~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その2~ 5

 しっかりと安全を確かめてから。

 ドラゴンブレスの部屋を探索していく。

 しかし、やっぱり――


「あの通路が無い」

「無くなってる」

「無いでござるな」


 部屋にあったはずの通路。

 ぽっかりと切り取られたように壁に四角く開いていた場所が、今はふさがっていた。

 もちろん、きっちりとその場所を確認するが……繋ぎ目というか切れ目というか、そういったラインのような物も見つけることができない。

 負傷したセツナが回復したので、シュユも探索に加わるが。やっぱり無い物は無い。というか、有ったのを覚えているが、無くなっている。と、考えるべきか。

 そう考えると、やはり――


「火のスイッチを押せば大きな音がしたのは、これだったのか」


 スイッチを押した際に火の精霊女王のシンボルが表れたのも注目すべき点だったが、それと共に大きな音がしたのも確か。方角的にはこの部屋であり、通路を開くための物だったに違いない。

 ただし、何度かスイッチを押しても音は一度だけしか聞こえなかった。

 一度押せば、開きっぱなしになる構造なんだろうが……


「ダンジョンを離れると、隠し通路は自動的に閉じるのか?」


 そのあたり、良く分からないな。


「こいつが開いた先を調べてみたら、ちゃんと分かるんじゃないかい?」


 それもそうだな、とナユタの言葉にうなづく。


「では、火のシンボルを押しに行こうか」

「大丈夫ですか、ご主人さま」


 立ち上がったセツナに心配そうにシュユが駆け寄る。


「問題ない。ちょっと背中がヒリヒリする程度だ」

「何かあればすぐに言ってくださいね」

「分かってる。ありがとう、須臾」


 セツナはシュユの頭に優しく触れた。

 うんうん。

 素晴らしい関係性だ。

 こういうのをプラトニックというに違いない。

 いやぁ……やっぱり凄いなセツナ殿は。あの程度で我慢できるなんて、聖人に違いない。俺なんかシュユちゃんを撫でまわしたくて仕方がないっていうのに。

 立派な大人だなぁ。尊敬する!

 と、思いました。


「シュユちゃんシュユちゃん」

「なぁに、パルちゃん?」

「ござる付けるの忘れてるよ」

「ハッ!? な、なんのことでござるか。シュユは忍者でござるからなぁ。普段からござるは付けているでござるよ」


 取って付けたかのようにござるを連発するシュユちゃんと、くすくすと笑う我が愛すべき弟子。

 ふたりともカワイイ。


「うん」

「うむ」


 セツナと目が合ったので、お互いにうなづき、硬く握手した。

 うん!

 分かる!

 そうだよね!


「ほら、行きますわよ。あんまりのんびりしていると、ドラゴンサモナーが向こうから会いに来るかもしれませんわ」


 どうやらルビーは、ドラゴンブレスは召喚士の仕業だった、という説を推しているらしい。

 それはそれでいいのだが。

 召喚士が地下8階層をウロウロと歩き回っている、というのは恐ろしい話だ。

 挟み撃ちされたら、たぶん一瞬で全滅する。


「そういえば、あんまり通路とかでモンスターに出会わないね」


 パルの疑問だが……


「そもそも、通路が少ないのがこのダンジョンだけどな」


 と、答えておく。


「そっか。部屋の隣が部屋だったりするから、あんまり歩いているモンスターと出会わないんだ」


 そういうこと、とも言えるが……


「もちろん例外はある。部屋の中にいる、ということはそこを根城的な扱いにしているんだろうけど、移動する時は移動するものだ。そこで運悪く遭遇することもあるし、なんならモンスターの種族が混合している時もあるだろう?」


 大体のモンスターは種族が固定で襲いかかってくる。

 それは、モンスターのレベルが高ければ高いほど、その傾向は顕著になっていた。

 それこそゴブリンやコボルトぐらいなものだろうか。このふたつの種族は、なんというか手下的に扱われていることが多いので、オーガ種とかボガード種なんかと行動を共にしていることがダンジョンの外でも見かけるものだ。

 しかし、それ以外の種族が他種族と徒党を組んでいることは少なく、ダンジョンでも遭遇する機会は、通常より格段に減る。と言っても、やはり限定された空間ではあるので、非常に複雑な言い回しであるが、『稀に良く有る』と言えるだろうか。

 まぁ、何事も例外があるものであり。

 その例外に良く当たるのは冒険者だからこそ、とも言えるだろうか。


「お引越しの最中だった、ってことですか、あれ」


 そうかもしれないな、と苦笑しつつ俺たちは移動を開始する。

 ひとつ、ふたつ、とフロアを引き返して、火のスイッチの部屋へ移動すると――中にモンスターはおらず、一息つく。

 なかなかどうして、厳しい戦いが続くので。

 モンスターがいない方が楽になってきたのは確かだな。


「おっと、宝箱があるぞ」


 ナユタが部屋の隅にあった箱に気付いた。


「げぇ」


 訂正。

 モンスターがいなくても、宝箱があったら、精神的な疲弊は大きい。


「無視したいなぁ」


 思わず本音が口から出てしまった。


「おや、自信がないのかエラント殿」

「嫌味を言ってくれる」


 セツナの背中をバンバンと叩いてやった。さっき蛇に噛まれた場所だ。痛かろう。


「っぐ。へ、平気だよ」

「我慢してるせいで口調が可愛くなってるじゃねーか」


 くっくっく、と笑っておく。

 悪そうに笑えてるだろうか。教えてくれ、勇者。俺は悪い盗賊になれてるか?


「師匠ししょう、あたし開けたいです!」

「あぁ……分かった。いいよ、開けよう」


 一瞬にして弟子にデレデレな師匠の顔になってしまったのは言うまでもない。

 ごめんよ、勇者。

 俺は悪い盗賊になるより、良い師匠になりたいです。


「開けるのはいいが、思ったより小さいな」


 最近は石棺なんかがあって、宝箱もかなり大きくなってきたイメージがあったが。今回の宝箱は手のひらサイズ。部屋のすみにちょこんと置かれている金属で作られた箱だ。


「こうも小さいと、罠を仕掛けることも出来なさそうでござるよね?」

「あたしもそう思う」

「でも、それが狙いの可能性もある。油断させておいて、というやつだ。慎重に罠感知していこう」


 はーい、という美少女ふたりの返事を聞きつつ、いつもどおりにやっていく。

 結果。


「罠無し?」


 何の反応もなく、持ち上げるところまできた。


「重いですか、師匠?」

「いや、そこまで重くない。むしろ箱だけの重さの気がする」


 パルに手渡してみる。


「ホントだ。はい、シュユちゃん」

「軽いでござるな。はい、ルビーちゃん」

「あら、ホント。軽いですわね。じゃ、開けますね」


 なぜか罠感知組に入っていて、受け取った宝箱を遠慮なく開ける吸血鬼。

 いや、まだフタの開閉に関する罠感知は終わってないんですけど?


「開きましたわね」


 結果的に罠は仕掛けられてなかった。

 普通の箱だったらしい。

 そういう宝箱もあるのか……


「あら、ステキ」


 箱の中には――指輪が入っていた。しかもふたつ。青い宝石と赤い宝石の二種類の指輪で、それなりの値打ちがありそうな雰囲気がある。

 指を通す環の部分の内側には何やら文字が刻まれているようだが……神代文字と呼ばれる物だろうか。小さすぎて確認できないが、読める物では無さそうだな。文字の長さから考えても持ち主の名前というわけではないだろう。

 二種類の指輪は同じデザインをしている。

 明らかに、何らかの意味がありそうな感じだった。

 単なる装飾品のように見えるが、この下層領域で出てきた宝箱だ。

 なにかしらのマジックアイテムだろうな。


「付けてよろしい?」

「ダメ!」


 全員がルビーを止めた。

 こんなところで妙な呪いでも発揮されたら困る。ひとりで苦しんでしまうならまだいいが、発狂や混乱の効果があった場合、どうやってもルビーを止められなくなるので。

 たぶん俺たちは逃げ出し、ルビーは8階層のボスになること間違いなし。

 そして、人間種は永遠に8階層に近づけなくなる……いやいや、場合によってはルビーが地上まで移動してくる可能性があるので、人類が全滅する日は近いだろう。

 うん。

 なので、ぜったいに付けないでください。


「はーい。あとで鑑定してもらいますわ」


 ルビーは楽しそうに影の中に指輪を沈めた。

 ホント、このダンジョンはルビーと相性が良いので困る。加えて、いつかぜったいルビーの身を亡ぼしそうなので、監視しとかないとダメそう。

 なんて思いつつ、火のスイッチまで移動する。


「押すでござるよ」


 シュユちゃんが押すと、火の精霊女王のシンボルが表れて――遠くから大きな音がしたのを確認できた。


「これで戻ればいいのか。面倒な仕掛けだねぇ」

「油断するな、那由多。この状態で前回は死にかけたのだから」

「おっと、そうだった。ご忠告痛み入るよ旦那」


 もしかしたら、ドラゴンブレスの罠が作動している……という可能性は充分にある。

 俺たちは再び来た道、というか、来た部屋を戻り、ドラゴンブレスの部屋まで戻ってきた。

 短い移動だからかモンスターはいない。

 この程度の移動ならば、世界線を移動する率は下がるのかもしれないな。


「慎重に頼む」


 セツナの言葉にうなづき、俺たち中衛組は扉の先を気配察知する。前回はここで何やら大きな生物の気配を感じたんだっけ。

 思えば、その時点でこちらの動きはバレていたことになる。

 不意打ちを喰らったにせよ、もしも罠でないのなら、相手は相当な気配察知力があると思っておいたほうがいいな。

 そう思いつつ、気配察知するが――反応は無し。

 パルとシュユも何も反応が無いと、扉から離れる。俺も扉から離れて、盗賊スキル『妖精の歌声』を使用して、セツナに伝えた。


「扉を開けるだけで様子を見よう」


 こくん、とうなづくセツナ。


「ルビー。扉前で防御を頼む」


 分かりましたわ、とばかりにルビーはスカートをちょこんとつまみあげるカーテシーで意思を表示した。

 指折りのカウントダウン。

 ゼロと同時に扉を蹴り開け、俺はルビーと入れ替わるように後ろへと下がった。

 しかし――


「何もいませんわ」


 ルビーの報告を聞いて、俺たちは大きく息を吐いた。何かいたにせよ、何もいなかったにせよ、どっと疲れるのは間違いない。

 ただし、これで最悪のことが決定した。


「罠ではなく、あのレベルの罠……いや、召喚士がウロウロしてるってことか……辟易とするねぇ」


 苦々しい表情でナユタが笑う。


「最悪だな」


 セツナもカカカと笑っている。

 義の倭の国の戦士とは、恐ろしく胆力があるなぁ、まったく。シュユちゃんは無表情だし。いや、無表情でもカワイイけど。


「師匠~、隠し通路が開いてますよ。はやくはやく」

「待て待て、ちゃんと罠感知しろ」

「はーい」


 ルビーといっしょに通路の奥を覗き込むパル。その後ろ姿もカワイイので、シュユちゃんには負けていない。つまり、セツナ殿に俺は負けていないってことだ。

 ふふん。

 なんて思いつつも、俺も壁だった場所が四角く切り取られるように開いた通路を見る。

 どうやって開いたのかも分からない。

 切れ目というか、壁が天井に上がったのか、それともスライドしたのか、はたまた床にもぐったのか、それすらも分からないくらいに綺麗に消え去っている。

 恐らくタイルに切れ目に合わせて動いたんだとは思うんだけど……それすらも判断できないくらいに自然に動作したようだ。

 恐ろしい技術だなぁ、マジで。もう魔法の領域とも言えるだろうか。なんにせよ、恐ろしい技術には違いあるまい。

 そんな通路を罠感知しながらゆっくり進んで行くと――


「これが、隠し部屋か」


 俺たちは、隠し部屋たる四角いフロアに到着したのだった。

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