~卑劣! 反撃と決着~

 爆炎。

 轟音。

 衝撃。

 それらが過ぎ去り、ルビーによって作られた影の壁が消失する。

 その向こう側に見えたのは、同じく消失していくレッドドラゴンの頭。まるで貴族の家に飾られている首だけの剥製のようだ、と感想を持った。

 簡易的な召喚だったのだろう。

 一度のブレスで消えてくれたのは、むしろ助かる。加えて、手も足もしっぽも無かったので、追加の物理攻撃も無かったのも良かった。

 まぁ、どちらにしろ――


「防御は任せてくださいな」


 そこそこやる気になってくれたルビーが防御してくれただろうけど。

 逆に考えれば、そこそこやる気になってくれないと全員を守れなかった攻撃、とも言える。

 さっきので全滅していてもおかしくはなかったようだ。


「ついでなら倒してくれてもいいんだが」

「そこまでしては、お膳立てが台無しですわ」


 そりゃそうか、と俺は肩をすくめる。

 俺たちがどれだけ疲弊していたとしても、ルビーには関係なかった話で。疲労困憊のフリをしてまで召喚士を誘い込んだのだ。

 それをルビーが倒してしまったのなら本末転倒。

 手伝ってくれるだけありがたい、と思うしかない。

 まったくもって、難儀な味方だ。むしろ、勇者パーティの賢者と神官の方がまだ分かりやすかったと言える。

 ナユタの評した『頼もしい役立たず』という言葉を、ルビーが気に入ったが。

 むしろ、これから積極的に使っていきたいところ。

 いざという時しか役に立たない。

 まさに切り札。

 ジョーカーとも言えるが……残念ながら、こちらで自在に使うことができない。

 冗談じゃないジョークの使用者――という意味で、ジョーカーか。

 まぁ、そんな言葉遊びに興じている場合ではなく。


「ふぅ~」


 大きく息を吐いて、精神を一度リセットする。

 チリチリと空気そのものが焼けたような、熱された空気を吸って、吐き出す。ようやく晴れたかのように空気がゆらりと変質し、召喚士の姿が見えた。

 次の召喚のための詠唱に入っているらしく、口元が動くのが見える。

 連続してドラゴンを召喚される前に、対処する必要があった。


「いくぞ」


 率先して突撃するセツナ。

 それを追うようにしてナユタも走る。

 ルビーは前へ出てくれないのか、と思いきや――


「マニピュレート・アクアム」


 影ではなく、水を使っての攻撃をしてくれるようだ。

 渦巻くように集められた水は、そのまま尖った氷柱のような形となる。それが三本、作り上げられたかと思うと、召喚士に向かって射出された。

 ナユタとセツナを追い越し、召喚士に襲いかかる水の槍だが、召喚士はそれに当たっても動じずに詠唱を続けた。


「――!?」


 タフ過ぎないか?

 いくらなんでもノーダメージなのは違和感がある。


「警戒!」


 俺は短くそう伝えるのが精一杯だった。

 もっとも、セツナもナユタも、気付かないはずがない。どちらかというと、パルとルビーに伝える意味が大きいか。

 なんにせよ、俺の違和感が当たる。

 セツナとナユタの刃を喰らった召喚士の姿が掻き消えた。倒したのではなく、消え去ると言ったほうが良いか。

 そのふたりに、ゴゥ、という短い鳴き声が襲いかかった。

 サーベルタイガー。

 まるで長いサーベルのような牙が生えたトラが、跳ねるように天井からセツナに向かって飛び掛かってきた。

 すでに召喚は終えられていたらしい。

 加えて、ダミーまで準備っされていたようで、セツナは牙虎に襲われた。

 牙での一撃はもちろん凶悪なのだが、爪だって必殺の一撃となる。


「させないでござる!」


 セツナへと振り下ろされる凶爪。

 だが、それを防いだのはシュユだ。

 体重差をものともしない跳び蹴りを、横っ面から思いっきり喰らわせてサーベルタイガーを吹っ飛ばした。

 その隙を狙ってナユタが追撃に動こうとするが、その前に牙虎が素早く立ち上がり、警戒するように吼えた。

 シュユの蹴りにそれほどダメージを受けている様子がない。


「ふむ、厄介だな」


 セツナのつぶやきが聞こえた。

 そこでようやく召喚士の姿を確認できる。

 部屋のすみで、再び詠唱を始めていた。このままでは、どんどん召喚されてしまい、対応しきれなくなっていく。

 なにより、ドラゴンの召喚は阻止しないといけない。


「パル。とにかく召喚士に向かって牽制だ」

「はいっ!」


 手持ちのナイフを切らすわけにもいかない。

 俺とパルは魔力糸を通し、投げナイフを投擲した。しかし、それをサーベルタイガーが牙で弾き飛ばす。皮膚に刺さったとしても、大したダメージになっていないようだ。


「チッ」


 舌打ちする。

 詠唱を中断させられないか。

 しかし、牙虎の動きに合わせて倭国組は動いていた。召喚士ではなく、先に牙虎を狙うようで、セツナとナユタが斬りかかる。同時にシュユが印を結んでいた。


「ハッ!」

「おらぁ!」


 仕込み杖と赤の槍での一撃。致命傷には至らないが、ダメージは負わせた。その場に留めさせたサーベルタイガーに、シュユの仙術が行使される。


「以水行為柱・噴(水行をもって柱となす、噴け)!」


 ダメージを受けひるむ牙虎の腹に、床から水柱が立ち昇った。それは激流となり、牙虎を天井へと押し付けるようにして、貫く勢いで攻撃している。


「ルビー殿!」

「分かったわでござりますわよ!」


 変な共通語で返事をするルビーだが、やるべきことは分かっていたようで。シュユが仙術で顕現した水をそのままマニピュレート・アクアムで操る。

 まるで粘液と化したように、水柱の激流は天井へと張り付いた。それは、そのままサーベルタイガーを縫い止めてしまう。


「天井に倒れてなさいな」


 通常ではありえない言葉なのだが、真実なので仕方がない。

 だが、召喚士への射線が通った。

 俺とパルは魔力糸を引き、回収しながらも前進する。

 召喚士は牙虎が行動不能になったと同時に詠唱中断し、部屋の隅から逃れるように前へと出てきた。

 俺たちと鉢合わせする形になったが、好都合。

 召喚士の判断力と思い切りが良さに辟易とする。あのまま詠唱を続けていれば、こちらの攻撃が間に合っていた。もしくは、そのまま防御に徹してくれれば部屋のすみっこに釘付けできていた。

 だが、大胆にも前へと出てくるというその判断。

 俺とパルの攻撃力の貧弱さを、防御し切れるもの、と睨んだのだろうが――


「舐めるなよ」


 俺はスカーフのように首元に巻いている聖骸布を引き上げた。口元を覆うと同時に、意識をスイッチさせる。

 スカーフが黒色へと変化し、俺の能力値は人間種の限界値まで引き上げられた。

 いや。

 以前よりも肉体が若返ったんだ。

 人間種の限界を越えたところ動きができるはず!


「――」


 集中。

 盗賊スキル『無音』を越えて、一気に『無色』まで引き上げる。

 世界から音が消え、色も消える。

 白と黒のみとなり、時間の流れはゆっくりとなった。

 まるで水の中に落ちたような感覚で、身体は重い。だが、それだけ正確に指先まで完璧に身体を制御することができた。

 一歩、踏み込む。同時に魔力糸を顕現。ツールボックスから針を取り出すと同時に魔力糸を通した。

 二歩、駆ける。

 ルビーの横を通ると同時に彼女のドレスに糸を引っかけた。

 しょうがないですわね、と言わんばかりの視線を向けられた。

 すまん、少しだけ世話になる。

 そんな視線を返して、俺はそのまま召喚士へと肉薄した。

 ナイフをベルトから引き抜き、そのまま召喚士へと見せる。対して、召喚士は金属の壁を召喚した。

 素晴らしい反応だな。

 だが、その反応の良さがアダとなることを教えてやる。


「――ッ!」


 足元からせり上がる壁が、彼我を分断する。

 金属の壁にナイフを当てつつも、俺は身体を捻るようにして、そのまま前進した。

 俺には聞こえないが、打突音が響いているはず。

 盗賊スキル『影走り』。加えて自らの金属壁に注目させるという『隠者の指先』での視線誘導。

 召喚士が俺の姿を見失ってもらっている間に、俺は魔力糸を握り込む。先ほどルビーに縫い止めた魔力糸だ。

 まるで大岩に結び付けたように、ビクともしないルビーの支えに内心で笑いながら、身体を強制的に静止させた。

 革手袋が摩擦で焦げた煙が立ち昇る前に、召喚士の真後ろへと移動する。

 そのまま召喚士の背中へ――


「フッ」


 ようやく吸えた息と共に、ナイフを突き刺した。

 盗賊の代名詞『バックスタブ』。

 世界に色が戻り、革手袋から煙が出たところで俺の目の前に金属盾が振り回されるように迫ってきた。

 背中を刺されながらも召喚士が反撃してきたらしい。

 あぁ、これは――避けられん。

 俺は思いっきり殴り飛ばされてしまうが……チェックメイトだ。


「おおおりゃああああああああ!」


 盗賊とは思えないほど、可愛らしい声をあげて。

 我が愛すべき弟子パルヴァスが、その小さな体を利用して相手の懐へ潜り込んだ。

 そして腕を振り上げるようにして、シャイン・ダガーを召喚士の喉へと突き刺した!


「カハっ」


 初めて認識できる召喚士の声。最初で最後の、意味合いの分かる声。

 喉を潰されれば、それこそ長くは持たない。

 加えて。


「もう詠唱できぬな」


 魔法使いの弱点とも言えること。

 声が出せなければ、魔法は行使できない。

 殴り飛ばされ、床を跳ねて吹っ飛ぶ最中の視界の中で、セツナとナユタが動くのが見えた。仕込み杖の刃の反射が閃光のように見え、赤の槍が召喚士の身体を穿つ。

 遅れるように金属盾が顕現し、ふたりを牽制するようにブワンと振るわれるが……そこまでだった。

 俺と違って、その程度の攻撃に当たりもしないふたりは余裕で避ける。

 そして、その場に崩れるようにして膝を付いた召喚士。

 ようやくとばかりにフードが背中側にめくれ、その顔を見ることができた。

 ゴロゴロと転がり、床に倒れたまま。

 俺は召喚士の姿を拝む。


「ハーフ・リングに似ているな」


 肌の色は魔物種に多い灰色のような感じで、髪の毛はない。エルフほどではないが、尖った耳と小柄な肉体は、ハーフ・リングを思わせた。

 もっとも。

 彼らがこんな凶悪な爪を持ち、ここまで戦い慣れた動きするような種族ではない。大胆で思い切りの良い判断力は似ているとは思うが。

 しかし、彼らが召喚魔法をここまで見事に操るという話も聞いたことがない。

 ただ、それだけのこと。

 なんとか召喚士を倒すことができた。


「うわああん、師匠~! ポーション! ポーション!」


 なんて思ってたらパルが走ってきて俺に向かってポーションをぶっかけてきた。


「何をするんだ、この馬鹿弟子が」


 思わずパルの両足を払って、頭を打たないように優しく抱きしめるようにし転ばしてから、ほっぺたを両側からむにゅ~っと抑える。


「ひひょー、ひは、ひがへへはす」

「なんて?」

「師匠、血が出てます」

「マジか?」


 どこだ、どこを怪我したんだパル!?

 と、思っていろいろと調べてみたけど、パルから血が出ている様子がなかった。

 え、え、もしかして見えてない部分……お股を怪我しちゃった!?

 なんて不安とドキドキでいっぱいになってたら、違います~、とパルが否定した。


「師匠の頭から血が出てたんです!」

「あ、俺かぁ……いや、出てないが?」


 頭を触ると、確かに金属盾で殴られた痛みでズキズキとするが、血が流れている様子はなかった。むしろポーションでボトボトに濡れてるんですけど?


「さっき出てたからポーションで治したんですよぅ! ちょっと冷静になってください、師匠!」

「お、おう……すまん」


 痛みをほとんど感じてなかったのは、戦闘の高揚からか。ポーションぶっかけられて怒ってしまったのも、なんかそのままの流れだったような気がする。もしくは、頭部へのダメージで本当に混乱してた可能性もあるか。

 うむ。

 反省しないとな。


「で、大丈夫ですの師匠さん」


 黒のドレスから冒険者装備に戻ったルビーが俺の頭に齧りつくように見てきた。血が付いていたのなら舐めとるつもりだったのだろうが……


「……ちょっと治すのが早くありませんか、パル?」


 どうやら血は付いていなかったようだ。

 パルに理不尽な文句言ってる。


「ルビーは師匠が頭から血を流してるのに、そのままにしろって言うの!?」

「はい」

「ひど!? この人でなし!」

「はい」

「そうだった!」


 楽しそうですね、パルとルビー。


「大丈夫か、エラント殿」

「んあ。あぁ、問題ないよ。パルが治してくれた」


 そうか、と確認するとセツナは、どっこいしょ、と珍しく疲れたようにその場に座る。

 いや、実際に疲れたんだろう。

 ダメージは無いし、ほとんど無傷で倒したものの……ルビーがいなかったら今ごろは焼けながら逃げていたに違いない。

 いや、普通に全滅していたか。

 召喚士が、想定以上に強かったのは確か。

 むしろ、この迷宮で一番強いんじゃないか、とも思えるが……9階層を確認している以上、召喚士がいわゆる『ラスボス』とは思えない。

 それを考えると……宝物庫前にはいるんじゃないだろうか。

 金庫番みたいなモンスターが。

 なにせ、自分たちを生み出している大元の場所だ。

 守る、と考えるのが普通だろう。たぶん。いや、モンスター発生の話とか、いろいろ複雑なので良く分からないし、そうとも言い切れないだろうけど。

 なんにしても、このレベルの敵がいたとなると……


「ルビーは、もうちょっと手伝ってくれないか」

「まったく。仕方ありませんわね」


 俺やセツナだけでなく。

 シュユちゃんもナユタんも疲れて座り込んでいる様子を見て。

 ルビーは苦笑しながら了承してくれるのだった。

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