~流麗! それって結婚指輪ってことですの?~

「さて、準備が整いました」


 そう告げたのは、神殿長……もしくは神官長でした。

 前回の鎧を鑑定してくださったのも、この方……だったかしらね。そうだったような、また別の人間種だったような。

 もう記憶が曖昧になってます。

 もうちょっと特徴的なことがあれば覚えやすいんですけど、普通の人間種を覚えるのって難しいですわ。

 血の味ならすべて覚えていますのに。まぁ、出会った人間種の血をすべて飲んでいってしまっては、師匠さんに怒られますからね。

 やめておきましょう。

 もっとも。

 どれだけ多くの人間種の血の味を確かめたところで、師匠さんが一番であることは揺るがないでしょう。

 圧倒的です。

 このわたしが、もう、目がぐるぐるまわってしまうくらいに一目惚れしてしまったんですもの。

 同じような人間種がもうひとりいるなんて、考えられません。

 でも、パルの血も段々美味しくなっている気がするんですのよねぇ。

 不思議。

 血の味って変わるものなんでしょうか。

 食べ物で変わるとか?

 強さに比例するわけではないみたいなので、パルのレベルが上がったから、というわけではないみたいですし。

 もしも強い人間種の血が美味しいというのなら、この街には冒険者がわんさかといますからね。かなりの確率で美味しそうな血をした人間種が見つかるはずです。

 加えて。

 勇者サマの血も、戦士サマの血も、師匠さんほど美味しそうではありませんでした。あのおふたりは確実に師匠さんよりも強いはずです。

 なので、強さは関係ないのでしょう。

 単純にわたしの好みの問題、というのかもしれませんが。


「よろしいでしょうか」

「あ、ごめんなさい。聞いていませんでした。なんです?」

「鑑定を始めても大丈夫でしょうか、と。心ここにあらず、という感じでしたので……」

「申し訳ありません。お金の心配をしていましたわ」


 神官たちは、あぁ~、と納得されました。

 今回も3人で鑑定に挑むようで、その表情には緊張が見て取れます。前回は、3人の魔力をごっそり失ったのでしたっけ。

 おかげで鎧は無事に鑑定できたのですが、到底支払える金額ではなく。

 知識神の神殿が運営するショップに、燦然と輝く目玉商品になってしまいました。今も売れ残っていないと思うので、いつか誰かが買い取るのを楽しみにしましょう。

 でも。

 不死のネックレスがその地位を奪っているかもしれません。冒険者にとっては、死を一度だけ回避できるのは、さぞ魅力的に見えるものですからね。


「できれば、お安くなることを祈りましょうか」


 この指輪が、更に更にショップナンバーワンの地位を奪わないことを……

 ……誰に祈りましょうか?

 とりあえず魔王さまに祈っておきましょう。

 おねがいします、魔王さま。

 なんかちょっといい感じの結果にしておいてください。


「……」


 返事はありませんわね。まぁ、魔王さまは神というわけではないので、お告げが来るはずもありませんが。

 あと、邪神から返事があるような気がしてちょっと怖かったです。


「では鑑定に参ります」


 3人の神官が魔力を共有して、鑑定魔法を使う。

 鑑定するのは、一組の指輪。

 青と赤の宝石が付いたシンプルな指輪ですが、マジックアイテムであろうことは師匠さんが予想済み。

 さてさて、どんな結果が出るのでしょうか。

 楽しみですわね!


「アエスティマテオネ」


 若干ビビりながら唱えられた呪文。

 神殿長か神官長なんでしょう、シャンとしなさい! と、言いたいところですが鑑定の邪魔をしてはいけませんので、黙っていましょう。

 鑑定魔法の光が無事に収まり、鑑定結果が出たようです。

 3人ともぶっ倒れることなく鑑定が終わったことに安堵しているようで、なんなら魔力消費がそこまで多くなかったことを話しています。

 あら。

 どうやら鎧やネックレスのようなレベルの品物じゃなかったみたいですわね。


「いえ、それでもひとりでは危なかったです。ふたりは確実に必要だったかと……」


 なるほど。

 それなりの品物だったようです。

 おぉ~、と周囲の冒険者も期待感を高めるように身を乗り出しました。不死のネックレスよりも未知の指輪の鑑定結果が気になった人たちです。好奇心が違いますわよね。


「では、鑑定結果を教えてくださいな」

「はい。まずこの一組の指輪は『隷属の指輪』という名前です」


 隷属の指輪。

 はは~ん。

 分かりました。


「呪いのアイテムですわね」

「違います」


 違いました。

 先走ってしまいました。

 ごめんなさい。


「いえ、ある意味では呪いのアイテムと言えるでしょうか」


 当たってるんじゃないですか!

 もう!

 乙女に恥をかかせないでくださいまし!


「で、効果はどうなんですの?」

「こちら、青の宝石が付けられた指輪を装備した者がマスターとなります」


 神官は青の指輪を指し示す。

 マスター、ということはご主人さまの方ですわね。


「で、こちらの赤の宝石が付けられた指輪を装備した者がスレイブとなります」


 スレイブということは奴隷ですね。

 それで?


「マスターはスレイブに対して、3回の命令を実行できます。スレイブは強制的に命令を実行するよう動きます」

「……マジで?」


 マジです、と深刻な顔で神官はうなづきました。

 そうでしょう、そうでしょうとも。

 そりゃ、そんな表情にもなりましょうよ。

 言ってしまえば、わたしの持つ眷属化の下位互換ではありませんか。

 3回だけしか命令できないとしても、これほど強力なアイテムは類を見ません。


「まさに隷属というわけですわね。限定的ですけど」

「あぁ、まだ説明は終わりではありません」

「そうなんですの?」


 ざわざわ、とにわかに騒がしかった冒険者たちのどよめきがピタリと止まる。


「赤の指輪ですが、命令を実行するたびに色が変わります。一度の命令で赤から黄色へ。二度目の命令を実行すると黄色から緑へ。そして、最後の命令を実行すると緑から青へと宝石の色が変わり、指輪を外せるようになります」


 なるほど。

 見た目で今が何度目の命令が実行されているのか、分かりやすくなるわけですわね。


「そして、もうひとつ」

「まだあるんですの!?」


 単純なアイテムかと思いきや、そうでもないんですのね。


「はい。3回の命令が実行されることなく装備者が死ぬと、マスター側も死を迎えます」


 え~っと。

 それって。

 つまり。


「……やっべぇアイテムじゃありませんこと?」


 呪いのアイテムじゃないって言いませんでした?


「定義的には『装備者にマイナス効果を与え、取り外せなくなる物』を呪いのアイテムとしております」


 そう定義されているとなると……

 確かに呪いのアイテムとは言えませんわね。


「ちょっと実験してもよろしいでしょうか?」

「かまわないですが……誰がどのように実験台に……?」


 まぁ、普通に考えてスレイブになるような人はいないでしょうけど。


「先ほどのあなた」

「あたし!?」

「そう、あたしさん。奴隷になりなさいな」

「はい!」


 この面白人間種でしたら、奴隷になってくれると信じておりました。

 しかし、それにしては躊躇なく了承しましたわね、このうつけ娘。

 嫌いじゃありませんけど、そういうの。


「では、さっそく」


 青の指輪を装備しようとするので――


「あなたがわたしのマスターか!」


 と、思いっきり素でツッコんでしまいました。

 恥ずかしい。


「ボケにも品位がありましてよ」

「あはは、ごめんなさい」


 やっぱりパルに似てますわね、性格が。笑ってごまかそうとするところなんか、そっくりです。いい性格してますわ、ホント。


「あんまり痛い命令とかしないでくださいね」

「ちょっとならいいんですの?」

「はい」


 にっこり笑って赤の指輪を装備するあたしさん。

 パルに似ているんじゃなくて、ただのドMなだけなのでは?

 そう思いました。

 なんにしても実験はしないといけませんからね。

 どの程度の精神支配が可能なのか、それを見ないことには本当の価値が分かりません。

 というわけで、わたしは青の指輪を装備しました。

 キュ、と指に食い込むような感覚。


「なるほど、指輪を外せなくなりましたわね」

「あたしも」


 どうやら装備しただけで奴隷になる、というわけではなく、命令待ちの状態になるわけでもなさそうですわね。それなりに自由があるようです。


「では、最初の命令です。わたしと握手なさい」

「はい!」


 あたしさんはにっこり笑ってガッシリと握手しました。

 指輪は――黄色に変化しましたわね。

 ですが……


「失敗でしたわね。嬉しそうだと、命令が実行できているのかどうか分かりにくいですわ」


 どの程度、無理やりに命令できているのか分からないのでは実験になりませんわね。


「では、それを踏まえて。次の命令ですが一応は抗ってみてくださいね」

「分かりました、努力します」

「よろしい。では2回目の命令です。わたしを思い切り殴りなさい」

「えぇ!?」


 あたしさんは驚く表情をしているが、肉体はすでに拳を振り上げていた。

 なるほど。

 感情と肉体が切り離されて行動するようですわね。

 わたしの眷属化と似たような感じですが……眷属化は意識が内面にもぐってしまうのに対して、こちらは表層に出たまま。

 感情と行動が一致しない状態となるようです。

 というわけで、あたしさんが殴るのをヒョイと避けた。


「なるほど、分かりました。次の命令――」

「待って待って、避けて避けて!」


 あら?

 わたしが避けたせいで、命令が完了されていない、と判断されたようですわね。強制的に動かされているように拳を振り回してくるあたしさん。


「これは、厄介なアイテムですわ。よく考えて命令しないと、とんでもないことになりそうです」

「そ、そんな冷静に判断してないで、ど、どどど、どうやって止まるんですか、これぇ!?」

「殴られればいいんですわ。はい、どうぞ――げっふぇ!?」


 クリーンヒットしました。


「ぎゃああああああ! ごめんなさいいい!」

「この程度、問題ないですわ」


 たかが人間種に殴られた程度で、どうにかなってしまう吸血鬼ではありません。

 勇者サマに殴られたとしても、平気へっちゃらですもの。

 ただし、師匠さんに殴られたら悲しくて泣いちゃいます。

 ダメージが違いますわ、ダメージが。


「ホント? ホントに大丈夫?」


 あたしさんがスリスリとわたしのほっぺたを触る。


「問題ありませんってば。ほら、最後の命令をしますわよ」

「痛いのはダメですからね」

「分かっております。3つ目の命令は、わたしにキスされなさい」

「うぇ!?」


 おぉ~、と冒険者たちからどよめきが起こった。

 そんなギャラリーたちを気にせず、わたしはあたしさんのほっぺにちゅーをする。

 楽しませてくれたのと、実験の奴隷になってくださったことへのお礼です。

 ちゅ、とキスすると、指輪が緩んだのが分かりました。

 あたしさんの指輪も青くなり、指から引き抜くと再び赤へと色が戻りました。


「なかなか厄介な代物ですわね。かなりの注意喚起をしてくださいな」


 わたしはそう言いながら、指輪を神官へと渡す。

 充分に悪用される危険性がありますし、使い方を間違えればマスターでさえ危険となってしまう代物。

 上手く使えば魔王さますら殺すことができますが……そのためには誰かひとり犠牲にならないといけませんね。

 ……不死のネックレスと組み合わせるとどうなるのでしょうか?

 う~ん。

 これは実験するわけにもいきませんので、考えないことにしましょうか。


「まだ鑑定料もお伝えしてないですけど」

「どうせ払えませんわ」


 でしょうね、という感じの苦笑を浮かべる神官。


「ちなみに、おいくらですの?」

「金2千枚です」

「はい、間違いなく売りまーす」


 わたしには眷属化がありますので、必要ありません。

 せいぜい、どこかの貴族がえっちなことに使う程度であることを、大神ナーあたりに祈っておきましょう。

 大神ナーよ。

 どうぞ、この指輪を手に入れた者にえっちな加護を与えたまえ~。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る