~卑劣! 奈落の底へ~
巨大な円形の穴。
その壁沿いに、石板のような黒い板が突き出すような形で階段となっていた。充分な厚さがあり、乗っても折れることはないものの……落ちれば確実な死が待っているとなると、かなりの恐怖がある。
「うわあぁ……」
おっかなびっくりと足を乗せたパルが思わず身震いしていた。ひえぇ、と可愛らしい小さな悲鳴をあげている。
穴の底は真っ暗でどこまで深いのか分からない。螺旋状に下っていく階段を見る限り、かなりの深さなのは確かだろう。
落ちて無事で済むとは到底思えない。
「これは地下10階への階段と考えていいのだろうか?」
セツナが扉をくぐり、板に足を乗せながら言った。
「むしろ、今までの階段の比じゃなさそうだねぇ。一気に10階分は降りるんじゃないかい?」
階段状の板には、ひとりしか乗れない。
ひとつ降りるたびに一人追加、という感じで階段の穴へと全員が入った。
隊列も何もあったものではなく、俺を先頭としてゆっくりひとりずつ板の上を渡っていく。
壁に沿うようにして左回りで板階段が続いていくので、右手は壁に添えたいところ。
しかし、その壁に罠が仕掛けられてる可能性もあるので、しっかりとチェックしないといけない。
もっとも。
こんな緊張感のある危険な階段だ。
罠を作った本人でさえ引っかかることも有り得るので、むしろ罠が無いとも考えられるか。
「なんにせよ、警戒していくしかあるまい」
というわけで、俺はロープを準備して多少の余裕を持たせつつも全員に腰に結ぶように言った。
「ひとり落ちたら全員が落ちることになるでござるよ、これ」
先頭の俺が落ちたら、その後ろにいるパルが支えられるわけがない。そのまま連鎖的に全員が落ちるのではないか、とシュユちゃんが言う。
しかし、安心したまえ。
「吸血鬼がなんとかしてくれるだろう」
「あら、わたしですか」
俺は振り返りながらうなづく。
「頼む。落ちた時は全員を救ってくれ」
「分かりました。ですが、わたしが落ちた時はちゃんと助けてくださいね。セツナっちは信頼しておりますが、パルは不安です」
「ちゃんと支えるよぅ」
「ホントですか? では、実験しますね。とう!」
ルビーが黒板の上から飛び降りるフリをした。
もちろんフリだけなので、落ちることはない。
「……ちょっとはビックリしてくれてもいいんでなくて?」
「ルビー殿」
「はい?」
「この状況で悪ふざけだけは、今後一切やめてもらいたい」
「あ、はい」
割とマジで本気で怒られたので、ルビーは肩を落とした。
普通に叱れるセツナは大人だなぁ。
俺だったら、やめてくれ、と言うのが精一杯だ。
「叱られてしまいました。せっかくですので何か言ってください、パル」
「いいの?」
「こう、思いっきりバカにして頂ければ嬉しく思います」
「やーい、怒られてやんの。んふふ~、師匠はバカな小娘よりカワイイ女の子が好きなんだよ? そんなんで愛人の座が務まると思ってるなんて、吸血鬼も大したことないよね、ぷっぷくぷ~」
「ありがとうございます。死んで詫びますわね。とう!」
またしても飛び降りるフリをするルビーさん。
後ろでセツナが盛大にため息をついたのは仕方がないことなのかもしれない。
「すまん、セツナ殿」
「いや、いい。拙者に必要なのは、こういう部分かもしれないのだ」
「……何かは知らないが、絶対に必要ないと思うぞ」
「そうか?」
「そうだとも」
とりあえずセツナの機嫌が少しだけ戻ったので、板の階段を降りていくことにした。
板と板の間には、少なからずとも隙間がある。ジャンプするほどの距離ではないが、それでも安易に進めるものではなく、慎重に進んで行くしかなかった。
ひとつひとつ着実に。
罠チェックもしながら進んで行くと――
「ん?」
なにやら壁に文字が書かれているのが見えてきた。
紫の光に照らされてわずかに見える程度。もう少し近づかないと判別できそうにないが……罠の可能性も捨てきれない。
「ルビー」
「なんですか、師匠さん。おトイレでしたら、穴に向かってやっていただければ全員が後ろを向いておりますのでどうぞどうぞ」
「……漏れそうなのか?」
ちなみに迷宮の中では適当にそのあたりで用を足している。そう考えると、迷宮内は汚物だらけになっているはずなのだが、いつの間にやら綺麗になっているので自浄作用的な何かが働いているのかもしれない。
なにせ、冒険者の死体すらも見つからないのだから。
腐敗臭が無いのは、むしろ助かる。
「吸血鬼は漏らしませんわ」
「おう。で、少し先の壁に文字らしき物があるんだが読めるか?」
「ん~……ちょっと待ってくださいね」
ルビーの瞳が金色に怪しく輝く。本気で見てくれているのが分かるので、大変分かりやすい魅了の魔眼だ。
金色の環が虹彩をぐるりと回転するように見えた。
恐ろしくも怪しく、美しく綺麗。
そんな感想を持ってしまう。
「見えましたが、読めませんわね。先ほどの扉に書かれていた感じに似ておりますわ」
「ふむ。罠では無さそうだな」
それでも警戒は必要だ、と慎重に階段を下りていき――無事に文字が書かれている壁の場所まで進んだ。
厄介なのは全員でいっしょに文字を確認できないところか。みんなに文字を見てもらうには、ズレていかなくてはならない。
「ルビーの言うとおり、さっきと同じような雰囲気だな」
読めないが、文字と認識できる物。
それらが壁に刻まれているような感じで書かれている。つまり、ラクガキではない、ということだ。
何らかのダンジョンに関するギミックだと思われる。
「パル、シュユ、メモをしておいてくれ」
後ろにいるパルと、更に更に後方にいるシュユが返事をする。
「良い機会だ。少し休まないか、エラント」
「そうだな。パルとシュユがメモをしたら休憩するか」
パルが壁の文字をメモをするのを待って、もう少しだけ進む。シュユが壁の文字の場所に来たところで、俺は板階段の上に腰を下ろした。
「ふぅ」
息を吐き、下を覗き込んでみるが――まだまだ底は見えなかった。もうしばらくは階段を降り続ける必要があるらしい。
壁まで下がって背中を預ける。
安全を確保できたようで一安心だが……横に寝ころぶほどのスペースはない。
まったくもって厄介な階段だ。
「ん~、何にも見えない。ルビーは見える?」
同じように下を覗き込んでいるパルはルビーに聞く。ちょこんと四つん這いのようなポーズがカワイイ。
ルビーも同じようなポーズで底を覗き込んでいる。
う~む。
ふたり並んでいるところを後ろから見たい。
そんな欲望が渦巻いてきたが、追い払うようにブンブンと首を振った。
フと視線を感じてそちらを見ると……セツナがうなづいている。
分かる、とでも言いたげだ。
握手をしたかったが、残念ながら物理的に届かない。
ので。
俺はグッと親指を立てておいた。
あぁ、素晴らしきかな我が友よ!
なんて思っていると――突然に鐘の音が響いた。
「んお!? な、なんだ!?」
何か罠でも発動したのか!?
あまりにも脈絡が無さ過ぎて酷く混乱してしまう。とにかく俺に出来たのは立ち上がることだけで、きょろきょろと周囲を見渡すのが精一杯だった。
リンゴーン、リンゴーン、と大げさなほどに打ち鳴らされる鐘の音。
「なんですかなんですか!?」
「何がおこってますの!?」
「警戒を。シュユ、いざとなったら頼む」
「了解でござる!」
「罠かい!? 何か変化は?」
今のところ、何も無い。
くそ、しまったな。もしかしたら、壁の文字を読ませるためにわざと立ち止まらせる目的があったのかもしれない。
頃合いの場所に謎の文字が刻まれていたら、そりゃ休憩をしてしまう。
一定時間、同じ負荷が階段に掛かり続けると発動する罠だったのかもしれない。
なんて思っていると、キラキラと光る魔力の筋のようなものが見えた。周囲から集まってくる感じで、穴の上というか……空中にそのまま集まっていく。
「魔法の罠か。ルビー!」
「おまかせを! 皆さま、壁際までお下がりください」
指示通りに壁のぺったりと背を付ける。
ルビーがパチンと指を鳴らすと、俺たちの足元から影がせり上がり壁となってくれた。多少の攻撃ならこれで防いでくれるはず。
影の壁はそれなりに分厚く、真っ黒で透けてはいない。ので、影の向こう側で何が起こっているのか分からないので、衝撃に備えるしかない。
見えないっていうのは、なかなかの恐怖だ。
しかし――備えていた衝撃や防御の余波のようなものは、いくら待っても感じられない。
なんだ?
どうなっているんだ?
なんて思っていると――
『あれ? 見当たらないね。というか真っ暗だ。もしかして失敗したかな? なんだあの紫のラインは。深淵特有の何かだろうか。しかし、むしろ失敗できる要素があったことに驚いているよ。素晴らしい! やはり何事もやってみないと分からないことがある!』
ん?
この声は……
と、同じように思ったのかルビーが影壁を解除してくれた。
そこには――
『おや』
空中に浮かぶ少女の姿があったのだった。
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