~卑劣! 担がれる神輿は低い方が良い~

 黄金城。

 毎日連日常時、昼夜問わず冒険者たちで溢れているダンジョンの街。

 冒険者がその日その日の稼ぎを糧に飲めや騒げの賑やかな街なのだが――

 現在、それを上回るようなお祭り騒ぎが起こっていた。

 いつもお祭り騒ぎはあるようなものなのだが、今日はそのレベルが違う。

 なにせ、街の入口で無料でエールの入った素焼きのコップが配られているのだ。


「これはどういうことなんだ?」


 誰か物凄い金持ちの大商人でもやってきて、みんなに振る舞っているのだろうか?

 いわゆる『お大尽』というやつ。

 大臣のようにお金を持っており、それが底に尽きるほどお金を使うという意味で、お大尽と呼ばれるようになったとか、ならなかったとか。そんな語源を酔った勢いで賢者が語ったいたような気がする。

 勇者パーティで各地を旅していると、ときどきお大尽に遭遇することがあった。

 それこそ大商人や、本物の大臣であったりするのだが。

 ときどき冒険を大成功させた冒険者が自分の稼ぎでやっている時があった。

 人生を『あがり』にした勢いなのだろう。

 相当な代物を手に入れたか、相当な相手に気に入られ専属の契約を結んだか。それとも自暴自棄になったのか。

 なんにせよ、うらやましく思ったものだ。

 しかし、それはあくまで店一軒の話。

 それとは比べられないほどのお大尽プレイというか、黄金城城下街をまるごとお大尽してしまうとは、いったいどんな大富豪なんだ?


「んお!? おまえさん達!」

「へ?」


 とりあえず情報を集めようか、と俺もエールをもらいに行ったら、配っている男に驚愕された。

 なになに?

 俺、まだ何にもしてないですけど?


「おーい! ディスペクトゥス・ラルヴァだ! もう一組の到達者がいたぞー!」


 男が嬉しそうに叫ぶ。

 次の瞬間にはワーっと冒険者たちが押し寄せてきて、あれよあれよという間に俺たちは担がれてしまった。

 そう、物理的に。

 冒険者たちの持ち上げられてしまっては、逃げられるわけもなく。

 人々の上を、俺はバケツリレーのように運ばれてしまう。


「あ、おい! よせ! パルは女の子が運べ!」


 俺のことはどうでもいいので、パルが男たちにもみくちゃにされるのは許せません。


「そりゃそうだ!」


 納得してくれた。

 冷静な熱狂ぶりだ。

 さすが冒険者!


「うわっきゃぅ」


 女性冒険者に担がれるパルを見て安堵しながら、俺はわっしょいわっしょいと運ばれる。


「コラァ! あたいにも遠慮しろよ!」


 どうやら冒険者たちはナユタに遠慮しなかったようだ。

 しっぽを持ち上げる役が取り合いになってる。

 気持ちは分からなくもない。

 でも、ナユタんも女性なので遠慮してあげて欲しい。

 ちなみにルビーとシュユちゃんは、ちゃっかり姿を消している。ルビーは影に入ってるんだろうし、シュユちゃんは仙術で姿を消したに違いない。

 うらやましい。


「諦めましょう、エラント殿」


 なぜか人々の上で正座をしながら、器用に運ばれていくセツナ。動揺していないというか、商人モードでごまかしているというか。

 とにかく、俺たちは持ち上げられるようにして運ばれていった。

 しかも、途中でエールやワインをぶっかけられる。

 ひどい!


「うわっぷ! お酒!? これ、お酒!?」

「あ、パルにかけるのは止めてくれ。まだ子どもで酒に慣れてないんだ」

「そりゃそうだ」


 やっぱり冷静な冒険者たちだった。


「じゃ、ジュースよね!」


 お酒の代わりにパルにはジュースがぶっかけられた。


「ひえー!? オレンジジュースとぶどうジュースがもったいない!」


 できるだけ飲もうとしている我が愛すべき弟子の姿に、なんかちょっと面白かったけど、もったいないのは確かなので、それが正解かと言われるとそうでもないような気がしないでもないことは無いのかな、とは思う次第のようでもあるが、あ、いかんな、これ、ちょっと酒が無理やり入ってきている感じ。

 誰だ、こんな高くて良いお酒をぶっかけてきたやつ!

 それこそもったいないだろ!

 まったく。

 酒を司る神リーベロ・チルクイレがおおはしゃぎしているのかもしれない。

 なんて思いつつ、あれよあれよと運ばれていった俺たちが到着したのは、ちょっとしたステージだった。

 商人の扱う木箱を並べて布を置いただけのような感じ。

 そこにはすでに先客がいた。

 もちろん、それはドラゴンズ・フューリーの面々だ。


「やぁ、君たちも捕まったか。タイミングが悪かったね」


 リーダーのエリオンが盃を掲げながら苦笑する。

 俺たちの席は無かったはずなのに、木箱が追加されて、布が敷かれて、椅子が用意されて、そこに座らせられた。

 簡易ステージなだけに追加も簡易で素早くできるようだ。


「この騒ぎは、そなたらの祝勝パーティですかな」


 柔和な笑顔を浮かべてセツナが聞く。


「えぇ。新しく階層を進めたと報告しました。あと、初見のモンスターの報告もいくつか。地下9階まで進めた、と」

「おぉ! そこまで進まれたのですか。なんと早い……!」


 セツナが驚く――フリをした。

 ふむ。

 俺たちもすでに9階へは辿り着いているが、その点を隠して話を進めるつもりだろう。

 まぁ、正直に話してしまうとどうしても探索が早すぎるので、転移の腕輪を説明しないといけなくなるしなぁ。

 そういえば地下5階の街でアリバイ作りをするつもりだったが。

 ついつい地上に引き返してしまったな。

 こんなことに巻き込まれるのであれば地下街に転移するんだった。

 痛恨のミスだなぁ。


「俺たちだけの成果にするには気が引けるのでね。ディスペクトゥスの皆さんのことはしっかりと話させてもらったよ」

「ハハハ。できれば、もっと穏やかに報告してもらいたかったものです」


 セツナが苦笑する。

 ハッキリと、迷惑です、と言う訳にもいくまい。

 もっとも。

 ドラゴンズ・フューリーたちも、自分たちに向かう称賛を分散させたかった目論みがあるのだろう。

 なにせ――


「地下9階! 二階層も先へ進むとは素晴らしい!」


 という称賛があちこちで溢れている。

 恐らく、ドラゴンズ・フューリーは地下8階探索で9階の階段を見つけたのだろう。そして階段を降りてみた結果、まったくもって進めないことが分かり、報告のために地上まで引き返してきたと思われる。

 地下街で滞在時間も長めに取っていたのかもしれないな。

 なんにせよ、これが本来の探索ペースであり、俺たちがやっているのはまさにチートプレイ。

 ズルい、と評価されてしまうくらいなら、劣っているフリをするのが無難だろう。

 加えて――


「地下9階はどんな感じでした?」


 知らないフリをするのなら、こんな感じで簡易に情報収集できる。

 もしかしたら、俺たちが知らない情報をドラゴンズ・フューリーが持っているかもしれない。

 しかし、リーダーのエリオンをはじめ、他の面々ともども、首を横に振った。


「とてもじゃないが探索できたものじゃない。明かりが役に立たないんだ」

「明かりが?」

「真っ暗なのよ。魔法の光源も役に立たないくらいに」


 魔法使いの……リリアナさん、だったかな。

 そう語った。

 たいまつやランタンの明かりだけでなく、明かり魔法による光源すらダメか。

 やはり正真正銘のダークゾーン。

 やっぱり地下8階でスイッチを順番通りに押してみるしかなさそうだ。


「ダンジョンもいいんだが、どうしてあたい達まで神輿に担がれてんだい?」


 ナユタが自分の目の前に次々に出されていく料理とグラスの数を辟易としながら聞いた。どうにも若い冒険者たちがナユタの席に食べ物や飲み物を置いていってる気がする。

 あれかな。

 面倒見がいいナユタなので、訓練でお世話になったルーキーたちかな。

 そういう意味では俺の前にも――


「よぉ、盗賊の兄ちゃん。ほれ、喰え喰え。がっはっはっは!」

「聞いてるぜ、ディスペクトゥスの黒仮面。亀退治の話は吟遊詩人からも人気だって噂だ。ほれ、まぁいいから飲め飲め。おごっちゃる」

「ゲハハハハ、黒仮面のあんちゃんよぉ。どうだい、飲んでるか? いいから、飲めって。ほらほら、何か食いたいものがあるか? あれば買ってきてやる」

「聞いたぜ、ディスペクトゥス。おまえさん、お姫様を誘拐して牢にブチ込まれたんだろ? どうやって脱出したんだ、教えてくれ。あ~いや、他意はないぜ、うん」

「だーっはっはっは! ディスペクトゥスに乾杯だー!」

「うぇーい!」


 ――おかしい!

 なぜだ!?

 なぜ、俺のまわりにはガラの悪いおっさんばっかりが集まってくる!?

 俺だってルーキーを訓練したりしてるじゃないか!

 そうだろ、ナライア女史のところの少女冒険者の盗賊の女の子ぉ!


「おぉ、嬢ちゃんめっちゃ食うな。食いっぷりがいい。惚れ惚れするねぇ。ほら、これも食うか?」

「あひはほほはいはふ」

「あははは! ほれ、こいつも食べな。じゃんじゃん持ってきてやる。好きな物を食べて、綺麗な姉ちゃんになったら、相手してくれよな!」

「やっはー!」


 パルは餌付けされてた。

 知らないおじさんからのごはんを嬉しそうに食べるなんて! そのままホイホイと連れ込み宿に連れ込まれそうな勢いじゃないですか、やだー!

 うぅ、心の奥底がモニュモニュする。

 モニュモニュしちゃう!

 なんて思っていると、人を掻き分けるというか自然とスペースが開くような感じで見知った人物がひょこひょこと歩いてきた。

 後ろにメイドを控えさせながら不器用に歩いてきたのはナライア女史だった。


「よーぉー、でぃすぺくちゅす・らるヴぁの諸君! 話は聞かせてもあったよぉ!」


 どうやら相当に酔っ払っているらしい。

 顔が赤い上にフラフラだった。

 片腕でグラスを掲げており、失われた方には義手はなく、袖がヒラヒラと揺れているだけ。

 今にも転びそうな姿……というか、満身創痍の引退冒険者の姿は、ある意味では英雄然としている。

 もしかしたら、この街では彼女はリスペクトされているのかもしれないな。

 もっとも。

 悪い意味、というものが多分に含まれているだろうけど。


「おめでとうおめでとう、おめでーと! ん~? 1、2、3、4……あれ? おい、おいおいおいおいおいおい! どうした、4人しかいないじゃないかディスペクトゥス! なにがあった! 語れ! いいから私にその物語を聞かせろ!」


 一瞬にして酔いが醒めるナライア女史。

 いや、むしろ酔いが悪化したとも言える瞬間だった。

 まるで失われた手と足を求めるように、バタバタと暴れながらステージへと上がろうとしてくる。しかし、やはり片腕片足ではこの段差は厳しいらしく、なかなか上がれない。


「貴族のねーちゃん、危ないぜ」

「無論だ。危険だからこそ心が踊る。持ち上げてくれ!」


 そのとおりだ! という声があがってナライア女史は屈強な冒険者たちに担ぎあげられた。

 後ろでメイドさんが物凄く険しい顔をしている。

 正直、怖い。


「さぁ壇上に上がったぞ、ディスペクトゥスの諸君。君たちがどうして四人なのか、その子細を話してくれたまえ!」

「しかし、そうは言っても……」


 セツナが言い淀むと、ナライア女史はうるうると瞳を涙でにじませた。

 なんで?


「いいや、語ってもらう。もはや陳腐なまでの常套句ではあるが、人は忘れ去られた時に神の元へと行けるという。だが、私はまだ英雄たちを神の元へ送り届けてやるつもりはない。冒険者の魂は、いつまでも冒険したいに決まっている。なぁ、そうだろうみんな!」


 おー!

 と、無責任に盛り上がる面々。

 いやいや、死んだのなら神さまの元へ行きたいと思いますよ? というか、冒険中に命を落として、まだまだ冒険がしたいなんて言うヤツはハーフ・リングとナライア女史の2種類しかこの世に存在しないと思いますが、いかがですか?

 そう語りたかったが、俺の隣にいたハゲのおっさんが盛り上がって俺の頭の上でグラスを掲げた。

 中身がびっちゃびっちゃとこぼれて、俺の頭に全部かかったのは言うまでもない。


「あはははははは!」


 弟子が俺を見て爆笑してる。

 ときどきパルって俺のこと見下してるよねぇ。と、思わなくもない。いや、出会った初日は確実に馬鹿にしてましたけどさぁ。

 尊敬されてるけど、良い具合に家族的な付き合いができている。

 そう思いたい。

 いや、そう思い込もう。

 あぁ~、からあげがエールびたしになっている。もったいない……せめてレモンでびちゃびちゃになるのは許せるんだが、酒でびちゃびちゃになるのはもったいない。


「さぁ、語ってもらおうか。散りゆく者たちの最後の晩餐を!」

「いえ散っていませんけど?」


 いつの間にやらナライア女史を担ぎあげていた集団に加わっていたルビーが声をあげたので、全員がびっくりしてナライア女史を放り投げてしまった。

 後ろで慌ててキャッチするメイドさん、ナイスプレイ。


「嬢ちゃん、どこにいたんだ!?」

「簡単なトリックですわ。ほら、わたし達の特徴と言えばこの仮面です。ですが、それを外してしまえば……わたしなど、どこにでもいる冒険者のひとりとなります。注目は師匠さんやそちらの白仮面に集まりますので、人にまぎれて姿を隠すなど簡単ッ! 簡単ッ!」


 ですわよね、とルビーは隣にいたシュユに話しかけた。


「そうでござる。にんにん」


 まぁ、シュユちゃんは仙術を使って隠れていたんだろうけど、それは語ることなくみんな納得してしまった。

 だってニンジャだし。

 隠れるの得意そう。と、思ってしまうのは共通認識だ。あと、にんにん、って言ってるし。


「なんだよぅ、死んでないのか。残念だ。聞きたかったなぁ、死の間際がどんなだったか。強者であれば強者であるほど、その最期は美しいものに違いないのだから」


 ナライア女史がひどいことを言ってる。

 酔った勢いって怖い。


「人間種、あっさりと死ぬ場合もありますわよ? 落とし穴とか」

「今さら君たちがそんな物に落ちてたまるか。君たちは落とし穴なんかに落ちない。いいね?」

「あ、はい」


 ルビーが言いくるめられてしまった。

 すごい。


「さぁ、ついでだ。何か面白い話をしたまえ。何があった? 何を見た? それはどれほどに美しかったのか、教えてくれ! さぁ! さぁさぁさぁさぁ!」

「何もありませんわよ。そうですね、せいぜいドラゴンがいて逃げ出してきた程度でしょうか」

「ドラゴン!?」


 会場全体がルビーに注目したのは言うまでもない。

 あぁ。

 今夜は長くなりそうだ。

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