~卑劣! 黄金城地下ダンジョン8階・その2~ 3

 火の精霊女王のシンボルがあり。

 闇の精霊女王のシンボルがあった。

 それはつまり――


「始まりと終わりがある」

「スタートとゴールですか?」

「なんでそう言い換える……」


 ちょっといい感じに語ろうかと思ったらルビーが台無しにした。


「始まりと終わりはスタートとゴールですわ」

「そうだけどさぁ。パル、パス」

「はい、パルパスがんばりますっ!」


 愛すべき弟子がパルヴァスじゃなくてパルパスになってしまった。


「お馬鹿な吸血鬼に教えてあげます。いいですか、ルゥブルム・イノセンティアさん」

「はい、パルパス先生」


 授業が始まった。

 小さくて可愛い先生……イイ!

 放課後の特別レッスンを希望します!


「まず、世界に火が生まれました。これが始まりです」

「あぁ~、世界創生の精霊女王神話ですか。知っておりますわ」

「授業を終わります」


 終わっちゃった!?

 先生は!?

 俺のちっちゃくてカワイイ先生のドキドキ個人レッスンは!?

 手取り足取り盗賊スキルを教えてもらいたいです!

 ……こほん。

 まぁ、冗談だけどね。


「理解しました。つまり、精霊女王の生まれた順番ということですわね。確か、火水木金土日月光闇の順番でしたっけ。常々疑問があるんですのよね、あの創世神話。火が生まれる前は真っ暗だったと想像できますので、それって闇ではないのでしょうか。つまり、闇から始まり闇に終わるのが普通だと思いますのに」

「それじゃ闇の精霊女王が二回も出番があって、他の精霊女王さま達がズルい~ってなっちゃったんじゃない?」

「軽いですわね、精霊女王。目立ちたがり屋なんですの?」

「ラビアンさまはめっちゃ光ってるよね。きっと目立ちたがり屋だよ。あはは――はへ!?」


 パルが素っ頓狂な声をあげた。

 でもそれは仕方がない。

 そこにいる全員――なんとルビーまで含めて聞こえたのだ。

 ラビアンさまの声が。

 違います! と、全力否定だった。


「い、今のは精霊女王の声かい? いやぁ、まさかそんな……」

「シュユにも聞こえたでござる」

「拙者にも……驚いた」


 倭国組は全員、手を合わせて頭を下げた。

 義の倭の国の文化だろうか。

 変わってるなぁ。


「ちょっとちょっとパルパスちゃん。精霊女王に怒られるなんて、明日は天罰が降り注ぐ天気になりそうですわね。責任取ってくださいます?」

「えぇ~、今のあたしが悪いの!?」

「わたしはまったく悪くありませんわ。どうぞ、その身に天罰を味わって……精霊女王って天罰はできるんですっけ?」


 ルビーが俺を見た。


「いや、俺に聞かれても困る。天罰は神さまの権能だとは思うが」

「なるほど、剣呑ですわね」


 上手いこと言ったつもりか。

 絶妙に合っているような間違っているような……


「師匠、ししょう。ケンノンって何ですか?」


 こっそりパルが聞いてきた。


「危ない感じとか、不安な様子を意味する言葉だ」

「分かりました、ありがとうございます」

「いえいえ」


 カワイイので弟子の頭を撫でておく。なんか羨ましそうというか、恨めしそうにこっちを見る吸血鬼が怖い。おぉ、剣呑けんのん。


「とりあえず、なんとなくスイッチの仕掛けは分かったな」


 闇スイッチを押して、表示されるシンボルを見ながらセツナは言った。もちろん、闇の精霊女王のシンボルはすぐに消えていく。


「火のシンボルは消えなかった。しかし、闇のシンボルはすぐに消えてしまう。この事から導き出せるのは、学園都市のハイ・エルフが申していた通り、順番に押していく必要があるのだろう」


 俺もその考えに納得し、うなづく。

 学園長め。

 答えその物を言っていたじゃないか。

 つくづく、話したがりというか、答えたがりというか、賢者の悪い部分が煮詰まってしまった状態のようにも思える。

 もっとも。

 学園長が生きていた時代には、当たり前だった知識ではあるので。精霊女王と言えば順番を問われている、という常識だった可能性は否定できない。

 いや。

 それはいくらなんでも学園長を擁護しすぎかな。

 なんにせよ、脳裏にニヤニヤと笑みを浮かべている学園長のカワイイ顔を消しておく。


「ということは、全てのスイッチを順番通りに押していくと何か仕掛けが動くということですわよね。それって必要なんですの?」


 目の前には地下9階への階段がある。つまり、進もうと思ったら普通に先へと進める状態になっているわけだ。

 いや――


「もしかしたら階段を降り切った先が開いていない、ということがあるかもしれん」


 あくまで階段途中までしか確認していないし、地下9階へ降りたわけではない。階段が途中で終わっているとか、地下9階への扉が開いていない、なんていうことも充分に有り得る。


「ふむ。では、一度下まで降りられるかどうかを確認するべきか」


 それがいいだろう、と俺はうなづく。

 どうにも解くべき問題がとっ散らかってしまっている気がする。何を優先するべきなのかを整理するためにも、一度9階を見ておいた方が良い。

 仮にだが、地下9階へ降りられない、となればスイッチが関係しているのが明白となる。もしも無事に降りられたら……その時はその時だ。必要になった時にもう一度考えれば良い。

 とにかく今は、目的を分かりやすくするのが良い。

 謎が多すぎるので。


「頼めるか、エラント殿」

「お任せを、セツナ殿」


 ポンポンと背中を叩かれて俺は地下9階へ続く階段を降りた。


「このあたりまでは調べたでござる」

「分かった」


 先に調べていたシュユにも手伝ってもらうし、もちろんパルにもお願いする。

 階段の中は真っ暗で、ランタンやたいまつの明かりを吸収してしまうように黒い。よくよく観察すれば、それはタイルではなく、一枚の石のような物なのか、繋ぎ目らしき物が見当たらなかった。

 いや、繋ぎ目があるのかもしれないが、光を反射しないせいで判断できない状態なのかもしれない。

 指で触るとザラザラとした石のような感触でもあるのだが、金属のような冷たさも感じる。

 まったくもって謎の材質だ。


「これは最悪だな」


 罠があるかどうか、という問題以前に。

 転ばないように階段を降りるのでさえ、難しいとも言える『黒』だった。

 こういうのを『暗黒』と表現すればいいのかもしれない。

 むしろ夜の闇がまだ明るく思えるほどだった。


「どうなってんだ、これは」


 安全を確かめた上で更に撫でるように壁を触ってみる。

 しかし、タイルのような繋ぎ目は指先に感じられず、一枚の板のようにも思える。


「これを持ち帰るだけでも、ドワーフが喜びそうだ」


 未知の素材など、まだこの世に残っているのだろうか?

 もっとも。

 この真っ黒な物が塗料の可能性は否定できないが。


「ふぅ」


 自分の身体だけが浮いてみえるような真っ暗な空間を罠感知で下りていく。階段は螺旋状になっており、左回りで下りていくようだ。


「ん?」


 そんな螺旋状の階段を下りていくと、途中から壁の一部に筋が入っているのが見えた。


「なんでしょう、これ」


 罠では無さそうなので触ってみると……少しへこんでいることが分かった。それが壁に沿って下まで続いている感じか。


「手すり? 手すりが外れた後とか?」

「親切な迷宮だな、それ」


 弟子の考えに苦笑しながらもそのまま下りていくと……無事に9階層まで辿り着いてしまった。

 だが――


「これは……最悪だな」


 セツナが苦々しくつぶやくのが分かった。

 俺も同じ気分だ。

 階段だけかと思われたダークゾーンが、そのまま9階層に続いていた。恐らく、この部屋に扉があるはずなんだが……いま、このフロアが四角なのか、丸いのか、それすらも視認できない。

 というか、フロアの先の壁に扉があるのかどうかさえも判断できなかった。

 何にも見えない!

 マジか!?

 目の前に明らかな落とし穴があったとしても、落ちるまで気付けない可能性がある。10フィート棒で先をコツコツしながら進むしかないんじゃないか。


「ルビー、見えるか?」

「ん~……一応は見えておりますが。これはダメですわね。進める気がしませんわ」


 だよなぁ。

 というわけで、俺たちは地下8階層へと引き返した。

 今度は逆に真っ白なタイルがビカビカに光っていて、まぶしい。両極端すぎて、なんというか、つらい。


「あれじゃぁ迷宮を作った本人も進めないんじゃないかねぇ」


 ナユタの言葉に全員がうなづく。

 おっかなびっくり歩くにしても、見えなさ過ぎる。下手をすれば、自分で仕掛けた罠に自分で引っかかってしまうような危険性もあった。


「探索は不可能ではないが、あまりにも危険すぎる。歩くのでさえ困難な場、と考えればやはり……」


 何かしら仕掛けがある、と考えるのが普通だろう。

 明かりを付ける方法、もしくは暗さを減らす方法があると考えられる。

 それは何か、と言えば。


「スイッチ」


 今のところ、仕掛けはそれしか発見できていない。

 地下8階層に散りばめられた精霊女王のシンボルスイッチを、創世神話の順番に押していく。

 そうすれば、無事に地下9階層を探索できるようになる――はず。

 これは――


「骨が折れそうな作業だな」


 シュユの地図を見て、セツナが顔をしかめた。

 どうやら、地下8階の探索は。

 まだまだ始まったばかりのようだ。

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