~卑劣! 帰還報告(ほとんど遊んでたことは秘密)~
各々それぞれの用事を終えて。
学園都市から戻った俺とパルとルビーは、とりあえずセツナたちに報告した。
「暗号は解くのに時間が必要らしい」
「そうか」
「アンブレランスの新型が完成しました」
「へぇ~、えらくシンプルになったもんだねぇ」
「はい、シュユちゃん。エクス・ポーションあげるね」
「ありがとでござ――えぇぇえぇぇ!?」
待て待て待て、と倭国組。
手渡されたエクス・ポーション入りの瓶を見て驚愕している。
「エクス・ポーションって知らない? ハイ・ポーションよりも回復力が高いんだよ。さすがに死んだ人は蘇らないけど」
あくまで回復薬であって蘇生薬ではない。
というパルの説明に対しても、倭国組は違う違う違うと首を横に振った。
「そうではなく、いや、エクス・ポーションというものは、ハイ・ポーションよりも上の存在であるのはどこかで聞いたことがあるが……存在したのか」
神殿で手に入るポーション。
神さまの祝福によって、単なる水がポーションになるので、神殿の運営費はそれで賄われている部分もある。
病人に対してもスタミナ・ポーションやマインド・ポーションが有効なので、冒険者でなくとも、それなりに需要はあった。さすがに日常的に飲むものじゃないので、縁は少ないと思うが。
基本的なポーションの上位に位置するハイ・ポーション。
それ以上に回復する物として、なかば伝説的に語られている部分もあるのがエクス・ポーションの話は、逆にポーションが身近だからこそ誰もが知る伝説ではある。
さすがに各地を旅して七星護剣を探しているセツナたちだ。倭国にそういう話が伝わっていなかったとしても知っている伝説だろう。
もっとも。
エクス・ポーションに関しては、存在するのではないか、という予想でしかなく、どちらかというと探し求める物というよりは、新しい物、と考える方が合っているのかもしれない。
まぁ、なんにせよ――
「効果は保障するが、エクス・ポーションの出どころは秘密にしておいてくれ」
学園都市から戻ってきた俺たちが持っている。
つまり、学園都市で作られた物、と考えるのが妥当ではあるが。それを黙っててくれ、と俺は伝えた。
「何かマズイのか?」
「非常にマズイ」
セツナの言葉に俺は顔をしかめつつ答えた。
作り方に問題がある、という情報すら伏せておいた方がいいだろう。
なにせ、ポーションを煮るのだ。
お鍋で。
ぐつぐつと。
からっからの粉になるまで。
煮るのだ。
神さまへの祈りとその奇跡によって作り出されるというポーション。ちょっと信仰心のイキ過ぎた人によっては、冒険者に売ることすら反対している、とかなんとか聞いたこともある奇跡の水。
それをじっくりコトコト、粉になるまで煮るのだ。
そんなのがバレてみろ。
ミーニャ教授の命が危ない。
ただでさえハーフ・ハーフリングとして、あまり良い人生ではなかったのだ。神さまに対して恨みたっぷりだった彼女だからこそ作り出せた物と考えられる。
むしろ、恨みをこめてじっくりコトコト煮てるのかもしれない。
あとサチとナーさまも危ない気がするなぁ。
対応を間違えれば、ナーさまが邪神認定されかねない。
ので。
「知らない方がいい」
と、倭国組に言っておく。
「効果はどれくらいなんだい?」
なんだか恐ろしい物を見るような感じでナユタがエクス・ポーションを見ながら聞いた。
「えっとね、死亡した者を生き返らせることはできなくて、片腕を失った人とか両足を失った人とか、新しく生えてきたらしいよ。さすがに体をまっぷたつにする実験はできなかったって」
上半身と下半身、そこでまっぷたつに人体を切断した場合。
どちらにもエクス・ポーションを投与したらどうなるんだろうね、と喜々と語っていたハイ・エルフがいたが見ないフリをした。
あれは恐らく魔族に与したダーク・エルフに違いない。
そんな種族、聞いたことも見たこともないけど。
「すごいでござるな」
「でも、ナライアさんに渡したらダメだからね」
冒険譚大好きナライア女史。
片腕片足のお貴族さまにエクス・ポーションを使ってしまった場合。
恐ろしい勢いで噂が話が広がってしまう。
ただでさえ黄金城では有名人なのだ。
申し訳ないが、ナライア女史にはそのままでいてもらいたい。
加えて。
たぶん、ナライア女史は両手両足が元に戻ってしまうとダンジョンに死にに行ってしまう。
そうならないためにも。
あの人は、今のままの方がしあわせな余生を過ごせると思う。
もちろん本人はそれを『しあわせ』と認めないし、欠片も感じないだろうが。
「とりあえず、ありがたく受け取らせてもらう」
絶妙な表情でセツナは飲み込んでくれたようだ。
「それよりも見てくださいまし、ナっちゃんシュっちゃん! 完成したのですよ、わたしのアンブレランス!」
じゃじゃーん、と改めてふたりにアンブレランスを見せつけるルビー。
今まで巨大化させたり二本に分けたり、と試行錯誤していたアンブレランスだが、ついにその完成形に至ったらしい。
大きさはシンプルにおさまり、普通の傘より少し大きい程度だろうか。ギミックを作動させて花が咲くように傘を開いてみると、薄い金属が張り合わされているのが分かる。ちょっとした魚の鱗みたいな感じだろうか。
「ダンジョンで拾ってきた剣を材料に作ってくださったの。持ってみてください、ナっちゃん」
新しいオモチャを自慢したいらしい。
仕方ねぇな、と苦笑しつつナユタがアンブレランスを持つが……その重さに驚愕したようだ。
「なんだこりゃ。見た目と重さがまったく合って無ぇ!」
危うく落としてしまうところだったアンブレランスを慌てて両手で持ち上げた。
はぁ~、と感嘆な声を漏らすナユタ。ルビーに好き放題に呼ばれてることを忘れているほどびっくりしたようだ。
「シュユも持ってみたいでござる」
「はいよ」
「お~。ホントに重たいでござるな」
身体強化の仙術を行使してるシュユは、むしろ軽々と持っているように見えた。これこそ、見た目と重さが合っていないように見えて、俺は苦笑する。
「なんでも『ララ・メタリス』と呼ばれる超稀少金属らしいのです。ドワーフでも初めて見る物だったみたいですわ。それをふんだんに使った剣でしたので、骨組みと傘の部分に加工してもらいました。余った部分をプレゼントするとドワーフたちがひれ伏す勢いで喜んでらっしゃいました。稀少金属を加工する技術を手に入れた、ということでラークスくんも一人前に認められましたし、もう言う事無しですわ!」
ルビーはラークスのことがお気に入りらしいので、彼が一人前になったのも嬉しいようで、めちゃくちゃご機嫌だった。
うん。
嫉妬しない。
俺は、大人なので。
嫉妬しないぞ。
うん。
というわけで、学園都市での結果を報告した。
「そっちはどうだったんだ?」
「のんびりと休日を過ごさせてもらった」
セツナの言葉に少しだけシュユの頬が赤くなったのが分かった。どうやら、デートでも楽しんできたようだ。
うんうん、それは良い。なによりだ。ちょっと照れてるシュユちゃんがカワイイ。最高だ。
「あたいは新人共の相手をしていたよ。それぐらいかねぇ」
各々、好きに過ごせたらしく、問題は何も無かったようだ。
「では早速ダンジョンに参りましょう。わたしのアンブレランスが血に飢えていますわー!」
なんか怖いこと言ってる吸血鬼さまがいる。
「しかし、暗号が解けてないままでは意味がないのでは?」
「何をおっしゃいます、セったん」
「セったん……」
「ルビーちゃん人形は9階層の最初の部屋に置いたままです。あれを設置しなおさないと、毎回毎回あの階段を下りることになりますわ」
「そういえば、そうだったか。確かにそれは面倒だな」
転移ポイントにしているルビーの影人形は確かに階段の上だ。
あの階段を何度も降りることを考えると、げんなりしてしまう。
暗号が解けるまでの間に、影人形の位置を変えておいた方が良いだろう。
「おまえさん、ここから動かせないのかい?」
「動かせますが、ルビーちゃん人形として作り出したのであまり器用に動かせませんわ。コウモリにしておけば良かったのですが……」
今さら遅いです、とルビーは開き直った。
まぁ、俺たちもいきなり地下1階に転移させられると思ってなかったので仕方がない。
「分かった。ではエラント殿の転移の腕輪が使え次第、9階層へ向かおう」
というわけで、もうしばらくは休憩となり。
のんびりと過ごしたあと、夕方ぐらいに黄金城へと向かう。
「夕飯ですか、いってらっしゃいませ」
看板娘のマイにそう見送られ、訂正することもなく俺たちは黄金城へと移動した。
「う~む」
すっかりと容姿と名前と功績と実力が知れ渡ってしまっており、いろいろな視線が俺たちに向かってくる。
憧れや羨望の類ならいいのだが、悪意と嫉妬も混じっているので、なんとも言えない。
目立つのは勇者の仕事だったからなぁ。
冒険者たちに道を開けてもらいながら、俺たちは黄金城へ入る。
まぁ、当然のように後ろからゾロゾロと付いてくるのを引き剥がすように地上一階をグルグルまわってから地下1階へ移動し、そこから影人形の位置まで転移した。
無事に転移が終わると、またしても長い長い階段を下りていく。
幸いなことに今回はハーピーが出現することなく無事に底まで下りることができた。ダンジョンAで固定されているから、なのかもしれない。
「ちぇ~」
アンブレランスの出番が無かったので、ルビーはブンブンと手持ちぶさたのようにアンブレランスが高速で振り回している。
怖い。
あれ、当たるとたぶん一撃で死ぬ。
怖い。
「ほれ、ぶぅたれてないで新しい人形を設置してくれ」
「はーい」
ルビーがパチンと指を鳴らして出てきたのは、なぜかナユタの影人形だった。
「なんであたいなんだ!?」
「師匠さんが間違えないようにです」
「パルでいいだろう!」
「いえいえ、わたしとパルでは身長が似通っていますからね。ここは明確に違うナユタを印象付けておいた方が無難ですわ」
「いや、だが、うーぅ~!」
ナユタが拳を握りしめて抗議しようとするが……それ以上は言葉が出てこないようだ。
「安心してください。えっちなことはさせませんので」
「当たり前だ!」
あ~あ~あ~あ~、と声を漏らしながらナユタは自分の影人形を見ている。
そっくりなだけになんか恥ずかしいらしく、いろいろと隠したいようだ。
「おまえら、絶対に触るなよ」
「触りませんってば」
うん。
大丈夫だ、安心したまえ。
俺もセツナも触ろうとは思わないので。
興味ないです。
「ねぇねぇ、ルビー、ルビー」
パルがこっそりとルビーを呼んだ。
「あたしの部屋のベッドの中に、師匠の人形作れる?」
「高いですわよ」
「払う」
払うな!
「ついでに師匠さんのベッドにはパルとわたしの人形を置きましょうか」
「うん。払うよ」
払うな!
って、なんでパルが払うんだ?
「俺が払おう」
「毎度あり、でございますわ」
もっとも。
「「「冗談だけどね」」」
と、俺たちは声をそろえて倭国組に宣言した。
セツナ達に変な目で見られたのは、言うまでもない。
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