~卑劣! 最悪だったけど、最良のタイミング~
鳴り響いた鐘の音。
慌ててルビーに防御してもらったのだが……その次に聞こえてきたのは少女の声。
少しくぐもってはいるのだが、どことなく聞き覚えのある声と口調。
その正体に気付いたルビーが影壁を解除してくれた。
パン、と弾けるようにして消失した壁の向こうに見えたのは――
『おや。やっぱりいたじゃないか。突然現れたらビックリするので予告の鐘が鳴るように改良してみたというのに、隠れてしまうとは私は悲しいよ。挨拶されて無視されてしまった気分だ。円滑なコミュニケーションは日々の挨拶から生まれるものだ。そうは思わないかい、盗賊クン』
学園都市の中央樹の根本に住む、世界最古にして唯一のハイ・エルフだった。
まるでゴーストのように半透明の体で、空中に浮いている。
俺は睨むようにして学園長を見た。
「予告の鐘だと? それがどれだけ驚くものだったか。この状況を見て分からんのか」
『すまないが、こちらの視界は極度に狭い。限られた情報だけで推理するのはなかなか骨が折れる作業だよ。まぁ、しかし、それが楽しくないかと言われたら否だ。少ない情報から全体を把握するのは楽しくもある。もっとも、それは答えが導き出せる状況だからこそ言えることで、真っ黒で何も見えないものでは楽しさも何もあったものじゃない。深淵世界に繋がったのかと思ったよ』
真っ暗で何も見えなかった、と一言で伝えて欲しい。
相変わらず話が長く、まどろっこしい。
というか――
「わざわざ、それ……え~っと、なんだったか……遠隔なんとか?」
「師匠、『ロンジンクース・コンヴェルセーショネム(仮)』です」
ちゃんと覚えている我が愛すべき弟子が素晴らしい。
しかし、ひとつも耳に残らない単語なので、今後も覚えられる気がしない。あと、カッコかりは省略しても良いと思う。
『遠隔会話装置(仮)と呼んでくれてもかまわないぞ』
ふふん、と楽しそうに学園長は小さな胸を張った。
自慢したいのだろうか。
……自慢したいんだろうなぁ。
「それで、さっきの音は何だ? 予告ってどういうことだ? おかげでこっちはビビり散らかしたぞ」
俺が抗議すると、同じように全員が学園長に文句を言った。
セツナまでもが文句を言っているので、全員の恐ろしさを身に染みて実感して欲しい。
半透明のゴースト状態なので、身に染みそうにないのが残念だし、なにより学園長の身に染みさせる方法など、この世になさそうなのでどうしようもなさそうだが。
『いくら耳が長くても全員の言葉を一度に聞くのは、この私でも不可能だよ。できればひとりずつ話を聞かせて欲しい。だが、状況から察するに全員の意見が一致しているようだ。ならば、サムライくん。君が代表して一言だけ聞き入れようじゃないか。はい、どうぞ』
では、遠慮なく――と、セツナはコホンと咳払いしてから言う。
「あとで覚えているが良い」
サムライの『死の宣告』。
『あははは! しっかりと覚えておくよ!』
しかし学園長は嬉しそうだった。
まぁ、会いに行くと宣言しているようなものなので、みんなからあんまり相手されていない学園長が喜んでしまうのも無理はない。
「ブチ犯してさしあげなさいな、サムライ」
反省している様子がないのでルビーがそう言った。
「ダメでござる」
シュユちゃんが否定した。
『私はむしろウェルカムだ』
変な言葉遣いでハイ・エルフが受け入れた。エルフ語だったか、ドワーフ語だったか、それとも妖精語だったかもしれない。ウェルカム。ようこそ、という意味だ。
「それで、何の用事なんだ?」
『うむ。言伝を頼まれてね。連絡させてもらったよ』
「ことづて?」
パルが首を傾げて聞き返した。
それにうなづきつつ、学園長は俺を見る。
『あぁ。盗賊クンに』
俺に?
誰から、何の用件だろうか?
『パーロナ国の末っ子姫に連絡をしても良かったのだが……まぁ、君に伝えておくのが良いと思うのでね。問題あるかな?』
内容も聞かずに問題があるかどうかを聞かれても判断できるわけがない。
というわけで、問題ない、とうなづくしかなかった。
『それは良かった。では伝えるのでちゃんと聞いておくれよ。こちらから連絡する手段はあっても、君から連絡するにはわざわざ転移してもらわないといけないからね。効率的ではないので、注意してもらいたい」
「はいはい、分かったので内容を簡潔に伝えてくれ」
『簡潔にかい? それでは会話が面白くないではないか。コミュニケーションとは、そこに楽しさがあるからこそ盛り上がるというもの。男女の仲もそうなのだから、基本的なことだと思うよ? そうだろ、ルゥブルムくん』
「そのとおりですわ!」
ルビーが全肯定してしまった。
なんだかんだ言って、学園長と友人になっただけはある。おしゃべり大好きというか、余計な冗談が大好きと言うか。
「会話はコミュニケーションの基本であり、最大限のものです。終わったあとですぐさま眠ってしまっては失格ですわ。ピロートークはしっかりと、ですよ師匠さん!」
「何の話だ」
「ベッドの上の話ですわ!」
興奮しながら力説されても困る。
あと、勢い余ってこっちに飛び掛かってきそうなのでめっちゃ怖いんですけど。分かってますか? ここ、巨大な穴の途中なんですからね? 落ちたら死ぬぞ。おまえは死なないかもしれないけど、俺は死ぬ。
「分かった分かった。分かったから黙っててくれ。学園長も、簡潔に頼む。ここはダンジョンの中なんだ。休憩中ではあるが、ちょっとトンデモない場所なのでな」
あぁ、どおりで。と、学園長の姿が奇妙な感じで上下した。
空中に浮かんでいるのだが、それが身長分ほど高くなったり低くなったり、大げさなほど横に移動したりしている。
見える範囲が確かに狭かったので、それで全体を把握したのかもしれない。
ちょっと背伸びしたり、可愛らしい仕草なので永遠に見ておきたいような気がしないでもない。
家の中にこういう動く人形とかあったらどうだろうか。
癒し……いや、やっぱり怖いか。夜中に無駄に動いてたら悲鳴をあげそうなほど怖いもんな。
『なるほど。状況は理解した。では簡潔に語ろう』
ようやく本題に入る。
本気で無駄に長かった気がする。みんな話を聞きに来ない理由をありありと味わってしまった。
『ブラが完成した。お金と現物を取りに来い。だ、そうだ』
「……何にも分からん」
『なんだよぅ。簡潔に言えってそっちが言ったんじゃないかぁ』
世界最古のババァがいじけた。
カワイイけど、可愛くない。
「もうちょっと分かりやすくしてくれ」
『まったく仕方がない。少ない情報から全体を把握するのは楽しい作業だと伝えたばかりじゃないか。それを考えることもせず、すぐにヒントを求めるなんて。パズラーとして失格じゃないのかい、盗賊クン』
「俺はパズラーなどと名乗ったことは一度もないぞ。というかパズラーって何だよ」
『パズルする人』
「あんな絵画を無駄遣いできるほど愉悦と高貴な趣味は持ち合わせていない!」
せっかく描いてもらった絵を、ある種の法則にのっとった切り方をして、バラバラにする。そして、それを額縁に合わせて張り合わせていく……という、理解不能な芸術の楽しみ方だ。
ちなみに愛好家の言い分としては、『破壊と想像の再構築』らしいのだが、最早なにを言っているのか意味不明だった。
ララ・スペークラの少女画を切り刻めるか?
それを考えればすぐに答えは出る。
かわいい女の子の絵を切ってたまるか、バーカ!
である。
だからこそ、パズル愛好家の仲間に入れられるとは心外だ。
正式に抗議したい。
『分かったよ分かった。正式に謝罪させてもらう。義の倭の国では、全裸で土下座するのが正式な謝罪だったかな』
倭国組から、ぜんぜんちがう! という言葉が放たれた。
『むぅ。異国文化は難しい。中途半端はいけないな。今度は是非、倭国に旅をしないといけない。今の私の思い出では、転移できるかどうか不安だからね』
転移するには一度訪れた時の記憶が必要なのだが……確かに学園長の記憶は遥か過去の物。現在の倭国に転移するのは不可能なのかもしれない。
いやいや、そんなことよりも、だ。
「話を戻してくれ。まったくもって話が前に進んでいない」
『おっと、そうだった。どうしても話がそれてしまうのは私の悪いクセなのかもしれない。誰も私の話を聞きに来てくれない理由がそこにもある気がする。ふむふむ、善処しよう。改善する予定はないが、反省はしておこうと思う。では、もう少し噛み砕かなく説明しようか。あはは、初めて使ったよ、そんな言い回し』
俺も初めて聞いたよ。
『盗賊クン、砂漠の女王から伝言だ。君のアイデアで開発していた巨乳を小さく見せるブラジャーが完成した。自国ではあまり売り上げ見込みがあまり無さそうなので、製造法を商人に売りつけたそうだが、かなりの需要が見込まれるそうだ。その利益として出たお金を受け取りに来い。だ、そうだ』
「あぁ……そんな話もあったな」
なんて思ってると、倭国組から物凄い視線を向けられた。
「エラント殿。お主そこまでして……」
「本物だねぇ。旦那以上の人間がいるとは思わなかった」
「変態でござる」
「いやいやいやいやいやいやいや、違うちがう違うちがう」
なんだそのロリコンの上位種に向けるような視線は。
それはもうペドフィリアとかアリスコンプレックスとかロリコンではなく、なにかこう、行き過ぎた性癖の何かであって、巨の者を虚にすることに喜びを感じているわけではないぞ。
と、いう感じのことを叫ぶようにして否定した。
「必死な師匠、おもしろい」
「あなた、それでいいんですの?」
「師匠が嫌われれば嫌われるほど、あたしだけの物になる」
「……もっとやべぇのがここにいましたわ」
「ルビーは違うの?」
「わたしは愛人ですので。できれば、みんな一緒がいいのです。ドスケベ姫も混ぜて、一緒に楽しむのが理想ですわ」
「ふ~ん。ベルちゃんはどうなんだろ?」
「今度、聞いてみてはいかがでしょう」
「そうする」
と、愛すべき弟子と吸血鬼が話していたので救われた気分です。
『では、用件はそれだけだ。確かに伝えたから――』
「あ、待って待って! 学園長、これ何て読むか教えて!」
『ん? どれだい?』
パルは先ほどの扉と壁に書かれていた文字をメモした紙を見せる。
『なんだい、これは。でたらめにも程がある』
「ほえ?」
どういうことだ?
「意味の無い文字列なのか?」
『いや、古代語、旧き言葉の文字ではあるのだが……似て非なる物……いや、わずかに法則性が見えるな。だが、文字列としてその意味はなされていない。待てよ、この部分を省くと読めなくはないが……単語や文章になっていないか。そのまま読み上げたとしてもズズリガフバンギオロイジアラム、という具合で言葉になっていないね。旧き言葉でもないよ。法則が間違っているのか? う~む、あまりにも情報が足りなさすぎる。なんだいこれは?』
学園長が読み上げた言葉は、意味不明なものだった。
単語にすらなっておらず、およそ言語とも思えない。
「ただのラクガキ、ということか? いや、しかしわざわざそんな物を刻むか?」
文字は書かれていたのではなくきっちりと壁に彫るようにして刻まれている。ラクガキと考えるには、すこしばかり大げさだ。
「署名というわけじゃないのかい? ほら、作った人間が記念に彫っていったりするだろ」
ナユタの言葉に学園長は首を横に振った。
『名前にしては長過ぎる。連名やチーム名だとしても同じだ。あまりに無意味すぎる』
そうなると、考えられるのは――
「暗号か」
セツナの言葉に俺もうなづいた。
『ほう、暗号か。そういえば君たちがいるのはダンジョンの中だったか。もしかして、そこに刻まれた言葉だったのかい?』
「そうだよ。ほら、そこにあるやつ」
パルが指差した先へ半透明学園長が近づいていく。
『なるほど。そういうことか。ヒントは『壁』だ。旧き言葉で壁はムーロスという。それをこの並べられた単語に『壁』のように『ムーロス』という文字列を当てはめれば……いや、違うな。これだけでは足りない。なにかもう少し情報をくれないか』
「こっちの文字は扉に書いてあったよ」
『それだ!』
そう叫んで学園長の姿が消えた。
バタバタという音だけ聞こえるので、遠隔会話装置から離れたのかもしれない。しばらく待っていると再び学園長の半透明の姿が見えた。
『ちょっとメモをするので、文字を見せてくれるかいパルヴァスくん。よしよし、そのままだ』
どうやら紙を取りに行っていたようだ。
しばらく学園長が文字をメモをするのを待つ。どうやら暗号になっているというのは、それこそ学園長に聞かない限り分からなかったことだ。
そもそも読めないレベルだったからな。
タイミングが悪かったようで、実はベストタイミングだったらしい。
助かる。
『ふ~む。これは……すまない、少し時間が必要そうだ。何か絶妙に解けそうで解けない雰囲気があるぞ。まだ何か足りていないのか……はたまた考え方そのものが間違っているのか。これは面白そうだ! 暗号を解いたらまた連絡してもいいかな?』
学園長はすでにこっちを見ていない。
紙に目を向けて、真っ白で綺麗な髪をグシグシとペンで掻いている。
「分かった。頼まれてくれるか」
『任せてくれたまえ、サムライくん。また連絡する時には鐘の音が鳴ると思うので、今度は驚かずにいてくれよ。それではまた』
そう一方的に言って学園長の姿は消えた。
「はぁ……」
騒がしいロリババァだ、まったく。ルビーとは違った意味で厄介と言える。
しかし、謎を与えておけば静かになることは分かった。
「これからはリドルを用意しておくのがいいか」
「はいはい、師匠! なぞなぞを出します」
「はい、パル」
「あたしの好きな人は誰でしょう?」
「俺」
「正解~! にへへ」
かわいい。
まったくなぞなぞじゃなかったけど、かわいいので許す。
「皆さま、この小娘を奈落の底へ突き落としても良いでしょうか?」
「いいぞ」
「いいでござる」
「まぁ、かわいそうだけど仕方がない」
倭国組が全員了承した。
「うええええ!?」
驚くパルは、やっぱり可愛かったです。
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