~卑劣! 実はパイルドライバーをくらわせていた~

 奈落の底へ向かうような巨大な穴。

 そこを壁伝いに螺旋状に下りていく。階段のようになっている板を慎重に確かめながら、ゆっくりゆっくり下りていった。

 恐ろしいことに、まだ底が見えない。

 それは単純にまだまだ深く続いているのか、それともこの真っ黒な壁だからなのか、はたまた迷宮的な魔力の作用でもあるのか……

 体感的には、少なくとも10階程度の階段を降りた気もするが――


「穴の円周がかなり大きい。階段とも言える板の段数と降りた距離には、乖離があると思った方がいいだろう」


 板と板との間には距離があり、そこを気をつけるあまり板と板との間にある高さに気がまわらない。

 気が付けば、いつの間にやら段差は無く、ほぼ横這いになっていたりする区画もあった。

 錯覚だ。

 下り続けている、という錯覚におちいっている。


「感覚を狂わされているのだろう。ただでさえ真っ黒な壁で遠近感が取れない。頼りはこの紫の光だけだ」


 セツナが言う。

 その紫の光も、初めは肩ぐらいの高さだったが、気付けば腰のあたりまで下がっていた。

 一定の高さではなく、変化していたらしい。

 これもまた、階段の隙間に気を取られて確認をおろそかにした結果だ。

 初見殺しにも程がある。


「気付かない内に罠にハマっていたようだな」

「どうするんですか、師匠?」


 心配そうにパルが聞いてきたので、はっはっは、と気楽に笑ってみせる。


「なに。この類の罠は相手を不安にさせるためのものだ。底に到着しないと焦った者の足元をすくうための物。落ち着いて進めば問題なし」

「なるほど~」


 パルは納得してくれた。

 ちなみに、その後ろで聞いているルビーはそろそろ飽きてきた感じなので……恐ろしいほどに罠の効果が出ている。

 やばい、早くなんとかしないと吸血鬼が飛び降りかねない!

 なんて思っていると――


「警戒」


 俺はそう言葉を発して、その場に屈んだ。


「ひう」


 後ろで、危うくそのまま一歩を踏み出しそうになったのか、バランスを崩したパルがルビーに服を掴まれて助けられている。

 なんだかんだ言って油断していたのはルビーではなく、パルだったようだ。


「助かる、ルビー」

「師匠さんがお礼を言う場面ではありませんわよ」

「ありがとうございます、ルビーさま」

「へりくだり過ぎですわ、パル」

「ふん。助けてと言った覚えはないけどね」

「両極端ですわね、おパル。嫌いじゃないですわ、もっと面白おかしく楽しいダンジョン探索にしてくださいまし」


 苦笑しつつも、安堵する。

 とりあえず落下な危険性は脱したようだ。


「何があったエラント」


 後方から聞いてくるセツナに答える。


「何かいる」


 指差した方角は、それなりに進んだ先。紫のラインが途中で途切れている場所があった。

 そのラインの光は微妙に揺れている。

 つまり、その遮蔽物は『動く存在』ということだ。それが何か、と予想するのであれば、十中八九はモンスターだろう。

 相手がこちらに気付いているかどうか分からないが、なんにせよこの大穴にいるモンスターだ。

 その特性を考えれば――


「飛ぶよな、そりゃ」


 バサリ、と翼が空気を打つ音が聞こえた。

 どうやら気付かれたらしい。

 これだけ騒がしくしていれば当然か。

 前方にいたモンスターが空を飛びながらこちらに近づいてくる。

 飛行するタイプのモンスターであり、こちらは落下すればそのまま死とも言える状況。

 とてもじゃないが、まともに戦えるわけがない。

 だがそれ以上に――


「やばい!」

「意識を保て!」


 モンスターの正体を看破して、俺とセツナは声をあげた。

 それは、女性と鳥を合体させたようなモンスター。

 ハーピーだ。

 顔と胴体は女性で、それ意外は怪鳥といったモンスターであり、集団で行動する。

 体重は軽く、上空から鋭い足の爪で攻撃してくるのだが……問題は、それよりも厄介な特殊攻撃方法を持っている。

 いや、攻撃というよりも補助的な魔法にも似たもの。


「ら~あ~、ら~あ~あ~ら~ららら~」


 歌だ。

 その凶悪な相貌の女性顔には似ても似つかないような綺麗な歌声。下手な吟遊詩人など足元にも及ばないような美しいメロディを彼女たちは歌い上げる。

 その効果は絶大であり、意識の弱い者は一撃で眠る。

 眠ってしまう。

 どれだけ戦闘中の高揚があろうとも、マジで眠ってしまう。

 ハーピーと初めて戦った時。

 俺は眠った。

 勇者も眠った。

 なにせ、まだまだ女性という存在を知らなかった頃に出会ったものだから、おっぱい丸出しのハーピーの姿にちょっとドキドキしてしまう、という致命的な隙があったものですので。

 えぇ。

 見ちゃっていいの? みたいなことを思っている間に綺麗な歌声でまんまと寝てしまったのだ。


「これだから童貞は!」


 戦士に思いっきり蹴っ飛ばされた慌てて起きた時には目の前に爪。避け切れるはずもなく、かなりの大ダメージを負ったことは忘れない。

 いや、むしろ忘れたい。

 俺たち男の子の触れちゃいけない部分をガッチリ刺激して付け込んでくる最低最悪のモンスターがハーピーだ。

 しかし、大人になった今なら大丈夫!

 ハン!

 むしろ大きくなった胸になんか、まったく興味ないね!

 幼女ハーピーを連れて出直してこいってんだ。

 ……かわいいだろうな。


「来るぞ!」


 ハッ。

 危ない危ない。幼女ハーピーがどれくらい可愛いのか想像している間に大人ハーピーが襲いかかってきた。


「おのれ、卑劣な!」


 意識をそらせる、というとんでもない罠に落ちるところだったが、もう大丈夫。

 戦闘に集中だ。


「パル、『抵抗』しろよ」

「分かってます!」


 ハーピーは、やはり一匹ではなく、後ろにも何匹か飛んでいる。3……いや、4匹か。合計で5匹のハーピーは、役割分担があるように前衛と後衛に分かれていた。

 後衛の行動はやはり『歌』だ。

 目を閉じるようにして、口を大きくあける。

 顔や胴体だけ見ていれば、それこそ人間種そのもの。まるで楽器も合わせて聞こえるような歌声が、大穴の中に響いた。

 巨大な空洞とも言える穴の中にぐわんぐわんと反響するハーピーの歌声。

 まるで効果が増幅されているようにも思えた。

 偶然なのか、それとも環境に合致しているからこそ、なのか。

 まるでこの場所に迷宮がわざとハーピーを設置しているようにも思えた。


「くっ!」


 デバフのように、まぶたが重くなる。ほっぺたの裏側を少しだけ噛むようにして、意識を保つ。なんなら舌を噛むくらいの覚悟は必要だ。


「……あれ?」


 俺が必死に抵抗していると、隣からパルの気の抜けた声がした。

 眠りに落ち、寝言でも言い始めたのかと慌てて確認したら――普通に立ってた。


「どうした?」

「いえ、物凄い覚悟をしてたんですけど……この程度ですか?」


 パルにとっては平気なようだ。

 なんか理由があるのか?

 お子様とか女の子には効果が薄いとか?


「……効いてないなら問題ない。戦闘だ」

「はい!」


 俺にとっては、それなりに厳しい『歌』なのだが、やはりパルには平気みたいだ。通常通りの反応をしている。

 うーむ?

 俺がことさらに歌に弱いだけ?

 と、パルを見たら……その奥にいるルビーの頭がカックンと揺れた。


「おい、ルビー!」

「寝てません! ちょっと考え事をしてただけです!」


 どっちにしろ戦闘中にはアウトだよ。

 いや、俺も他人のことをどうこう言う資格は幼女ハーピーのせいでまったく無いので、何も言わないけど。

 と、思っている間にハーピーが空中から襲いかかってくる。足場が一枚の板しかない場面でのこの戦闘。

 普通に考えて、不利。

 ジャンプすることも避けることも、ほぼ不可能な状況だ。

 防御しかできない。


「パル、羽を狙え。とにかく、落とすんだ」

「分かりまし――あ」


 何か思いついたらしい。

 パルは人差し指と中指を立てるようにしてハーピーへ向けた。


「アクティヴァーテ!」


 そうか、パルの装備しているのは加重のマグ『ポンデ・ラーティ』だ。すっかり忘れがちになっているけど、パルは普段から自分の体重が重くなっているデバフ状態。

 それを対象に効果を移すわけだが。

 ハーピーは空を飛ぶために、体が見た目以上に軽い。そんなハーピーの体重が増えたとなったら、そりゃもう落ちるしかないよな。

 加重状態にされたハーピーは、抗うことなくそのまま落ちていく。


「やるじゃないか、パル」

「えへへ~」


 落ちていくハーピーを見送る。わずかに音が聞こえたような気がしたので、もしかしたら底が近いのかもしれない。

 そんなことを考えつつ、投げナイフに魔力糸を通し、投擲。ハーピーの翼を狙って、糸を絡めるようにして飛行を妨害してやる。


「そらよ!」


 ナユタの赤い槍は、こういう迎撃にはそこそこ頼りになった。5匹のうち、なんとか3匹を対処したところで再び『歌』が襲いかかる。


「くっ」


 やはり強制的に眠気がまぶたを落としてきた。

 それに抵抗するが……やっぱりパルが平気そうなのが不思議だ。そういう体質なのだろうか。

 う~ん?

 なんて、考えていると眠りに落ちてしまいそうになる。普通に座り込むように眠るのだったらいいが、前のめりに倒れてみろ。そのまま落ちてしまう。

 ぜったいに眠るわけにはいかない。


「ほっ!」


 そんな危険な場所だというのにシュユちゃんがジャンプしてハーピーに飛び移った。そのまま素早くハーピーの喉にクナイを刺し込み、すぐさまジャンプして戻ってくる。


「うわ、すっごい! シュユちゃん凄い!」

「ふっふっふ。軽業は任せるでござる」

「あれくらいわたしにだって出来ますわ。皆さま、見ていてくださいまし!」


 なんで張り合うんだ、この吸血鬼。


「とう!」


 ルビーはジャンプしてハーピーに飛びついた。

 ぎゃぁぎゃぁわめくようにしてハーピーが羽ばたき、暴れる。たぶん、めちゃくちゃ重たいので文句を言ってるんだろうなぁ。

 というところで、残りの1匹が歌った。


「う、う~ん……くぅ~」


 寝た。

 ハーピーに掴まりながら、ルビーが寝た。

 しかし、寝る寸前に影の塊のような物を出して、自分とハーピーをしっかり結び付けている。

 死なばもろとも、みたいな状態だった。


「うわわわ!?」

「パル殿、ロープを切れ!」

「は、はいぃ!」


 落下防止のロープを切ると、そのままルビーとハーピーは落ちていった。

 え~……

 それを見送る俺たち(ハーピーも見送った)。


「……」


 絶妙な空気が流れた。

 モンスターも、なんだあれ、と見ていたのかもしれない。


「ハッ」


 あまりにも意味不明な状況から戦闘中だということを思い出すのに、ちょっと時間が必要だった。

 恐ろしい。

 とりあえず残された最後の1匹をパルが『アクティヴァーテ』して。


「戦闘終了です、師匠」

「うむ」

「ルビーの尊い犠牲でしたね」

「あぁ。我らが英雄に祈りを捧げよう」


 というわけで、空に昇ったのではなく地面に落ちていったルビーにみんなで祈りをささげた。「まだ死んでませんわ!」

 そんなツッコミが聞こえたような気がしたが。

 まぁ、気のせいだろう。

 うん。

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