~可憐! 不思議なダンジョンのラスボスとギミック~

 不思議なダンジョンのエルフさんが襲いかかってきた!


「では、おふたりとも頑張ってくださいまし」


 ここなら迷ったり迷子になったりすることがない、とルビーが繋いでいた手を離す。

 ようやく自由に動けるようになったので、あたしは思いっきり距離を取るように後ろへと下がった。

 まずは様子見――なんて思ったら。

 そんなあたしを追いかけてくるように、エルフさんの髪の毛が迫ってきた。


「うわぁ!?」


 伸びてくる真っ白な髪の毛は、ある程度がひとまとまりになった毛束で、縄のように迫ってくる。それを打ち払うようにシャイン・ダガーで切ったけど、勢いが止まらない。

 まるで生きてるみたいに髪の毛が襲いかかってくる。

 いや、エルフさんは生きてるんだから、髪が生きてるのは当たり前だけど。


「ひえぇ~」


 目の前に迫った毛束の先端を伏せるようにして避けると、そのまま地面を叩くようにして起き上がる。

 勢いそのままに、後ろを振り返らずにルビーの元まで戻るように走った。


「ルビーも戦ってよ!」


 なぜか余裕で立ったままのルビー。

 何かしてる様子はなく、本当に立ったまま。なぜかエルフさんに襲われてない。


「わたし、前衛ですわ。それに、戦意は持っておりません。襲われる道理がありませんでしょ?」

「うひゃぁ!?」


 後ろから迫ってきた髪の毛をジャンプに避ける。

 そのまま毛束を踏みつけるようにストンピングするけど、ばびょんと跳ね返された。マグで重くなってるあたしの体重なんて気にもならないみたい。


「どういうこと?」


 空中で上手くバランスを取り、着地しながらルビーに聞く。

 ちらりと横目でシュユちゃんの様子を確認。同じように髪の毛に襲われていて、なんとか対処してみるみたい。

 どっちかっていうとシュユちゃんも様子見してる感じかな。

 いざとなったら助けてもらえそうな余裕がありそう。


「エルフは鏡と申しましたとおり、こちらに戦意が無ければ襲って来ない、という話を実証しておりました。実験の結果、想定通りになって満足ですわ」


 この状況を見ても、まだ戦意が無いっていうのが凄い気がするんですけど!?


「つまり助ける気がまったく無いってこと!?」

「そのとおりですわ」

「師匠とセツナさんに頼むって言われてたのに!?」

「ハッ!」


 ハじゃないのよ、ハじゃ!


「破邪!」


 ほら、シュユちゃんもハじゃって言ってるじゃん!

 たぶん。


「もうもうもう! 戦ってよぉ!」


 ちょっぴり怒りながらルビーに文句を言う。

 その間もウネウネと髪の毛が襲ってくるので、避けたり切り落としたりした。


「分かりました。そちらが髪の毛で来るのでしたら、こちらは……どこの毛を使いましょう?」

「いやぁ!」


 とんでもなく下品なことが起こりそうな気がしたので、あたしは全力で拒絶した。

 毛で対抗しないで!


「仕方ありません。では、影にしておきましょう」


 ぶわ、とルビーの影が形を持つように足元から溢れてきた。それはうねるように蛇みたいな姿となって、あたしやシュユちゃんに襲いかかるエルフさんの髪の毛に噛みつく。

 ようやくルビーが敵対してきたので、追加の髪の毛がエルフさんから伸びてきたけど、それも全部、蛇が噛みついて動きを止めた。


「拮抗状態を作りました。さぁ、やっておしまいパルさんシュユさん」

「分かったー!」

「了解でござる!」


 動きが止まったエルフさんに向かってあたしは走る。

 ちょっと攻撃するのは躊躇してしまうけど、攻略のためだ、仕方ないもん。

 ごめんね、倒しちゃうね。

 なんて思いながらシャイン・ダガーを振りかぶると――


「えぇ!?」


 今度はエルフさんの腕が飛んできた。

 ホントのホントに予想外。

 まるで人形の腕だけが宙に浮いてるみたいに、あたしに向かって飛んでくる。

 飛んでくるっていうか、殴りかかってきた!?


「ほぎゃ!?」


 思いっきりぐーで殴られた。まったくの予想外だったので、避けられなかった。

 鼻を押さえながら後ろにごろごろと転がる。

 痛い痛い、めっちゃ痛いぃ!

 でもでもうずくまってる場合じゃない。

 慌てて顔をあげるとシュユちゃんは腕を避けたみたいで、そのままエルフさんに向かって距離を詰めた。


「はッ!」


 そのままクナイでエルフさんを切りつけたみたいだけど……


「いたっ!?」


 なぜかシュユちゃんの腕がスパっと切れて、真っ赤な血が散った。


「なになに、どうなってんの!?」


 立ち上がると、またしても飛んできた腕に殴られた。

 ぎゃー!

 痛い!

 うわ、鼻血出ちゃった!


「うわーん、師匠に見せられない~ぃ~」

「はいはい、抑えておいてあげますから、さっさと回復なさい」


 ルビーが飛んでくる腕をガッシリと掴んでくれたので、あたしはその間に顔にポーションをぶっかける。

 ぐしぐしとぬぐって鼻血を止めると、はぁ、と息を吐いた。

 同じようにシュユちゃんも腕の傷にポーションをかけて、治療した。傷は残らなかったみたいで一安心だ。

 わちゃわちゃと動く指にフンと鼻を鳴らしてから、ルビーはエルフさんに返すように腕を投げつけた。

 そのままワンピースの袖の中に収まる腕。

 腕が飛んでくるのもびっくりだけど、攻撃が跳ね返るのはどうにかしないといけない。


「どうしたものでござるかなぁ」


 シュユちゃんが合流する。

 相変わらず周囲では、髪の毛と蛇が噛み合い絡み合いの大戦争になっているけど、本体のエルフさんはあまり動いていない。

 積極的に襲ってくる様子はなかった。

 こちらが考えているのなら、エルフさんも考えているってことだろうか。

 いろいろと『鏡』っぽさがある。


「魔法が跳ね返るのはまだ分かるんだけど、切ったダメージも跳ね返るって意味不明だよね」

「そういう魔法なのかもしれないでござるなぁ。さて、どうしたものか」


 むむむ、とシュユちゃんは考える。


「とりあえず攻撃してみましょう」


 ルビーは指先に水を操って水球を作り出す。

 魔導書を使った魔法だ。

 不思議なダンジョンの中でも水分は集められるみたい。

 それはドンドン大きくなって、建物を丸ごと飲み込んじゃうくらいに巨大になった。


「これくらい大きいなら跳ね返せないでしょう。そーれ、潰れてしまいなさい」


 おーっほっほっほ、と笑いながらルビーはチョンと人差し指をエルフさんに向けた。

 遅れるように巨大水球はエルフさんに向かって飛んでいく。逃げようにもエルフさんの髪は影蛇が押さえつけるように噛んでる。逃げられるはずがない。

 どどどー、という感じで巨大水球はエルフさんに当たって――どどどー、という感じでこっちに跳ね返ってきた。


「ぎゃー!?」

「溺れるー!?」


 あたしとシュユちゃんは思わず悲鳴をあげるけど、ルビーは余裕だった。パチン、と指を鳴らすと巨大水球はぎゅいんと上空に上がっていってパーンと弾けるように霧散して、水は雨みたいに降り注いだ。

 もちろん、あたし達は濡れないように雨が避けてくれる。便利。すごい。


「うっ」


 でも細かい雨を制御したのか、ルビーはクラクラと頭を揺らしてる。

 なんでそんなところで無理しちゃうかなぁ、もう。


「さっきので倒せないどころか、ダメージひとつも与えられないのは困ったでござるな。シュユの仙術でも効かなそうでござる」


 むしろ、シュユちゃんがすっごい仙術を使わなくて良かった。

 跳ね返ってきたら、確実に死んじゃう。


「何かギミックがありそうだよね」


 さて、それは何だろうか?


「本人に聞いてみればいいのではないでしょうか」


 ようやく雨が降り終わったので、ルビーが回復した。なんか視線が定まってないのが怖いけど、気にしないことにしておく。


「教えてくれるかな」

「聞いてみて損はないでござる」


 というわけで、聞いてみた。


「エルフさんエルフさん。どうしたらいいの?」

「私を助けるのなら、魔法の鍵が必要よ」

「じゃぁ、その魔法の鍵はどこにあるの?」

「黄金城にあるわ。さぁ、帰った方がいいわ。いつまでもここにいたら帰れなくなる。迷宮に囚われてしまうから。出口まで案内するから付いてきて」

「そうは行きません。ちょっと作戦タイムです。待っていてください」


 そうルビーが声をかけると、腕が飛んできた。

 ルビーはひょいと軽く腕を掴んで、安全を確保した。

 あたし達はその状態のまま、集まってコソコソと相談する。


「地下ダンジョンで隠し部屋でもあるのかしら。魔法の鍵、というものがあれば、攻撃が届きそうな気もしますが」


 わきゃわきゃと動き腕の指を見ながらルビーは言う。

 人形じゃなくて、本物の腕にしか見えないけど……と、あたしは腕の付け根側を覗き込んだ。

 骨とか肉じゃなくて、まっしろな感じの皮膚っぽかった。

 これを見ると、作り物ってことが分かる。人間がこんなふうに腕を飛ばせるわけがないので、作り物なのは当たり前だけど。


「ダンジョンの見直しでござるか。物凄く苦労しそうでござるなぁ」


 はぁ~、とシュユちゃんはエルフさんの後ろに見える黄金城を見上げた。

 ……ん? 黄金城?


「ねぇねぇ、あれも黄金城だよね」

「そうですわね」


 何を当たり前のことを、とルビーが半眼で見てきた。

 ちーがーう!

 そうじゃなくって!


「魔法の鍵がある黄金城って、もしかしてこっちの黄金城だったりしない?」

「……あなた天才って言われない?」

「ルビーがいっつも言ってくれる!」

「なるほどでござる! ならば!」


 シュユちゃんは印を結んで魔法の呪文のように口訣を唱えた。


「命水行操水 為霧(水行に命じて水を操る 霧と為せ)!」


 地面に落ちたルビーの水が蒸発するみたいに弾けて周囲が一気に真っ白になった。

 めちゃくちゃ深い霧で、エルフさんの姿すら見えなくなる。


「ルビー殿、ここでエルフ殿を抑えておいて欲しいでござる」

「心得たでござる。いってらっしゃいござるませ」


 下手くそなござるを聞きながら、あたしとシュユちゃんはエルフさんを迂回するように黄金城を目指してダッシュした。

 そういえば、エルフさんはお城の門を前にして、一歩も動いてなかった。黄金城へは進めないようにしていたのかも?

 でも気になるところは、いつもならもっと不思議なダンジョンの入口近くで出て来てたはずなのに、どうして今回はこんなお城の直前だったんだろう?

 もしかして、踏破するつもりだったから?

 だからラスボスになった……とか?

 気になるところではあるけど、そんなことより黄金城だ。

 シュユちゃんといっしょに門をこえて、お城の大きな入口に到着する。見た目は現実の黄金城とまったくいっしょだった。

 金属の扉はぴっちりと閉まっていて、あたし達はそれを一生懸命に押す。


「ふんぬぅ!」

「うりゃ」


 そういえばシュユちゃん超力持ちだった。

 軽く押しただけで、ずずずと扉は開いていく。

 通れるくらいに開いたところで、ふたりで中を覗いてみた。

 お城の中は、現実の黄金城とはまったく違っていて、どこか神殿に似ていた。外の黄金城とは窓がふせがれていて真っ暗だけど、こっちは凄く明るい。ちゃんと窓から光が入ってきてるのが分かった。

 足元には青い絨毯が引かれていて、まっすぐに伸びている。ただし、その先には何も無かった。お城みたいな雰囲気はあるんだけど、階段も扉も何も無い。

 すぐに行き止まりになっているのが見えた。


「何も無い?」

「とりあえず調べてみるでござる」


 青い絨毯があるってことは、この上を進めってことだと思う。

 念のためにシュユちゃんと手を繋ぎながら黄金城の中へと入った。

 気をつけながら奥へと進む。

 すると――


「あっ」

「えっ」


 がぱー、といきなり床が消えた。

 落とし穴の罠……どころじゃない。

 見えてる範囲というか、お城の床が全て消失した。


「ひええええええ!」

「なんでええええ!?」


 もちろん。

 あたしとシュユちゃんは落ちるのだった。

 だって、掴まるところとかまったく無いんだもん!

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