~可憐! ギャンブル・カードゲーム~

 主人が後ろで立っていて、メイドが前で座っている。

 そんなことが許されるのって、なかなか無い状況だよね。

 でもそんな場面が目の前にあった。

 貴族のナライアさんが立っていて、その前のテーブル席にはいつも後ろに控えてたはずのメイドさんが座っている。

 ひとつも油断していないようなメイドさんの視線にちょっぴりびっくりしながらも、あたしとルビーはそのテーブルに近づいた。


「やぁやぁ、ディスペクトゥス・ラルヴァのプルクラとサティスじゃないか。とうとう物語を聞かせに来てくれたのかな?」


 まるで季節の挨拶みたいにナライアさんはあたし達を見てそう言った。

 仰々しく手を振っているけど、それは残された方の腕だけ。義手になっているほうが不自然に体の前に固定されたような感じになっていた。

 片足なので、重心もそちらに片寄っている。

 攻撃するのなら、義足側からかな?

 そっちから攻撃するとバランスが崩せやすそうだけど……義手側から攻撃した方が一撃で終わるかも?

 なんてナライアさんを攻撃する方法を考えていたらメイドさんが物凄い目であたしを見てきた。

 殺意のこもっていない害意のある視線。

 冷たい視線がチリチリと首のあたりに感じる。

 たぶん、首を狙われてる。

 怖い。

 殺意じゃなくて、一撃で終わる方法を模索してるっぽい。

 おそろしい。

 いや、ご主人さまを倒す方法を考えてたあたしが悪いんだけど……バレてるっていうのが、怖い。

 表情に出てたかな、とあたしはむにむにと仮面意外の部分を指で揉んだ。


「おやおや。サティスはお眠かな? なんなら私のベッドを貸してあげよう。寝物語に冒険譚を語ると、ぐっすりと眠れるからね」


 普通は反対だよね?

 眠る方のあたしが語るんだ……ぐっすり眠れるのはナライアさんだよね?


「サティスが眠れるとは一言も言っておられませんよ」

「あ。確かに」


 ナライアさんは、バレたか、と笑っている。


「それで、どうしたんだい? 何か用事かな?」


 どうぞ、とナライアさんは会話を促してくれる。


「ちょっとした質問があって来たのですが……その前に教えてくださらない?」

「私の初体験かい? いいとも、教えてあげよう。あれはまだ私が冒険者になる前の話だ。街のそばにゴブリンが出た、という噂が数日間出ていてね。それを――」

「ゴブリンに初めてを捧げたのですか!?」

「あぁ、そのとおりだ!」

「あたしコボルトだったよ」

「サティスまで!?」


 ルビーが驚いた声をあげたけど……そっちじゃないよぅ。


「分かっています。ちょっとした乙女ジョークですわ」

「乙女は下ネタなんて言わないでござる」


 シュユちゃんが、ぼそぼそ、と小声でツッコミを入れた。


「わたしのお相手は忘れてしまいました。まぁ、きっとおふたりと変わりませんわ。大抵はコボルトなりゴブリンでしょう。場合によっては大ネズミやオオカミというパターンもありそうですけど」

「そうだね。ルーキーの定番としては下水道の掃除がある。大きな昆虫型のアレを見た時は悲鳴をあげそうだったよ。鼻の曲がりそうなにおいの中での冒険はなかなかの体験だ。できれば二度としたくないものだ。懐かしいね」


 貴族でもちゃんとルーキーの仕事をしたんだ、ナライアさん。

 偉い。

 でも絶対、自分から望んでやったと思うし、冒険者らしい冒険者になりたかっただろうから、偉いっていう感覚じゃない気がする。むずかしい。


「初体験に関して聞きたかったわけではありませんわ。このままじゃいつまで立っても用件が言い出せませんので、単刀直入にお伝えしてもいいでしょうか?」


 ため息をついてからルビーがそう語った。


「もちろんだとも。冒険者からの言葉なら、その全てが冒険譚の一部だ。その物語の一部に私が加われることを誇りに思うよ」

「残念ながら盗賊ギルドの仕事ですわ。ちょっとしたマナーを教えて欲しいのです」


 ルビーが嘘をついた。

 まぁ、そのまま聞いちゃったら絶対にダンジョンに関することだってバレちゃうから、そのための嘘なんだと思う。


「盗賊ギルドだったらマナーは知っているだろう?」


 ごもっとも、なナライアさんの言葉にルビーは平気な顔で答える。


「申し訳ございません。盗賊ギルド『ディスペクトゥス』は少数精鋭でして。盗賊技能ばかりを磨いていたら潜入任務に必要なマナー知識が欠けておりました。王族には伝手があるんですが、貴族らしい振る舞いをする必要がありまして。是非ともナライアさまにご教授して頂きたく思ったのです」


 ふ~ん、とナライアさんはあたし達を見る。

 視線があたしとルビーに向いただけだったので、シュユちゃんはバレてないみたいだ。


「潜入任務か。面白そうだね。どこの貴族に入り込むんだい?」

「貴族ではありません。魔法学院ですわ」


 魔法学院。

 どこで聞いたのか忘れたけど、魔法を教えてくれる場所っていうのは聞いたことがある。でも普通に冒険者が習いに行く場所じゃなくて、貴族とか王族が多数在籍しているところ、とかなんとか。

 良く知らない。


「あそこか」


 ナライアさんが苦々しい顔になった。


「楽しそうだから付いていきたい、と思ったんだけど……あそこに行くのなら遠慮したいね。舌を噛み切って死んでしまいそうだ」

「あら、付いてきてくださらないんですの? 旧き良き伝統にまみれた、王族と貴族の思惑が交差してとんでもないことになっているらしい魔法学院ですわよ。それもひとつの冒険ですのに」

「行きたくない。私の理想はあくまでアドベンチャーだ。シティ・アドベンチャーじゃない」


 ナライアさんは肩をすくめた。

 片腕が義手なので、肩をすくめたように見えない。


「はぁ~……ディスペクトゥスも大変なんだな。是非とも、潜入する者に気をつけるように言っておいてくれ」


 了解しましたわ、とルビーは苦笑する。

 魔法学院って、そんな危ない場所なんだ。

 学園都市とは違う感じ?


「あそこのマナーというか常識は一般的とまったく違う。悪い言葉を使うならば、カビの生えた古臭い物が未だに残っているものだ。私から教えられる物などひとつもないよ」


 残念だ、とナライアさんは苦笑する。


「ではひとつだけでも教えてくださいな。ドアマナーとでも申しましょうか。最初の一歩であるドアを開ける際のマナーだけでも教えて頂ければ、あとは何とかなるでしょう」


 なんとかごまかしてるルビー。

 綱渡りだなぁ。

 でも普通に旧いマナーを聞き出すように話を持って行ったのは凄い。あたしじゃ魔法学院の情報なんて知らなかったから、この方法は無理だった。


「まぁ、その程度の知識ならば私にもある。ふむ」


 ナライアさんは考えるように天井に視線を向けた。


「いいだろう。ただし、無料では教えられないな。どうだい、プルクラ。カード勝負といかないか?」


 ナライアさんが指し示したのはもちろん、目の前のテーブル。

 メイドさんが座っているテーブルには、カードの山が二組あった。


「ギャンブルですか」


 あたしが聞くと、ナライアさんは嬉しそうにうなづく。


「欲しい物ができたんだ。恐ろしいほどに丈夫な鎧が知識神の神殿に売り出されてねぇ。はてさて、誰が拾ってきた鎧だったかな?」


 にちゃぁ~、と嫌らしい笑みを浮かべるナライアさん。

 物凄い鎧を手に入れたんだから、物凄い冒険譚があったに違いない。とか思ってそうな表情だ。

 でも、大した理由もなく普通に宝箱から手に入れた物だから、そんな冒険譚なんて無い。

 勝手に期待しちゃってる目だ。


「さぁ、誰だったのか聞いておりませんが……噂によると、とんでもない美少女だったらしいですわね。さぁ、いったい誰だったのでしょうか」


 うふふふふ、とルビーが笑う。

 やっぱりバカだ、この吸血鬼。


「ナライアさんは鎧を手に入れてどうするの?」

「サティス。君は欲しい物を手に入れたらどうするんだい?」

「ほへ?」

「たとえば、君はナイフが欲しかった。なのでナイフを買った。そうしたら?」

「ナイフを使います」

「そのとおり。鎧を買ったら、鎧を使うだろう。この場合、鎧を装備する、と言い換えるべきだろうけど」

「え、え、ナライアさんが使うんですか?」

「もちろん! 素晴らしい性能の鎧であれば、片足だろうが片腕だろうが、冒険に出れるのは間違いないだろうからね。ゴブリンぐらいなら斬り伏せてみせるよ」


 大丈夫なの、とあたしはテーブルに付いているメイドさんを見た。

 無表情の視線が返ってくるけど……

 なんとなくだけど、諦めさせてくれ、という感情が隠れているような気がした。


「だいじょうぶ? ナライアさんが怪我したり死んじゃったりしたら、ナライアさんが雇ってる冒険者の人たちが困っちゃうよ?」

「いや、心配無用さ。私が死ねば、私が持っている手持ちの財産を分配するように頼んである。それを持って逃げれば、あとは平和に暮らせるさ」

「え~っと、はい……」


 ぜんぜんまったく心配が無用にならない。


「ちゃんと訓練からしてくださいね」

「あのディスペクトゥス・ラルヴァのサティスから忠告されたということは、聞かないわけにはいかないね。そうさせてもらうよ」


 一応は、それで止められるかもしれない。

 良かった……のかなぁ。


「それで、どんなギャンブルですの?」

「単純さ。お互いにカードの山を手に取り、一枚ずつ出していく。数字の大きい方が勝ち。勝った者が二枚のカードを引き取り、最終的により多くのカードを引き取った者が勝者だ」


 単純だろ、というナライアさんにあたし達はうなづいた。


「君たちが勝ったら、私が知っているドアマナーを教えよう。君たちが負けたなら、お金じゃなく冒険譚を聞かせたまえ!」

「オッケーですわ」


 楽しそうにルビーがさっそく席に座った。嬉しそうに手前の山札を手に取る。

 あたしはルビーの後ろに立って、カードを覗き込む。

 カードは10枚。

 ザっと、ルビーが広げると……


「ちょっと待ってくださいまし。酷く片寄っていますわ」


 イカサマですわ、とルビーがテーブルにカードをオープンにする。ほとんどのカードが5以下。たった一枚しか10が無い。

 最初からワザと片寄った山を作ってたみたい。


「おっと、そんな運が悪い時にはやり直しを宣言してもらってもかまわないよ。ただし、それなりの物は払ってもらうが」


 ナライアさんがにっこり笑った。お金を賭けるつもりはまったく無かったけど、それでもお金を取られる状況を作っていたみたいだ。

 ひどいなぁ。


「どちらの山札を取っても良かったのだけれど、プルクラが先に取ってしまったからね。自分んで選んだ物なので、本来は文句を言われても聞かないんだが……今回は特別だよ」

「むぐ。確かに選んだのわたしです。浅はかでしたわ」


 そう言ってルビーはポケットから取り出すフリをして、影から金の入っているケースを取り出した。中身をコロコロと取り出して、一番小さい物をメイドさんに渡す。


「これでいいかしら」

「大き過ぎます」

「残念ながら、それが最小ですわ。お金は持ってきてませんし、受け取ってくださいませ」


 いいでしょうか、とナライアさんに聞くメイドさん。

 ナライアさんは苦笑しつつ肩をすくめた。


「では遠慮なくもらっておくよ」


 というわけで、カードの山をぐちゃぐちゃにしてまぜまぜして、ひとつの大きな山にした。

 それを綺麗に整えるとメイドさんがシャッシャッシャとカードの束を手のひらの上に置いていくようにしてシャッフルする。


「プルクラさまもどうぞ」


 シャッフルした後のカードの山を渡されるルビー。それを受け取ると、同じようにしてカードをシャッフルした。


「わたしが分けてもいいでしょうか」

「どうぞ」


 ルビーはカードを一枚ずつ左右に分けていった。

 右、左、右、左、とカードを分けていく。

 イカサマとか何か仕掛けている様子はない。

 完璧に普通に単純に左右に分けただけだ。


「そちらが先に選んでくださいまし」

「では、こちらを」


 メイドさんが右の山を選んだので、ルビーは左の山を選ぶ。相手に見えないようにしてテーブルから拾い上げると、広げるようにしてカードの内容を確かめた。


「ちゃんと数字がバラバラですわね。ふふん」


 目的、見失ってるなぁ。

 なんて思いつつ、あたしはメイドさんの瞳を見る。

 上手くいけば、眼に反射したカードの数字を見れるかな――と、思ったけどギロリと睨まれた。

 バレてる、というか、普通に無理。

 とりあえず、カードの特徴を覚えよう。細かい傷とかは分かんないけど、少しカードの角がよれている物とかあるので、全部が全部じゃないけど覚えられる。

 あとは――ナライアさんの後ろにシュユちゃんが移動した。

 見えてるわけじゃないけど、なんかそんな気がする。

 どうやって数字を教えてくれるつもりか分かんないけど……なんかイカサマに協力してくれる気がした。


「では勝負といこうか。準備はいいかな?」

「えぇ、もちろんですわ」


 カード勝負。

 スタートだ!

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