~卑劣! おおっと、転移先は壁の中~
地下10階とも言える大穴の底。
その先に続く豪奢な扉を開けた瞬間、俺たちは目を開けていられないほどまぶしい光にさらされた。
そして――
気が付けば、まったく別の場所にいた。
「転移させらたのか」
セツナが驚くようにつぶやく。
無理もない。
転移なんてものは本来、そう易々とできるものではない。エルフの秘匿する魔法と、特殊な技術によって巻物を作り上げることで、ようやく使えているものだ。
俺の持っている転移の腕輪は、それを応用したもの。
言わば、古代遺産であるアーティファクトではなく、人間種の最先端技術と言えるものだ。
そう思っていたのだが……
どうやら、過去にも転移技術はあったようだ。
継承されなかったもの。途絶えてしまった技術はそれこそアーティファクトとも言える。
「う~む」
転移の腕輪が暴走したとも考えられず、やはりあの光を浴びることによって転移させられた、と考えて間違いないだろう。
それより問題は――
「ここ、どこでござろうか」
シュユが慌てて地図を広げる。
周囲の気温とダンジョンの壁の様子から上層だとは分かるが……現在地がまったく分からない。
フロアの中を見まわしたところ、一般的な部屋だと言えるが、それ以上に得られる情報は無かった。
踏破済みの場所なのか。
はたまた、未踏破の特別な場所なのか。
「普通に考えたら追い返されたということなんだろうけど」
俺はつぶやく。
だろうねぇ、とナユタが同意した。
「つまり、罠に落ちた、ということなんでしょうか?」
あまり困った様子ではないルビーがつぶやく。
どこか楽しそうな様子に苦笑した。
「恐らく、あの扉や壁、板に刻まれていた暗号を解かない限り進めないんだと思う」
「わたしのマナーがダメだった、という可能性はないでしょうか」
ルビーの意見に俺は、むっ、と考えた。
「その線もあるか」
セツナは、有り得るな、と顎に指を添える。
「正式なマナーではなかったかもしれません。他にも試してみる価値はありますわね」
分かった、と俺とセツナはうなづく。
ノックをする回数が鍵となっているかもしれないな。
明らかに取り付けられたドアノッカーだ。無意味とは思えない。
もっとも。
だからこその罠の可能性もあるが。
「それより、ここがどこなのか確かめる方が先決じゃないかい」
ナユタは呆れたようにつぶやいた。
パルとシュユが一生懸命に地図とにらめっこしているが、この部屋の様子だけで判断できるものではないだろう。
いくら記憶力に優れたパルでも、同じような部屋ばかりがつづくダンジョンの小部屋をひとつひとつ覚えているわけではない。
なにより、まったく特徴の無い部屋なのだ。
仕方あるまい。
いざとなったら転移の腕輪で帰れる、という安心感はあるものの。
「現在地を確かめるのは大事か」
転移させられた場所、というのも意味があるかもしれない。
まぁ、しかし。
上層に飛ばされた、ということは元々帰る手段として使われていた物かもしれない。と、思った。
どう考えても往来が果てしなく辛すぎる宝物庫だ。
黄金の壺を厳重に保管しておきたいのは理解できるが、それにしては地下の奥深く過ぎる。あの大穴の階段なんて、油断したら落下して死んでしまうような造りをしている。
行きは良いものの、帰りのことを思うと、管理するのが面倒なことこの上ない。
つまり、あの光は帰り道を楽にする物、とも考えられた。
そう仮定するならば、あのフロアが最下層であり……あの扉の向こう側が宝物庫である可能性は高い。
「ふむ」
ゴールが近いな。
「どうしたんですか、師匠」
「ちょっとした推理だ。恐らくここは地下1階なんじゃないか」
「ほへ~。どうして?」
俺はパルに先ほどの考えを述べる。
ただし、宝物庫が近いのではないか、という考えは黙っておいた。
もしも推理が間違っていて、宝物庫はまだまだ先、となった場合に精神的なダメージがある。
無駄な期待は止めておいた方が良い。
「なるほど~」
パルが納得したので、とりあえず部屋にある扉を罠感知と気配察知しておく。安全を確かめた上で扉を開けてみた。
「ふむ……?」
扉の先はフロアになっており、左と正面の壁に扉がある。真四角の石を削りだした綺麗な床は、やはり上層で間違いなさそうだ。
しかし、これだけの情報では現在地はさっぱり分からなかった。
ひとまず全員で移動してから、地図で該当しそうな部分を探す。
こう、ちょっと長方形くらいの部屋で扉が正面同士と片側にあって、それでいて1階だからそこまで部屋数が多くないので、簡単に見つかるはず……
「んあ」
と、思ってたらナユタがマヌケな声をあげた。
「どうしました、ナっちゃん」
「ナっちゃん言うな。現在地が分かったぞ」
「あら、素晴らしい……って、本当ですわね」
ナユタが親指で、先ほど潜った扉を示――いや、扉が無かった。先ほど開けて入ってきたはずの扉が綺麗に消えてしまっている。
ということは――
「地下1階の隠し部屋かぁ~」
俺たちは地図の左上にあった隠し部屋の位置を確認する。
何の目的で作られたのか良く分からなかった隠し部屋だが……なるほど、帰り道というわけか。
恐らく、転移の際に誰かと重ならないように、という目的でもあるだろうし、一部の物しか宝物庫に行くことはできなかったとしたら、その帰りの速さを疑われないように、とか?
なんにせよ、尚更帰りのためにあの転移光が用意された物だと分かる。
同時に侵入者を追い返せる光ならば、一石二鳥というわけだ。
「場所さえ分かれば、あとは簡単だな」
というわけで俺たちはそのまま地上を目指して移動した。
まぁ、途中で遭遇するモンスターはきっちり倒しておく。弱いモンスターだからといって油断してはいけない。
ゴブリンの持つ切れ味の悪い錆びだらけのナイフで切られたとしても、人は死ぬのだから。
「ふえ~、帰ってきたぁ」
地下7階から続く、それなりの強行攻略だったので。
パルが外の光に安堵するのは分かる。
というか、まともに城の門から帰還するのは久しぶりだな。
「よう、ディスペクトゥス。ご無事でなにより」
「また何か拾ってきたのか?」
「今度酒をおごってくれよ。同じ冒険者の仲だろ?」
すれ違う冒険者たちに声をかけられつつ、俺たちは宿へと戻った。
「おかえりなさいませ」
宿の看板娘、マイちゃんが元気に挨拶してくれる。
時間的にはお昼を過ぎた頃だったらしく、一番活気のある時間帯だ。宿では逆に人の姿が少ない。
「皆さんが無事に帰ってこられて一安心です」
嬉しそうに言ってくれるので、こっちも嬉しい。と、デレデレしそうになってしまう。
さすが看板娘だ。
リンリー嬢だとこういう感情にならないのは、やはり巨乳のせいだと思う。
砂漠の女王に開発を依頼したブラが完成したそうなので、早く受け取りに行きたいものだ。
宿代の支払いをするセツナを置いて、俺たちは部屋へ戻る。
部屋に入った瞬間、ルビーを除いた全員が、ふへぇ~、と言って床に寝転がったのは言うまでもない。
「師匠~、疲れたぁ~」
「俺も疲れた」
「シュユも疲れたでござる」
「あたいもあたいも」
倭国風の作りになっているので、床はそれなりに柔らかい素材だ。ベッドではなく床に寝ころべるというのも悪くないなぁ。
「なんですかなんですか、情けないですわ。名声とどろくディスペクトゥス・ラルヴァともあろう面々が、床にだらしなく寝ころぶなんて」
ルビーが腰に手を当てて注意してくる。
孤児院の先生を彷彿とさせる注意だ。
しかし、寝ころびながら美少女を見上げるという行為は、なかなか良い。見えないと分かっていても良いものは、良い。
「まったく。ではわたしは換金に行ってきますからね」
あぁ~、良い眺めが消えてしまった。
残念。
「し~しょ~」
そのかわりパルが甘えてきた。
寝ころんだ俺の上に乗ってくる。
ふたりして、でろ~ん、と寝っ転がる。そろそろ秋も終わりが近づいており、冬の気配がちらちらと感じられる頃合いだ。パルの体温が心地良い。
しあわせ。
好き。
「支払いは済ませておいた……っと、エラント殿、パル殿……」
「なんだ、セツナ殿」
「いや……なんでもない」
「シュユちゃんもセツナさんの上に乗れば~?」
「無理でござる!」
真っ赤になって否定するシュユちゃん。
かわいい。
そんな俺たちを見て、カカカと笑うナユタだった。
というわけで、その日は休息となり、しっかりと休んでおく。召喚士との戦闘もあったし、落下の危険性のある足場を下りていったこともあり、精神的な疲労はかなりのもの。
しっかりと体力と精神力を回復させたので迷宮攻略再開――とはいかない。
「じゃぁ俺たちは学園長に伝えてくる」
「頼んだ」
こちらから学園長に連絡する手段はなく、メッセージの巻物も高価な物なので、転移で学園都市に行くのが一番の安上がりとなる。
問題は、転移の腕輪がチャージされるまで帰れないのと、ひたすらに学園長の話が長いこと。
「あたしサチに会ってくるねぇ~」
「では、わたしはラークスくんとイチャイチャしてきます」
「じゃぁ、俺は――」
「君は私の話し相手だろう、盗賊クン」
にっちゃぁ、と笑うハイ・エルフって怖いんですね、知りませんでした。
というわけで学園長に追加の暗号を伝え、こと細かに状況を伝える。詳細は省くが、ひたすら自分の知識を披露しつつ、暗号の歴史とその解き方を説明しつつ、暗号に挑戦する学園長の隣で、俺はひたらすに話を聞かされた。
無駄話に見えて、きっちり暗号に向き合っているのだから文句は言えまい。
こういう並行思考は女性が得意なので、見習いたい部分でもある。
しかし、ある程度の暗号ならば盗賊ギルドでも使ったりするので覚えがあるのだが、遺跡レベルになると俺ではまったく歯が立たない。
ので。
いまいち聞いていても楽しくない学園長の独り言だった。
はぁ。
せめて興味のある話で盛り上がりたいものだ。
「ほう。では君の興味のある話はなんだい?」
「幼女と勇者くらいじゃないか」
「あっははははははははは!」
爆笑された。
そこまで面白い話はしてないんだけど、爆笑された。ちなみに爆笑とは、大勢が笑う意味だから正確には間違いだぞ、と指摘しながら学園長は爆笑した。
「だが、言葉は変化するものだ。死んでしまって使われなくなる死語となるより、意味が変化しても使われている方が言葉にとっては良いのかもしれないが。しかし、それはある意味で尊厳を破壊する行為でもある。言葉の凌辱と捉えれば興奮するよね!」
しないです。
そんなことより暗号を解いてください。
「いや、努力しているんだが……どうにも糸口が見つからない。ちょっと時間をもらってもいいかな」
「学園長でも解けないのか」
「私は知識を持っているだけで天才ではないよ。もしも私が天才なら、マグはとっくに開発していたし、魔王などとっくに倒しているさ」
それもそうだ。
とっくの昔に勇者と選ばれていてもおかしくはない。
もっとも。
勇者に任命されるのはニンゲンばかりなので。
ハイ・エルフは勇者になれないのかもしれないが。
「暗号を研究する教室に持ち込んでもいいかな? 情報の流出がないことを保障するよ」
「あぁ、それでいいので頼む」
「うむ。では、報酬の前払いをもらおうか」
なぜか学園長は、ん~~~、とくちびるをとがらせた。
目を閉じて、キス待ちだった。
「……」
俺は拳を握った状態にしたあと、人差し指と中指を少しだけ緩めるようにして、第一関節と第二関節の間を学園長のくちびるに少しだけ押し当てた。
「んあ!? ま、ままままま、ほ、本当にしちゃったのかい、盗賊クン!?」
くちびるを押さえながら後ずさりするように逃げる学園長。
バカめ!
俺が絶対にキスしないという思い上がりが、そんな簡単に騙されてしまう環境を作り上げるのだ。
盗賊なめんな、キスすんな。
「さて、どうなんだろうな」
と、俺は先ほどの拳の形を作る。
「あぁ! 騙したなキミぃ!」
そんなふうにジャレあって転移の腕輪が完成するのを待ちましたとさ。
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