~卑劣! 全滅~

「ん……?」


 気が付けば、寝ていたらしく。

 俺は身を起こした。


「あぁ……」


 何があったんだったっけ?

 妙に音が遠く聞こえる。

 ここは、どこだ……?


「……」


 きょろきょろと周囲を見渡すと、頭痛と気持ち悪さが襲いかかってきた。

 胃の中身がまるごと戻ってくる感覚。

 気持ち悪い。

 なんだ?

 呪いか?

 どうなってんだ?


「うぅ……」


 しかし、吐いてしまうと動けなくなる。

 ここは一端我慢して、安全を確保したのちに――吐こう。

 ……よし。

 引っ込んだ。

 それよりも状況を確認しないと。


「……ぐ」


 頭を揺らすだけで気持ち悪さと頭痛が増していくような気分だ。

 それでも、と俺はおぼろげな視線で周囲を観察する。


「あぁ……ここ神殿か……」


 どうやら俺は神殿で寝かされていたらしい。よくよく見れば、怪我人の姿も多く、いまも治療中と思われる様子があった。

 音が遠くから聞こえてくるのは、俺の調子の悪さも相まっていたのだろうか。やけに神殿内は静かに感じる。何かしらの結界でも張られているのかもしれない。

 集中すると、音はちゃんと聞こえるようになってきた。

 やっぱり俺の調子が悪いせいか。

 あぁ。

 なんも分からん。

 いっそ神殿の中だから神官に診てもらうのが一番――


「え、なんで神殿で寝てんだ……?」


 記憶が無い。

 思い出そうにも、なんにも思い出せなかった。

 まるで死んで生き返ったかのような……


「――パル!? パルヴァス!?」


 パルはどこだ!?

 どうなった!?

 大丈夫なのか!?

 俺がここで寝てるってことは、パルが無事である保障がどこにもない。

 とにかく、パルを探さないと!


「しーしょお……ここでーす……」


 隣から声がした。


「パル! 良かった、無事だっ――おえええええええ」


 安堵したら、我慢してた分が全部戻ってきたような波が襲いかかってきた。突然やってきた敵の行軍は不意打ち気味で、我が軍の鉄壁の防御力は全世界に名を轟かせるほどに誇っていても、それは耐えらえるものではない。

 つまり。

 嘔吐した。

 王都陥落である。

 おろろろろろろろろろぉ……


「ししょ……おえええええええええ……」


 そんな俺を見て、パルも吐いた。

 美少女がゲロ吐いてる。

 しかも、もらいゲロ。

 すげぇ。

 美少女も吐くんだなぁ。

 というか、どこの神さまか分からないですけど、ごめんなさい。

 神聖な神殿を汚してしまいました。

 後でちゃんと掃除します。


「なにをやってますの、師弟そろって。はい、水ですわ」

「お、俺はいいんで先にパルを……」

「お優しいのか鬼畜なのか、分からないですわね」


 なにが?

 というか、ルビーか。


「ルビーは無事か。すまん」

「気にしないでくださいまし。昨夜はお楽しみでしたので」


 にへへ、とルビーが怪しく笑っている。

 なにが?

 え、俺なにかしちゃいましたのん?


「ほら、パル。全部吐いちゃいなさい。ちゃんとバケツの中に吐くんですのよ」

「おええええええええ」


 ルビーに背中をさすられて、パルが吐き出す。ちゃんとバケツが用意されているのを見るに、予見されていたってことか。

 この状況と身体の状態を考えるに……二日酔いか。

 つまり、俺は酒を飲んだのか?

 こんな二日酔いになるほど?

 まったく覚えていないのだが?


「うっ」


 酒というものを考えた瞬間、また頭がぐわんぐわんして吐き気がぶり返してきた。

 ので。


「おえええええええ」


 パルの吐いてたバケツの中に俺も吐く。


「うわぁ、最悪ですわね。ゲロまみれとはこの事でしょうか」


 さすがのルビーもバケツの中身を見るのはイヤなようだ。

 うん。

 俺もイヤだ。

 バケツの中身を見るだけでもイヤだ。


「はいはい、パル。水をたっぷり飲みなさい。身体の中にあるお酒の精霊を水で追い出すんですよ」

「お、おしゃけのしぇいれいなんて、いるの?」

「自然界には、あらゆる物に妖精が住みつくでしょ。きっとお酒にも住みついているに違いありません。ですので、お酒にも精霊がいるんですのよ。見たことも聞いたこともありませんが」


 適当なルビーの話だった。

 魔王領での言い伝えとかそういうのでは無いみたいだ。

 パルが水を飲み、ぐったりと横たわったところで、俺も水を頂く。二日酔いには水をたっぷり飲むのがいいと聞いたことがある。ので、しっかりと飲んでおいた。

 もっとも。

 しっかりと水を飲んだところですぐに回復するものではないので、俺もぐったりと倒れるように寝ころんだ。


「これ片付けてきますわね。ゆっくり休んでいてください」

「助かる」


 いえいえ、とルビーはバケツを持って行ってくれた。床はいつの間にか綺麗になっていた。

 ルビー、好き。


「うぅ。ししょー」


 大丈夫、パルも好きだよ。という声は出なかった。気持ち悪い。いや、パルが気持ち悪いわけじゃないので、大丈夫。気にしないで。


「ししょー、きぼぢわるい」


 俺は気持ち悪いらしい。

 ごめんなさい。

 とりあえず、冷静になってきた。

 相変わらず記憶は無いけど、周囲はより一層と見えてきた。

 どうやら俺たちは神殿に設置されている簡易的な椅子に寝ころばされているようだ。

 神殿の奥、神さまの像が立っている近くで、本来は祈りの時に使われている場所かもしれない。

 残念ながら神さまの像を見ても、その姿に見覚えがなく、何を司る神なのかは分からない。

 でも、男性の神のようだ。

 ナーさまとは違って、ちゃんと大人な感じ。

 神殿の入口側には簡易的なベッドがたくさんあり、冒険者の治療が行われている。

 中には酷い怪我をした者もいるのだろう。

 悲壮感が漂う一角もあった。

 そんな中で二日酔いで倒れているのは……なんか申し訳ない気がしないでもないが。

 しかし、似たような症状の冒険者が似たような感じで大量に寝かされているので、なんかちょっと安心してしまう。


「二日酔い専門の神殿なのか……?」


 ぜったいに違うとは思うけど。

 そう思わせる程度には、酔い潰れた人間が運び込まれている気がする。


「しーしょ~」

「どうしたパル……気持ち悪いのか……吐いていいぞ」

「しんどい~」

「そうか。俺もだ。というか、なんでパルが二日酔いになってんだ……?」


 パルが二日酔いってことは誰かに飲まされたってことだ。誰だよ、俺のカワイイ弟子に酒を飲ませたヤツ!


「ししょうがのませたー」


 俺だった……!


「ごめん。まったく覚えてない……」

「ひどい~」


 俺もそう思います。


「あたしもあんまり覚えてないですけど」

「覚えてないんかい」

「うへへ……う、きぼぢわるい……あ、あたまいだぃ……うぅ~」


 あぁ、かわいそう。

 ポーションかマインド・ポーションを飲めば、多少はマシになるだろうか。と、思ってベルトを探ってみるが……ポーションの瓶が無かった。

 どこかに無くしたのか、それとも使ってしまったのか。

 見ればパルの腰にも装備されていない。

 というか、ホットパンツのボタンが外されてて危ういところギリギリまで見えてる。

 ぱんつ履いてないな、パル。

 ステキ。

 なんて思いつつも、俺もベルトが緩まされているのに気付いた。ルビーが処置してくれたんだろうか。ありがたい。

 できれば意識がハッキリしているときにベルトをカチャカチャして欲しかった。

 いや、それはワガママだな。

 生意気なことを思ってすいませんでした。


「そういえばセツナたちはどこだ……」


 彼のことだ。

 きっと酒の呑み方も弁えているに違いな――


「ここです……エラント殿……」


 背中側から声が聞こえてきて、俺は椅子の背もたれを持つようにして身を起こした。

 そこには真っ白な仮面の下を真っ白にさせたセツナが、ぐったりとした様子で倒れていた。


「……いたのか、セツナ殿」

「す、すみません」

「ナユタも大丈夫か……」


 その向かい側にある椅子にナユタが寝かされていたのだが……俺たちと同じような表情をしていた。

 頬を少し鱗に覆われているので、顔色は分かりにくいかと思われたが……そんなことないな。

 ハーフ・ドラゴンの顔色も存外に分かるものらしい。

 まぁ、あれだけ気持ち悪そうな表情をしているのなら、顔色で判断せずとも分かるが。


「……」


 ナユタからの返事はない。

 まぁ、呼吸をしているので大丈夫だろう。たぶん。


「シュユちゃんは……?」

「……わからぬ。いるか、須臾」

「いるでござる」


 どうやら近くにいるらしい。知覚できないってことは仙術で姿を隠しているのかもしれない。


「いや、ここにいるでござる」

「「んぇ?」」


 セツナと共にまぬけな声を出しながら顔を横に向けるとシュユちゃんが普通に立っていた。

 なるほど。

 これに気付かないほど、今の俺たちはボロボロらしい。


「しっかりと休むでござる。はい、ご主人さま。水でござる」

「あ、ありがとう……」


 セツナは水を飲ませてもらっている。

 甲斐甲斐しく、イイ子だなぁ。


「シュユちゃん。俺、昨日は何をしたんだ? さっぱり覚えてないんだ」


 教えてくれ、と背もたれに身を預けながら聞いてみる。

「エラント殿は泥酔状態まで酔っ払ってしまったらしく、パルちゃんと仲良くお酒を飲み続けていたでござるよ。パルちゃんもお酒はあんまり美味しそうじゃなかったけど、酔いがまわってからはケラケラと笑いながら飲んでたでござる」

「そ、そうか……ルビーにはどうしてた?」


 やたら機嫌が良い気がしたので、なんか気になる。


「膝の上に乗せてたんでござるよ。パルちゃんといっしょに、こう両脇から抱きしめる感じで俺の女だぁ、と宣言してたでござる。三人とも嬉しそうでござった」

「……なるほど。良く分かりました」


 酔った勢い、怖い。


「ハハハ。さすがのエラント殿も酒には勝てぬか」

「そのようだ。セツナはどうだったんだ?」


 セツナのことだ。

 酔っ払ったとしても冷静だったに違いない。


「え、えぇ~。え~っと、えへへぇ~」


 シュユちゃんは頬をおさえて、身体を左右にくねくねと振る。


「……せ、拙者、なにしたんでござる?」


 セツナが何故かござるを付けてる。


「秘密です」


 シュユちゃん、嬉しそうにござるを付け忘れる。


「しゅ、須臾! 須臾!? あ、いたたた……あたまが……ぐぅ……!」


 セツナはぐったりと倒れてしまった。

 二日酔い、おそるべし。

 ちなみに後でルビーに聞くと、セツナとシュユの詳細を教えてくれた。


「ラブラブでしたわよ。サムライがニンジャを抱き寄せていました。今までは触れてはいけない、という思いがあったんでしょうね。これでもかとベタベタと触っておりました。あ、いえ、決してエッチな触り方ではありません。プラトニックです。まさに愛という触り方でしたわ。えぇ、私の説明では誤解を招きかねませんでしたが。でもベタベタでした。ベッタベタでした。ちなみに、これの恐ろしいところは分かりますか師匠さん?」

「なんだ?」

「あのニンジャ娘、一滴もお酒を飲んでいないのにサムライに酔いを合わせてイチャイチャしていたことです」

「……お、おう」

「あの女、相当にしたたかですわよ」

「ま、まぁニンジャだしな」

「ちなみのちなみに、師匠さんの触り方はえっちでした」

「ぐぅ……!」


 なんか思いっきり脇腹を刺された気分だ。

 いや、刺されたことないけど。


「ごめんなさい、ルビー」

「大丈夫です。わたしはひとつも酔っておりませんでしたが……師匠さんのえっちな手つきにメロメロに酔っておりましたわー!」


 たぶん、これが言いたかっただけだろう。


「あ、はい」


 と、それだけ答えておいた。

 お酒。

 気をつけよう。

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