~卑劣! ヴァーサス・ドラゴンサモナー~

 召喚士と遭遇!

 部屋へと入り、陣形を整える。

 ――なんてヒマはない!


「押し込め!」


 セツナの作戦を聞く前に、俺たちは全員で黒いローブを頭からすっぽりと被ったモンスターへと襲いかかった。

 不意打ちをくらった仕返しとばかりに突撃しているが、実際のところ、これが最善手のはず。

 なにせ、相手は召喚士。

 一手でも遅れた場合、あのドラゴンを召喚されてしまうのだ。

 卑怯や卑劣などと言っている場合ではない。

 とにかく、相手に攻撃の手番を渡すことなく完封してしまうのが理想!

 だが――


「なっ!?」


 召喚士が手をこちらに向けた瞬間、鈍い色をした金属の壁が出現した。

 前衛の動きを止めるように三枚の壁が床から天井までを塞ぎ、彼我を分断する。壁は、その分厚さを示すような彫刻の模様が刻まれている。

 文字ではなくシンボルなのだろうが、それが何を意味しているのかは見い出せない。

 だが――どことなく貴族の紋章を思わせた。

 しかし、それを考察しているヒマはない。

 どうやらかなりの厚さがある壁のようで、そう簡単に破壊できそうには見えない。

 詠唱無しで魔法を使えるのか、それともこれが召喚士としてのワザなのか。

 とにかく先手をお互いに潰された状態となる。

 先頭を走るセツナとナユタがブレーキをかけて停止した。

 しかし、ウチの一番槍ならぬ『一番盾』は止まらない。


「そーぅれっ!」


 まるで予想してたかのように、金属壁に向かって拳を突き刺す。こいーん、という奇妙な音が響くと共に、金属の壁はひしゃげ、その形をイビツな物へと変えた。


「ナイス、ルビー!」

「見えたでござる」


 ひしゃげた真ん中の壁。

 おかげで左右との間に隙間ができた。

 そこへ俺とシュユが牽制の投げナイフとクナイを投擲する。

 召喚士は舌打ちこそ聞こえなかったものの、口の動きは消える。詠唱を中断させることに成功した。


「もういっぱーつ!」


 ルビーが大きく振りかぶって、本気で壁に向かって殴りかかる。

 しかし――


「あら?」


 拳が当たる前に壁が消失した。

 思いっきり空振りしたルビーは前へとつんのめるようになるが、そのお腹へ向かって床から突出するように金属の壁が出現する。


「んぎゅぅ」


 そのままルビーは壁に押し上げられ、天井まで持ち上げられて挟まれた。

 恐ろしい攻撃だ。

 下手をすればお腹でまっぷたつにされるかもしれない。

 しかし、ルビーの尊い犠牲で、召喚士への路は開けた。セツナとナユタは召喚士へと接近して、武器を振りかぶる。

 その攻撃を後ろへ下がるようにして避けた召喚士だが、甘い。

 なんと、そこにはすでにパルがいた。いつの間にか回り込んでいる。


「おりゃあ!」


 やるじゃん!

 俺の弟子!

 と、褒めてあげたいところだったが、攻撃方法はいまいち。そこでバックスタブを決められたら一撃で終わったのだが、シャイン・ダガーの大振りは避けられてしまった。

 絶好のチャンス過ぎて大ダメージを与えなくては、という考えが先行したような感じか。緊張感を抑えきれなかったらしい。

 加えて、ひとりで後ろにいる、ということは孤立している状態とも言える。

 チャンスとピンチは表裏一体。

 まだまだ経験値が足りていないことが露呈してしまったところだが、今は全力で褒めてやろう。


「よくやった、戻ってこい!」

「ワン!」


 なぜか犬の鳴き声で返事をするパル。

 混乱しているのだろうか。

 パルがこっちに戻ってくる時間を稼いでくれるセツナとナユタ。というか、本気で攻撃してくれているんだけど、召喚士の力量もなかなか高い。ふたりの攻撃を左右の手でさばいている。

 弾くような金属音。

 もしかしたら黒いローブの下には金属の鎧を仕込んでいるのかもしれない。


「ふぎゃ」


 と、後ろで声がした。

 金属の壁が消失して天井付近からルビーが落ちたらしい。

 本来なら再起不能状態だろうが、ウチの吸血鬼さまはすぐさま前線に復帰する。その程度で動揺することはないのか、召喚士は次の一手を繰り出してきた。

 セツナとナユタの攻撃を大きく後ろへと避け、魔法陣を展開。

 攻撃をさばきながら詠唱していたのか、それとも無詠唱だったのか。

 召喚されたのは、ゴブリン・アーチャー。

 その数は、3。

 ただのザコだが――


「まずい!」


 俺は叫ぶ。

 召喚と同時に矢を放つゴブリン・アーチャーだが――問題なのはそっちではなく召喚士だ。

 なにせ、あからさまな詠唱が始まった。

 詠唱キャンセルを狙うか、それとも先にゴブリン・アーチャーを始末するか。

 俺は迷いなく――


「フッ!」


 召喚士の詠唱キャンセルを狙ってナイフを投擲した。

 それと交差するようにしてゴブリン・アーチャーの矢がこちらへ飛来するが、それをルビーがタワーシールドで防いでくれる。

 シュユとパルも投擲していた。

 狙いは、シュユが召喚士へ、パルがゴブリン・アーチャーへ。

 パルの攻撃はゴブリンの腹へと当たった。一匹、行動不能。残り2匹。

 俺とシュユの投擲は召喚士へ当たったが――詠唱は止まらない。もとよりダメージ覚悟の詠唱だったのか。


「くっ!」

「おおお!」


 セツナとナユタが前へと突っ込む。しかし、それを残ったゴブリン2匹が邪魔をした。ギャギャギャと笑うように声をあげ、みずからを犠牲にするような行動を取った。


「ちっ」


 目の前に飛び掛かってこられれば、切り捨てるしかない。無視してしまえば、ゴブリンの思うつぼだ。簡素な槍と言えども、太ももにでも傷を付ければ、それはもう致命傷にも匹敵する。


「ちくしょうが!」


 吼えるように切り捨てるナユタ。

 ゴブリン・アーチャーは全て倒したが、手番は召喚士に廻ってしまう。


「×××××」


 詠唱が終わり、魔法陣が展開され、顕現したのはピンク色の小さな塊だった。

 いや、よく見れば目がある。

 小さな虫のような生物が、宙に浮いていた。


「なんだ?」


 ドラゴンでも召喚されるのかと身構えれば、まったく違う小さな存在。それでも詠唱後に召喚されたので警戒するが――不気味すぎて、どう行動すれば良いのか判断がつかない。

 しかし、観察を続けるわけにもいかない。

 なにせ召喚士の次の詠唱が始まっている。

 そこから推測されるピンクの生物は、恐らく防御系、もしくが行動阻害系と思われる。まさかブラフというわけではないだろう。


「とりあえず、殴って確かめてきますわ」


 ルビーがトントントンと跳ねるようにピンク色の小さい物へと接近した。だが、それは何の反応も示さない。

 ただただ浮いているだけ。

 ルビーはそんなピンク色の生物を殴り飛ばす。


「あら?」


 ぐしゃり、とその一撃で潰れてしまう。そこまで強力な攻撃でもなかったはず――なんて思った瞬間には、つぶれたピンクの肉塊が膨張し出した。

 元の形より遥かに大きく膨らみ、パンパンに空気を取り込んでいるのが分かる。


「やべぇですわね」


 と、ルビーの声が聞こえたが。

 それを掻き消すように、轟音と爆風が俺たちを吹っ飛ばした。とてもじゃないが、耐えられる衝撃ではない。

 後ろの壁までゴロゴロと吹っ飛び、壁に叩きつけられる。

 自爆技なのか、召喚士すらも反対側へ吹っ飛んでいるように見えた。だが、口元は動いている。詠唱は続けている。なんてモンスターなんだ、マジで。ちくしょう。


「――――」


 悪態をついたが、自分の声が聞こえない。爆音のせいで耳がイカれてしまった。幸いにも鼓膜は無事のようだが、しばらく耳は使い物にならない。

 そう思いつつパルの姿を探すと……隣でくらくらとしながらも立っていた。

 頼もしい。

 他のメンバーも無事のようで、全員が立っている。

 まだまだ問題なく戦闘は継続できるようだが……この状態では命令が行き届かない。連携に支障はないと思われるが、退却の判断を伝えられないのが困る。

 なんて思っていると、セツナがシュユに目配せしている。それにシュユはうなづき、素早く指で印を結んだ。続いて口訣を唱えたと思うのだが、残念ながら聞こえない。

 なにか仙術を使ったらしいが――


「あ」


 途端に音が戻ってきた。

 どうやら回復系の仙術らしい。

 まだ戦える。

 戦えるが――


「次が来るぞ!」


 召喚士の詠唱が終わり、魔法陣が展開される。詠唱時間はさっきよりも長かった。自爆によってそれなりに召喚士もダメージを負っていると思われるが、それを意に返さず召喚してきやがった。

 なんだ、何が召喚されてくる!?

 そう身構えていたが……それが何か分かった瞬間には血の気が引いた。

 赤い巨大な顎。

 レッドドラゴンの頭。

 その巨大な口が開き――閃光が溢れていく。


「ルビー殿、頼む!」

「頼まれなくともやりますわ!」


 さすがのルビーも、お遊びモードを解除してくれたらしい。

 だが、間に合うのか!?

 ルビーは両腕を広げるようにして下から振りあげた。その動きに連動するようにして、足元から影がせり上がる。

 それは俺たちの前で巨大な壁となり、完全に視界が閉ざされた。

 鉄壁の影壁が部屋を分断するように床から天井までをぴっちりと塞いだ。

 その後に襲ってきたのは、恐ろしいほどの轟音と熱。

 まるで地下ダンジョン全てを揺るがすような衝撃が伝わってくえう。

 攻撃ではなく防御。

 ルビーの影が、ドラゴンのブレスを全て受け止めてくれたらしい。

 いつの間にやらルビーの姿も冒険者装備から、真っ黒なドレスに変わっていた。チリチリと炎の影のようなものが、影の壁を焦がしているのが分かる。

 相当な威力だ。


「反撃、いきますわよ」


 それでも、ルビーはそう言った。

 余裕があるらしい。

 まったく。


「頼もしい役立たずだねぇ」


 ナユタが苦笑しながら言う。

 その言葉に、ルビーはニヤリと笑った。


「それ、最高の誉め言葉ですわ」


 と、笑うのだった。

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