~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その2~ 6
隠し部屋もまた四角い部屋だった。
それほど大きくなく、正方形の部屋であり、中には何があるわけでもなく、一見して無意味な空間にも思えた。
ガランとしたフロアは、光源の明かりを反射するだけ。
それがどうにも不気味に思えた。
「エラント殿、真正面を」
シュユが正面の壁を指差す。
なんだ、と眼をこらすと――火の精霊女王のシンボルを表示させた透明タイルと同じ物が正面の壁にあった。
「あれもスイッチ?」
パルが首をかしげながら言う。
「たぶんな」
そう答えながら、俺は罠感知をしながら部屋の中に入った。
まずはフロア内の安全を確かめる必要がある。分かりやすい位置にスイッチがあるのなら、尚更だ。
というわけで、中衛組で念入りに罠の有無をチェックし――無事に終える。
結果、罠は無かった。
「安全でござる」
取り越し苦労とも言えるが、安全を確保しておいて損は無い。なにより、パルの訓練にもなるので積極的にやっていきたいところ。
さて、罠感知の結果として分かったことがある。
「スイッチは3つ有った」
正面の壁に加え、左右の壁にひとつずつ透明のスイッチが設置されていた。
真っ白な中にあるので、パっと見で分からないのが何ともイヤらしい仕掛けだ。もっとも、だからこそ黄金城のダンジョンではあるのだが。
「さて、どれを押したものやら」
セツナはどうにもイヤな予感がする、と表情で訴えている。
「多数決ですわね!」
そんなセツナを見て嬉しそうにルビーが言った理由は、語るまでもないだろう。
セツナがあぶれるところを見て笑いたいに違いない。
さすが魔物種。
さすが吸血鬼。
さすが支配者。
性格が悪い。
「多数決の他に案があるものはあるか? 拙者は是非とも多数決以外の論理的な物を示して欲しいと願っている」
「あ、はいはいはい」
パルが元気良く手をあげた。
「ほう! ぱるばす殿、素晴らしい意見に期待する。意見を言ってくれたまえ」
「正面は違うと思います」
なぜ?
と、みんなでパルの言葉に注目した。
「真正面のスイッチって、通路に入った瞬間に分かるから。真っ先に押したくなるじゃないですか。だから、ぜったい間違いなスイッチを設置します。あたしならそうする」
「確かにそう思うな。どうだ、エラント?」
「考え方は間違ってない。その裏をかく、というパターンもあるが」
そう思わせておいてストレートに設置する、ということも無くは無い。結局のところ、全て押して確かめるしかないことは確かなのだが……
「順番か」
さて、3つのスイッチをどの順番で押すのが正解か。
「間違えたらどうなるんだい? まさか閉じ込められるとかないだろうね」
ナユタの不安も分かる。
間違えるとペナルティがある、と考えるのは普通だろう。
もしかしたら、隠し扉の入口が閉じられる可能性は、充分に有り得る。
「その場合は転移の腕輪で逃げるだけだ」
そいつは本当に便利だねぇ、とナユタはカラカラと笑った。
「せっかくのパル殿の意見だ。拙者は左右のどちらかで多数決を取りたいと思う。異議のある物はいるかな? ……よろしい。では、決を取る」
せーの、でみんなはそれぞれ指をさした。
結果――
俺とルビーとシュユは右。
パルとセツナとナユタは左。
「ふぅ。あいこ、か」
なぜか仮面の上から汗をぬぐうセツナ。
そんな重大な選択でもないのだが?
まぁ、セツナがとても満足そうなので、なによりです。
「セッツん、3択にしません? ラチがあきませんわ」
「せっつん!?」
新しい呼ばれ方をしてセツナが驚いている。
ルビーの適当な呼び方は、なんとも愛嬌があるよなぁ。
「せっつん、せっつんさま……せっつん、せっつん……うふふ」
シュユちゃんがこっそり気に入っている。
かわいい。
「こほん。では、正面のスイッチを含めてもう一度やってみるか」
セツナの合図に合わせて、俺たちは再び指をさした。
結果、意見を変えたのはルビー。
ワザと多数決を確定させたのかもしれない。
堂々と真正面のスイッチを指し示す支配者の鑑だ。愚者とは紙一重。さすがだなぁ。
「おかしいですわね。イケると思ったのですが」
……もしかしたら愚者だったのかもしれない。
「左でござるな」
というわけで、まずは左の壁に設置してある透明スイッチを押すことになった。
もちろん、押す役目はすでに確定している。
「わたしの出番ですわね」
「頼む」
任せてくださいまし、と嬉しそうにルビーは壁へと移動してスイッチの位置を確かめる。
「では押しますわよ。3、2、1、ゼロ」
ルビーがスイッチを押した。
何が起こるか分からないので身構えていたが……変化らしい変化は起こらなかった。
「一瞬だけシンボルが見えましたわ。でも、消えました」
スイッチには変化があったらしい。
俺たちは左の壁に近づいて、ルビーにもう一度スイッチを押してもらう。
透明スイッチを押すと、火のシンボルと同じように黒いインクのようなものが表れ、何か模様のような物を形作ったかと思うと消えてしまった。
「今のは――金の精霊女王ラニーネアのシンボルだ」
やはりこの階層では、精霊女王のシンボルがスイッチに表示されるようだ。
そして表示された状態が保持されないということは……
「順番が間違ってる、ということですよね」
パルの言葉にうなづく。
「とりあえず地図にメモをしておいてくれ。左の壁が金」
「ひだり、きん、と。書いたでござる」
「あたしも」
では、次に押すべきスイッチは――
「押しましたわよ。水の精霊女王のようですわね」
ルビーがすでに右の壁にあるスイッチを押していた。
行動が早い……というか、待ちきれないんでしょ、あなた。まったくもう。
「落ち着けルビー。犬でも『待て』はできるんだぞ」
「このわたしを犬とおっしゃるんですか、師匠さん!?」
「犬以下とおっしゃっている!」
こっちこい、と言うとワンと鳴いて抱き付いてきた。
犬じゃねーって言ってるだろうが!
「ハッ、ハッ、ハッ、レロレロレロレロレロ!」
「舐めんな!」
思わず投げ飛ばしてしまった。
吸血犬は投げ飛ばされるままに転がって、そのままケラケラと笑う。
「ときどき、物凄いアホなんじゃないかと思うのだが……やっぱり物凄いアホだよな、おまえさん」
投げ飛ばされ転がったルビーを見て、ナユタがつぶやく。
「ふぅ。道化を演じるのも疲れますわね」
「うそつけ」
ナユタは笑いながら赤槍でルビーの襟首を起用に引っかけ、立ち上がらせた。
「遊んでないで働いてくれ、吸血鬼」
「ナユタんが言うのであれば仕方ありませんわね。働きますわ」
というわけで、もう一度スイッチを押してくれるルビー。
確かに水の精霊女王ニルネアのシンボルが表示された。
「右、水……と。書けました師匠」
「ふむ。右が水で左が金か。と、なると――」
「真ん中は木の精霊女王サフィールのシンボル、のはず」
セツナの言葉に俺はうなづく。
「ルビー」
「はいな」
スキップするように正面の壁に移動すると、ルビーは遠慮なくスイッチを押した。
これも何も起こることはなく、一瞬だけシンボルが表示されて見えなくなる。
「予想通り木の精霊女王ですわね」
やはり順番は関係あるようだ。
世界誕生の創世記どおりの順番を押していけば、なにかしら仕掛けが作動するはず。
「ということは、右から順番に押していくってことかね。表示が消えるってことは、順番を間違えているってことかい?」
「そうですわね。火の次は水ですので、こっちから押していけばいいですが……先に金を押してしまったので火は消えていると思われますわ」
げぇ、とナユタは顔をしかめる。
「面倒だね。あっちまで戻るのかい?」
「仕方ない。それこそ、あせるとロクな目に合わないだろうからな。三日くらいかけるつもりで着実にやろう」
押しなおして表示が保持されることも確認したかったが、今はすべてのスイッチの位置を確認するのが先だろう。
というわけで、地図を見る。
闇のスイッチは地下9階へ降りる階段のフロアに設置されていた。
そこが最後に押すスイッチだと考えると……そのフロアより奥に残りのスイッチが設置してあるはず。
というわけで、まずは階段のあった部屋まで戻ることにした。
もちろん。
「うりゃあ!」
「ミノタウルス、滅ぼすべし!」
「そりゃぁ!」
「ミノタウルス、ぜったい殺すべし!」
「どりゃぁ!」
「またミノタウルス!?」
途中でモンスターを倒しながら。
というか、ミノタウルス率、高くありませんでした? なに? ミノタウルスの巣でもあるの?
だったら女性冒険者がどえらいことになっているので、今すぐ助け出さないともっともっとミノが増えることになるんですけど!?
しかし、まぁ、こんな階層まで来ることができる女性冒険者は限られているので、偶然だろうか。そう願いたい。
「ふへぇ~」
なんというか、勝てるには勝てるんだが……精神的な疲弊が大きく感じるんだよなぁ、ミノタウルス。
弟子に向ける視線がエロいからか。
許せん。
ミノタウルス滅ぼすべし。
「ひとまず休憩しよう」
階段のあるフロアまで戻ってきたところで、一時休息することになった。
一応は体力も仙術も温存できていると思うが、それでも連戦は厳しいところ。下手をすればドラゴンブレスを召喚してくるモンスターがいるかと思うと、なかなか気が休まらないのも本音だ。
「師匠~、おなかすいた~」
「そうだな。食べておくか」
わーい、とパルはランドセルから買っておいたサンドイッチと串焼きを取り出す。ちなみに串焼きはアツアツだったりするので、保存のランドセルはすごい。
「焼き立てでござるな。温かい物を食べられるのは嬉しいでござる」
「でしょー。夜中にできたての屋台料理とか食べたいときあるよね。そういう時に便利だよ」
「そういう使い方でござるか。なるほど、天才の発想でござる」
「えへへ~」
ぜったいに違うと思いますが、天才の発想はそのとおりなので何も言えない。
純を司る神アルマイネさま。
どうか弟子をお許しください。
返事はなかったけど、許されたと信じたい。
さて、たっぷりと休憩して、美味しい物を食べて気力も回復した。
「先へ進むとしよう。エラント殿、ここからもよろしく頼む」
「任せてくれ」
セツナに背中を押され、先へ進むための扉の先を気配察知する。
いつもどおり何も感じられない。
それでも尚、油断はできないので――慎重にカウントダウン。
ゼロと同時に扉を蹴り開け、ルビーが突撃した。次いで前衛が入り、中衛組が入り、最後に俺も扉をくぐる。
その時にはセツナの報告があがる。
「敵3」
厄介な数だ。
その正体はなんだ、と思いきや――
「キングオークとフライトカゲ」
なにその組み合わせ!?
「ルビー、オークは任せた」
「了解ですわ!」
タワーシールドを持って、ルビーはそのままオークへと体当たり。部屋の奥へと押し込んでもらった。
その間にフライトカゲ2匹を何とかしないといけない。
「速攻!」
「はいでござる!」
セツナとシュユに1匹は任せて、俺とパルはナユタに加勢する。
「ブレスは吐かせるな!」
「分かってるよ! そら、パルも援護しな!」
「はいっ!」
フライトカゲの口を開かせるわけにはいかない。というわけで、執拗に相手の口を狙いつつ、なんとか完封勝利。
セツナとシュユも追い込んでいたので、素早く援護でトドメを刺す。
よし、フライトカゲを倒した。
あとはオークキングだけ!
と、部屋の奥を見れば――
「おーっほっほっほっほ! その程度でキングを名乗るとは片腹痛いですわね。それとも、わたしという女王に遠慮しているのかしら。ほれ、ほれほれほれほれ、もっと気合いを入れた攻撃をしてきなさい、このブタぁ!」
オークの攻撃を一身に受け続けるドマゾの光景がそこにあった。
いや、そのタワーシールドは飾りですか?
戦斧で殴られまくってるじゃないか、ルビーさん。
「あ、終わりましたの? じゃぁ、ご苦労様です。やっぱりつまらなかったですわ」
そう言って、拳を突き出し――オークキングの胸を一撃で貫く吸血鬼女王。
成す術もなく倒れるオークキング。
「いつもこうなら助かるんだがねぇ」
「気まぐれでござる」
「ムラがあって厄介だな」
「あはは、活躍したのに文句言われてやんの」
「ノーコメント」
「ちょっとは褒めなさいよ、あなた達!」
もちろん。
あとでお礼は言いましたよ?
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