~卑劣! 与太話とお化粧~
召喚士を騙す。
もしくは、『迷宮』そのものを騙す。
「ならば、盗賊の出番だな」
嘘と詐欺は盗賊の得意技だ。
というわけで、俺は地下街で客を探している娼婦に声をかけようと近づいた。
「なるほど。いっぱいえっちして、疲れ切ってからダンジョンに突入するわけですね。肉体的には疲労困憊ですが、精神的にはとっても元気。さすがですわ、師匠さん」
「ちょっと黙っててもらえます?」
勝手に付いてきて、勝手に邪魔するの、やめてもらえませんかルビーさん。
くすくすと娼婦の女の子に笑われてるじゃないですか、やだー。
「かわいいお嬢さんをお連れね。わたしもあなたくらい綺麗だったら良かったのに」
「嬉しいお言葉です。ですが、わたしには自分の身体を殿方に触れさせる勇気も覚悟もありませんでした。あなた達ほど強い女性は類を見ません。わたしは尊敬します」
「嫌味じゃないことを願うわね」
「むぅ。同性を褒めるのは難しいですわね。お任せします、師匠さん」
「好き勝手に発言する連れで申し訳ない」
大丈夫よ、と娼婦は笑いながら答えてくれた。
こういうコミュニケーションも売りにしているのかもしれない。なにせダンジョン内は気が滅入るので、冗談のひとつでも飛ばさないとやってられないのは理解できる。
あと、地下街で営業してる娼婦だ。
地下5階までやってくる、という覚悟が決まっているということもあり。
強い、というルビーの評価は間違っていない。
自分の値段をつり上げるという意味では、ここほど儲かる場所は早々にあるまい。
そんな女性に声をかけたのは、もちろんナンパでも仕事の依頼でもない。
「すまないが、化粧品を少し分けてもらえないだろうか」
「あら。この子を娼婦にするつもり? それとも、そういう『遊び』かしら」
いいや、と俺は苦笑した。
「ちょっとしたメイクをしたいだけだ。手持ちがないので、譲ってもらうしかない」
もちろん無料でもらえるとは思っていない。
というわけで、俺は娼婦の手に金を乗せる。
「もう一声、いいかしら。なにせ、この地下街ではお化粧品を補充するのも大変なの。大切な商売道具を譲るんですもの。相応の値段でないと困るわ」
「それは申し訳ない。なにせ化粧の相場も知らないのでね」
というわけで、金を追加した。
お金に換金する前の状態なのだが、まぁ大きめの塊だ。インパクトはあるだろう。
「まぁ、大きいのね。ステキ。一晩どう?」
「残念ですが、師匠さんの予約は埋まってますの。横入りするには、それなりのお金を積んで頂けないと困りますわ」
ルビーが俺の腕に絡みついてきた。
そこまで牽制せずとも、娼婦の冗談だと言うのに。
「あら残念。小さな娼婦さんには勝てそうにないわね」
「訂正をお願いするわ。わたしは愛人よ」
「そう、ごめんなさ――愛人!?」
素っ頓狂な声を娼婦はあげた。
で、ジロジロと俺を見始める娼婦さん。
「冗談を真に受けないでもらいたい」
「あははは、ごめんなさい。あなた達が仲良しなので、つい。そういう目で見ちゃった。はぁ、でも愛人かぁ。将来性は有望なの?」
「勇者サマに肩を並べる男ですわよ、師匠さんは。手を付けるなら今のうちですわ。もっとも、正妻の地位になりたければわたしを倒してからにしてくださいな」
「あはははは!」
娼婦さんにはバカ受けだった。
まったくもって嘘がひとつも混じっていないところが恐ろしいが、その全てが冗談だと思われているところも、また恐ろしい。
面白いお嬢さんね、と娼婦は笑いながら化粧品を譲ってくれた。
「これだけでいいのかしら? 口紅は必須だと思うのだけれど?」
もらったのは、肌の色をよく見せるための粉。白粉、というほど白くはないが、それなりに白に近いものだ。
「あぁ、充分だ。これだけで問題ない」
「なんだ。お化粧品一式かと思ったから、これだけもらっちゃったのに」
どうやら勘違いしていたらしい。
余分に金を渡してしまったようだ。
「返さなくていいよ。正当な対価と思って受け取ってくれ。時間を取らせてしまったしな」
「あなたイイ男ね。ホントに一晩どう? そこの愛人さんから予約を買い取れるかしら?」
「ふっふっふ、残念ですがわたしの予約は買い取れたとしても、師匠さんの本妻が待っていますわ。彼女は高いですわよ」
「そっか~、残念。結婚してるのね。あの金髪の子はあなたの子ども?」
シュユと遊んでるパルを娼婦は示す。
「あれが本妻ですわ」
「へ~、随分とお若い奥様……いや、もう騙されないからね」
危ないまた驚くところだったわ、と娼婦は勝ち誇っている。
残念だったな。
それも嘘じゃないんだよなぁ!
まだ結婚してないけどね!
ふっふっふ。
盗賊なのに、嘘で騙していない。
……間違っていないのに、ひどく間違っている気がする。
うん。
「ま、まぁそういうことなので、失礼するよ」
「残念。気が変わったらいつでも相手するわ」
「たんまり稼いでから、声をかけさせてもらうよ」
待ってるわね、と投げキッスをもらった。
もちろん、ルビーが俺の前へ立って勝手に受け取って、地面に叩きつけてフフンと鼻を鳴らすように笑ってしまったが。
そんな様子を見て、楽しそうに笑う娼婦さん。
まぁ、楽しんでもらえたようでなによりだ。
「ただいま」
「師匠、随分と楽しそうだった」
娼婦と会話が盛り上がってるのを見て、パルが文句を言う。
「ルビーが余計なことを言いまくるからだ。俺じゃなくて、こっちに言ってくれ」
「そうなの?」
「はい。ですが、最後にあの娼婦と約束しておられましたから。師匠さんはあの方を買うおつもりみたいですよ? 是非とも阻止しましょうね、パル」
「分かった、がんばろう」
美少女ふたりが結託した。
恐ろしいことに、ルビーはさっきから真実しか話していない。
というか、余計なことしか言ってない。
まったくもって、盗賊適性が高すぎて困る。
交渉を有利に進めるために嘘を用いるのは良くある話だ。
更に、嘘にはほんの少し真実を混ぜると、その効果が倍増する。
そんな大前提があるにも関わらず、だ。
この吸血鬼、嘘ではなく真実のみで面白おかしく交渉を上手く進めてしまうとは。
まったくもって、素晴らしい。
これが人の上に立つ者。
支配者の話術、というものなのだろうか。
王族や貴族には『人たらし』が多いと聞くが……ルビーはまさにそれなのかもしれないな。
「それで、与太話は済んだのか」
「与太とは酷いな、与太とは」
カカカ、と商人モードで笑うセツナにため息をつきつつ、俺は受け取った化粧品の加工準備を始める。
まず盗賊セットの入っている腰のツールバックの中身を取り出し、ひっくり返してパンパンと叩いた。
それと同時にブーツの底に付いている砂も集めて、それなりの量にする。
「パルの砂もくれ」
「はーい」
さすがに俺に付着した砂埃を使うのは気分が悪いだろう。
その点、美少女の砂ならば問題ない。
うん。
もっとも、そのままで使うと肌が荒れてしまう心配もあるので、ここは神の奇跡を頼る。
というわけで、砂埃と化粧を混ぜ合わせ、ポーションで練るように伸ばしていく。
「パル、おいで」
「はーい」
「仮面を取ってくれ」
「はいはい」
「俺の仮面じゃなくて、自分の」
「えへ」
ワザとか。
このカワイイ弟子め。
ある程度の粘性が付いたそれを指で取って、パルの頬と目の下にぬりつけた。
「んふふ~」
「ほら、動かない」
ちょちょん、と指先で整えてやると……できた。
「不健康メイクだ」
お~、とセツナとナユタとシュユがパルの顔を覗き込む。
目の下にうっすらとクマができているのと、頬に影がある感じで、やつれている表情に見える。
あとは――
「パル、全力で疲れているフリをしてくれ」
「はーい。はぁ、はぁ、はぁ、うぅ~、もうダメです~、師匠ぉ~、死んじゃうぅ~」
背筋を曲げてぜぇぜぇと息をしてみせるパル。
「これでどうだ?」
「見た目は確かに疲れて見えるな。これで迷宮を騙せるのだろうか」
「分からん。ほら、セツナ。シュユに化粧してやってくれ」
「拙者がするのか!?」
商人モードが消し飛んでるぞ、セツナ。
「那由多、頼む」
「お断りさね。せっかくの機会だ。やってやれよ、旦那」
くししし、と笑うナユタは自分でやるようだ。
「師匠さん、わたしにもお化粧してくださいな」
「おう。ジッとしていてくれるなら、やってやる」
「わたしの落ち着きのない子どもみたいに扱うのはやめてくださらない? これでもお婆ちゃんですのよ?」
自分でお婆ちゃんと言ってしまえるのなら、もうすこし落ち着いて欲しいものだ。
なんて苦笑しつつ、ルビーにも不健康メイクをしてやった。
うむ。
美少女が少し台無しになるのはもったいないが。
それなりに騙せる顔にはなっただろう。
ちなみに顔の半分は仮面に覆われているので、片側だけで済む。俺とセツナは目元を仮面で覆っているので、頬だけでいいだろう。
「よし、お疲れ感が出たな」
はてさて。
これで召喚士を騙せるかどうかは分からないが。
とにもかくにも、あいつを倒すしか方法は無さそうに思えるので仕方がない。
「エラント殿。転移の腕輪は?」
「まだ少し掛かりそうだ」
「ならば、もう少しだけ休憩しよう。転移可能となり次第、地下7階から進み、召喚士を倒す。この方針でいこうと思う」
異議は無し。
リーダーたるセツナの方針にうなづき。
俺たちは不健康状態の化粧をしたまま、もうしばらく地下街で休憩するのだった。
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