~卑劣! 地下9階と裏技~
休憩をたっぷり取った俺たちは、安全となった8階層のスイッチを押すために部屋を廻っていった。
「いや、安全になったわけではないか」
召喚士を倒したとしても、モンスターが出現するのは変わらない。その組み合わせによっては、ある意味では召喚士よりも危険性が高くなる場合もある。
油断することなく、丁寧に気配察知をしてフロアを移動していくが――
「ふへぇ~ぇ~」
パルが情けない声をあげた。
倒したモンスターの金を拾い上げて、疲れたようにケースの中に仕舞う。いや、実際に疲労が蓄積しているのだろう。
体力的には問題ないが、精神的なものだ。
このままだと、いずれ手痛いダメージを負うことになるのだが……多少なりとも無理をする必要が俺たちにはあった。
なにせ――
「召喚士もモンスターなのだとしたら、復活しないかい? いや、復活というか2体目が表れるというか」
ナユタのそんな疑問というか進言というか提案というか。それはごもっともな話であり、フロアごとに異世界を渡り歩いていると考えると、それこそ召喚士は無限に存在することになる。
一度倒したとしても、また別の世界線から来た召喚士に遭遇する可能性は充分にあった。
なにより、モンスターが無限に湧いてくるダンジョンの下層という場所。
召喚士がいなくなれば、別のボス的存在が配置されてもおかしくはない。
それこそ、召喚士よりも強力な敵となる可能性も充分にある。
というわけで、せめてスイッチを順番通りに押していくとどうなるのか。それを最低限でも確かめておきたいわけだ。
「もし、スイッチが何の意味もなかったらどうしますの?」
俺たちの中で、唯一の元気いっぱい美少女ルビーさんがゲンナリすることを言った。
「そしたら、無視して9階層に降りるだけだ。暗闇を無理やり進む」
セツナの返事にルビーは肩をすくめた。
そうならないように今は祈るしかあるまい。
もっとも。
どの神さまに祈れば良いのかは分からないが。
慌てず急いで、正確に。休憩を多めに取りつつ、俺たちは8階層の各フロアを巡り、順番通りにスイッチを押していった。
やはり創生の神話通り――火から始まる神話の通りにスイッチを押すと、表示された精霊女王のシンボルは消えない。保持された状態のままだった。
「これで最後だ」
下り階段の部屋。
罠の並ぶタイルに混ざるようにして設置された足元のスイッチをセツナが押す。
闇の精霊女王ローフェルさまのシンボル―マークが表れ、消えることなく保持された。
何が起こるか分からないので、身構えていたが……しばらく待ってみても何も起こる様子は無い。隠し扉が開くでもなく、どこかで迷宮に変化が起こったような音もせず、シンと静まり返るばかり。
「何にも起こんないね」
あれ~、とパルが首を傾げている。
同時にドッと疲れが出てきたのか、がっくりと肩を落としてその場に座り込む。
「まだ何も起こっていないと判断するのは早計だ。階段を降りてみるぞ」
もしかしたら、9階層の暗闇が解除されているかもしれない。
まぁ、初めからそれを期待してのスイッチを押す作業だったので、そこは確認するべきだろうけど……目に見えて反応がないというのが、どうにも悲しいというか、なんというか。
「では、さっそく降りましょう。わたしが先頭でいいでしょうか?」
願ったり叶ったり、の提案をしてくるルビー。
どちらかというと先に進めるワクワク感が勝っているのかもしれない。
是非とも、そのワクワク感に負けて罠に落ちないで欲しいものだ。
「気をつけろよ」
「もちろんですわ」
スキップしながら階段を下りていきそうな勢いをなだめつつ、ルビーを先頭に俺たちは地下9階層へと階段を下りていった。
以前なら、途中から真っ黒な壁に覆われて、ほとんど壁も階段も目視できない状態だったのだが――
「まぁ!」
ルビーが驚く声をあげたので、俺たちはお互いの肩越しからひょっこりと先を見てみる。
そこには、黒の壁に沿うようにして明かりが灯されていた。
確か、壁には一筋のくぼみのような物があったはず。そのくぼみが紫色のような明かりで灯されており、ラインとなってほのかに光を放っていた。
どう見ても自然の火ではないので、揺らめきもしない。
恐らくだが魔力の光なのだろうが……あまり強い光ではないはずなのに、ちゃんと壁や階段がハッキリと見て取れるようになった。
むしろ、今までが魔力によって壁も床も真っ黒で分からなくされていたようにも思える。
この紫の光によって、全体が見えるようになった……とは、思えないほどに弱々しい光だが。
不思議と壁や階段の境目が見えた。
「ふ~ん、変わった明かりですわね」
そんな紫のラインにルビーは人差し指で触った。
「熱いでござる?」
「むしろ冷たいです。触ってごらんなさいな」
ルビーのマネをしてシュユちゃんが触り、それを見てパルも触った。
「ホントだ、冷たい」
「奇妙な光でござる」
やはり魔力の光なんだろうか。
俺も触ってみるが……ヒヤリとした冷たさを感じるだけで、魔力のような物や水の流れのようなものは感じない。むしろ触れても触れられていないような感じなのが分かった。
う~む。
良く分からん。
しかし、俺たちは迷宮を研究しているわけでもない。あくまで踏破が目的なので、この紫の光がどういう作用をしているのかは関係ない。
ので。
安全を確かめつつ地下9階へと降りた。
「うわっ」
一番初めに声をあげたのは先頭を行くルビー。
階段を降り切ったところで何か見えたらしい。
なんだなんだ、と思いつつ階段を降りてみると……全員がルビーと似たような声をあげた。
「こりゃ危なかったねぇ、旦那」
地下9階、最初のフロア。
前回降りてきた時は、何も見えなかったので引き返したのだが……それは正解だった。
なにせ――
「途中から床が無い……」
部屋は同じような紫の光で照らされて、その全容が分かった。
ただし、部屋の床は半分ほど先が真っ暗で何も見えなくなっている。
それもそのはず。
そこにはもともと床なんてものはなく、単純明快な落とし穴になっていた。
なるほど。
スイッチを押さず、強引に9階層を進もうとすれば、この巨大な落とし穴にそのまま落ちてしまうわけだ。
なにせ、壁伝いに歩いたとしても落ちるわけで。よっぽど気をつけて、よちよち歩きレベルではない限り、落ちてしまうだろう。
まぁ、安全に安全を重ねて長い棒を用意して、コツコツと叩きながら進む方法を取れば大丈夫だが。
「真ん中に道がありますわね」
先へ進むためには、真ん中に一筋だけ通路がある。
ふたり並んで歩くには無理な幅しかなく、少しでもバランスを崩せば落とし穴に落ちる。
やはり見えない状態で進むには危険しかない場所だ。
その一筋だけの通路の先に扉があり、先へ進めるようになっていた。
「落ちたらどうなるのやら」
肩をすくめるようにしてセツナは落とし穴を覗き込む。
俺も同じように覗いてみるが……まぁ、底は見えないよな。底が深いのはもちろんなのだが、紫の光が届いていないせいで、暗闇以上の暗闇になっている気がする。
試しに、と使い終わったポーションの瓶を落としてみるが……それなりの時間を置いて瓶が割れる音が響いてきた。
「余計に落ちるのが嫌な距離だねぇ」
ナユタが顔をしかめる。
高すぎもせず、ましてや低くはない。
なんというか最適な落下距離のようにも思えた。
まぁ、ギリギリ死にきれない落とし穴、というものよりはマシな気がするけど。しかし、人間っていうのは、案外簡単に死ぬこともある。
それこそ、パルの身長くらいの高さであっても頭から落ちればそのまま死んでしまう可能性だって充分にあるわけで。
落とし穴という物の適切な高さなど、分かったものじゃない。
「さて、どうするか」
パルとシュユが9階層の地図を準備している間にセツナが聞いてきた。
「『帰る』の一択だろう」
この疲労状態で地下9階の探索を続けられるわけがない。
いや。
続けられるには続けられるが……それでも扉ひとつ分くらいの余裕しかない。
転移の腕輪があるからこその無茶ではあるが、このまま無茶を続ける理由もありはしないだろう。
「それは分かっているのだが。仕掛けが元に戻ってしまうことも考えられるだろ」
「まぁ、それは確かに」
迷宮の階層を移動したり、外に出たりすると、作動させたギミックが元に戻っていることが多々ある。
それを考えると、地下8階のスイッチはまたしても押していない状態に戻ることも考えられた。
一度でも帰ってしまうと、また地下8階からやり直し……というのは、かなり苦しい状況とも言えるし、なんなら召喚士が復活するパターンもある。
帰ることなく、永遠に地下9階で休み続けることによって攻略をする……ということも考える必要があるかもしれない。
「でしたら、わたしに良い案があります」
「嫌な予感がするねぇ。マトモな案なのかい?」
「失礼ですわよ、ナユタん。わたしはいつだって大真面目ですわ」
嘘をつけ、という視線が全員からルビーに向かって放たれた。
ただし、ルビーはその視線にビクともしない。
強い。
さすが支配者さまだ。
「はぁ~。で、どんな案なんだい?」
「迷宮の固定化です。あらゆる世界に存在する迷宮に挑むのではなく、毎回このダンジョンAに来ればいいのです」
「それができれば苦労はしないぞ、ルビー殿」
「えぇ。ですが分かりやすい目標があれば別でしょう」
ルビーはそう答えると、パチン、と指を鳴らした。
紫の光によってうっすらと出来ていたルビーの影がせり上がるようにして盛り上がり、弾けるようにして消える。
そこに表れたのは、ルビーとそっくりな影人形だった。
黒い壁と床なので視認性は恐ろしいほど悪いが、真っ黒なルビーの影人形が笑顔で立っている。真っ黒なドレスを着ているようで、視認性は悪い。遠くから見たら、壁と同一化して見えそうだった。
「ここにわたしの眷属であるルビーちゃん人形を立てておきます。これで、師匠さんがルビーちゃん人形を思い描いて大好きと願いながら転移すると、ダンジョンBでもダンジョンCでもなく、ダンジョンAにいるルビーちゃん人形に転移できるというわけですわ」
「なるほど、素晴らしい」
セツナが納得してしまった。
俺が大好きと願いながら転移することについては完全にスルーすることにしたようだ。
ツッコミを入れなくていいのだろうか。
まぁ、いいか。
「ホントに上手くいくのかねぇ」
「失敗するにしても、地下9階で過ごし続けるわけにもいかないだろうし。やってみるしかないよな」
どちらにしろ、一度帰還しないことには探索を続けるのは不可能だ。
このまま永遠に9階層に留まるには、物資も食料も足りない。
なんにせよ、帰ることは必須なので実験という意味でも良いのかもしれない。
「うふ。これで師匠さんは毎回転移するたびにわたしのことを大好きになってしまいますね。これはもう結婚するしかありませんわ」
「初めからそのつもりだが?」
「ほへ」
マヌケな声をあげるルビー。
なんだ、俺とは結婚する気が無かったのか。
自称、愛人を名乗るだけはある。
しかし残念だったな。
俺は強欲なんだ。
「も、もう師匠さんったら。突然の不意打ちは盗賊みたいですわよ」
「盗賊だからな」
「でしたら、後ろから刺してくださいまし。バックスタブですバックスタブ」
「なんでだよ」
「バックスタイルです、バックスタイル。初夜の体位が決定しまし――」
「そういう意味じゃねーよ!」
盗賊の必殺スキルを汚さないでくださいます?
全盗賊に謝ってください。
「なるほど、師匠さんは前から好き、と」
「最初は顔を見ながらがいいだろ……って、何を言わせんだよ」
「くふふ。ちなみにナユタんを見てください。顔が真っ赤になっていますわ。かわいいですわよね。是非とも初夜はご一緒したいと思いますが、いかがですかナユタん」
「ナユタん言うな!」
ナユタんが怒ったところで、地図は準備が整ったらしくパルとシュユが合流した。
というわけで、俺たちは一度地下街である5階に戻り、休息と物資の補充をする。残念ながらドラゴンズ・フューリーとは出会えなかったので、情報収集はできなかった。
たっぷりと休息を取ったのちに、ダンジョン探索を再開する。
「さぁ、わたしのことを愛するように転移してくださいまし」
「嫌だなぁ」
「なんでですのよ!?」
なんて会話をしつつ、転移してみると――地下9階層の最初のフロア、ルビーの影人形が立っているダンジョンAに本当に転移してしまった。
ちゃんと紫の光がラインとなって灯っており、ダンジョンのフロアを見通すことができる。
「これもまた、学園長に報告かな」
ダンジョン内での異世界渡りの法則性というか、なんというか。
たぶん、嬉しそうに研究してくれるに違いない。
「憂いがひとつ取り除かれたな。ルビー殿、感謝する」
「問題ありませんわ、セツナ。お礼でしたらシュユにしてあげてください」
「なんででござる!?」
シュユちゃんがびっくりして声をあげた。
かわいい。
「では、礼はシュユにするとして。エラント殿、罠感知などを頼めるか」
「了解」
先へ進むには幅の狭い真ん中の橋のようなフロアを渡るしかない。
一人分しか幅がなければ、そりゃ俺の仕事になるに決まっている。
慎重に通路を渡り、罠感知していく。
どうやら通路には罠がなく、無事に奥の扉までやってきたのだが……
「ん?」
今までにない扉の状況に。
俺は疑問の声をあげるのだった。
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