~卑劣! 黄金城地下9階・メインフロア~
フロアの半分は落とし穴。
その落とし穴に架かる一本の通路――つまり、橋の先にある扉には、なにやら文字らしき物が刻まれていた。
いくつか並んでいることから文章になっており、二行に渡って何か書かれていた。
「これは……」
8階層の精霊女王のシンボルは絵か文字なのか判断できなかったが、この扉に刻まれている物は文字だと認識できる程度には、文字らしい形をしている。
というのも、遺跡などで見かけたことがあるものだ。
「どうしたエラント殿」
後ろからセツナが声をかけてくる。
さすがにこの幅の橋に対して、みんなで渡る、なんて行為はできず。
部屋の半分向こう側から声をかけられたので、俺は大げさに後ろを向いてハッキリと伝えた。
「扉に文字が書いてある。古代語……いわゆる神代文字だ」
神さま達がまだ地上を跋扈していた時代に使われていた文字が神代文字と言われている。
古代語、神代語などなど。
いろいろな呼ばれ方をしている。
旧き言葉でもあるのだが、遺跡などに刻まれた文字は、更に『遥かな前時代』とも言われ、研究者によっては旧神代文字と言う者もいる。
ようするに、『詳細は分かっていない』だ。
神さまが地上にいる頃より前の時代、と言われてしまっては、もう想像するのも難しい。
じゃぁいったい何がそこで生きてたんだ?
精霊か?
とにかくサッパリ分からない。
それこそ研究者に聞いてみるのが一番なのだろうが、冒険者にとっては文字の成り立ちなどどうでもよく、その意味さえ分かれば、歴史などどうでもいい。
ので。
どこかで語られていたとしても、もしくは勇者パーティの賢者による有難迷惑な講義を聞いたとしても、覚えていない、というのが本音。
戦士なんかは堂々と、
「つまらん。もっと面白い話をしろ」
と言って賢者に睨まれていた。
そんな戦士より嫌われていた俺った何なんだろうな……
「なんと書いてあるんだ?」
「すまん。俺は読めないんだ」
残念ながら、神代文字は修めていない。
それこそ、勇者パーティには賢者がいたので。
遺跡に刻まれた文字とか、全部賢者に任せていたので。
覚えたり勉強したりするヒマは無かった。
あぁ。
もうちょっと勉強しておけば良かったなぁ~。
なんて。
今になって思ってしまう。
「おっさんの悪いところだよなぁ」
そんなことをつぶやきながら、すごすごと橋を引き返した。
「誰か神代文字は読めないのか?」
橋を戻り、聞いてみるが……全員がそっぽ向いてしまった。
「ダメだこのパーティ」
「せ、拙者は倭国の文字であれば」
「シュ、シュユは忍者の暗号文が専門で」
「半龍族には独自の文字があってだな」
倭国組が言い訳をした。
「ほら、わたしってば魔物ですので」
魔物関係ない。
「あたし、勉強してないです」
パルに至っては俺のせいでもあるような気がしないでもない。
「仕方がないのでメモっててくれ」
はーい、とパルとシュユが橋を渡っていく。
子どもなので、ふたりいっしょでも大丈夫そうだ。
小さいってことは、やはり良い。
素晴らしい。
「うむ」
セツナが満足そうにうなづいているので、握手した。
やはり『親友』は違う。
見てるか、勇者。
これが真なる友の姿だ!
「メモできました~」
パルがそう言ったので、俺は手を振って返答する。
「ついでに罠感知もしてくれ。大丈夫そうなら、扉を開けてくれると助かる」
「分かったでござる~」
一応、俺も罠感知を終わらせて安全を確かめているが、二重チェックということでパルとシュユにもやってもらいたい。
加えて、扉の先にモンスターがいた場合に備えて、ふたりに扉を開けてもらいたかった。
状況によっては、そのまま扉の中へ入り、抑え込む必要がある。
その役目をシュユちゃんに任せたい。パルには応用的に補助にまわってもらう必要があるが、たぶん大丈夫。できるできる。
小さい体のふたりだからこそ任せられる場面だ。
もっとも――
「ルビーも手伝ってくれたら、とても助かるんだが?」
影に入れば、そのまま橋の裏側から渡れたりするだろうし、いろいろと手伝ってもらえるはずなんだけどなぁ。
「それは命令でしょうか? お願いでしょうか?」
「お願いだ」
「では、ダメです。やりませーん」
ルビーは楽しそうに、ぷい、と横を向いてしまった。
もうちょっと本気を出してくれるんじゃなかったのかよぅ。
「じゃぁ、命令だったら良かったのか?」
「はい。師匠さんの命令ですもの。聞かないわけにはいきませんわ」
はぁ~、と俺は肩をすくめた。
恐らくだが、最初に命令と言っていてもダメだっただろう。
どうせ――
「嫌です。わたしに命令できるのは、ベットの上だけですわ」
とか、そんな感じで拒絶されるに決まっている。
「分かった。とりあえず、ふたりが危なかったら助けてやって欲しい。このお願いは聞いてくれるか?」
「もちろんですわ。わたしはわたしの友を見捨てません」
まぁ、そう言ってくれるだけでも助かる。
安全に失敗できる機会はそれほどないが、後ろに吸血鬼さまが控えている状況では、その機会も多く与えられるというもの。
パルの経験値稼ぎには丁度いい、と言えるかもしれない。
しかし、だが、まぁ――
「普通に手伝えよ、クソ吸血鬼」
ナユタの言うことが、そのとおり過ぎて、なんかこう、絶妙に納得できない感じもある。
「甘やしてはいけませんわ、ナユタん。失敗を楽しんでこその人生です」
「その考えこそ甘いんじゃないのかい?」
「甘くていいんです。だって、わたしってば酸いも甘いも経験してきたんですから」
「おまえさんの甘さはひねくれてやしないか」
「はちみつよりは甘くありませんわ。ハチに刺されると痛いですもの」
あぁそうかい、とナユタは呆れたように息を吐いた。
隣で聞いていたセツナも苦笑している。
と、そんな無駄な会話をしている間にもパルとシュユの罠感知は終了したらしく、何も仕掛けられていないと返事があった。
「では、開けます!」
自分で扉を開ける、ということでパルがちょっと嬉しそう。
気をつけて欲しいところだが、かわいいなぁ。
「321でいっしょに開けるでござる」
「うんうん。いくよ~」
美少女ふたりのカウントダウン。
さて、何があるかわからないので身構えておこう。場合によってはパルが穴に落ちるかもしれないから、魔力糸の準備も必要だよな。あぁ、だったら事前にパルのベルトにでも魔力糸を通しておけば良かった。失敗だ。しかし、このタイミングで呼び戻すと士気にも関わるし、あんまり過保護なところを見せるとパルにウザがられるかもしれないので、やめておこう。よし、いつでも穴に飛び込めるぞ。あとはナイフで上手く勢いを殺せればいいが、その後はルビーに頼るしかないか。
あとは扉の先にモンスターがいた時に備えて、戦闘準備を整えつつ、いつでも橋をダッシュで渡れるように半身になって――
というところでカウントダウンがゼロになり、パルとシュユが扉を開けた。
モンスターの不意打ちは、無し。
罠が発動した様子もないので、ひとまずは安全そうだ。
ひとつ息を吐いて、警戒を解く。
しかし、扉を開いたままで中に入る様子のないパルとシュユの様子に疑問を持ち、セツナと視線を合わせてから聞いた。
「何かあったのか?」
「何が見えるんだ?」
そう聞いてみると、ふたりから返事があった。
「え~っと、何も無い?」
うん?
空っぽの部屋ってことか?
「それだと語弊が生まれるでござるよ、パルちゃん。え~っと、階段? が、あるでござるが……あとは何にも無いでござる」
シュユちゃんが情報の補填をしてくるが、なんかいまいち分からなかった。
というか、階段?
階段ってもう下り階段ってことか?
「地下10階への階段か?」
「そうとも言えるでござるが……えっと、これなんていうんでござる?」
「分かんなーい」
あっけらかんと答えるパル。
ごめんね、ウチの子がなんとなくアホな子で。
というかいつまで扉の手前にいるんだろうか。危ないので、さっさと次のフロアに移動すればいいのに。
「次の部屋のほうがもっと危ないです、師匠」
「どういうことだ?」
「え~っと、とりあえず交代するので自分で見て!」
説明を諦めやがった。
百聞は一見にしかず、だったか。そういう言葉が倭国にはあったはず。シカズって何か分からないけど、とにかく百回聞くより一回見たほうが早いっていうニュアンスの言葉だと思う。
というわけで、パルとシュユがこっちに戻ってくるのと交代して、俺は再び扉へと向かった。
「師匠ししょう。飛び込んじゃダメですよ」
「子どもじゃないんだから、そんなハシャがないよ。むしろルビーに言ってくれ」
「まぁ、ひどい。人を子どもみたいに。これでも立派なレディですのよ」
「……」
「なんで誰も何も言ってくれないんですか!?」
「あ、ハイハイ!」
「はい、おパル。どうぞ」
「レディじゃなくてババァだろ!」
「ぶっ殺しますわよ!」
はい、ルビーさんが楽しそうで何よりです。
というわけで、パルの口に指を突っ込んでいるルビーに、ほどほどに、と声をかけつつ、橋を渡って扉へと到着した。
警戒をしつつ、扉を開けて次の部屋を観察――
「部屋じゃないな、こりゃ」
扉の先は巨大な空間になっていた。
円形だろうか。今まで見てきたどの部屋よりも大きく、天井も高い。壁の素材は同じ物で黒いのだが、紫の光が大きく遥か遠方に対面あたりの壁があることを示しているが、今の目線よりは下方に位置している。
というのも、紫のラインは渦を巻くようにしてその空間を照らしていた。
そう、渦。
空間の先に床は無い。
壁から一枚の黒い板が突き出すようにして並んでいた。それが少しずつ下にズレており、階段状になっている。
板の大きさは人が一人乗れるくらいの幅しかなく、手すりも柵も無い。
少しフラついただけで、落ちてしまうような作りだ。
加えて、板と板の間にも隙間があり、足の出しどころを間違えれば落ちる可能性もある。
「……ゾっとするような場所だ」
一枚目の板に乗り、下を覗き込んだ。
真っ暗で、やはり底が見えない。ただただ紫の光が螺旋状に続いているのが朧気に見えるばかりだ。
まったくもって。
「最悪だな」
思わず、そうつぶやいてしまうほど。
地下9階層は、今までとは別の意味で厄介だった。
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