~卑劣! 帰ろう帰ろう~
開かなかったはずの扉が容易に開いてしまう。
鍵はどうなった?
いったい何故?
仕掛けは何だった?
どのタイミングで開くようになったのか?
そんな疑問に心を囚われたせいか――
「あっ」
パルの声で、その先に何者かがいたのに気付いた。
真っ黒なローブに身を包んだ小柄な人……いや、人型のモンスターか。ローブから覗く両手は、肌の色が灰色で、爪が黒く染まっていた。
目深にかぶったフードのせいで顔は見えない。
見えるのは口元だけ。
裂けるように大きな口は――俺たちに気付くと、なにやら高速で動き出した。
呪文詠唱!?
共通語ではない。
エルフの使う言葉でも、ドワーフの使う言葉でも、ましてや神話時代の言語でもない。
モンスターの使う言語。
つまり――
魔物種が使うと言われている謎の魔法か!?
「引け!」
セツナの声にハッと気付き、俺は扉を閉めるようにして後ろへと下がった。
扉が締まる寸前のわずかな時間に見えたのは魔法陣。空中に描かれた理解できない図形と文字列を確認できたが、それが表す意味と結果を見守れるわけもなく――
「すまん!」
「うわぁ!?」
俺は素早くパルを小脇に抱えながら、後ろへと跳び退いた。
「問題ない。来るぞ」
セツナの言葉にうなづきつつ、隊列を整え、パルを離すと武器をかまえる。
と、同時に扉が衝撃を受けるように音を立てた。バン、というよりも削るような引っかくような音。
およそ、黒ローブのモンスターが立てる衝撃とは思えないほどの威力がある。
魔法の衝撃だろうか。
かなりの質量が扉へとぶつかったような気がした。
「……」
いつでも襲ってきても大丈夫なように身構えるが――モンスターは一向に扉を開けてくる様子がない。
それにも関わらず、扉は恐ろしいほどの衝撃音を立て続けている。まるで何度も体当たりをしているような音が響き続けた。
「ん?」
なんでだ?
あれほど簡単に扉は開いたっていうのに、どうしてこの扉は反対側から開かないんだ?
「あっ」
「何か分かったのか、エラント殿」
警戒しながらもセツナが聞いてくる。
「もしかして、あの扉。一方通行なんじゃないか?」
「一方通行?」
俺の言葉に首を傾げたパルがオウム返しのように聞いてきた。
「こっちからは開くが、反対側からは開かない。こっちからしか通ることができない扉……と、考えられないだろうか」
未だにバンバンガリガリごりごりドカンドカンと衝撃が続く扉。
普通ならばとっくに破壊されてもおかしくないような音が響き続けているのだが、そこは迷宮の壁らしく、壊れることは無さそうだ。
まぁ、扉や壁が破壊できるのであれば迷宮探索はもっと楽になっているだろうけど。壊せないからこその迷宮だと言える。
「引き戸ってわけじゃなさそうだね。どんなモンスターだったんだい?」
ナユタの位置からは扉の向こうは見えなかったらしい。
俺は黒いローブを着た小柄な存在であることを説明した。
「初見だね。おまえさんは何か知らないのかい?」
「あいにくと顔を見せない相手は名前も覚えられませんわ。名札でも付いていればいいんですけど」
警戒を解き、ルビーはトコトコと気軽に扉へと近づいていく。
開くことはない、とは思うが……あそこまで気軽に歩いて行けるのはルビーくらいなものだろう。
なにせ、今にも扉が開きそうな音がずっと聞こえている。
とてもじゃないが、この部屋で休憩するのは不可能だろう。絶対に心が休まらない。
「ちょっとだけお顔を拝見してもよろしいでしょうか?」
「……気をつけてくれよ、ルビー殿」
「もちろんです。何かあれば責任は取りますわ」
何かある前に対処していただけませんか?
そう思っている間にも、こっそりとルビーは扉を開けた。
と、思ったらビターン! と閉まった。
「タイミングが難しいですわね……」
向こう側から絶え間なく扉を攻撃されていたら、そりゃすぐに閉まってしまうよなぁ。
しかし、ルビーは諦めていないようで。
むしろ力づくで扉を開け続けた。
さすが吸血鬼ですね、強引です。
「あら?」
そんな声をあげてルビーが力を弱めると、扉はまたビターンと閉まった。風圧がこっちまで来るような勢いだ。
「ホントにローブの男でしたの?」
「男とは言ってないぞ」
「おっと、そうでした。勝手に男のイメージがありましたわね」
まぁ、モンスターってそのほとんどが男というかオスというか、そういう感じはする。逆に女性しかいないモンスターもいるので、性別不明の相手を男と表現するのは間違いではない気もするけど、実際のところは見てみないと分からないよな。
まぁ、手の形からして男っぽくはあったが。
「知っているモンスターだったのか?」
「はい。サーベルタイガーでした」
「ん?」
いや、サーベルタイガーといえば鋭利な牙と爪で攻撃してくる大型の猫というかライオンとかヒョウとか、ああいうタイプの動物だったと思うが?
モンスターでもいたんだろうか、サーベルタイガー。
この迷宮で『動物』が出現するとは聞いたことがない。
というか、俺が見たローブの存在はどこへ行った?
「どういうことだ……拙者も確認して良いだろうか?」
「なら、俺も」
「はいはい、あたしも!」
「シュユも見るでござる」
「あたいは遠慮しとくよ」
というわけで、ナユタ以外のメンバーがおっかなびっくりと扉へと近づくが……なぜかバンバンと叩く音が止まってしまった。
「諦めたのでしょうか?」
「ならば好都合」
今のうちに、とみんなで扉の縁に視線を出すようにして縦に並ぶ。
上からセツナ、俺、パル、シュユ、と顔を並べて、ルビーがこっそりと扉を開けてくれた。
「「「「「……んえ!?」」」」」
で、扉の先を見て一斉に後ろへと下がるように逃げ出した。
そんな俺たちを追うように、扉の隙間から漏れ出した炎と熱が爆風のようになって襲いかかる。
「んぎゃぉ」
と、コロコロ転がるパルを拾い上げて、ナユタの元まで全力で逃げ戻った。
「おいおい、どうしたってのさ!? 虎ってのは、火まで吹くのかい? それじゃまるで龍じゃないか」
「まさにその通りだった。竜虎相まみえるとは言うが……まさかこんな時に使う言葉になろうとは思いもよらなかったな。あっはっはっはっは!」
なぜか笑うセツナ。
いや、気持ちは分かる。
虎がいると思って覗いたら、ドラゴンがこちらに向かって火を吹くところだったのだ。
そりゃ笑いたくもなる。
「師匠~、下ろして~」
「おっと」
パルを抱えっ放しだったので降ろしてやる。
ふへ~、と息を吐いているのを見る限り、どこにも怪我は無さそうだ。
良かった良かった。
「まさか龍がいたのかい?」
「その、まさか、でござった」
はぁ~、と息をつきながらシュユが答える。
「恐らく師匠さんが見たという黒ローブが召喚士、サモナーのようですわね。私が見た時にはタイガーがいて、皆さまが見た時にはドラゴンがいた。ドレイクの可能性もありましたが、トラに変身できるとは聞いておりませんので、召喚士で確定でいいでしょう」
「なんにせよ、一方通行の扉で助かったわけか」
正体は判明したものの、この状況では倒せるものではないし、無理に倒す必要はない。
出現場所が変わっているのは、召喚士自体が地下8階層を動き回っているから、だろうか。
そういう意味では、上階に登ったりする可能性もありそうに思えるが……どういう基準で動き回っているのか不明だな。
ん~……
そもそも上階では強いモンスターが出現せず、階層を深めるに連れて強いモンスターが発生するのは、まぁ何となく理解ができる。
人間の気配が無い闇から出現するのが『モンスター』だ。
より人間から遠い位置となる地下奥深くの方が凶悪なモンスターが発生するのも理解できる。
だが――階層移動しないのは、いったいどういう事だろうか?
よくよく考えれば、そこも疑問だなぁ。
地上に出現するモンスターは、普通に移動するし、なんなら徒党を組むし、厄介な砦を自作することもある。
そういう習性みたいなものとは少し違うので……やはり、迷宮のモンスターは別物と思っておいた方が良さそうだ。
そのあたりのことも宝物庫に辿り着ければ答えが導き出せるのだろうか?
まぁ、分からなくとも目的を達成できたのなら、それでいいのだが。
魔王を倒すヒントになるようなものを得られれば、勇者と別行動をしている意味とか意義が見い出せるので、多少は賢者と神官の睨みつける力が弱まることを願いたい。
「とりあえず、地上へ戻ろう。頼めるかエラント殿」
「おう。掴まってくれ」
はーい、とパルが背中に抱き付いてくるし、ルビーは正面から抱きしめてくる。
役得だなぁ、なんて思いつつ、セツナたちもしっかりと俺の服を掴んでいるのを確認してから転移の腕輪を重ね合わせた。
「アクティヴァーテ」
起動呪文を唱えて、迷宮から外へと脱出する。
知覚できるかできないか、ギリギリの深淵世界を通り過ぎて、すぐに浮遊感があった。
「おっと」
無事に着地すると、いつもの崖の上。
しかし、どうやら時間帯は夜だったみたいで、見上げれば星空が広がっていた。
「ふぅ。やっぱり外は安心するさね」
ようやく一息つけた、という感じでナユタが空を見上げる。
同じ真っ暗な地下ダンジョンだったとしても、星空の方が明るく見えるし。
真っ白なタイルに囲まれているよりは、星空の方が万倍もマシに思えた。
「さて、戻ろうか。森を抜けるので、油断しないように」
セツナの言葉に同意をして、少しだけ気合いを入れなおし森の中を進む。夜闇の中、とは言え地下9階層を見たあとだとこれでも明るく見えてしまうのが不思議だ。
「経験は積んでおくべきだなぁ」
「それは童貞的な意味での発言でしょうか。でしたらいつでも協力できますわよ!」
「夜の女王は黙っててください」
「なんか間違ってないんですけど、そこはかとなくえっちな響きに聞こえてしまうのは、なんでなんでしょうね……」
不満そうなルビーは放っておいて、しっかりと気配察知しながら森の中を進み……街道へと出た。
ここまで来れば冒険者や商人が多い。
夜ということもあってか、いつもよりは少ないが……昼夜を問わない黄金城周辺だけに、やっぱり人通りがあるのが魅惑的というのだろうか。
なんにせよ、そんな人通りに自然と混じりながら黄金城へと戻ると――
「あら?」
なにやら、お祭り騒ぎのように。
人々は大勢で飲めや騒げの大騒ぎをしているのだった。
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