~可憐! 他人任せのダンジョン攻略~

 その後。

 あたし達は何度も大穴の底にある扉へチャレンジした。


「次こそは!」


 と、ノックの回数を変更してみたり、倭国の扉の開け方をしてみたり、ドアを開けた瞬間にみんなで逃げてみたりしたけど。


「う~む、ダメだな」


 ピカーっと差し込んでくる光なんて避けることなんて不可能。

 真っ白になった視界が元に戻ると、やっぱり地下1階の隠し部屋に転移させられてしまう。


「やはり解読待ちになるか」


 セツナさんがつぶやく言葉に、みんなでうなづくしかなかった。思いつく限りのことはやってみたけど、もうあとは変なことしか思い浮かばない。


「ルビーがドアを壊しちゃえばいいんじゃない?」

「嫌ですわ。そんな下品な解決方法」


 ルビーに却下された。

 ざんねん。

 やっぱり暗号を解読するのを待つしかない。

 一応は、あたし達でも暗号に向き合ってみたりしたけど……


「さっぱり分からん」


 そもそも旧き言葉の文字が読めないので、解読のしようがない。パルヴァスとか、エラントとか、あたし達が知ってる旧き言葉はある。でも、それらは今でも残っているだけで、共通語の文字で書けたとしても、遺跡に残っているような古代の文字では書けない。

 ので。

 さっぱり分からないものは、分からないのだ。

 うん。


「学園長が時間が掛かってるのに、あたし達が解ける訳ないんじゃないですか、師匠」

「……確かに。パルは天才だな」

「えへへ~」


 褒められた。


「全員がバカだとダンジョンって攻略できないんですのね」


 ルビーが肩をすくめて言ったけど、誰も反論できないし、自分も含めてバカって言ってるのでどうしようもない。


「師匠、こういう時ってどうするんです?」

「詳しい人に頼む」


 酷い答えだった。


「……他には?」

「他か……え~っと、他にできることを考えてみる。発想の転換。逆転の発想。いや、まぁ、それができれば苦労はしないんだが」


 はいはいはい、とルビーが手をあげた。


「何か思いついたの?」

「王族の宝物庫なのですから、王族が必要なんですわ。誘拐してきましょう。もしくは、王族の血。ちょっと絞ってきますわ」


 却下だ、とみんながルビーに反対した。


「そもそも、それが事実であれば、とっくの昔に王族自身が宣言を出しているはずだぞ」


 確かに。

 金を生み出す壺なんて、ものすごく貴重なアイテムだ。

 それを持ち出せるのに必要なのが王族で、それが鍵だというのならとっくの昔に言われてると思う。

 黄金城のダンジョンで手に入れた物は、拾った人に権利がある。

 そう王様が言い切っているのだから、王族が鍵になっているわけがない。


「では、やはりマナーの問題でしょうか。そのあたり、しっかりと教育された者などこのあたりに……いますわね」

「誰?」

「あの片腕片足の貴族です」

「ナライアさん?」


 そうそれ、とルビーは言う。


「ナライアさんを連れて行くの?」


 ダメだ、と師匠とセツナさんが首を横に振る。転移の腕輪がバレるのはダメだし、七星護剣の話をするのもダメなので、仕方がない。

 そもそも、片腕で片足なので、ダンジョンの中では確実な足手まとい。

 もしも扉の向こう側に召喚士みたいなのがいたら、どうやっても守り切れない。


「いいえいいえ。連れて行くのではなく学ぶのですわ」

「学ぶって、教えてもらうってこと?」


 貴族のマナー講座。

 お城に行く時に一度は教えてもらってるんだけど、それ以上に習うことなんてあるのかな?


「教えてもらうのは現在のパーティで使われてるものではなく、古いマナーです。冒険譚を集めているくらいですもの。その中に古いマナーが含まれていてもおかしくありません」


 なるほど、とみんながうなづいてる。

 ルビーのくせにマトモなこと言ってる。


「じゃぁ行ってみる? 行ってきていいですか師匠?」


 いいぞ、と許可をもらった。


「では、さっそく教えてもらいに行きましょう。ナユタんも来ますか?」

「あたいは遠慮しとく」


 休んでるよ、とひらひらと手を振るナユタさん。

 でもきっと訓練場に行って新人たちの訓練に付き合うんだと思う。

 お休みの日は、ナユタさんの日課になっている感じ。みんなが強くなっていくのが嬉しいし、それで死なないんだったら、それが一番だ、と笑っていた。


「あら残念。ニンジャ娘は来ますか?」

「シュユも行っていいですか、ご主人さま」

「今後、必要になってくるかもしれません。須臾は習ってきてください」


 商人モードのセツナさんがにっこり笑ってうなづいた。


「了解でござる!」


 というわけで、あたしとルビーとシュユちゃんの三人で、ナライアさんに古代マナーを教えてもらいに行くことになった。

 宿から外に出ると、時間はお昼を過ぎたくらいかな。

 ダンジョン生活のせいで、すっかり時間の感覚がおかしくなってる。ダンジョンの外に出た時、外が薄暗かったら、それが朝なのか夕方なのか、ちょっと分かんない。

 地下5階の街で寝たりしたら、それが余計に加速してしまう。

 元の感覚に戻れるのか、ちょっと心配。


「お~。ねぇねぇ、あれ美味しそう」


 なんか見たことが無いお肉を焼いてるんで、ふらふら~っと近づいていこうとしたらルビーに思いっきりベルトを引っ張られた。


「なにすんの! 脱げちゃう」


 慌ててホットパンツをおさえると、フン、とルビーが鼻を鳴らす。


「目的をお忘れなく。今は休憩時間ではなくマナーを学びに行くという任務中ですわ」

「え~、買い食いくらいいいじゃん」

「ダメです」


 ぐい、とルビーは腕を引っ張る。


「それに」


 ルビーは耳に顔を近づけて、こっそりと話しかけてきた。


「注目度が嫌でも上がっております。この状態で、警戒もなく屋台でごはんを食べててごらんなさい。余計なトラブルを起こす隙が生まれますわ」


 う。

 確かに。

 今でもずっとジロジロと見られている。その視線の種類は色々で、あんまり良く無い意味で見られているのもある。

 隙を見せたらどうなるか。

 シャイン・ダガーを盗まれちゃったりするかもしれない。

 それを考えたら、盗まれても良いお財布とかお金とかを持ち歩いた方が良かったかも。


「なんで妙に真面目なの、ルビー?」

「もうすぐ飽きそうな気がしてきましたので……あ、これ投げ出してしまいますわ、と。そうならないための自己防衛です」


 いいことなのか悪いことなのか。

 さっぱり分からないけど、協力してくれるのなら、それに従うしかない気がする。

 ルビーって付き合っていくの難しい。

 結婚したら絶対に師匠に迷惑をかけると思うので、あたしが頑張らないと!


「じゃぁ、さっさとナライアさんの所へ行こう。シュユちゃんも気をつけて――って、どこ?」

「ここでござる」

「うわぁ!?」


 すぐ隣から声がしたけど、まったく姿が見えない。

 やっぱり仙術って凄い。


「これって触れるの?」

「幽霊ではないでござるよ。ちゃんと触れるでござる」

「ふーん。えい」


 おっぱいあたりを触ろうとしたけど、あたしの手は何にも触れなかった。


「触れない……やっぱり幽霊だ」

「避けたんでござるよ! なんで胸を触ろうとしてくるんでござるか……」


 たぶん、なんか面白い反応をしてくれると思ったので。

 隣でルビーが、めっちゃ分かるー、って顔してる。

 なんかムカつく。

 とりあえず、周囲の視線と近づいてくる人に警戒しろ、みたいなルビーのアドバイスを大人しく聞きながら、大通りに面してる冒険者の宿『プリンチゥプム・レジェンダ』に到着した。

 プリンチゥプム・レジェンダ。

 伝説の始まり、という意味の旧き言葉らしい。

 ここでも旧き言葉だけど、看板の文字は共通語だ。やっぱり遺跡で使われているような文字は現在には残ってない。


「そういえばルビーって、こういう旧き言葉はいろいろ知ってるんだよね? 文字は知らないの?」

「残念ながら言葉だけですわね。現在使われている文字で旧き言葉が書かれている場合は問題なく読めますが、遺跡などに記されている文字はあまり読めません。どうにも複数の種類があるみたいですよ?」


 良く知りませんが、とルビーは答える。


「昔から生きてるババァなのに」

「口が悪いですわね、パルパル。ババァと呼んでいいのは上にロリが付く時だけですわ。ロリババァ。それ意外のババァはおばあちゃまと呼びなさい」

「はい、ロリおばあちゃま」

「今、少しときめいてしまいました。いいですわね、ロリおばあちゃま。お上品なお嬢様のにおいがします。わたし、大好物ですわ。でぃへへへへへ」


 今までにない気持ち悪い笑い方をするルビー。

 こわっ。


「おふたりとも悪目立ちしてるでござるよ。入るならさっさと入った方がいいでござる」


 シュユちゃんに言われて、あたし達は慌てて『プリンチゥプム・レジェンダ』に入った。

 以前に来た時もそうだったけど、中は物凄い喧噪だ。

 冒険者が溢れるようにいて、テーブル席でどんちゃん騒ぎをしている。今日の稼ぎを自慢したり、新しく見つけたアイテムを相談してたり、地図を広げて話し合ってる人たちもいる。

 それぞれのテーブルにはお酒と山盛りの食べ物。

 いいな、美味しそう!

 それらを見渡していたら、店員さんに声をかけられる。


「いらっしゃいませ! お食事ですか、お泊りですか?」


 バニーガール、だっけ。

 獣耳種のウサギタイプで、おっきい胸がどーんと谷間を見せるような服装だ。網タイツで物凄くセクシー。

 忙しそうに働いているウェイトレスさんは、みんな同じ格好をしているので。

 店主の趣味に違いない。

 えっちだ。

 というか、ほんとにえっちなお店なのかもしれない。

 ちらっと見たら、バニーガールのお姉さんといっしょに二階の宿に向かう冒険者の姿もあった。

 ウェイトレスと娼婦を兼ねているのかもしれない。

 そんな店内を、お~、と見話しているとルビーがバニーさんに声をかけてる。


「ナライア女史はいらっしゃるかしら」

「お貴族さまでしたら、奥にいらっしゃいますよ」


 それで通じるんだから凄い。

 まぁ探さなくていいから楽なんだけど。


「おっ、ディスペクトゥス・ラルヴァのお嬢ちゃん達じゃねーか!」


 そうこうしている間にあたし達のことを知ってる人が声をあげた。

 ひゅ~ぅ、なんて口笛じゃなくて、声で表現したりして、あたし達に声をかけてくる冒険者たち。

 すっかり有名人になっちゃった。

 やんや、と盛り上がるように酒を掲げて、しきりに乾杯をしてくる。


「へい、嬢ちゃん。乾杯してくれよ」

「う、うん。かんぱーい?」

「ダンジョンの女神の加護だ! うひょー!」


 ひゃっはー、と冒険者たちは盛り上がった。

 ダンジョンの女神……って、あたし達のこと?

 いつの間にか神さまになっちゃってた。

 本物の神さまに怒られそう……


「ほら、ダメですわ。おさわり禁止です。わたし達に触れたければディスペクトゥス・ラルヴァの黒仮面、エラントの許可を得てくださいまし」

「なんだい嬢ちゃん。アレの女なのか」

「予約済みでございます」

「じゃぁ仕方ねー」


 ゲラゲラゲラ、と笑う冒険者たち。

 なんか師匠がバカにされてるみたいでやだなー。って思うけど、師匠はロリコンなので笑われても仕方がないと思う。うん。でも、あたしのこと好きって言ってくれるので嬉しい。うん。

 わざと触ろうとしてくる冒険者の手をペチペチと叩きながら先導するルビーに付いていく。

 その後ろを付いていくんだけど、あたしには触ろうとしてこない冒険者。

 どうやらルビーがそう宣言したから、遊んでるみたいだ。あたしには、にっこり笑った笑顔とかエールの入った樽ジョッキを持ち上げて乾杯と声をあげている。

 優しいのか、えっちなのか。

 さっぱり分かんないけど――


「きゃ! もう!」


 ウェイトレスのバニーガールのおねえさんのしっぽはガッツリ掴んだりしてるみたいなので、やっぱりえっちだと思いました。

 しかも、トレイで殴りかかるバニーさんの攻撃をひょいひょいと避けるのだから、冒険者って厄介だ。

 そんな騒がしい店内を見渡しながら奥へ進むと――


「おや」


 店の一番奥、少し周囲から影になるような場所にナライアさんがいた。ちょっとした仕切りのようにカーテンがあるので、個室のようにも見える。

 あたし達の姿を見たナライアさんは顔をほころばせるようにパっと笑った。

 そんなナライアさんの前にはテーブルがあり、ナライアさんの後ろに付いていたメイドさんが席に座っている。

 その手にはカードの束。

 これって――


「ギャンブルの最中でござるな」


 こっそり耳打ちしてくれるシュユちゃん。

 なるほど。

 メイドさんってギャンブラーだったんだ!

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