~可憐! 不思議なダンジョンクリアー!~

 不思議なダンジョンにある黄金城。

 その中に入ったら、床が消えた。

 床が消えたら――


「ひえええええええええ!?」


 ――もちろん落ちる。

 うん。

 落ちるに決まってる。

 魔法使いには、安全に落下できる魔法があるみたいだけど。

 残念ながら、あたしはそんな魔法は使えない。たとえそんな魔法を覚えたとしても、魔力が足りないだろうから、どっちにしろ使えないと思う。


「きゃああああああああ!?」


 シュユちゃんの仙術にも、空を飛んだりする物とかないらしく、いっしょに落ちていった。

 どうしよう、とか考えてる余裕なんかこれっぽっちもない。

 落とし穴って、こんなに怖いんだ!?

 ギュっと目を閉じて、あたしは覚悟を決めた――と、思ったら穴の底に到着したらしく、体がばよーんと跳ねた。


「あれー!?」

「なんでござる~!?」


 床が柔らかかったのか、それとも魔法の効果なのか。

 一度大きくバウンドしたあたし達は、なんとか空中で体勢を整えて着地した。

 今度は跳ねることなく、ちゃんと床に足が付く。でも、フラフラして尻もちを付いちゃった。

 シュユちゃんも同じように転んじゃって、四つん這いになってる。

 床はもう柔らかくなくて、カチカチ。

 それを確かめてから、あたしは大きく息を吐いた。


「た、助かった~」


 はぁ~。

 良かった……生きてる……死んじゃうかと思った……

 大きく息を吐いて、顔をあげた。


「あれ!?」


 そこには、あるはずの無い物があった。

 天井だ。

 上から落下してきたはずなのに、部屋の中みたいに天井があった。

 なんか豪華な絵画が描いてある。神さまの絵かな、良く分かんない。ドワーフの彫刻家であるララ・スペークラさんだったら分かるかも?

 なんか女の子が多いし、割と裸だったし、ララさんめっちゃ喜びそう。

 あ、もしかしたあの裸の女の子たちって天使かも?

 なんてあたしが思っている間にシュユちゃんは足元を調べていた。落ちてきた時は真っ黒だと思っていた床が、いつの間にか真っ赤な絨毯に覆われていた。

 ふかふかの絨毯で複雑な模様みたいなデザインがところどころに見られる。もしかしたら、貴族の紋章なのかもしれない。


「床が柔らかくないでござる。それに天井があって……どうなってるんでござるか?」

「落とし穴っていうより、もしかしたら転移に近かったんじゃないかな」


 あたしがそう言うと、なるほどでござる、とシュユちゃんは納得して立ち上がった。あたしも立ち上がったけど、なんだかまだ落下してる途中みたいな気分でふわふわとした感じ。

 たぶん、絨毯がふかふかのせいだ。

 ちょっとジャンプしたりして、身体の感覚を戻しておく。

 ぴょんぴょんぴょんっと。

 よし、もう大丈夫。


「死ななかったってことは、これが正しいルートなのかな」


 罠ではなく道だったのかな。

 そう思いながら、次に進むべき道はどこだ、ときょろきょろと見渡した。

 現在地はそこそこ広い部屋。

 地下ダンジョンの4つ分くらいの部屋がありそう。地下ダンジョンというよりも、地上部分のお城らしい雰囲気というか、謁見の間みたいな雰囲気を感じる。

 不思議なのは、窓が無いのに明るいってところ。

 どうして周りやシュユちゃんの姿が問題なく見えているのか、ちょっと良く分かんない。

 それでも、真っ暗よりマシなので、ちゃんと観察した。

 謁見の間のような部屋の中で、玉座の代わりに見えたのは……大きな扉とそれを守るように両脇に立っている甲冑だった。

 剣と盾を持った右側の甲冑で、左側の甲冑は槍を持っていた。

 シンプルな甲冑じゃなくて、ベルちゃんの近衛騎士マトリチブス・ホックの皆さんが装備してた甲冑みたいに、装飾が施されている。白色に近い綺麗な鎧をしており、縁取りのように金色で模様が飾り立てられている。

 剣や盾、槍もまるで儀礼用のような装飾や模様が刻まれたものだった。

 あとは甲冑の上からマントを付けていて、深い紺色をしている。

 まさに騎士といった感じ。

 扉を守ってるって感じで今にも動き出しそうだった。


「シュユちゃん、あれ動くと思う?」

「動きそうでござるよなぁ……」


 シュユちゃんと顔を見合わせる。

 そして、うん、とうなづきあった。

 ふぅ、と覚悟を決めてあたし達は槍を持っている左側の甲冑へ向く。

 とりあえず、槍を持っている方を確実に速攻で倒して、盾持ちを挟撃でなんとかしよう、という作戦。


「せーのっ!」


 うりゃー、とシュユちゃんといっしょに騎士甲冑に斬りかかると……ガランガランガラーン、と甲冑は倒れてバラバラになった。


「動かないんかーい!」

「ビビって損したでござる!」


 全力でツッコミを入れておいた。

 とりあえず、落ちた槍を拾って右側の甲冑にもそれで攻撃してみたけど、倒れてバラバラになるだけだった。

 見掛け倒し!

 もう!


「強そうだから持って帰る?」

「そうでござるな。シュユが持つでござるよ」

「いつも荷物持ちさせてごめんね」

「なんのこれしき、でござるよ。パルちゃんが重い荷物を持ってフラフラしてるより、よっぽどいいでござる」


 それはそうなんだけど、なんかこう、荷物持ちって下っ端の仕事って感じがしてちょっと失礼な感じになっちゃう気がして……


「立派な仕事でござるよ、荷物持ち。冒険には必須でござる。特にダンジョンなんかでは重宝するでござる。ルビーちゃんがちょっとおかしいので、あまり意識しないと思うでござるけど」


 苦笑しながらシュユちゃんが言った。

 ルビーは無限に荷物を持ってくれるので、どんなアイテムを拾っても取捨選択をしなくていいのは楽みたい。

 まぁ、普通だったら鎧をダンジョンから持って帰るなんて難しいもんね。装備して持ち帰るのならまだしも、普通だったら抱えて持ち歩かないといけない。

 モンスターに出会っちゃったら、確実に一手遅れてしまう。

 ルビーがおかしいのは、良く分かる話だった。

 よいしょ、とシュユちゃんが盾とか剣とか槍を背負っている間に、あたしは扉の罠感知をしてみる。

 大きな扉で、天井すれすれまでの高さ。絨毯と同じような模様があって、やっぱり紋章なのかもしれない。王族っぽい立派な紋章だ。

 扉の装飾はすべて金で出来ていて、これを剥がして持って帰るだけでも価値がありそうなくらいにピカピカだった。

 ドアノッカーみたいな部分はなく、単純に押してあけるみたい。

 罠は見当たらないので、あとはシュユちゃんに任せた。


「大丈夫そうでござる。開けるでござるよ」

「うん」


 シュユちゃんといっしょに二枚ある扉の左側を押して開けた。かなり重い扉で、あたしは全力で押していくと、ゆっくり扉は開く。


「甲冑を噛ませたでござる。これで閉まることはないはず」


 肩の部分を床と扉の隙間に差し込むようにして、扉を止めたシュユちゃん。

 ふへ~、と安堵しつつ部屋の中に入ると――


「「おぉ~」」


 ふたりして、思わず声をあげてしまう。

 部屋の真ん中に台座があって、そこに鍵がひとつ浮いていた。ほのかに光ってて、ふよふよと上下にゆっくりと揺れている。

 鍵はあたしの顔くらいに大きくて、鍵穴に入れる部分は複雑な形をしていた。持つところにはやっぱり紋章らしき模様が描いてある。


「これが魔法の鍵?」

「それっぽいでござるよな」


 部屋の中はガランとしていて、これしかない。

 また、台座に説明とかも書いてないので、これが魔法の鍵だと断定はできなかった。

 他にやるべきことは見当たらないので、ふたりで罠感知をする。といっても、あたしもシュユちゃんも、そんなに魔力に関しての知識とか感知とかが高くないので、あとは運に任せるしかない。


「いくでござる。せーのっ!」

「えいっ!」


 覚悟を決めて、ふたりで魔法の鍵に手を伸ばす。

 ふよふよと浮いている鍵を、ちょっぴり背伸びしながらふたりで掴んだ瞬間――目の前が真っ白になった。

 まるで転移の光を受けた時みたいな感じ。でも、あれよりはまぶしくない。

 そう思っていると、すぐに目の前が見えるようになった。


「ここは……外?」

「黄金城の前でござる」


 どうやら入口のすぐ外に戻されたみたいで、門の向こうでルビーとエルフさんが戦っているのが見えた。

 どっちかっていうと、戦っているっていうよりは拮抗状態になってて、ふたりしてお喋りをしてる雰囲気があるけど。

 エルフさんの髪の毛はすべて影蛇が噛みついてて、まるでハリツケ状態だし、両腕と両足はルビーが掴んだり、踏んづけたりしている。

 エルフさんに残されたのは顔だけだ。

 さすがに顔は飛んでいかないらしい。

 真っ白なワンピースも脱げてて、胴体の鏡が丸見えになっていた。


「ルビー、だいじょうぶ?」


 門から出ながら声をかけると、エルフさんの首がぐるんってこっちを向いた。


「ひっ!?」

「不気味でござる!?」


 慌てて逃げるように迂回して、ルビーの横に移動する。ルビーはがっしりとエルフさんの腕を掴んでいて、まだまだ余裕そうに見えた。


「おかえりなさいませ。お風呂にします? お食事? それとも、エ・ル・フ?」

「エルフにするって何?」

「この両腕を解放してボコボコに殴られることですわ」


 シュユちゃんとふたりで、遠慮します、と首を横に振った。

 そんなことされるんだったら、お風呂の中でごはんを食べる方がマシだ。お風呂のお湯でびちゃびちゃになっても美味しく食べられる自信はある。泥水よりよっぽど美味しいもん。


「で、魔法の鍵は手に入ったんですの?」

「これだと思う」


 シュユちゃんといっしょに握ってた鍵をルビーに見せる。


「あらおっきぃ。どこに捻じ込みます?」

「言い方」

「失礼。どの穴にぶち込みます?」


 余計悪くなった。

 下品!


「普通に考えたら顔か鏡でござるよな」

「ではお任せします。ちょっとわたし、動けそうにないので」

「今ならルビーにぶち込み放題ってこと?」

「いいですけど、後からパルの穴という穴へあらゆる物を入れますので覚悟しておいてください」

「ごめんなさい!」


 それはとっても嫌なので、あたしは逃げるようにしてエルフさんの前へと立った。シュユちゃんは苦笑しながら、あたしの後ろに魔法の鍵を持って立つ。


「さぁ、帰りましょう」


 エルフさんはにっこり笑って言うけど……手も足も無くなって、鏡の上に顔だけが浮いているような状態だ。しかも髪の毛は四方八方に広がってるし。

 まるで巨大な蜘蛛の巣にエルフさんの顔が囚われているみたいに思えた。

 それでも平気な顔をしてるので、余計に不気味な気がする。


「さぁ、急いで帰ったほうがいいわ」


 とても帰れるような状態には見えないけど、それでもあたし達を帰るようにうながしてくる。


「鍵を手に入れたよ。これでエルフさんを助けられるよ」


 シュユちゃんが掲げるように魔法の鍵を見せると――エルフさんの表情が変わった。

 にこりと笑って、あたし達を見た。


「そう。それならあなた達に渡す物があるわ。鍵で扉を開けて持って帰って」

「扉?」


 どこに扉なんてあるんだろう、と思ったらシュユちゃんが鏡を指差す。


「鏡の中に扉が見えるでござる」

「あ、ほんとだ!」


 鏡にはあたし達が映らないといけないのに、そこには扉が見えていた。逆にあたし達の姿が映っていないので、なんとも奇妙な感じ。

 あたしとシュユちゃんは顔を見合わせてから、いっしょに鍵を持っておっかなびっくりと鏡の中に鍵を近づける。


「うわ、入ってく」


 鍵は鏡に触れることなく鏡の中に吸い込まれるように入っていって、ふわりと浮かび上がると完全に取り込まれてしまった。

 そのまま鏡の中に入った鍵は扉へと向かい、ひとりでに鍵穴へと差し込む。そのままガチャリと音がして、扉が開いた。

 鏡の中の扉。

 そこに見えたのは……またしても鏡だった。


「鏡の中の鏡?」


 ややこしいなぁ。

 なんて思ってると、ぽん、と目の前のエルフさんが消えた。腕とか足もいっしょに消えたみたいで後ろでルビーが、あら、と声をあげている。

 ウネウネと動いているのはルビーの影蛇だけになったので、ルビーは眷属を消し去る。

 どうなったんだ、と思ったら黄金城からエルフさん……によく似た人が出てきた。

 エルフさんの雰囲気を、もっともっと軽くしたような感じ。

 同じ髪の色だし、耳も尖ってるし、ワンピースも真っ白で同じ。なのに、なんでこんなに軽く見えるのか、良く分かんなかった。

 でも、ルビーがつぶやいた声でその理由が分かった。


「ハーフリングですわね」


 そっか。

 種族が違うんだ。

 確かにハーフリングだ。

 あんまりハーフリングの人と交流が無かったので、良く分かんないけど、イタズラ好きで罠に突撃して死んでいくっていう好奇心の塊のような種族って言われれば分かる。

 種族特性は身長が低くて素早く、耳がエルフのように尖っていること。

 エルフの子どもとハーフリングって、そっくりなんだ!


「にひひ」


 そんなハーフリングさんは後ろ手に何かを持ちながら、あたし達に近づいてきた。イタズラっ子のように笑ってる。


「おめでとう。これ、あげるね」


 そう言ってハーフリングさんが見せてくれたのは、盾だった。菱形のような形に周囲に装飾が施されていて、実用するというより飾って置いたり儀式に使ったりする豪華な盾って感じ。

 でもなによりその大きな特徴は、攻撃を受ける部分。

 鏡になっていた。

 とてもじゃないけど、攻撃を受けられるようには思えない。

 ぜったい割れちゃう鏡の盾だ。


「鏡はあらゆる物を映す。でも、それだけじゃないよね」


 それだけ言うと、ハーフリングさんは黄金城へと走って帰ってしまった。

 バタン、と扉は閉まって、それ以上は何も起こらない。


「なんだったんでしょうか……あれ!?」


 ルビーが驚いた声をあげた瞬間、あたしもびっくりした。シュユちゃんもようやく気付いたみたいに驚いた声をあげている。

 気が付いたら、あたし達は大通りにいて、周囲はたくさんの冒険者たちでにぎわっている。

 いつの間にか転移させられたみたいだけど……まわりの人はあたし達が突然現れたにしては、気にも留めてない感じ。

 びっくりしているのはあたし達ばっかりだった。


「夢でも見てたみたいでござる」

「でも、夢ではありませんわよ。ほら」


 ルビーはしっかりと鏡の盾を持っていた。

 太陽の光を反射してて、かなりまぶしい。

 なるほど。


「物を映すだけじゃなくって、光を反射するってことだよね、きっと」

「これで転移の光を跳ね返すってことでござるか」

「ようやく先へ進めそうですわね」


 やったー、とあたし達はバンザイする。

 そんなあたし達の行動に、ようやく周囲の人はあたし達に注目してくれるのだった。

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