~卑劣! アクティブ・エンカウント~
結論から述べよう。
「引き返すぞ」
「おう」
俺たちは、地下8階で足止めをくらってしまった。
いや、これは結論ではないか。
経緯と言うか過程というか。
まぁ、とにかく。
地下8階を攻略できないでいた。
というのも、精霊女王スイッチを順番に押していく必要があるのだが……これが一向に完遂できない。
決して順番を間違えてしまう、という意味ではない。俺たちはそこまで愚かではない。
その最たる原因は――敵である。
あの黒ローブの召喚士が必ず邪魔をしてくるのだ。
「アクティヴァーテ」
転移でダンジョンから脱出した俺たちは、5階層の地下街へと戻る。
「ふへ~」
と、ため息をつくのはパルだけではない。
俺もそうだし、ナユタも同じ。
セツナに至っては感情を押し殺していることが伝わってくるので、相当イライラしているようでもある。
むしろ一番に感情を爆発させそうなのがルビーなのだが――
「うふふ」
逆に嬉しそうだった。
「なんでご機嫌なんだ?」
「今までが順調過ぎたのです。やはり冒険はこうでなくてはいけませんわ」
苦労したり上手くいかないのが嬉しいらしい。
「マゾだ」
パルがジト目で余計なことを言う。
またケンカするつもりらしい。
仲良しでいいことだ。
「そうですわよ?」
「認めた!?」
ケンカにならなかった。
仲良しでいいことだ。
「このあたりでいいか」
地下街の中央広場にどっかりと座った俺たちは周囲からの視線を受けながらも、大きく息を吐いた。
何度目かの光景に、いよいよ噂も広がっているようだ。
曰く、地下8階は相当ヤバいらしい。
曰く、ディスペクトゥス・ラルヴァだけでなく、ドラゴンズ・フューリーも探索に苦労している。
曰く、ディスペクトゥスの女の子たちって超可愛い。
などなど。
うん。
間違っていない噂だ。
訂正する必要はないし、上書きする噂を流す必要もないだろう。
残念ながらドラゴンズ・フューリーの姿はみかけない。どうにもタイミングが合わないというか、転移で頻繁に引き返せるのでそう感じているだけなのかもしれない。
全滅した、なんていう噂は流れてこないので、まぁ大丈夫だろう。
もっとも。
他パーティの心配をしている場合ではないが。
地下街では、手紙を渡した荒れ放題の少年パーティ『ダイス・グロリオス』は俺たちを監視するように配置している。
これは復讐の機会を狙われているんじゃなくて、むしろ護衛的な意味があった。
「何か問題があったりしました?」
「いつもどおりです」
ルビーの前で膝を付くデレガーザくん14歳。親元を離れ、無駄に背伸びした結果が荒れくれ者への堕落。これでは、お手紙を書きたくなる母親の気持ちも分からなくもない。
ただし、マザコンのように見えて逆効果だったようだが。
「何かお飲み物でも準備しましょうか」
しかし、今となっては吸血鬼の忠実な下僕と化している。
もちろん、それは俺たちが地下街にいる時だけ発動している呪いのようなものなので、相変わらず普段は荒れているみたいだが……この光景は別に隠されているわけではなく、見られたい放題になっているので、影でくすくすと笑われてしまっている。
それがまたデレガーザくんの神経を逆撫でしているので、余計に荒れてしまっているという悪循環。
いつかこの子が正しい意味での『大人』になれる日は来るのだろうか?
ちなみに俺は、まだ大人になれた気分ではない。
ほら。
正しい大人は、小さな女の子が好きになったりしないし。
うん。
俺は永遠の少年でいたい。
気分はまだまだ14歳だ。
「さて、どうしたものか」
セツナが質問するように独り言を語った。
もちろん、悩みの内容は召喚士である。
「何か良いアイデアを出しなさいな、下僕」
ルビーがデレガーザくんに無茶ぶりをした。
「申し訳ありません。私には、内容が分からず答えを出せません」
律儀に答えるデレガーザくん。
こういうところ、本当は育ちがいいんじゃないか、と思わせてくる。いや、実際には育ちが良いはずなんだけどな。
荒れてるせいで、こういう良い部分が見えないのは残念だ。
まぁ、今さら更生したところでクズはクズなので、評価はひっくり返らないが。
いくら雨で濡れそぼった子犬を助ける姿を見せたとしても、どうせ後で蹴って遊ぶんだろうとしか思われないので。
人の評価など、簡単にくつがえらない。
それが『普段の行い』というものだ。
実質。
俺が孤児の少年を拾ったところで、ロリコンのイメージは払拭できない。
どうせ少年を女装させて遊ぶつもりだろう、とか思われるに違いないのだ。
舐めるなよ。
俺は少年を女装させて喜ぶような変態ではない。
むしろ、少女を少年に男装させて喜ぶような人間だ。
舐めるなよ。
「いや、どれだけ倒錯してもそれはしないよな」
「何かアイデアがあるんですか、師匠?」
「……パルには男の子の格好も似合うかもしれないな」
「ほへ? にへへ~」
いや、無理か。
この可愛さを少年の姿に押し込められるわけがない。あふれ出る美少女っぷりが変装の邪魔をするだろう。
かわいそうに。
盗賊スキルのひとつを封印されてしまったようなものだ。
もっとも。
お姫様に変装する、というのは問題なく実行できる。
それこそ末っ子姫ことヴェルス姫と後ろ姿はそっくりなので、ちょっと身長をごまかせる靴とお胸をちょっぴり盛ってやれば、簡単に変装できるだろう。
今度、お姫様ごっこをしてみようか。
う~む。
夢が広がるなぁ~。
「簡単に説明すれば、邪魔な者が邪魔をしてくるのです。何かアイデアはあります?」
俺が素晴らしい妄想をして現実逃避を実行している間に、ルビーが恐ろしく簡素に説明していた。それでは伝わらんだろう。
「邪魔な者を排除すれば良いのでは?」
ごもっともな答えだ、デレガーザくん。
「それができれば苦労はしません。却下です。罰として椅子になりなさいな」
「ありがたきしあわせ」
答え方はそれでいいのかよ、デレガーザくん。
と思っている間に四つん這いになったデレガーザくんの上にルビーは座った。
う、うらやましくなんか、ないんだからね!
「そこが問題でござるよなぁ。なんでこう、最悪のタイミングで襲ってくるんでござろう?」
シュユちゃんが困った表情で言う。
そうなんだよなぁ。
召喚士と遭遇するのは、決まって疲弊している時や、無駄に消耗してしまって帰ろうかと思っており時や、更に言ってしまえば油断したタイミングとも言える時に限って、遭遇する。
ひどい場合は休憩している際に向こう側から扉を開けて入ってきたこともあった。
そう。
召喚士は今までにないタイプのモンスターであり、部屋の中で待ちかまえているわけでもなく、通路を歩いているランダム・エンカウントでもない……能動的にこちらの様子をうかがいつつ、的確なタイミングで襲いかかってくるアクティブ・エンカウントとでも言おうか。
出てきて欲しくないタイミングで襲いかかってくるモンスターだった。
「こっちの位置を把握してるのかねぇ。もしかしたら、モンスターじゃなくて迷宮の罠の類かもしれないな」
ナユタが冗談っぽく肩をすくめながら語った。
「動き回る罠、ということですか。それならどうします、デレガーザ」
「なら、こっちから向かってぶっ壊してやるぜ」
突然、口調が元に戻ったような感じになった。
眷属化を少し緩めたのかもしれないが……四つん這いの椅子のままなので、むしろ面白いことになっている。
「ですから、それが無理だと言ってるじゃないですか。この、おバカ」
ぺしん、とルビーはデレガーザくんのお尻を叩く。
「ありがとうございます!」
なぜかお礼を叫ぶ少年。
彼の評価が、また一段階下落した。
もともとマイナスだったので、まぁ見る者が見れば、むしろ評価は上がっているかもしれない。
「いや、それはひどい仕打ちだルビー殿」
悪人だと認定はしているが。
それでも尊厳はあるだろう、とのたまうセツナ殿。
お優しいことだ。
「……いま、わたしが言わせたんじゃないですわよ」
ルビーが若干引いている。
なんか怖い物でも見るような感じで、スススとデレガーザくんから降りて俺の膝の上に座った。
「あぁ、ルビーずるい!」
「上書きです。あの、マジで上書きさせてください。お願いします。いいですか、パル」
「あ、うん。師匠、座らせてあげて」
いやいや。
デレガーザくんが正気なら、本当に傷つくのでやめてあげてください。ただでさえ多感な時期なんですから。二度と女の子と関われなくなっちゃうから、やめてあげてください。
「ルビーさま、更なる発言をお許しください」
四つん這いのまま、デレガーザくんが言ってきた。
「許す」
まるで玉座に座っているかのようなルビーの態度だが、俺の膝の上なのでかわいい。
俺が玉座だ。
座るのは、ウチのかわいいお姫様たち。
完璧な人生だ。
「相手が罠なら、こっちも罠で攻めりゃいいんスよ。騙されるヤツが悪い」
「騙す方が悪いに決まっています。恥を知りなさい恥を」
「申し訳ありません」
しかし、悪くないアイデアだ。
「やってみるか、セツナ」
「そうだな。他にアイデアがないのも確かだ」
「ん? つまり、どうするんだ?」
ナユタが首をかしげながら聞いてきた。
「疲れたフリをするんだ。そうだな、地下7階からヘトヘトになって降りてきて、まだ探索を続ける……みたいな感じでどうだ?」
「上手くいくのかねぇ、それ」
やってみないと分からないが、どこからか監視されていると思った方が良いのは確かか。
それが地下7階からなのか、もしくは地下8階からなのか。
答えが分からないが、やってみるしかあるまい。
「その方針で行こう」
はーい、と返事をしたところで自由時間となった。
「師匠ししょう、屋台で何か買ってきてもいいですか?」
「無駄遣いするなよ」
「はーい。シュユちゃん、いっしょに行こ」
「了解でござる」
「あ~ん、わたしも一緒に連れていってくださいまし」
「「いいよ~」」
三人の美少女たちは連れ立って屋台へお買い物へ行った。
それを後ろから眺めているだけで、なんともしあわせな気分になる。
「今なら召喚士など、余裕で倒せるな」
「分かる」
間髪入れずうなづいた俺に、セツナ殿は手を差し出してきた。
硬い握手。
あぁ、友情の何たる素晴らしさ。
「もういっそのこと、おまえさん達で結婚しちまいなよ。趣味が合った結婚生活ができるだろうさ」
「「それは嫌だ」」
俺たちの答えにナユタはゲラゲラと笑うのだった。
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