~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その2~ 4
地下9階層は、光源がまったく役に立たないほどの暗さだった。
まさに『ダークゾーン』と言える階層。
その探索困難な状況を改善してくれるのが、恐らく8階層のスイッチだと推測した俺たちは、改めて地図と向き合った。
「エラント殿、転移の腕輪は大丈夫か」
「あぁ。チャージできてる。いつでも転移できる状態だ」
探索したり、9階に行っている間に魔力がチャージできた状態となった。いつでも転移可能となっている。
転移先として、頭の片隅に地下5階のルビーのラクガキを置いておく。
さすがに連続して自分の家に転移するのは、少しもったいない気がするし。
顔を見せておく、という点でも地下街がいいだろう。
「では、先に龍探索へ行ってみるか?」
セツナはドラゴンから不意打ちでブレスを喰らった部屋を指差した。探索は済んでいないものの、火のスイッチを押した時に大きな音が聞こえたのは事実。
しっかりと探索しておきたいフロアなのは、確実だ。
「それはよろしいのですが。どうします? スイッチを押した状態で見に行きますか、それとも押さない状態で見に行くか。師匠さんやサムライとしては、おさない方が好みと思われますが」
押さないのではなく、幼いと言いたいのだろう。
この吸血鬼め。
そのとおりなので困る。
「せっかくの吸血鬼殿の提案だ。推さないわけにはいくまい」
「まぁ!」
セツナが上手いこと言い返した。
嬉しそうであり、悔しそうなルビー。
「言葉で上を行かれてしまってはどうしようもありません。何か褒美を与えようと思いますが、何がお望みかしら、サムライ?」
「では、迷宮踏破に御助力を願う」
「心得ました。ほどほどにお手伝いしましょう」
セツナが肩をすくめたのは言うまでもない。
「さて。龍の部屋だが……どちらにしろ罠だった可能性をつぶしたいのでね。押した状態と押さなかった状態とを確認しておくのが無難か」
そうだな、と俺も同意する。
押せばドラゴンが発生、とかいうとんでもない罠の可能性は否定できないので。ひとまず、押さない状態であの部屋を確認してみたい。
というわけで、引き返すようにフロアを戻っていくのだが……もちろんその時にも敵が出現する。
オーガ種、ミノタウルス、フライドラゴン。
初見のモンスターでなければ、普通に倒せるのが救いか。手に負えない相手、もしくは組み合わせ次第では詰むような相手でない限り大丈夫だろう。
無論、不意打ちを喰らってしまっては、その限りではない。
それらのモンスターを倒して、件の部屋の手前まで辿り着いた。
「少し休憩するか」
ふぅ、とセツナが息を吐く。
マグのおかげで寒さは感じていないのだが、白い息が出るのが不思議なところだ。こうやって床に座って休息できることを感謝しないといけないな。
「師匠、お水ください」
「あんまり飲み過ぎるなよ。お腹たぷたぷでドラゴンから逃げないといけなくなったら最悪だ」
「あはは」
のんきに笑ってられるパルの豪胆さに苦笑する。
楽天家というよりも、無事でいられると信じている感じか。俺への信頼度の高さのようなものを感じて嬉しいのだが……それはそれでプレッシャーのような気がしないでもない。
なんて思いつつ。
「うーあー」
パルのほっぺたをむにむにした。
よし、落ち着いた。
やっぱり美少女のほっぺをむにむにするのは精神を安定させるのに最適だな。
もちろん。
やり過ぎると、逆にドキドキしちゃうので加減は大事だ。
「そろそろいけるか」
「おう」
休憩も終わり、集中力を高めるように息を吐いた。他のメンバーも各々、気合いを入れなおしている。
「気配察知を頼む」
前衛組が見守るなか、俺とパルとシュユの三人で扉へと近づく。
この先は並行世界――という仮定が真実だとしたら、いったいどの時点で世界が確定するのだろうか。
そのあたりは良く分からないが。
「……」
ふむ。
前回とは違って、扉の先からは何の気配も感じなかった。更に慎重に音を聞くために扉に耳を付けて確認してみたが――何の音もしない。
それはパルもシュユも同じで。
どうやら気配は何も感じられないらしい。
というわけで、いつもどおりのカウントダウン。3、2、1と指を折り曲げて、ゼロと同時に扉を蹴り開けた。
さすがにいつもと違って、全員が警戒気味。いや、相変わらずルビーだけは死にたがりのハーフ・リングのように真っ先に突っ込んでいき、他のメンバーは少し遅れて部屋の中へ入った。
「敵はひとり、メデューサですわ!」
ルビーの報告に、どこか安堵したが……メデューサ?
メデューサとはアレか? 髪の毛が蛇の魔物で、眼が合うと石化してしまうという絵本とか冒険譚で出てくる、あのメデューサ!?
確か鏡で退治するんだったか、なんて思いつつ部屋の中に入ると――ルビーが盾をかまえつつ、後ろへ下がってきた。
なんだ、と思えばその盾に噛みつくように蛇が攻撃が仕掛けてきたらしい。
それなりの威力がある攻撃で、うにょうにょと身をくねらせるように蛇は短くなって部屋の奥へと戻った。
「気をつけてくださいまし。あの蛇に噛まれると痺れて動けなくなりますわよ」
「目が合うと石化するという話は?」
「人間が石になるはずありませんわ、師匠さん」
……言われてみれば。
まぁ、確かに……
そうだよなぁ。目が合っただけで人間が石になってしまうなんて、そんなはずないよな。せめて石化魔法と考えるのが普通だけど、それでもなくて、単なる痺れ毒だなんて。
え~。
なんかちょっとガッカリ感がすごい。
伝説って、解いてしまえばこんな物なのかなぁ。
「ロマンが無いよ、ルビー」
パルが俺の言いたいことを代弁してくれた。
ありがとう。
「小娘がロマンを語らないでくださいまし。人生経験と比例しましてよ」
パルが言ったせいで説得力がゼロになってしまった。
ごめんね、パル。
っていうか、ロマンって人生経験と比例して感じられるものなんだ。
へ~。
それはともかく――
「なにノンキに漫才やってんだい! 戦闘中だぞ、ルビー!」
「わたしが悪いんですの!?」
なんて言いつつも、率先してタワーシールドをかまえつつ突進していくルビー。ほんと、頼りになります。
そんなルビーに向かってメデューサは自分の髪の毛となっている蛇をけしかける。メデューサ自身は、細い女性のような感じで肌の色は灰色に近い紫色。痩せた体でそこまで強そうには見えないが、黄色く濁った瞳が不気味だ。
目が合うと石化させられてしまう、という伝説が生まれたのも納得できてしまう程度には、目力というか、特徴的な目をしている。
狂貌とも言うべきか。
なるほど、釣り上がった瞳は恐ろしい。
それに気を取られていると、頭の蛇に噛みつかれて痺れ毒がまわる。身体が石化したように動かなくなってしまうということか。
納得してしまうなぁ。
妙な説得力を垣間見ているうちにルビーが蛇に襲われていた。
前面からは盾で防げているのだが、それを回り込むようにして蛇が自在に動きルビーに噛みついている。
どうやら頭の蛇は伸縮自在であり、各々が独立して動くようだ。たぶん、視線と意思が一匹一匹にちゃんとある。
恐ろしいほどに厄介だぞ?
「皆さま、このように蛇がそれぞれに自由に動きますので注意してくださいまし!」
説得力があり過ぎる注意方法だった。
「うりゃ」
そんなルビーに噛みついている蛇をパルがシャイン・ダガーで切断する。切られた蛇の頭はその場に落ちると、消失する。
残された身体はのたうつようにしてメデューサの頭へと戻った。
どうやら再生したりする様子はない。
だったら――
「フッ! ハッ! ほっ、よっ、と」
と、七星護剣・火で蛇の頭を切り落としまくる。恐らくだが、生半可な武器では切断できないのではないか、と思われるガッチリとした手応え。
それなりに硬い。
武器に恵まれていることを充分に感じながらメデューサの蛇に対処した。
しかし、メデューサ本体は髪の毛を切られた程度で怯む様子もなく、引く様子もない。むしろ、メデューサ本体が襲いかかってくるように前進してきた。
同時に部屋全体に放射状に蛇が広がる。いったい何匹いるんだ、と数えることもできないほどに無数の蛇が部屋に広がり、多角的にこちらを狙って襲い掛かってきた。
「うひゃぁ!?」
パルが叫びながらシャイン・ダガーを振り回しまくる。めちゃくちゃなようで的確に蛇の頭を落としているのだが――いかんせん、蛇が多く限界が近い。
「くっ」
だからといって俺に余裕があるかと言われれば、ノー。パルと似たようなもので、七星護剣があるからこそ対処できているが。持っていなければ、今ごろは前進に蛇が噛みついていたかもしれない。
「――解毒を頼む」
その状況に対処したのは、セツナだった。
防御を捨てたように、そのまま単身でメデューサへと突っ込む。
「ご主人さま!?」
驚くシュユもまた、自分への防御で精一杯の状態だった。なにぶん、彼女の最大の武器は七星護剣・木であり、大剣の類。どうしても一撃一撃が大きくなる。
細かく動けるクナイでは、この蛇を撃退することはできない。
「おおおっ!」
セツナの一足飛び。
まるで蛇など意に返さず、セツナはメデューサの懐にもぐりこむ。
早く、速い。
セツナに噛みつこうとしていた蛇が、遅れるようにしてセツナの後を追った。
スローモーションに見える世界で。
セツナの刃が一瞬だけギラリと光源の光を反射したのが、知覚できた。
攻撃は終わった。
だが、その攻撃が終わったことを蛇たちは気付いていない。
ドドドドド、と押し寄せるようにセツナの背中に噛みついていき、メデューサの目の前に彼は倒れる。
そんなセツナを見下ろしていたメデューサだが――ずるり、と首がズレて……落ちた。
クリティカルヒット。
致命の一撃。
一撃で首を刎ねたらしい。
恐ろしい攻撃だ。
もっとも――
「石化してしまいましたわね」
倒れたセツナは文字通りピクリとも動かない。
周囲の蛇たちが消滅したのを確認して、ルビーはタワーシールドを下ろしながら言った。
ルビーも毒がまわっているはずなのに。
平気で動けるんだなぁ。
「うわーん、ご主人さまー!」
シュユが慌ててセツナの元へ走る。
俺たちもセツナの元へ駆けつけると、仕込み杖を納刀したままの姿で倒れるセツナを仰向けに寝かせた。
手足どころか表情すらも固まっている。
幸いなことに呼吸はできているらしいので、命に別条は無さそうだ。
「心臓まで麻痺する毒も、この世にはあるんだぞ」
呆れるようにそう伝えるが――麻痺ってるセツナからの返事は当たり前だが、無い。シュユちゃんが麻痺用の解毒薬を飲ませて、ようやくゲホゲホとセツナの口が動いた。
「ふぅ。なんとかなったな」
「なんとかなった、じゃねーよ旦那」
ペシン、とナユタがセツナの頭を叩く。
「痛いぞ那由多。蛇よりも強い力だ」
「心配かけすぎさね」
「いや、あのままではジリジリと押される一方だと判断したのでな。須臾の術はまだ温存しておきたかったので、解毒薬を消費する選択をした」
まぁ、確かに。
あのままではパルが危なかったし、セツナ自身も仕込み杖という威力は充分だが、取り回しの厳しい武器であるのは確か。いずれ限界が来たとも思われる。
なので、判断は間違っていないのだが。
思い切ったことをするものだ。
「素晴らしかったです、サムライ。いえ、セツナ。あなたに敬意を評してキスしたいと思いますがよろしいでしょうか?」
「ダメでござる」
ん~~~、とセツナに迫るルビーをシュユちゃんがご自慢の仙術仕込みの怪力で引き上がして投げ飛ばした。
「なにするんですの、ニンジャ娘!」
「がるるるるるる!」
「あ、ごめんなさい」
威嚇だけでルビーを引き下げた。
シュユちゃん、すごい。
「ご主人さま、背中を。あ~、あ~あ~あ~、いっぱい蛇に噛まれてるじゃないですか。回復薬を付けますので脱いでください」
「う、うむ」
はやくはやくと急かすシュユちゃん。セツナはもう大丈夫だろうに、心配が尽きないらしい。
「師匠さん師匠さん」
「んお? どうした、ルビー」
「わたしもいっぱい噛まれたので見てもらってもいいでしょうか? 脱ぎますね」
「脱いでもいいが、診ないぞ?」
「なんでですの!?」
「こんなところでルビーの裸なんて見たら、我慢できなくなっちゃうだろ」
と、ルビーと目を合わせて、
「「うへへへへへ」」
と、笑い合った。
「ルビーはあたしが見てあげるよ。うん。大丈夫。アホだから死なない」
「そっくりそのまま、パルに返してあげたいセリフですわ」
何にしても無事に切り抜けられたようだ。
次からメデューサと遭遇した場合は、速攻で倒した方が良いな。それこそ、セツナの判断したとおり、蛇での攻撃は大したことない。
痛い程度で済むのだが、攻撃数が桁違いなので、ずっとメデューサの攻撃が続く感じか。
全身鎧を着ていたら無傷で勝てるかもしれないが……ウチのパーティはそういう意味でもモロい気がする。
まぁ、全身鎧以上に役に立つ一般的ではない種族の人がいますので。
イーブン以上になっているとは思いたいが。
それでも、全体攻撃を仕掛けてくる敵を相手にするとなると、なかなか厳しいな。
できれば先手を取りたいところ。
やはり8階層ともなると、モンスターのレベルも高い。
「すまぬがエラント殿。先に部屋の探索をしておいてもらえるか。拙者は少し休む」
「おう、任せとけ。シュユちゃんもセツナに付いてあげて」
「はい」
ござるを忘れてるシュユちゃんに苦笑しつつ、パルといっしょに部屋を探索する。
まずは全体をザっと眺めるが――
他のフロアとは違って四角い部屋だった。特に大きいとも小さいともない、今まであった部屋と同じくらいの大きさではある。
柱などは無く、真っ白なタイルで覆われているだけのフロアで、何の特徴も見当たらない。
違和感など無いのだが……
いや、決定的に違っている部分があるな。
「師匠。ここに、ありましたよね?」
「あぁ」
罠が無いのを確かめたあと、俺とパルはそこに手を付いてみる。
ドラゴンブレスを受けた時に、チラリとだけ入った際に部屋の中を見ている。その時にあったはずの通路が、今は無くなっており。
ただの壁になってしまっているのだった。
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