~卑劣! 迷宮を騙せ~

 お疲れメイクを施した俺たちは。

 地下7階を通常通りに攻略し、地下8階への階段にさしかかった。


「よし、ここからだな。エラント、何かアドバイスはあるか?」


 召喚士は、どうにも俺たちの疲労や状況に合わせて出現しているような気がする。ということで、なんちゃって疲労困憊メイクをほどこしてきたのだが、それだけで上手くいくようだったら、迷宮も大したことはない、

 ということで、念には念を。

 多少は演技をしておいたほうが効果はありそうな気がする。


「少しうつむき加減で、猫背になる感じだろうか。こう、全力疾走した後に膝に手を付くだろう? この状態で身を起こした時が一番疲れている立ち方に見える」

「なるほど」


 というわけで、みんなで膝に手をついてハァハァと疲れたフリをしてから、上体を起こした。


「わたし、この皆さまで劇団をやりたくなりました。ダンジョンを攻略したら、やりませんか。名付けて『劇団・ディスペクトゥス』。愛と勇気とえっちな冒険を演劇にしたいと思います」

「「却下だ」」


 愛と勇気はまだ分かるが、えっちって何だよ、えっちって。

 それを街中で見せるつもりなんですか?

 レベル高すぎだろ。


「え~……残念です」


 しょんぼり、と肩を落とすルビー。

 一番お疲れのように見えるので、なんとなく好都合だ。もしかしたら、ワザとやったのかもしれない。

 俺たちは、そんな風に疲れたフリをしながら8階層へと到着した。

 一応は会話も疲れたフリを続ける、ということにしているので――


「セツナ、そろそろ休んだ方がよくないか?」

「いや。急ぐ必要がある。拙者には残された時間はあまり無いんだ」


 という演技を挟んでおいた。

 これで、意味がなかったら大変に恥ずかしい行為になってしまうのだが、仕方あるまい。


「さっさとスイッチを押しに行くぞ。シュユ、案内を頼む」

「は、はいでござる」


 シュユちゃんもなかなかの演技。あせるように地図を取り出すんだけど、一度落としてしまう。本来なら、絶対に落とさない子だもの、素晴らしい。

 対して、ウチの愛すべき弟子の演技もかわいい。


「……」


 ぼ~っとしてる。

 疲れてるんだろうなぁ、というのを確実に表現してるし、小さい子特有のなんかちょっと眠い気がする、みたいな感じも出てて、素晴らしい。

 いや、ちょっと幼い子過ぎないか?

 でもカワイイのでオッケーです。好き。


「休んでるヒマはない。進むぞ」


 みんな返事はするが――トーンはバラバラ。

 そんな状態で進んで良いはずはないのだが、進んでしまうという奇妙さ。どう考えても演技だろ、これ。バレバレじゃん。

 なんて思いつつも俺たちは扉の先へと進んだ。


「うげ」


 と、声をあげたのはナユタだ。

 無理もない。

 扉の先にいたモンスターはミノタウルスとオークキングの2体。

 なんかこう、組み合わせとしてはそんなに脅威ではないのだが、イメージとしては何となく最悪の組み合わせな気がしないでもない。

 もっとも。

 女の子に嫌われてるミノタウルスならまだしも、でっぷりとしたお腹を持つオークキングにいたっては、まったくもって嫌われてるのは見た目だけの話であり、なんかこう、申し訳なさもある気がする。


「ミノちゃんはわたしにお任せを。皆さまはブタさんをお願いしますわ」


 まぁ、疲れた演技のままで戦闘をこなすわけにもいくまい。

 率先してミノタウルスに突撃していってくれるルビーに女性陣は感謝を述べているので、ルビーの高潔なる献身はありがたい。

 しかし、ルビーはオークキングが気に入らない様子。

 種族問題的に何かあるのだろうか?


「スリルが足りませんわ、スリルが。負ければ大変なことになってしまう、という恐怖がまったく感じられないんですの。せめて食べてくるような素振りでも見せてくだされば面白いのに」


 そんな感想を後にもらったが、まったくもって理解できない話だった。

 なにせ負けた時のことを言っているのだ。

 むしろ死なせてくれないミノに嫌悪感を抱くのが普通だと思うんだけどなぁ。

 ルビーと分かり合えるのは難しい。


「だからこそ、人間種が大好きなんです。離れていれば離れているほど、好きという気持ちが上乗せできるのですわ。初めから理解されているのであれば、ここまで盛り上がりませんもの」


 なるほど、言い得て妙、だ。


「でも嫌われちゃったらいきなり終わっちゃうよ。だって離れてるんでしょ?」

「……おパル」

「なぁに?」

「ソレはソレ、コレはコレ」

「あ、うん」


 考えていなかったらしい。ルビーが正論で負けた瞬間だった。でも負けを認めないから、暴論で民の口を封じてしまった。さすが魔物種の支配者さまだ。強みが違う。

 というわけで、無事に牛と豚を倒した。


「師匠。焼肉が食べたいです」

「分からなくもない」


 これでコカトリスでも一緒に出現したら迷宮が焼肉を食べろ、と告げているに違いない。

 疲れてるから栄養を付けろ、という意味にも思えてしまう。

 まぁ、その場合はモンスター同士で争っている場面に遭遇してしまった、という状況だろうから、一旦引いておくのが良いんだろうけど。


「よし続けていくぞ」


 落とした金を回収して、すぐに次の部屋へと移動する。

 もちろん休憩なんてせずに、だ。

 う~む。

 疲労困憊のフリをするのはいいが……このまま行くと、本当に疲労困憊になりそうだな。

 それまでに召喚士と遭遇することができればいいが……もしかしたらリアルラック……運の良さが影響しているのかもしれない。

 もし、そうだとすると。

 俺とセツナがみんなの邪魔をしていそうで怖いなぁ。

 なんとなく運が悪そうじゃない?

 俺とセツナって。

 まぁ、人にはとてもじゃないけど公言できない性癖をしているものなぁ。

 罰として、運の良さを神さまが意図的に減らしていても、文句は言えまい。

 しかし、それを考えても仕方がない。

 次の部屋の気配察知をして、俺は扉を蹴り開けた。突撃した前衛組から報告は無し。どうやらモンスターはいないらしい。

 探索の必要もないので、次の部屋へ移動しようかと思うと、ルビーが部屋のすみっこにあった宝箱に気付いた。


「開けませんの?」

「無視する」


 セツナがキッパリと言い切った。元より、この階層で出てきた宝箱の中身って、鑑定したとしても支払える物ではないものばっかりだしなぁ。

 そういう意味では、開けても意味がない、と言えるかもしれない。


「え~。透明になれる薬とか入っていたらどうしますのよ」

「それを何に使うんだ、ルビー。こそこそお風呂を覗くような人間には成りたくないぞ」

「普通にダンジョン攻略に使うつもりでした。透明になればモンスターに襲われませんわ。しかし、お風呂を覗くアイデアは素晴らしいですわね。是非、ご一緒しても?」

「俺が悪かった……!」


 真っ先にお風呂を覗くアイデアしか思い浮かびませんでした!

 ごめんなさい!


「気を落とすなエラント殿」


 背中をポンポンと叩いてくれるセツナ。

 優しい。好き。


「拙者も同じ考えだった」


 こっそり耳元で教えてくれるセツナ。

 同志よ! 好き!

 だよなぁ!

 透明になったら、まずお風呂に行くよねぇ!

 と、叫びたいのを我慢して、次の扉を気配察知。


「あ~ん、宝箱ぉ」


 最後まで未練たっぷりのルビーを押すようにして、次のフロアへ突撃。

 しかし、ここにきて初見の敵。


「なんだ!?」


 半透明の全身鎧を着た騎士のようなモンスター。

 それが重なるように縦に並んでいるようで、正確な数が分からない。

 ゴースト・ナイトとでも呼称しようか。

 とりあえず、実体を持たないゴースト種であるのは確か。厄介なことに、マジックアイテムや魔法でしかダメージを与えられない敵だ。

 なので――


「ご主人さま」


 七星護剣・木をシュユがセツナに渡す。

 だったら俺は、とナユタに七星護剣・火を投げ渡した。


「ありがとよ」


 ルビーは武器を持っていないが、まぁ大丈夫だろう。というか、自前の魔力でなんとかしてくれ。

 俺たちが散開するのに合わせてゴーストナイトも散開する。どうやら4体いたようで、かなり厄介だ。

 なにせ、マジックアイテムが無いと相手の攻撃を防ぐこともできない。

 盾をすり抜けてしまう攻撃など、卑怯なことこの上ないと思う。

 そんなわけで、ルビーはタワーシールドを影の中に沈め、自分の爪を使って敵のロングソードを受け止めた。

 それを援護するように俺は魔力糸を生成。


「捕縛スキルは持ってないんだが……!」


 見様見真似で、やってみる。

 ゴーストナイトの振り下ろした腕に、すれ違いざまに糸を絡め、後ろへと回り込む。そのまま腕を縛るように引っ張って――


「あ」


 行動が遅すぎた。

 ゴーストナイトが俺へと振り向き、剣を振り下ろしてくる。

 一手で拘束まで持って行くには、やはり技術力が足りていないようだ。一流の盗賊にはまだまだ成れないらしい。

 捕縛スキルは必要なかったからなぁ。ゴースト種が相手の時も、賢者と神官がいたし。俺の出番なんて無かったので。


「おっと」


 というわけで、捕縛を諦め後ろへと下がって剣を避ける。

 その間にルビーがバックスタブを決めた。

 というか、本来なら不可能なんだろうけど、ゴーストナイトの腹を貫くようにルビーが腕を突き出している。普通ならゴーストの体をすり抜けるだけでダメージにはならない。

 これも爪での一撃、ということになるんだろうか?

 はなはだ疑問ではあるものの、倒せているのだからまぁいいか。


「ハッ」


 セツナは無事に七星護剣・木で斬り倒し――いや、むしろ殴り倒しているようだが、さすがに槍と短剣では使い勝手が違い過ぎるらしく、ナユタは苦労していた。


「うりゃりゃー!」


 でも、パルがシャイン・ダガーで援護しているので、無事に倒しきれたようだ。ゴースト・ナイトと言えど、やはりゴースト種らしく、鎧なのは見せかけだけ、らしい。


「ふぅ、助かったよパル」

「んふふ~、どういたしまして。あっ。はぁはぁ、つ、疲れたよぉ~」


 元気娘な片鱗を慌てて隠すパル。

 かわいい。


「半透明なゴーストから実体の金を落とすのも奇妙な話ですわね」


 それはもともと、外でも魔物の石を落とすので変わらないことなのだが……まぁ、言いたいことは分かる。でも、金も半透明だったら、それはそれで怖い。


「よし、続けていくぞ」


 休憩なしで、ガンガン進もう。

 というわけで、気配察知からの扉を蹴破る。


「あら」


 一番最初に突撃したルビーが声をあげたのが分かった。

 それも嬉しそうな声。

 続けてセツナからの報告が聞こえる。


「敵、1」


 続けて、報告が入る。


「召喚士だ」


 どうやら、作戦が上手くいったらしい。

 のか、どうか。

 割と連戦状態で疲労がそこそこある気がする。

 お化粧作戦。

 結果――

 ――微妙!

 しかし、今までよりかは遥かにマシな状況なのも確か。

 さぁ、戦おうか!

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