~卑劣! 迷宮最終層~
ハーピーを無事に――いや、一部の尊い犠牲を払いつつも撃退した俺たちは。
再び階段状になっている黒い板の上を降り始める。
相変わらず穴の底はまだ見えない。
いったいどこまで降りれば底が見えてくるのやら。
「おーい、ルビー!」
パルが叫ぶようにして呼びかけてみるが、返事はなかった。
地上に激突した音はそれなりの早さで聞こえてきたので、そこまで穴の底と距離があるとは思えないのだが……
「死んだ?」
「この程度で死ぬのであれば、魔王も簡単に倒せそうだな」
魔王の背後から忍び寄り、転移の腕輪を使用して、この穴まで来たらいい。
あとは何とか魔王から離れて、再び転移すれば勝利したも同然だ。
まぁ、新型の転移の腕輪での連続転移が必要だし、そもそも魔王の後ろに忍び寄れている時点でバックスタブを狙った方がよっぽど有益だとは思うが。
そんな魔王攻略を考えつつも進んで行くと、足場となっている黒い板に文字が刻まれている物があった。
「追加の暗号か」
学園長に再び報告しないといけないようだ。
パルとシュユにメモしてもらって、再び階段を下りていく。
それから一度休憩を挟んで下りていくと、ようやく底が見えてきた。それほど深くなかったはずなのに見えてきたのは突然だ。やはり魔力的な作用があったように思える。
「あ、ルビーだ」
おーい、とパルが声をかけると、ルビーは慌てて床に倒れた。
心配して欲しいのだろうなぁ。
丸見えになってたけど。
なんて呆れつつも、底が見えれば後は早い。トントントンと軽く走るようなペースで階段を下りていき、ようやく穴の底――広い円形のフロアへ辿り着くことができた。
「ふぅ~」
なかなかの緊張感だったな、と息を吐きつつ、フロアを確認する。
大きな丸い穴、そのままの大きさでかなりの広さがある。
床は相変わらず真っ黒な素材で、振れるとヒヤリとした冷たさがあった。タイルらしき切れ目や目地は確認できず、一体化したようなツルツルの床だ。
ランタンやたいまつの明かりは反射されず、吸収されてしまっているような感じ。それもあって、どうにもみんなが宙に浮いているように見えてしまう。
紫に光るラインは階段の手すりのように壁にだけあるらしく、フロアの底は照らしてくれていない。
かろうじてフロアの中央あたりにルビーが倒れているのが見えるが。
もともと黒い髪に黒い服なので、この場所と相性が最悪である。
ほとんど見えん。
まぁ、それでもハーピーを一匹倒してくれたので、大切な仲間を助けないといけない。もしくは労わないといけない。
そう思って近づいてみたら――
「なんちゅうマヌケな格好で落ちてるんだ、おまえさん」
呆れた感じでナユタが言う。
ルビーはうつぶせで、左右の手のひらを合わせて頭の上に、足の裏同士もあわせたガニ股で倒れていた。
「ぶふっ」
シュユちゃんが耐えきれずに笑ってしまった。
その笑い声が聞こえた瞬間、ルビーの両手が拳をグッと握る。
手応えを感じてるんじゃねーよ、まったく。
「面白かったですか、面白かったですか?」
ガバっと顔をあげてルビーは嬉しそうに楽しそうに笑顔を浮かべた。
このためだけに、ずっとここで待ってたのかと思うと、なんというか、こう……
「ルビーってヒマなの?」
それ。
パルが的確に言葉にしてくれた。
「いいえ、ヒマではございませんわ。ただ、退屈に殺されるのが嫌なだけなのです。全力で今を楽しむのが吸血鬼の生き方です」
ヒマつぶしを全力でやる……ということだろうか。
もしくは、他人を楽しませるために全力を出す、ということか。
長命種ではないと理解できないことなのかもしれないが……恐らく、普通のエルフに聞いても理解はしてもらえまい。
たぶん学園長とかじゃないと分からないと思う。
なんとなくそう思った。
ゲラゲラエルフこと、ルクス・ヴィリディはどうなんだろうか?
意外と、ルビーと話が合いそうな気がするのだが。
まぁ、黄金城の攻略が終われば、しばらくはジックス街でのんびりしたいし。その時にふたりが仲良しになれば、退屈もまぎれるだろう。
「とりあえず底フロアの探索はしておきましたわ。罠があるかどうかはわたしにはチェックできませんので、そこは大前提としておいてくださいな」
まぁ、偶然に床に設置された罠を踏んでいない、という可能性は充分にある。
これだけ広い空間だ。
どこを通るのか、製作者でさえ想定できないはず。むしろ罠を設置するのなら壁際にするのが一番なんじゃないかな。
「発見できたのは、階段を降りてきた場所からまっすぐ対面の方角にある通路ひとつのみです。他には何もありませんでした」
「ふむ、助かる」
セツナのお礼に、いえいえ、と答えたルビーは俺をじ~っと見てきた。
はいはい、分かってます。
「えらいえらい」
と、俺はルビーの頭をグシグシと撫でてやった。
「ふふ、ありがとうございます。これであと5千年は戦えますね」
安い女だなぁ。
「どうするセツナ。通路へ向かうか、それとも探索するか。ルビーを疑うわけじゃないけど、隠し通路があるかもしれない」
ルビーの頭をナデナデしつつセツナに提案してみる。
「ふ、あっ……ふあ……んっ、う、あ、あ、あっ……ん、んぅ~」
「変な声を出すんじゃない」
ペシン、と叩いておいた。
「あん。本当に気持ちよかっただけですのにぃ~」
それはそれでどうなんだ?
おまえの髪の毛は性感帯なのかよ……というツッコミを入れたかったが――
「じ~」
「なんだ、パル。どうした、パル。何が言いたい、パル」
「あたしも触ってください」
「いつも撫でてるだろうが」
と言いつつ、頭を撫でてやる。
「……う~ん?」
「気持ちいいでしょ、パル」
「うん。気持ちいいのは気持ちいいけど、えっちな気持ち良さじゃない」
「ふふん。まだまだ青いですわ。この気持ち良さがそちらに繋がらないとは、まだまだお子ちゃまですわね」
「処女が偉そうになに言ってんの?」
「あなたもそうでしょうが!」
というわけで、いつものケンカが始まった。お互いがお互いの口の中に指を突っ込んでる。
常々思ってるんだけど、そのケンカ方法は何なんだろうな?
黙れ、っていう意味なの?
童貞には良く分かりません。
「ご主人さま!」
「あとでな」
「できれば今すぐ!」
「あとだ、あと。もしくは那由多にやってもらいなさい」
「姐さん!」
「あたいでもいいの!?」
びっくりしながらもシュユちゃんをなでなでするナユタん。
ふたりともカワイイと思います。
「では、ルビー殿。通路へ案内してくれ」
「はい。こちらですわ」
一通り悪ふざけが終わったあと、ルビーに案内されてフロアを歩いて行く。一応は罠に注意はしてみるものの、やはり真っ黒な床では違和感も何もあったものじゃない。
そのまま歩いて行くと、やがて壁の一部が四角く開いている部分が見えてきた。
確かに通路になっており、その壁には奥へ続くように紫のラインがある。
そこそこ長いようで、ここから奥に何があるのかは見えなかった。
「罠感知を頼む」
セツナに言われ、俺とパルとシュユが先頭に立つようにして通路へと入る。
天井の高さはそれほどではないが、頭を打つようなものではないが……剣などの武器を振り上げるには心許ない高さだ。
また、横幅はそこそこあるが、それでも俺と美少女のふたりが並んで歩くのでギリギリ程度。
仮にこの通路で戦闘になったとすれば、一度退却した方が無難な狭さ、と言えるだろう。
幸いなことに罠もなく、モンスターがいる様子もない。
そのまま通路を歩いて行くと、またしても壁に刻まれた文字があった。紫の光におぼろげに照らされており、古代文字らしき物が彫られるように壁に書かれている。
「やはり暗号なのだろうか」
「これも報告だな」
4つ目の文字列となる。
どんな意味なのか、想像することも推測することもできない。
ただでさえ古代の文字は読めないというのに、それが暗号となっているのなら尚更だ。
もしかすると、暗号の解読に全ての文字列が必要なのかもしれないな。学園長が解けなかった理由が、そうなのかもしれない。
一通りの探索が終わったら、一度学園都市に転移して伝えた方が良さそうだ。
「できました」
「書けたでござる」
慣れない文字なので、しっかりと確認作業をしてから再び通路を進むと――
「お~」
通路の最奥に今まで見たことがないような扉があった。
これまでは階層の雰囲気に合わせたような扉であり、取っ手と思われるような部分はなくデザインもシンプルな物。
だが、目の前にある扉は、赤を貴重として白や青、緑といった様々な色が使われた豪奢な雰囲気で、紋章のような物が金の装飾で施されている。
そんな扉にはノック用の環っか――いわゆるドアノッカーも付いており、今までとは明らかに違う物だった。
「ノックが必要なのでしょうか」
扉の罠感知をしていると、ルビーがそんな疑問をあげる。
「こちらの作法には詳しくないのだが……これは貴族や王族用の扉に思える。どうするのがマナーなのだ?」
セツナの質問にルビーは答えた。
「いろいろと言われていますが、あの輪っかを4度打ち付けるのが一般的なマナーと愚劣のトルティーチァに教わりました。そしてこちらから開けるのではなく、相手方の執事やメイドが出迎えてくれるのを待つ。というのを覚えていますが……魔物種のマナーですので、こちらでも通用するのかどうか分かりませんわ」
ルビーは肩をすくめる。
魔物種のマナーが黄金城の地下迷宮で通用するのかどうか。
そもそもこの宝物庫が作られたのは、遥か過去の話だ。
現在のマナーですら通じない可能性はある。
とりあえず、ドアノッカーが付いているのだから、使う事が前程だろうな、とは思った。
「罠は無い……と、思う。すまんがルビー、頼まれてくれ」
「分かりました。わたしのお嬢様パワーを見せつける時が来ましたわね!」
なぜか嬉しそうなルビー。
パチンと指を弾いて影の中に沈むと、真っ黒なドレスを着て出てきた。
「そこまでする必要あるの?」
「あら。王様にお呼ばれしたんですもの。正装の必要がありますわ」
たとえお呼ばれしたとしても、地下迷宮の奥深くに招待されてる時点でドレスでは来れるはずがない、というツッコミはやめておいた。
ルビーが楽しそうなので、お任せしておこう。
「こほん。では、トントントントン、と」
ルビーはドアノッカーを4度、打ち付けるようにしてノックした。
「……」
もちろん何も起こらない。
魔物種のマナーでは、向こう側から誰かが開けてくれるのを待つらしいのだが、ここでは永遠に開きそうになかった。
やはり、自分たちで扉を開けるしかない。
「開けますわよ」
「気をつけろ」
「もちろんですわ。では……失礼します。サピエンチェ領から参りました知恵のサピエンチェことルゥブルム・イノセンティアです。おじゃましまーす!」
なんで最後は遊びに来た子どもみたいになっちゃうのですか、ルビーさん。
とか思っている間にルビーは遠慮なく扉を開けた。
その瞬間――
「ひにゃ!」
なんか変な悲鳴をルビーがあげたかと思うと、強烈な光が俺たちを照らす。
とてもじゃないが、目を開けていられず顔をそむけるようにして目を閉じた。それでもなお、まぶたの裏が真っ白に塗りつぶされるほどの光を浴びせられる。
太陽神でも降臨したのかと思ってしまうほどの光だった。
「わぁ、な、なんにも見えない!」
「まぶしいでござる!」
「全員、警戒!」
セツナがそう命じるが、とてもじゃないが目を開けていられてないし、目を閉じている状態でさえ、まっすぐ前を向くこともできない。
それでも、とにかく防御態勢を取っておく。
「……」
ようやく光が収まったのか、目を閉じていた裏側が白から黒に変わった。目が潰れてしまうのではないかとも思ったが、そこまでではなかったようで安堵する。
息を吐きつつ、まだ目が慣れていない状態で一歩だけ足を動かすと――
「ん?」
じゃり、という砂の感覚がブーツ裏から伝わってきた。
今までツルツルの黒い床の上にいたはずなのに、何か違和感があった。
空気のにおいも違う。
マグで補助されていてあまり違いが分からないが、空気の温度も違う気がした。
ようやく目が元通りに見えるようになる。
ゆっくりと目を開けて……俺は唖然とした。
「ここは――どこだ?」
俺たちがいたのは、地下9階の大穴のはず。
なのに。
「地下の上層だよな……」
見覚えのある石で作られた迷宮の作り。
どうやら俺たちは。
下層から上層へ、転移させられたようだった。
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