~卑劣! 黄金城地下ダンジョン・ラストバトル~

 騎士甲冑。

 ご丁寧にマントまで身につけたその鎧は、俺たちが近づくと警戒するように武器をかまえた。

 予想通り、動く。

 扉を守る守護者と見て良さそうだ。

 俺たちの相手をするのは槍を持った騎士甲冑。

 低く床に付くほどにかまえた槍の穂先をピタリと止めて、甲冑兜の奥から存在しない視線が俺たちを射貫いた。

 それと同時に、またしても低い男の声が聞こえる。


「オステンデティビ・プロヴァショーネム・レイジョゥム」


 もちろん――何て言ったのかさっぱり分からない。

 悩んでいるヒマはない。

 考えている場合でもない。


「ルビー!」


 走りながらルビーに任せた。


「さっぱりですわ!」

「だったら何か言い返してやれ」


 了解、と答えながらルビーはアンブレランスをバサリと広げた。途端に見えなくなる前方だが、そこに赤い火花が散る。騎士甲冑の攻撃を弾くように防いだらしい。


「あいらぶゆー!」


 ルビーは声をあげながらアンブレランスを閉じ、打ち払うように振り上げた。そりゃ旧き言葉じゃなくて、どこかの地方語じゃなかったか?

 なんて思いつつも、俺とパルは左右に分かれてルビーの背後から飛び出す。見えていなかったが、どうやら槍での初撃を防御し、そのまま払いあげたようだ。

 向かい合ってバンザイするように武器を振り上げるルビーと甲冑騎士。

 その横を通り抜け、左右で挟むようにしてパルといっしょに攻撃!


「フッ」

「おりゃあああ!」


 七星護剣・火の赤い軌跡とシャイン・ダガーの白い軌跡。それらは甲冑騎士のがら空きになった脇腹へと向かうが――ガキン、と恐ろしく硬い手応えだった。


「くっ」

「あわわ」


 慌ててバックステップ。さっきまで居た場所に槍が振り下ろされるのが見えた。穂先を左右へ斬り伏せるような動きで、挟撃を止めた。

 早く、鋭く、正確な一撃だ。かなりの使い手にも思えるが、なにより視線も呼吸もない甲冑だけの存在。いわゆる『意』がまったく見えないだけに、行動予測が立たない。

 強敵だ。

 パルも後ろへ下がって避けたが、甲冑騎士はそのままパルを狙うように体の向きを変えた。

 的確だな、マジで。

 舌打ちする間もなく、俺は後ろから攻撃する。

 狙ったバックスタブではないが、この際どうでもいい。チャンスは活かさないともったいない。


「させませんわ」


 パルへ向かって突き出される槍の前にルビーが飛び込む。アンブレランスの側面を滑らせるようにして、弾いた。弾けるように赤い粒子が散り、槍の一撃は反らされる。

 それを見つつ俺は背後からの攻撃を狙うが――


「うおッ!?」


 槍の柄が高速で引き戻され、そのまま俺を狙ってきた。体を捩じるようにしてその攻撃を避ける。

 バランスが崩れたので、攻撃は無し、だ。危うく骨の一本くらいは余裕で折られそうな一撃に当たるところだった。

 距離を取りつつ、迂回してパルとルビーに合流する。


「大丈夫ですか、師匠」

「問題ない。それよりも硬いな」


 はい、とパルもうなづく。

 さてどうしたものか、と考えを巡らせるヒマもなく、騎士甲冑が攻めてきた。どんな攻撃かと思えば、槍を高く振り上げた。


「うえぇ!?」


 パルが驚く声は『上』と言っているのか、はたまた偶然なのか。

 思わず三人で見上げた穂先は、そのまま振り下ろされた。

 突くのではなく、叩き落としてくる槍。

 リーチをしっかりと活かした攻撃だ。

 アンブレランスを傘のように開きルビーが防御してくれる。ガツン、とぶつかり火花が散る。跳ね返された槍はそのままグルリと回されるように後ろへ下がり、短く持ち直した騎士甲冑が下から穂先を跳ね上げてきた。

 槍の『突き』以外での連撃!

 しかし、その攻撃もルビーがアンブレランスで防御してくれる。


「ナユタんを見てなかったら危なかったです」


 軽口を叩ける余裕はあるようだ。

 しかし、ルビーからそんな言葉が出るということは……この騎士甲冑はやっぱり、かなりの強さということだ。

 ナユタと同じくらいの実力があると考えれば、その攻撃は油断ならぬもの。

 加えて、甲冑の硬さだ。


「パル、顔を狙え。甲冑の隙間だ」

「分かりました!」


 ふたりで騎士甲冑の兜へナイフを投擲する。

 動く甲冑の兜の隙間。そこへピンポイントでナイフを挿し込めるわけがないが……確かめないといけないことがある。

 俺とパルの投擲はルビーの横を通り過ぎ、騎士甲冑の顔面部分へと当たる。軽い金属音がして、跳ね返されたが……それを見て確かめられたことがある。

 まったくもって避ける素振りがない。むしろ、反応すらしていない。

 生物っていうのは厄介なことに頭への攻撃に対して、腕を上げてかばってしまう、ということをしてしまう。条件反射だ。熱い物を触ってしまったら、自動的に指を引っ込めてしまう。

 それと同じことが頭部への攻撃に見られる。

 もちろんそれは訓練によって補うことができるのだが、それでも完璧に消せるものではない。

 少なくとも、目を閉じたりしてしまうものだ。

 しかし、その様子がまったくなかった。微動だにしていなかったというよりも、危険だと認識していないような雰囲気がある。

 それは、兜があるから、という理由ではない気がした

 つまり――


「中に人はいないようだ」

「当たり前じゃないんですか?」

「そこをきっちり調べておくのは重要だぞ」


 さて、ここから導き出される答えは。


「モンスターではないってことだ。迷宮側が用意した敵……ガーディアンというところか」


 この場所を迷宮ではなく遺跡と考えれば、ガーディアンがいてもおかしくはない。

 槍での攻撃をアンブレランスで防御しつづけるルビー。

 ラークス少年が完成させたアンブレランスの真骨頂とも言える軽快な動きであり、楽しそうとも嬉しそうとも思えた。

 ただ、防御するばかりで反撃の様子は見えない。

 しばらくはアンブレランスの使い心地を楽しむつもりだろうか。


「パル、無茶しない程度に攻撃を続けてくれ。できれば中距離を維持したまま」

「はいっ!」


 元気良く返事をしたパルは投げナイフに魔力糸を通して、ぶんぶんと振り回し始めた。

 そのまま回転の威力を乗せてスリングのようにナイフを投擲するが、やはり騎士甲冑にダメージを与えられない。

 もともと甲冑の質がいいのだろう。

 それを考えると、かなり厄介な相手だというのは間違いない。

 さてさて、だったらできることをやるしかないな。


「盗賊のお仕事だ」


 敵の弱点を看破すること。

 盗賊スキル『みやぶる』は知識や状況から敵の情報を得ることだが……いかんせん、敵が初見過ぎるというか、固有的過ぎるというか。

 世界を旅してきたと言っても、動く騎士甲冑を相手にしたことなんて一度もない。

 他に類似の相手なんて存在するのか、なんて思いつつ――俺は聖骸布を口元に引き上げた。

 意識をスイッチさせ、聖骸布を起動させる。

 赤から黒へ。

 聖骸布の色が変わった。

 能力が最高値まで引き上げられたのを確かめる間もなく、俺は素早く騎士甲冑の後ろを取った。

 盗賊スキル『忍び足』『隠者』『影走り』の複合だ。ルビーとパルの攻撃に対応している騎士甲冑の後ろを取り、大げさなほど近づいた。

 攻撃の距離ではなく――おんぶをしてもらう距離。

 まさにそんな風に後ろへ近づいた俺は、手のひらを叩きつけるように兜を後ろから叩いた。衝撃と同時に魔力糸を顕現させ、無理やり絡みつける。


「おりゃ」


 甲冑騎士が暴れるように腕を振るった裏拳を屈んで避けながら、ぐい、と魔力糸を引っ張った。


「うわっ!?」


 それを見たパルが驚きの声をあげるが、予想していた俺はそのまま兜を引き寄せる。

 盗賊スキル『ぶんどる』。

 ぬすむ、の上位互換とも言えるが……騎士から兜を盗むのは、本来なら不可能だ。

 なにせ頭があり、固定されているのだから盗んでいるヒマがない。

 しかし、今回は盗むことができた。

 その理由が――


「顔がありませんわね」


 ルビーの言うとおり、甲冑の下は空白だった。

 頭部分には何もなく、首部分から甲冑の中を少しだけ見ることができるのだが、そこもまた空白になっているかのように何も無かった。


「つまりこいつは、スケルトン種と似たような物だと思う」


 頭を失っても特に問題ないらしく、騎士甲冑はそのまま槍を突き出してきた。

 ルビーがそれを弾くように防御し、続けざまに連続での攻撃を避けつつ、相手の懐にもぐりこんだ。そのままアンブレランスを突くが、大したダメージにはならず、騎士甲冑を後退させただけ。


「むしろゴーレムに近いのではありませんか?」


 くるくるとアンブレランスを回しながらルビーは言う。

 なるほど。


「ナイト・ゴーレムと言ったところか」


 俺は兜を捻るように空中に飛ばし、人差し指の上でくるくると回転させる。ボールで出来る遊びの応用だ。歪みがない丁寧に作られているので重心が簡単に分かるので、やりやすい。

 パルがきゃっきゃと喜んでくれた。


「師匠、あたしもやりたい」

「あとで」

「はーい」


 なんて冗談のような会話をしつつ、騎士甲冑をゴーレムであると仮定した。

 俺とパルでナイト・ゴーレムの弱点である核の場所を予想する。


「こういう場合は、胸じゃないんですか?」

「ふむ。いや、甲冑の中央だと考えると胸じゃなくて腹部分と考えられるな。パルならどこに核を付ける?」

「足の先」


 ひねくれた答えに俺はハハハと笑った。


「ちょっとちょっと、笑ってないで戦ってくださいまし」


 防御に専念してくれるルビーのおかげで、しっかりと見ることができたのだが……


「ダメだ、観察しても分からんな」


 俺は肩をすくめる。


「観察して分からなかったらどうしたらいいんですか、師匠?」

「その時は『予想』と『予測』だな。ゴーレムの核は弱点だ。なので、弱点は守らなくてはならない。さぁ、どうする?」


 先ほど、兜部分へのナイフ投擲をまるで防御する様子がなかった。つまり、弱点でもなんでもなかったから、という答え合わせのようなもの。


「いっぱい攻撃しろってことですね」

「そういうことだな」


 問題は鎧の硬さだな。

 あまり得意ではないが……と、俺は七星護剣に魔力を込めた。もとより赤く火属性の力が宿っていたのだが、それが増幅するように感じられる。

 使い続けてきただけあって、なんとなく分かる。

 恐らく、七星護剣・木は魔力のブースターのような役目があるんじゃないだろうか。

 そう思いつつ、倭国組を見ると――シュユちゃんが三人いた。


「えぇ……?」


 分身の術かな。

 いいなぁ、美少女が増えてる……

 いいなぁ!


「おぉ、師匠の剣めっちゃ燃えてる」


 うらやましさが魔力に漏れ出したようだ。

 あんまり魔力が多くない俺でも、しっかり反応してくれる七星護剣。セツナが探し求める価値があるのが理解できる。


「シャイン・ダガーでの手応えはどうだった?」


 ルビーが防御してくれてる間にパルに聞いてみる。


「あんまりでした」


 ふむ。

 ぜんぜんダメではない、ということか。


「分かった。引き続き頼む」

「はい!」


 戦線復帰して、ルビーの後ろに付く。


「ルビー、弱点を探る。協力してくれ」

「了解ですわ」


 槍を弾きながら了解してくれたルビーは、魔導書を起動させたらしく、周囲に水の粒が浮遊した。


「バックアップしますわ。前方にいますけど」


 後方支援ならぬ前方支援。

 そんな複雑なことができるのは吸血鬼くらいだろう。

 なんて思いつつ、再び左右に別れてパルといっしょに挟撃をする。防御は完全にルビーに任せて、全力攻撃をナイト・ゴーレムに叩き込んでいく。


「おりゃああ!」

「うりゃあああ!」


 腕、胴、胸、腹、太もも、腰、足、ふくらはぎ、背中、肩、二の腕、手の甲、踵、脇腹、などなど。

 全身あらゆる部分を攻撃していく。俺たちの攻撃の間を縫うようにしてルビーも水を操って攻撃してくれた。

 反応は――そこそこある。そこそこあるが、明確な動きではない。ほんの少しの機微が違うようなものだ。

 予想と予測はできるが……確定には至らない。

 直接、鎧の中を覗き込めたらいいんだけど。そんな隙は絶対に与えてくれない強さと威圧が騎士甲冑からガンガンくる。

 さて、どう対応したものか。

 なんて思っていると、パルが攻撃をフェイントとして刃を止めた。その隙を付いて、俺は思い切って覗き込もうとするが――それを殊更に拒絶するように槍が首の高さでぐるりと振るわれた。

 なるほど。

 逆に弱点が『観えた』気がするな。


「うふふ」


 そんな俺の行動とナイト・ゴーレムの動きを見たパルが可愛らしく笑った。

 イタズラをする子どもみたいな笑顔だが――ふむ。

 協力してやろう。

 というわけで、先ほどのパルと同じようにフェイントを混ぜ、プラスして魔力糸で槍を少しだけ拘束する。

 もちろん、一秒ともたないが――盗賊にとっては充分な時間だ。


「ポイッとな」


 パルは後ろから甲冑へ近づき。

 頭の中に投げナイフを捨てるように入れた。

 まさにイタズラだなぁ。


「何をしてますの、何を。カラカラとうるさいじゃないですか」

「あはは……あれ?」


 しかしこれにはナイト・ゴーレムが異常なほど嫌がった。

 ぺい、と吐き出すように首から投げナイフが自動的に捨てられてしまう。


「やっぱり中に弱点があるようだな」


 確定した。

 さすが我が愛すべき弟子。

 イタズラもカワイイ。

 なにより、そのイタズラで弱点を確定させるとは。

 天才的だよな!

 と、師匠心がときめきました。

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