するのに少し手間が必要だが、それくらいは大したものではない。

 まぁ、もともとルビーの城に金銀財宝は山ほどあったので、どちらにしろお金に困る状況は早々とないが。

 はてさて。

 やはりモンスターの謎は解けなかったか……と、嘆息したところで――


「ひぎゃああああああああああ!?」


 パルの悲鳴が、宝物庫に響き渡るのだった。

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